武満 | このエリセっていう監督は、もちろんきちっとしたコンティニュイティはあると思うけれど、でも、何か即興的な面もあるように思いましたけれども。 |
蓮實 | ええ、キャメラで役者たちにじかに働きかけているといった感じ。映画を見ている少女の顔なんか、すごいですよね。何よりも、ぼくは、人を驚かせまいとするエリセのつつましさを買います。人を驚かさなくたって新しい映画はいくらでもできるわけです。 |
武満 | ほんとにそうですね。ぼくもそう思います。たとえば、ある時期のボクダノヴィッチなんかは、ちょっとあざとい感じだけれど、この人の場合、そういうところがなくて、非常にノーブルですよね。実に典雅です。 |
蓮實 | もうひとつ気に入ったのは、1時間40分できっちり終わるということですね。これだけいろんな話があって、しかも1時間40分でぴったり終わらせるっていうあたりは、日本の監督もまねしてもらいたい。 |
武満 | なにしろ、簡潔ですね。母親が寝ていて、父親がベッドに入ってくる、せりふは一言もない、物音とシルエットだけのワンショットで、実に見事にあの夫婦の関係を語ってしまっています。 |
蓮實 | お医者さんが往診にくる。その背に母親がふと手をかけるだけで、いろんなことがわかっちゃう。それから、初めにも話題になった、丘の上から姉妹二人が遠くを見ていて、遠くの一軒家のほうに走っていくところは、好きですねえ。 |
武満 | ぼくも好きです。実に綺麗に謳っているという感じですねえ。 |
蓮實 | 最近のいろんな映画見ていると、あ、このショットだと次は何だ、なんてことをすぐ考えさせられちゃうんだけど、こういう画面を見ていると、そんな余裕はとてもないですね。それでいて、あの高みから見た光景は、ちゃんと後で活用されるんですよね。 |
武満 | 映画の『フランケンシュタイン』でも、有名な、花をつんで水に投げたあとに、フランケンシュタインが自分の顔を水に映して、そこで怒る――あそこをわざと見せないでおいて、最後のところでちゃんと見せるわけでしょう。ああいうところは、実によくできていますね。夢、記憶のイメージを非常にうまいぐあいに重ね合わせていって、ほんとうのハチの巣のようにつくっていったという感じがしますね。 |
蓮實 | その意味じゃ、やはり新しい映画だと思うんです。伏線を置いて、それを一つひとつ拾っていくという、それはそれなりにすばらしかった50年代のハリウッド映画とは全然違う、モチーフの自己再生みたいなもので次々とつながっていく新しい映画だと思います。 |