本編については、私が‘97年から’00年までNECの男子バレーボールチーム(NECブルーロケッツ)の部長を経験し、その中から得たことを徒然成るままにまとめたものである。そこには、スポーツとビジネスについて類似することが多く、ビジネス遂行に日夜苦労されている管理者の皆さんには共感いただけることが多々あるのではないかと思います。お暇なときに目を通していただき、スポーツとビジネスの意外な類似性に理解を深め、日常業務の参考にして下されば幸いである。
目 次
第一章 たかがバレーボール、されどバレーボール
第二章 究極の目標
第三章 スポーツから学ぶこと
第四章 スポーツマンとは
第五章 結び
第一章 たかがバレーボール、されどバレーボール
・スポーツをすることも見ることも大変好きであるが、それをほとんど生業とする(ある意味プロの)世界を全く理解していない自分ごときど素人が「たかがバレーボール、されどバレーボール」と、のたまうこと自体大変失礼な話である。
・逆に言えば、今まで日本のトップリーグなどで活躍するスポーツの世界を全く知らないものが、初めてその世界に触れたからこそいえる話なのかもしれない。
・即ち、トップリーグの資格を得ること、そこに籍を置くこととは、選手の採用(戦略的スカウテイング)、育成(血反吐を伴う教育・練習)、チーム戦略(勝利の戦略・戦術)、敵情把握(敵を知ること/ベンチマーク)等々の総合力・全知全能を駆使し尽くさなければ適わない世界なのである。草野球程度のスポーツしか知らないもの者にはあまりに次元が違うこと、真のスポーツとは何かを思い知らされる。そしてそこには我々が日夜直面する業務、ビジネスの世界との類似性が垣間見えるのである。
・観客に楽しみと、感動を与える裏側には熾烈な努力、駆け引き、競争があるのであって、そこを垣間見たときまさに「たかがバレーボール、されどバレーボール」と実感させられたのである。
・ど素人なりに実感したことを述べてみたいと思うが、ほんの一部の経験で、かつ偏った一面しか見ていないので、はなはだしく誤解をしていることがあることを念のため申し添えておく。
1.負け試合
・一番単純に想定されることは、圧倒的な実力の差(選手個々人の能力の集合差)といえるが、トップリーグでは若干の差はあるが、実力差はほぼ拮抗している。
・そういったことを前提としたとき勝ち、負けの差はどうして起こるのかということである。自分から見た典型的な負け試合は次のようなことが起因しているのではないかと思う。
(1)チームプレーが出来なくなる
・チームプレーを旨とするバレーボールでは、6人の選手のうち一人でもチームを乱すことがあれば、ほとんど負け試合に直結する。その代表例として“キレル”ということがしばしば見受けられた。そしてそのパターンには2通りあるのではないかと思っている。
@実力のないものがキレル
・試合中、通常実力のないものは、監督、コーチ、先輩から注意・指導を受けると素直に受け止め、続行する試合のなかで活かしきろうとするものであるが、自分の実力を分かっていない(と見える)くせにそれを棚に上げ、注意を受けると“フクレル”、“ふて腐る”、“冷静さを欠く”といった「キレタ」選手が出てくる。チームに与える影響はいいはずがなく失点を重ねることになる。
A実力のあるものがキレル
・特に外国人選手に見受けられることが多い。彼らは「プロ」としての意識がものすごく高く、どのような試合であっても自分は「プロ市場」から見られている(評価されている)と思い試合に臨んでいるように見える。
・従って、自分の失敗の原因(「プロ市場」に対し、自分が悪いわけではないことを主張するためにも)を追究したがる。セッターから明らかに約束していたこととは異なるトスが上がって失敗した場合など日本人同士でのやり取りとは違った激しい追求をセッターに向かい投げかける。語学の問題もあり正確にコミュニュケーションが出来ず、あるいは、あいまいに済ませ再度同様なことが起こると「プッツン」となってしまう。彼らはバレーボールに生活をかけているのだから、キレ方も半端ではない。(日本の選手にはそのような背景を理解しているものが少ない、さらには、打てないオメーの方も悪いんではないかとの熱き言い返しができない)
