爺やの前立腺がんの闘病記


爺やはサラリーマンを卒業し、いまでは年金に頼って過ごしております。 50年以上のサラリーマン生活をなんとか無事に過ごせたのは、概ね健康であったためと感謝しています。 その中で前立腺がんが見つかり、手術で根治できたのは幸運であったと思っています。その経過の概要を以下に記します。

前立腺がんと診断されるまで

平成15年(2003年10月)の勤務先の定期健康診断でPSA値が4.7 泌尿器科で再検査指示。
2003/11 A病院の泌尿器科を受診。担当の医師からPSA値が4を超えているため20-30%の割合で前立腺がんが見つかるとの話を聞いた。 定期的にPSAの検査をして変化を見ることになった。 A病院を受診したのは、かなり前に耳鼻科で検査を受けたことがあり診察券を所持していたことが主な理由だった。 泌尿器科の受診は初めての経験だった。
その後約3年間PSA値が5-6で推移。
2006/10  MRI検査の結果がんの疑いがあると診断。年に1回程度MRI検査を受けていた。

2006/10/26-27 検査入院をしてA病院で生検
2006/11/2 検査結果を担当医から説明、8本中1本からがん細胞が検出されたとのことだった。ある程度の覚悟はしていたが、私の顔色を見てか、 担当医はおとなしい顔をしたがん細胞だから大丈夫であると、私の多分心配そうな気分を和らげてもらった。 がん細胞が検出されたため、担当される医師が治療担当医師(執刀医)に代わった。
後日、治療方法について説明有。
しばらく治療をしない選択もできるが、治療する場合は、放射線治療か外科的治療か選択するように言われた。
放射線治療を受けた場合その後に外科手術は出来ないと言われた。放射線治療により正常組織にもダメージが及ぶためとのこと。 また、放射線治療には外照射療法と小線源治療法あるが、小線源治療法は希望者場多く、2カ月待ちの状態であること、 さらに私の場合は前立腺肥大の傾向があり小線源治療法と外照射療法の併用になる可能性があるとのことであった。

また小線源治療法の場合は、幼児や女性との長時間の接触は1年程度避ける必要があるとのことであった。 電車に1時間程度座って通勤をしていたため、隣に女性が座ることも多いこと、この年の5月には次女に長男が生まれ(私の初孫)、1年間孫も抱けないことになる。 このようなことも考えた末、1週間ほど検討の上外科手術を選択した。

また、外科手術には開腹手術と腹腔鏡下摘出手術があり70歳以上の人には開腹手術は勧められないが60代の私にはどちらも選択できると言われたが、私は開腹手術を選択した。 東京慈恵会医科大学の附属青戸病院での医療事故もあったが、私の中では、手術はやはり直接手で触れて切除、縫合等を施してもらいたいという思いが根強くあったため。
さらに、手術で前立腺を除去する際に、勃起神経を残すか問われたが、勃起神経も含め除去をお願いした。
前立腺がんが見つかったからには、その表面に存在する神経も含め除去してもらいたいと思ったから。
今期の業務は3月まで決まっていたため、手術は次年度の4月下旬。具体的には2007/4/17入院4/19手術と決まった。 執刀医の説明では入院は手術後1週間ほどで退院でき、5月の連休明けには通常に仕事ができると言われた。

2006/11/8勤務先の定期健康診断 PSA 15.5 (勤務先の定期健康診断:2005/10 PSA5.5 2004/9 PSA5.5 2003/10 PSA4.7 )
PSA値が急に上がった。ひょっしたら生検(定期健康診断の12日前)の影響だろうか。

関連
2002/11 東京慈恵会医科大学の附属青戸病院で腹腔鏡下前立腺摘出手術を受けた60歳の男性が手術中の事故により、翌月に亡くなるという医療事故の報道があった。
入院・手術に向けての準備

