四方田
十年間に二本しかお撮りにならなかったわけですが、寡作であることは、あなたの作品にとって本質的なことなのでしょうか。それとも何らかの外的な事情で、映画は撮れないでいるのでしょうか。
エリセ
実をいえば、寡作であることは遺憾なことです。第一作を撮ってから九年にわたって撮れないでいることに、ずいぶんと苦しんできました。映画を撮るのは確かにわたしの仕事なのですが、日常的にいつも撮っているわけではありません。それは特別の、例外的な行為なのです。どの作品も何年間もの経験の凝縮であり、蓄積なわけで、できることならどんどん撮りたい(そりゃ、ドライヤーは別格ですよ)、と監督としては思うわけですが、自分の撮る映画はスペインではきわめて作りにくいという状況があります。
四方田
スペイン映画といえば、日本ではルイス・ブニュエルがつとに有名ですが、どうお考えですか。エリセさんのカトリック
観もお聞かせ下さい。
エリセ
ブニュエルは、これまでスペインに登場したなかでもっとも偉大なシネアストです。ブニュエル同様、わたしもつねに宗教的な環境のなかで育ってきました。わたしは現在ではカトリックではありません。ブニュエルは教会に代表される制度化されたカトリックの側面を攻撃しました。わたしが関心をもっているのは、もっと別のカトリシズムの側面です。制度化された宗教とは宗教の死に他なりません。宗教感情とはあらゆる意味で個人的なもので、内的で、神秘の感情をともなった何かです。
『ミツバチ』に登場する小間使いと『エル・スール』の年老いた乳母とは、ともにミラグロスという名前をもっています。「奇跡」という意味で、わたしの好きな言葉です。乳母は子供に、生活にきわめて近いところにいて、庶民として宗教に無垢な感情を抱いています。わたしがもっとも共感を感じる類の人物で、個人的体験にもとづく独自の知を抱いています。繰り返すことになりますが、わたしが強い関心を抱いているのは、女性の眼を通して世界を理解することなのです。
四方田
どうもありがとうございました。CINE VIVANT発行『ミツバチのささやき』パンフレットより |