・また、十分な説明なしに試合に出さない(選手交代させられる)といったことでプロとしてのプライドが著しく傷つけられたと思ったときには、大変なキレ方をする。
・情感に訴えての説明(日本人の場合はこれでも大抵は通じる)も大事であるが、理の世界で生きてきているものには、理で説明し納得させられないとキレている状況は長引く。
・当然のことながら、実力があるだけにこういった選手がキレルとチームには大打撃となり、負け試合まっしぐらとなるのである。
(2)平常の実力が発揮できなくなる
・次にキレルのとは異なり、主力選手が自信喪失したプレーに落ち込み平常の実力を発揮できず、チームに多大な影響を与え負け試合につながるケースである。個人の性格にもよるが試合を通じ、それも極めて大事な局面での試合に徹底的に自分が狙われ続けられると精神的にまいるものである。狙われていることが分かりそこで失敗をすると弱気になり、ゆとりがなくなりミスが連続的に起こる。明らかに平常心を失った自信喪失プレーである。
・元気を出せだの、気にするなだのどんなに声をかけ、激励しても、主力選手であればあるほど責任感を感じ、その重圧に耐えられないと自信喪失の回復は遅れる。
・平常の力が発揮できないことこそ監督を悩ませることはない。なぜならこの主力選手の能力を織り込んだ作戦を実行しているからに他ならないからである。チームにとってはまさに重症、連続失点となり勝ち目は遠のく。
(3)戦略・戦術が発揮できなくなる
・チームプレーの根幹は戦略・戦術に基づいた理の世界であり、これが狂うと試合に勝つことは困難となる。
・なぜそう攻めるのか、なぜそう守るのか、だから自分はどう動くべきなのかといったフォーメーション戦略の理解が根底になければならないわけであるが、これを理解できないプレーヤー、いわゆる理解不足のプレーを行うものが出てくるとチームプレーそのものがガタガタになり到底勝ちにはつながらない。
・チームプレーは理の世界であり、頭脳プレーが求められるのであって勢いだけで勝負できるほど甘くはない。
・やる気があっても、理解不足のプレーヤーほど監督を悩ませるものはない。
(4)負け意識の蔓延
・チームプレーは理の世界であるといったが、勝負の世界では何が起こるか分からないことも真理である。どのような状況に陥ってもゲタをはく(止めを刺される)までは分からない世界である。粘りに粘るということが求められるゆえんであるが
・理性に勝っているだけに、先を見て(点差、チームのコンデイション等)諦めてしまう意識が蔓延することがしばしば起こる。理で割り切るだけに始末が悪いがこういった事が起たり、チームの文化(カラー)になると敵に付け入る隙を与え優勝を勝ち取ることは極めて困難になってくる。経験では某チームが一時そうであったようだ。相手にとっては組し易しで立ち上がり一気に攻めればその試合は勝てる。
(5)監督の力量・手腕
・負け試合の起因について思いつくまま述べてきたが、こういったことがしばしば起こり、しかも2時間という限られた時間の中で瞬時に解決しなければならない監督の責務は大変なものである。キレたものを注意・指導するのに1日とか1ヶ月も時間をかけていたのでは到底間に合わない。試合に臨む前の期間に十分な指導をしておくことが重要であるが、試合中には瞬時な判断と指導が求められており、しかもその指導の方向は試合に勝つという一点に絞られたものである。その結果2時間後には勝てればいいが、負けのレッテルを貼られたり、場合(注意の仕方)によっては有望な選手をだめにしてしまうことも想定されるのであり監督の責任は極めて重い。
・冷静さを取り戻すために一時ベンチに下げるとか、自信を回復させるために理をもった指導や情感で語り続けるとか、思い切ってその選手をその試合からはずすなど全ては監督一人が全ての責任を背負い断行しなければならないのである。
・翻って、われわれの日常の業務遂行と比較をするとき、業務進捗が計画通りにいっていないことを「負け試合」と見ているか、とか、その原因は何かを常に管理しているか、とか、いろいろと学ぶべき点を発見するのではないだろうか。計画立案・目標管理、時間軸概念、部下の育成、役割遂行(責任感)、判断といったものがわれわれのほうが厳しいのか、甘いのか。比較すべき共通事項は多い、「されどバレーボール」なのである。