3/26(月) 午後A病院で貯血。400cc
4/ 9(月) 午後A病院で貯血。400cc

入院

2007/4/17(火) 
9:05 A病院 病室(4人室)に案内される。入院。 4人室は6人室と比べ室料差額料金6,825円/日。 この日の検査は検尿と血液検査 10:30 売店で水と飴購入。(583円)
10:40 尿の量を測り用紙に記入。
11:45 D医師より30分程度手術について説明を受ける。手術当日(4/19).は家族の付添いが必要と聞き、妻にtelして依頼した。
16:15 売店で寝巻き(3,255円)、尿取りパッド(896円)、お茶(147円)購入(合計4,298円)
18:00 麻酔医より話を聞いた。
◇前立腺の周囲には血管が多い。ただし個人差が大きく非常に太い血管がたくさんある人とあまりない人がいるとのこと。
◇尿漏れは最初は殆どの人が発生する。1週間でなくなる人と、半年くらいかかる人と、個人差がある。
◇尿道の縫い目がしっかりつくまで縫い目から尿が漏れる。それを防ぐためチューブで抜き取る。  具体的には陰茎の先から尿道の内部にチューブを入れ膀胱から尿を抜き取る。このチューブを1週間くらいで抜いて縫い目の付きが完全か確認をする。  付きが不完全の場合は再度陰茎の先からチューブを入れる。

この日はかなり暇な感じ。ソニーのウォークマンを時々聞いた。 病室からの眺めは良い。ただしベッドが窓側でないため少しがっかり。 しかし、手術後の尿漏れ測定に頻繁にトイレを使用することになり、室内のトイレに隣接してベッドがあったため助かった。 ナースセンターのワキのスペースからは夜景が良く見える。 明日は21時から断飲食。

4/18(水)
5:00 起床
8:00 朝食(和食+牛乳)
8:30 売店で石鹸、洗剤、シャンプー購入 987円
9:00 医師による触診。前立腺は直腸に隣接しているため触診は肛門から。前立腺は少し大きいが触った感じは問題なさそうとのこと。
12:00 昼食
14:00 下剤服用
14:30 乾燥機空いたとの連絡あり。 下剤の効果を報告するよう言われた。(水様の便がでたら伝える)
19:30~ ナイター観戦 巨人-広島
21:00 下剤服用
   執刀医のC先生が来られた。

前立腺癌摘出手術

4/19(木)
5:30 起床
6:10 浣腸
8:00 妻と娘に会う
8:25 手術室へ
14:30 名前を呼ばれたような気がして目覚める。 下半身はまだ麻酔から覚めていない感じ。
    妻と娘に会う。執刀医のC先生から摘出された前立腺を見せられたとのこと。
16:00 病室に戻る
17:00 血圧が低下したため、点滴等の処置を受ける。
   夜中に喉が渇くが、水も飲めない。

4/20(金) あまり良く眠れなかった。
9:30の回診で酸素マスク外れる。血圧の処置がそのままのため動けない。
   手術の傷跡は順調とのこと。
電源はずして(バッテリー付き)良いとのことで病室内のトイレまで歩いた。
午後 レントゲン撮影 レントゲン室まで行くのは無理とのことで病室でレントゲン。
ベッドの周りを行ったりきたり。
17:06 オナラガでた。
17:45 血圧処置剤が外れた。左の手首の動脈に針が刺さっていた(血圧測定用?)ので止血が少し大変であった。
心電図測定器はまだ体に張り付いている。(無線でナースセンタにデータが送られている)
レントゲンの結果はOK。血圧128
16:00 執刀医のC先生が来られた。

体に下記のような測定器、針、薬剤、チューブ等が接続されている。

心電図測定器(バッテリー付き)
体内の廃液を体外にくみ出すポンプとポンプに接続されたチューブ(ドレイン)が腹の皮を貫通している。
痛み止めの薬液を背中から体内に入れる針とチューブと薬液の入った袋。
陰茎の先からチューブが出て、尿を溜めるかなり大きな袋につながっている。
この袋は尿の色が分かるように透明で点滴のスタンドのキャスターのある台に置かれている。
薬剤と薬剤を体内に入れる点滴の針とチューブ。