2.勝ち試合
・一方、勝ち試合については負け試合に起因する現象が減ることであり、さらに監督、チームの意図することがずばり的中することである。具体的には次のようなことが勝ち試合につながる要因なのではないかと思っている。
(1)図にあたる戦略・戦術
・チームプレーの根幹は戦略・戦術に基づいた理の世界であると先述したが、相手チームの弱点を突く的確な戦略・戦術ほど勝ち試合に重要な要因はないのではないかと思う。まずは、的確な戦略・戦術ありきなのである。
・戦略・戦術構築に当たっては、敵を知り尽くす、そしてどこに的を絞るかが鍵になるわけであるが、そのために情報の収集、敵の弱点の徹底した分析と自チームの能力を総合勘案し練りに練り上げることに貴重な時間をかけることとなる。
・こういった基本的な戦略・戦術が粛々と実行され、思惑通りに勝利したとき、まさに図に当たった戦略・戦術といえるのであって、どこのチームでも同様なことをしている。そういった意味では勝ち試合の第一歩はヘッドワークに勝つことなのであり、勝ち試合は戦略・戦術が図に当たることなのである。
(閑話/ある重要な試合での作戦会議)
・部長2年目の年(優勝した年)、シリーズも中盤を過ぎ決勝ラウンドへ進めるかどうかの極めてシリアスな試合を控えた前夜の作戦会議を思い出す。
・相手は強豪Sチーム、Gという強烈なスパイカーがいてチーム全体が燃え上がり、取りこぼしをせず安定的な強さを維持しているチームであった。
・我が方は、強いときと、弱いときの落差が激しく取りこぼしも多く、はっきり言って安定的なチームとは言いがたい状況を呈していた。
・明日の対戦でこのチームに敗れることがあれば、決勝ラウンドへ進めることはほぼ絶望に近かったその前夜の作戦会議である。
・監督が言った明日の戦いの要旨は「G選手をつぶす」であった。敵の攻撃の最高峰をつぶすということであり、それを核とした攻撃、守りのフォーメーションを冷静に分析した結果を選手に伝え、試合中何が何でも今確認したことを守り抜くことを徹底させたのである。(どんなことが起こっても、監督から新たな指示が出るまでは本作戦をやり抜くので軽挙妄動しないこと、というものであった)。
・私の単純な理解では、G選手が前衛に位置するときは早い攻撃にならないように仕向ける(サーブで崩し、トスを上げても2段トスになるよう仕向ける、そうしておいてブロックは必ず3人で止める)、G選手が後衛に位置するときはバックからの攻撃が不発になるように仕向ける(サーブをG選手が助走する道筋にめがけ集中させる、このことによりレシーバーが邪魔になりバックアタックしても威力は相当に減衰し、難なく我が方のブロック網にかかる)というものであった。
・素人には、特に( )内の具体的指示が新鮮であり、理にかなった納得性のある作戦に思えた。
・実は、試合はこのようなことが“ハマル”程単純なものではなく、G選手以外の選手から攻撃を受けたらどうなのか等、ほかにも手を打たなければならないことは山ほどあったに違いないが、5セットを戦う中では主力選手の戦力ダウンがじわじわと利いてくるのであって、仮に1-2セット落としたとしても最後には勝てる作戦として集中的にG選手にフォーカスしたのである。
・もちろん、詳細は分からないが本作戦を遂行するための追い込み(そうせざるを得ないトラップ)や、基本フォーメーションが徹底されたのは言うまでもない。 ・これら追い込み作戦は、チーム秘であり部長といえども教えられないものである。
・結果どうなったか、G選手の攻撃決定率を30%以下に押さえ込み(通常40%を超えると攻撃は成功で、勝てないと想定されていた)、見事に勝利したのである。
・立ち上がりから徹底してブロックしたものだから、明らかに戦意喪失に陥ったように見えた、そしてこの相乗効果が敵のチーム全体の力を削ぐ結果になった。
・まさに図にあたった戦略・戦術の一戦であり、その重要性を垣間見たのである。
(2)監督の思うとおり選手が踊る
・当然のことながら、戦略・戦術がいくら良くても選手が思惑とおりに動かなければ勝ち試合を失うことになるのである。選手が監督の思うとおりに踊ることが出来るチームは勝ち試合を重ねることになる。