4/21(土)
血圧 104
朝ロビーまで行って水を飲む。左側の痛み止めの効きが右側より弱いせいか力を入れると痛む。それでも我慢をして歩いた。(できるだけ歩くように言われた) 歩くと尿の色が赤くなる。
8:00 朝食 重湯と味噌汁とドリンク ガスが良く出る。
8:30 トイレで頑張る。ガスと下痢便が少し出た。テレビのカード購入(1,000円)
12:00 昼食 お粥になった。林檎もでた。
食事中に体の向きを変えたら点滴の針が外れてしまった。寝巻きにも血がついた。
14:00 妻と娘が来てくれた。同室の退院する人から水と週刊誌を貰った。
ネマキ2枚と水(500ml)3本、T字帯5枚の購入を頼んだ。
背中の痛み止めはストップとなった。
夕方から傷が痛み出した。
18:00 夕食は半分くらいしか食べられなかった。下痢便が少し出た。 点滴が外れた。
心電図計と痛み止めのボトルが外れた。
夜中にトイレで頑張ったが便は出ない。 静かにしていると痛みはあまり感じない。 腹筋を使うと痛む。 T字帯が汚れる。

4/22(日)
8:30 ネマキとタオルを洗濯する。 テレビのカード500ポイント
9:30 診察 とくに問題なし、順調とのこと
11:30 携帯エリアでメール確認(なし)
12:00 昼食 頑張って食べる。食べたり動いたりすると汗をかく。
12:40 やっと便が出た。踏ん張り方が不足している。痛みのために難しいが痛みをこらえて頑張った。 踏ん張ると陰茎の先のチューブの境目から赤い尿が漏れ出す。
14:30 センターに入院証明書を頼んだ。受け取りは外来とのこと。
15:00 携帯エリアまで歩く。汗がでる。

4/23(月)
今日で入院して1週間がたつ。
6:00ロビーまで歩く。
6:30 採血 部屋でクイズの本を読んだ。今日も汗で苦戦しそう。でもなるべく歩く時間を増やそう。
7:30 妻にtelして少し現金を頼んだ。
8:00 朝食は薄切りパン2枚 ジャムとバター付き牛乳とサラダ 完食
8:30 洗濯
9:15 診察 順調とのこと ヤンキース-レッドソックス観戦
12:00 昼食 完食
13:50 レントゲン 胸部と腹部
14:10 妻にネマキを洗濯してきてもらった。あいかわらず汗をかくが少し減ったかも

立っている時間を増やしたほうがよいかも 水1リットル、ポカリスエット500×3 お茶1本頼んだ。2回目の洗濯を妻が手伝ってくれた。

18:00夕食 汗をかきながらほぼ完食 途中先からの尿漏れ。T字帯交換

17:40 歯磨きのときも尿漏れ。看護師に聞いたが隙間から漏れることはよくあるとのこと T字帯を汚さないようにパンツをはくことも勧められたがガーゼでもよいとのことなのでガーゼを頼んだ。 尿取りパッドでは部分的になるから勧められないとのことだが応急処置として試してみることにした。 計画では25か26日にはチューブが外せるとのこと後2~3日の我慢

4/24(火)
昨夜右手の点滴の針が抜けた。今朝の朝食は少ししか汗をかかなかった。
8:30 便が出た。でるときまだ下腹部が痛む。
9:30 尿のチューブが抜けた! これで身軽になった。
10:30 尿取りパッドを使用してブリーフをはく。
11:00 体操(骨盤底筋体操) 尿道を締める筋肉を鍛える体操 20分
尿漏れはかなり手強いと感じた。
ブリーフが汚れたのでトイレへ。尿をビーカに溜めて計量するが殆どでない。零ではないので1ccと記録した
パッドの重さ120g(正味95g) これでは垂れ流し状態。
現在残っているチューブはお腹に入っている1本だけ。 これも明日には抜けるそうだ。
11:30 このチューブが抜けてネマキが汚れたので処置を頼んだ。
12:00 昼食完食。
12時、14時、17時と3回パッドの重さ測定。ビーカに溜まる尿は殆ど0(いや0ではない!1cc程度)

尿漏れはかなり苦戦かも。今夜は2時間おきに起きて測定か。ブリーフはゴムが手術跡にかかって痛みが出たので、 売店でトランクスを購入した。このほうが具合が良いので妻にプラス2枚頼んだ。売店ではさみとテープ(パッドの取り付け用)を購入。 水1リットル+500ml×4を2回に分けて運搬した。

18:00 夕食の前にトイレで20ccほどでた。トイレで出た比率は10%でパッドへの漏れ量は90%。でも20ccは大幅増
20:00 45/85 45cc溜められるということらしい。