・しかしながら、監督の思う通りに試合ができることは少ないのが現実であり、理想と現実の差が常に付きまとう。
・理想の試合(理想の踊り)をさせるために、戦略の理解、それに合わせた動きが出来ることを日ごろのコーチングを通じ、血の滲む練習を繰り返し、一心同体になるまで理を頭と体に刷り込ませることである。
・これが出来ないチームは永続的勝利(勝ち続けられることが重要)を得られない。
(3)選手の自主的判断が出来る
・実際にコート上で戦うのは選手である。試合は常に想定内で進行するわけではなく、想定外のことのほうが断然多く起こる。そういった場合に基本をはずさずに柔軟な対応が出来なければ勝てないのは当然であり、その対応の鍵は選手が自主的判断できることである。
・敵のセッターの癖(右足の動きとか、頭の動きを見て瞬時にどこから攻撃してくるかを判断できる等)、スパイカーの癖(右に動いたら、自分が打ってくるのか、センターに打たせるのかを判断できる等)を掴んで自主的に判断できることや、当方の作戦が見破られたときのトラップの仕掛けなど自主的判断が出来るチームは強い。
・今風に言えば個々の選手がKY(空気が読める、癖を読める)することが出来る、その能力を高めることが勝ち試合につながっているのではないかと思う。
(4)チームワーク、チームの底力
・チームで戦うスポーツでは、当たり前のことであるがチームの力が強いことが試合を制することになる。
・チームの力が強いということは、選手個々の力量をチーム全体に統合したとき、その和以上の力が発揮できるということではないかと思う。
・個々の力量はソコソコだが、チームの全体力を相当水準に高められるということである。単純な理解だが、個人の失敗をチーム全体でカバーできることや、個人での攻撃力はそれほど強くないが囮をかませる、相手のブロックが完成する前に打ち込むなどメンバーの共同により攻撃力を強くさせるといったことなのではないかと思う。これをチームワークというのではないか、個別最適(個人の能力向上)は重要であるが、最も重要なことは全体最適(チームの能力向上/チームワーク)なのである。
・さらに、チームの文化・風土(蓄積された歴史/失敗・成功物語、勝ちへのこだわり/あくなき執念・粘り、全員で戦う風土)がここ一番の試合に威力を発揮する。
・チーム名を聞かせただけで萎縮させる威力や、シリアスな試合になっても何を仕掛けてくるか分からないといった威力、負い目の試合でも自信満々の態度が与える威力など長年蓄積されたチームの底力で勝ちを誘引することが多いのもこの世界では真理である。こういったことが出来ているチームは本当に強いと思う。
(5)監督の思惑
・作戦が図に当たり、選手が監督の思う通りに踊り、選手が自主判断出来、チームワーク良くて試合に勝てることほど痛快なことはないし、監督冥利に尽きるものはない。しかしながら、全てがうまくいくことなど全試合の10%あるかないかというのが現実だろう。このような中、監督の勝負についての“こだわり”は次のようなものではないかと思われる。
・あくまで試合には“勝つ”ことであるが、理に適った勝ち方に拘る。相手のボンミスでラッキーな勝ち方をすることもあるが。勝ちへのこだわりは、理にかなうことであり、このことで永続的な勝利を得ることに拘っているのではないか。
・一方、シーズンを通して常に勝つわけではない、負け試合の時にはどのようなことに拘るかということであるが、その結果を必ず”明日へ繋げる“ということであり、負け試合の中から必ず何かを得るということである。例えば、新戦略・戦術の確認、若手選手の育成(経験をさせる)など、長いシーズンを意図しそのときのチームの置かれている状況を見て、的確な?(意味のある)負け試合にしようと拘っているように見える。
・しかしながら、監督自信が負けることに言い訳を言い始めたら終わりである。孤独なことではあるが、一人で「なぜ」「なぜ」を繰り返し、勝利に向けた地道な挑戦をしていくほかないのである。「なぜ」作戦が図に当たらなかったのか、「なぜ」選手は踊ってくれなかったのかの孤独な分析である。監督の勝利への拘り方は半端ではない。半端ではない監督が常勝の道を歩いていけるのではないかと思う。
3.決着は2時間(仕事の成果は2時間で)
・試合の結果は2時間足らずで黒白(イチかゼロ、勝か負)がつくのがこの世界である。
・シリーズの一戦一戦と決勝戦の一戦は自ずとその軽重は異なるが、試合の大小、軽重を問わず、どの試合であっても2時間で決着する。2時間の前に作戦会議や練習にどれだけ時間をかけようが、その成果は2時間という凝縮された中で問われるシリアスな世界といえる。
・監督は、常に2時間で成功か不成功か、有能か無能かの評価を大衆の面前で受けることとなる。その結果に関する賞賛も非難も大衆が決めることであり、大衆に向かって言訳は出来ない大変厳しい、プレッシャーのかかる役割を担っている。
・我々の決着の仕方はどうなっているか、6ヶ月単位に業績を申告したり、評価を受けたりするが、スポーツの世界と比較してみていかがであろうか。賢明な諸氏の考えどころではある。
第二章 究極の目標
・究極の目標は、勝つということであり、継続した勝利を得るということであろう。
・一位と二位の差には天地の開きがあって、常に一位を目指すことに他ならない。
・この世界では全戦全勝というのはよほどのことがない限り不可能なことであり、どのような勝敗を収め、究極的な目標を達成するかが重要である。
・15戦全勝という勝ち方もあるが、8勝7敗という勝ち方もある、要は一位になれるのかどうかであり、こういった視点での勝敗の見方、こだわり方がスポーツの世界でもビジネスの世界でも共通しているのではないかと思われる。
・この一戦を落とせばチャンピオンの座を明け渡すことになるような、ここ一番の試合には絶対に勝たねばならないという宿命を負った勝敗を常に意識していなければこの世界にいる価値はないのではなかろうか。
1.勝つために
・「勝ちに不思議な勝ち方はあるが、負けに不思議な負け方はない」とは武田信玄の言葉であり、野球の野村克也監督は「勝負でラッキーな勝ち方はあるが、アンラッキーな負けは言い訳に過ぎない」と引用している。
・即ち、理にかなわないことを多くやったほうが負けるというのが鉄則なのだそうである。
・従い、負けないためには(負け犬にならないためには)敗因退治の知的努力を全員で繰り返し身につけるしかないというのが勝利への方程式といえる。
・その計画的、継続的努力の結果がラッキーを呼び、不思議な勝ちを収めることが出来る のである。(元日本電気のある役員の言葉から)
(閑話/勝つために)
・バレーボールの世界で勝つために印象に残っている事について伝えておきたい。
これは、われわれの業務管理の中でも重要なことだと思うのだが、なかなか実行が出来ないもののひとつである。
@タイムの意味
・バレーボールでは1セットの中で2回のタイムをとることがルール化されている。
・監督がタイムを取ることにはいろいろな意味、意図があるが主としてチームが劣勢のときにとるのであって、試合の流れが思惑通りにいかず、作戦変更を指示するとか、激を入れるなど劣勢を挽回するため、定めた目標のズレを修正するために極めて戦略的にタイムを要請するのである。
・この本質は勝たんがためのものであって、監督は常に冷静に試合全体を見(管理)、チームの状況を把握し、目標達成(勝つため)に向けズレを修正し、遅れを取り戻すために具体的な指導、指示を行う。しかも1分程度の限られた時間の中で行われる。
・果たして、我々は常に勝つための目標に向かってズレの管理をしているか、そして戦略的なタイムをとっているのだろうかを考えさせられる(目標を持っているかさえ疑問?)。
「たかがタイム、されどタイム」といったところを学ばずにはいられない。
・私の経験の中で「たかがタイム、されどタイム」を実感した「伝説的なタイム」についてお伝えしておきたいと思う。
・部長2年目(Vリーグで優勝した年)の優勝決定戦で見られた、天地を分ける1点への拘りに向けた「タイム」である。とにかく素人の小職にとって鳥肌が立つ戦略に満ちた「タイム」を目の当たりにした。