筋肉体操のせいか腹の皮が痛む。 夜中は1時間ごとに尿意のため目が覚める。 この日の夜は70~80cc位の尿が膀胱に溜まると尿意のため目が覚めトイレへ急ぎ尿の計量をした。尿意は膀胱に溜まった量だけでなく、 漏れそうになるという感覚により生じるらしいことが分かった。つまり尿道を締めている筋力が弱いと僅かな量の尿が膀胱に溜まっただけで尿意を催すことになる。 70~80cc位が今のところの筋力か。筋力の5倍増が必要か

4/25(水)
昨夜は殆ど眠れなかった。少し頭が重い。4時頃より起きだした。
6:00 トイレで80ccでる。パッド36g 筋力体操実施。
6:30 便がでる。出すのに苦戦した。筋力のせいか。 パッドの使用量が予想より大。(在庫11枚)昨日の10時から19枚使用。
9:00 診察で明日退院。予想より早い。抜糸とチューブ抜きも終わり。シャワーを浴びても良いとのこと。まず漏れをなくすことが先決といわれた。
19:40 執刀医のC先生がこられた。「結構もれているネ。歩いて。時間の問題です」と励まされた。

退院

4/26(木)
昨夜も1時間ごとに目が覚めて尿の測定をした。少し頭痛がある。寝不足か
横になっていると100~120cc程度まで溜められそう。立ち上げると60ccくらいもれる。
妻が来てくれて退院の準備をしてくれた。入院費用(329,760円:3割負担)をデビットカードで支払って退院。自宅までタクシーも考えたが、最寄駅までタクシーであとは電車で帰った。 入院10日間は予想より短い。


退院後

2007/4/26 退院後しばらくはトイレに頻繁に行くため2階ではなくトイレのある1階に寝ることにした。
通勤は連休明け5/7(月)から。トイレも個室でないと使用できない状態だが、頑張っていくことにした。

5/ 7 午後から出勤
5/ 8 午後から出勤
5/ 9 休暇
5/10 8:05~16:00
5/11 8:05~16:05
以後しばらくは8:05~16:05程度の勤務体制。(通勤はフレックス制であったので助かった)
5/22 手術後初めての客先での業務。
6/21~ 3泊4日で妻と娘と私の3人で北海道旅行。まだ尿取りパッド巻きつけているためトイレも個室でないと使用できない状態で頑張って参加した。
手術後、70代で退職するまで10年以上業務には特別な影響なく勤務できたことはありがたいことであった。これにはいくつかの幸運が重なっていたと思っている。

1.勤務先でPSA検査(血液検査)を受けて異常値がみつかったこと。
2.3年後の最初の生検でがん細胞が見つかったこと。
3.A病院で前立腺全摘手術をうけたこと。
4.勤務先のフレックスな勤務体制(勤務時間と業務量のフレックスな選択)。

また手術後10年にわたり毎年1回A病院の泌尿器科でPSAの検査を受けた。
測定結果は毎年検出不能レベルで10年後の2017年、執刀医からは前立腺癌の卒業といわれ、以後PSAの検査は受けていない。
尿漏れの経過

2007/4/17 A病院入院
2007/4/19 A病院で前立腺全摘手術。
2007/4/24 尿道内のチューブ除去
2007/4/26 退院
2007/5/ 7 出勤開始(手術後18日)

退院後しばらくは尿漏れが多く、1日に複数のパッドを使用。 パッドを陰茎部に巻きつけて使用するため、トイレは小の場合でも個室でないとだめなので通勤も途中駅で降りトイレの個室を使用する日が続いた。 手術後2か月経過した頃、長女から小樽旅行を誘われた。妻と長女と私の3人で家族で小樽へ、楽しい旅行となった。

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手術後3カ月を過ぎるころからパッドの使用は1日に1枚に減少。 さらに手術後5カ月後くらいから小型のパッドで済むようになり、下着にテープ止めして使用できるようになり、トイレで個室に入る必要がなくなった。 この変化はトイレの使用の面で、大きな改善となった。 手術後半年程度でパッドを使用しないで済む人も多いらしいが、私の場合は10年たってもパッドから卒業できないでいるが、多少の尿漏れは手術前からひそかに覚悟はしていたので、現状をあまり気にはしていない。



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