・相手はTチーム、優勝決定戦は近来まれに見る激戦でセットの勝敗は2−2、最終セットにもつれ込み、我方が劣勢を挽回し14−13と追い込んだところで相手チームが「タイム」をとった。我方はあと1点取れれば優勝(しかしながら当方がサーブ側なので、普通ならサイドアウト、加えて、勢いの流れに水を注されたのでこの1点を取るのはなかなか困難に見えた。的を絞ったブロックで仕留めるしかない)、一方相手はなんとしてでもジュースに持込む(攻撃力の一番強い主力選手に打たせ、サイドアウトを狙う)といった虚々実々、背水の戦略確認を意味する「タイム」であった。
・会場は異様な雰囲気に包まれ騒然、我がチームは監督、コーチの指示を受け選手同士が守りのフォーメーションの確認を行うが、勢いが来ていたこともあって大声で大変勇ましく、チーム全体が躁の状態を呈していたのではないかと思う。
・タイムが解け、選手がコートのそれぞれの位置につく、我方のO選手がボールを持ちサーブの位置に立ち、試合再開のホイッスルを待っていた其の時に「タイム」のブザーが鳴らされた。我方の監督が「タイム」を取ったのである。
・私をはじめ、会場は何事が起こったのかと騒然とする中、監督は冷静に選手を呼び寄せ、この1点を取るための作戦を全選手が100%理解しているかどうか、全員の顔を一人ひとり見ながら、冷静にしかも熱く語り(指示し)作戦の最終確認を行った。
・勇ましいだけで勝てるのではなく、冷静に理にかなった作戦を遂行することがこの場で最も重要なことなのだということ、作戦は誤解なく全員が理解していることを確認したかったのだと思う。
・バレーボール関係者の多くが言ったことだが、いまだかつてこのような「タイム」は見たことがないとのことであった。劣勢なチームがタイムを取り、再開直前に相手チームがタイムをとるということ自体、その試合がどのような意味があるのか、その瞬間の状況がどのようなものなのか、今までにはなかったことがそうさせたのかもしれない。
が、一方では、そこまでタイムに拘るということに意識が働かなかったということかもしれない。いずれにしても相手チームに与えた影響は多大だったと思う。作戦が見破られたか?何をしでかすのか?といった疑心暗鬼を与えたのは間違いないところだろう。
・結果は、作戦がずばりと当たり(選手がその通りに踊れたことも重要)、優勝を勝ち得ることが出来た。まさに「伝説的タイム」であり、ベンチの勝利とも言える。
・天地を分ける1点の重み、そしてこの1点を勝ち取るための全知全能をかけた「タイム」の意味、重みを思い知らされたのである。仕事上「止めを押す承認・確認」等この「伝説的なタイム」から学ぶことが多いのではなかろうか。
Aコンデイションは「70%そこそこ」であることが与件
・ある大会に向けて自分の体調・コンデイションを100%にもっていけるかといえば、それはほとんど不可能なのだそうだ。これはスピードスケートの清水選手が言ったことである
(1日/365日という確率)。
・一流のアスリートは勝つための最低条件として体調維持に努め、試合に合わせた調整を行い、可能な限り100%を目指すのだそうだが、この様な状況にもっていくのは極めて困難なことだと言っているのである。そして一流でない者はこのことを負けたときの言い訳にしているのをしばしば耳にすることがある。体調不良だから負けたのだと・・・。
・一流のアスリートはどうするのかといえば、80-90%の条件でも必ず勝てる力をつける練習を積むのだそうである。
80-90%のコンデイションで世界最高の選手に勝つということを示唆しており、自分の体力の限界まで追い込み体調不良となろうが、ミスをしようが必ず勝てる練習をする。(清水選手は気絶する寸前まで追い込む練習をしていると言う)
・チームで戦うバレーボールでは、一人ひとりのコンデイションの和はもっと低くなるのであって、言い訳の出来ないコンデイションは70%程度が与件と見ておくべきなのだろう。70%でも勝てる練習をすることが、この世界では常識なのかもしれない。
・我々はこのような訓練をしているだろうか、言い訳ばかり言っていないか問われる。
第三章 スポーツから学ぶこと
・短い経験であったが、バレーボールの部長として監督、コーチ、選手との交流や、作戦会議の傍聴、さらには緊迫する試合を通じ多くのことを知った。
・まさに「たかがバレーボール、されどバレーボール」ということに尽きるのであるが、これは、何もバレーボールの世界だけのことではない、全てのスポーツの世界でいえることなのではないかと思う。
・そして、これらの世界で行われていることの一つひとつがビジネスの世界に類似していることを認識させられる。
・われわれのステージを優位にする(勝利を得続ける、事業の発展)ということについては、スポーツの世界でも、ビジネスの世界でも共通した考え方があるのではないか。だとすれば互いに学びあえる関係にあるのだと思う。スポーツはビジネスから、ビジネスはスポーツからといった相互の学びあう姿勢を大事にして、各自の分野に活かしていけるようにしていくことは決して無駄なことではないのだと思う。
・矮小化しているが、我が部門が業務遂行の上で刺激を受けたことについていくつか列挙しておきたい。
□ 我が部門の反省/学ぶこと
(1)事業計画・業務計画
・勝つこと(NECの事業へコミットすること)を意識しているか
→シリーズの目標は優勝
・いつまでに、どのように達成すべきなのかの、戦略・戦術があるか
→中期戦略(シリーズ)と短期戦略(一戦一戦の試合)
・状況の変化を絶えず意識しているか
→勝つための軌道修正(敵の能力の変化、自チームの能力の変化、その他状況)
(2)管理・トレース
・計画とのズレをどのようにして認識しているか
→劣勢にあるのかどうかの判断(優勝に向けた遅れの取り戻し)
・的確なズレの修正をしているか
→戦略的なタイムをとる(的確、瞬時の判断)
(3)部下管理・育成
・戦略・戦術を共有、理解させているか
→基本フォーメーション、敵に合わせた戦略・戦術の刷り込み
(理で分からせ、体に刷り込む)
・管理・指導力を発揮しているか
→徹底した理の世界による指導(が優先)、人を見て情指導
→有無を言わせない指導・注意、選手交代
(監督の絶大な権限と責任/監督の選手を圧倒する能力の高さ)
・部下は管理者の言う通り動いてくれるか
→監督の思うとおり選手は踊る
・早期育成(3年たったら一人前)に努めているか
→活動できる期間が短い、3年位で芽を出させることが目途
→選手の自主的判断・行動力の向上(一人前のVリーガを目指す)
・教育・訓練をしているか
→徹底した理のフォーメーションの基礎教育・訓練
→血反吐を吐く練習(体に刷り込み)
・不活性社員を善導しているか
→不活性選手(キレる、自信喪失、理解不足)の指導
(理と情の継続的指導:前向き失敗の評価、メンバーはずし/冷却期間(気づき))
(4)組織力
・組織力を高め全体で成果を追求しているか
→チームワークの強化(チームの共同作業)
(個人の能力向上は大切だが、全体最適/チームプレイを優先)
・組織員全員が組織目標を理解しているか
→選手全員が勝ちにこだわっている。/シリーズの目標を理解している
・組織の力量を理解しているか
→チームのコンデイションは常に70%が与件
第四章 スポーツマンとは
・バレー部長を担っていたから傾聴したのだと思うが、あるTVでスポーツ評論家が次のようなことを言っていたのを思い出す。
・スポーツの世界では、圧倒的に負けることが多い、例えば高校野球では4,000校にのぼるチームが参加して勝利(優勝)するのは1校だけであり、そのほかは負けなのである。(予選のことを考えると個々の勝ちはあるが、高校野球選手権を考えると優勝校1校だけが勝ちなのである)、これがスポーツなのである。
・従って、欧米ではスポーツが負けることを受容することに敬意を表して、スポーツマンのことを「グッド・ルーザー(Good Loser)」と言うのだそうである。
(英々辞典でSports ManとひけばGood Loserとでてくるとも言っていたが、確認はしていない)
・即ち、「グッド・ルーザー(良き敗者)」とは、勝利者を称え(敬意を表し)、自己の負けを真摯に受け止め、冷徹に敗戦を分析し捲土重来を期することが出来るものをいうのであり、この人達が「スポーツマン」なのである。
・試合に負けた際に、その負けの原因を他に転嫁することがしばしば起こる。例えば“審判が悪かったから”とか“監督が悪かったから”とか“体調やコートやファンが悪かった”だの、涯には“報酬が安いから”だの、様々の言い訳をして負けの原因を他に転嫁するということだが、こういった者を「グッド・ルーザー」とはいわないのだそうだ。スポーツをやっているがこういった連中をスポーツマンとは言わないということだ。
・「スポーツ」は「負けを受容」することが主体の厳粛な世界なのである。
・そして、このこともビジネスの社会に共通に通じるものを感ずるのである。
□ 「ビジネスマン」とは
・ビジネスの世界でも「成功者(一流のビジネスマン)」の物語を読むと、その過程で失敗を繰り返し、それを一つひとつ克服してきたことが窺える。
・しかも、その失敗については、他を攻めることなく、転嫁することなく自己が真摯に受け止め、自己の責任と努力によって捲土重来を期してきたことが分かる。
・スポーツマンが負けを受容することなのであれば、ビジネスマンは失敗を受容することなのではなかろうか。そして、スポーツマンを「グッド・ルーザー」と敬意を表して呼称するのであれば、ビジネスマンは「グッド・フェーラー(Good failure)」と呼称できるのではないか。
・ビジネスの世界で安易に成功することは稀有なことであり、失敗の連続なのであろう。我々は失敗を繰り返すが、真摯に受け止め、自己の努力を重ねていき、一つひとつ克服していくことが成功への第一歩なのだと思う。こういうことが出来るものが「グッド・フェイラー」であり、「ビジネスマン」なのだと思う。
第五章 結び
・バレーボールの部長を通じ、スポーツの世界から多くを学び、示唆を受けた。
・単にスポーツをしていたり、観戦していたのでは恐らく気がつかなかったことだと思っている。部長として仕事の一環から監督と話し、選手と話すことによってスポーツを違った一面から見られたことは貴重な経験であり、ビジネス(我が業務)との接点を気づかされたのである。まことに感謝に耐えない、この経験をお伝えすることによって少しでもお返しが出来ればと思った次第である。
・最期に、最近強く思っていることをお伝えし本編を閉じることとしたい。
・スポーツの世界での究極の目標は“勝つこと”であり、“一位”を目指すものだと申し上げたが、その前に重要なことは戦っている場所である。バレーボールでいえばトップリーグであるVリーグにいることである。これはいうほど楽なことではなく、リーグでの勝敗によっては常に下部リーグとの入れ替え戦を覚悟しなければならない厳しい世界であるということである。
・一部リーグと二部リーグとの差は天地の開きがあるのは言うまでもないことであり、これは何もバレーボールに限った話ではない。その世界で一流(真の勝ち)を究めんとするには、そのトップの場所で切磋琢磨(揉まれ、競争)し、打ち勝っていくことなのではなかろうか。ましてや、世界の強豪に勝つことに意味を見出すのであれば、現在のVリーグに安住していること自体甘いのではないかとさえ思うときがある。
「場」に拘ることであり二部リーグに落ちることなど論外といわねばならないだろう。
・スポーツの世界では、こういった宿命(強い者はより強い土俵(一流の場)を求め、その場で、一流を究めんとする)を厳粛に受け止め、常にトップリーグという「場」で勝負できるように熾烈な努力を続けている。
・我々の世界ではどうであろうか、大競争下のビジネス戦線で我が社、我が部門は「トップリーグ」にいるのか? それとも入替戦まっしぐらなのか? 一流という競争の「場」に拘る自問を暗示されていないだろうか。
・スポーツの世界からは、「あなた方はどの場所で、どのような試合をしていて、それ(勝敗)がどのようになっているのか、冷静に判断されて仕事をしているんですね」。と、示唆されているように思われる。「場」についてどのように拘るのか考えどころである。
・徒然なるままにつたない経験談を述べてきたが、結びとして“スポーツの観かた、やり方は千差万別であるが「たかがスポーツ、されどスポーツ」である”と拘っている気持ちをお伝えしておきたい。
スポーツ観戦、特にタイムを取ったときのベンチを観察すると違ったスポーツの観戦が出来興味も倍増するし、自分の仕事に活かせる何かをつかむことが出来ることもある。まさにスポーツは見ようによってはビジネス教育の宝庫といえるのかもしれない。
□ TOPへ戻る
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