ある双子兄弟の異常な日常 第二部
第1章 危険なゲーム
SCENE1

 『あの時』の自分の顔を覗き見たいと思ったことはあるか。
 普段鏡の中で見る自分の顔と、それはどう違うのか。
 快感に体が変化していくのに合わせて、やはり変わっていく、その顔を見ても、自分のものだと思えるだろうか。
 後ろめたいと感じながらも、きっと誰もが密かに見たがっている。
 そう、肉体がのぼりつめ、ついに解放されて、果てる、あの刹那にさらけ出した、己の本当の貌を。 



「ふふん」
 レイフは、浴室に持ち込んだカセットデッキのスイッチを押し、今はやりのポップなダンスミュージックを流した。
「うん、やっぱり、マイケルは最高だな」
 夕食の前に先にシャワーを浴びてくるよう母親から言われたレイフは、誰も見ている者がいないことを幸いとばかりに、リズミカルな音楽に合わせて、服を脱ぎだした。
 今学校でも一番はやっているナンバーだ。
「オレはワルだ」 
 ふんふんと口ずさみながら、脱いだシャツを頭の上でくるくる回し、浴室の隅っこに投げる。同じように、ジーンズもぽい。靴下も下着も、ぽい、ぽい。
 どうせ後で拾い集めなければならないのだが、取り合えず、そんなこと、クールなワルは気にしない。
「よしっ」
 素っ裸になったレイフは、浴室を大股で歩いていくと、壁の大きな鏡の前に立った。
 鏡の中には、いかにも大人ぶって、眉間にしわを寄せてしかめ面をしている、背の高い少年が立っている。
 これでまだ13歳には見えないだろう。アメフトで日頃鍛えた体は、この年にしては立派なものだ。腕を曲げてみると、一人前にちょっとした力こぶくらいできるし、昔は細っこかった脚も最近たくましくなってきた。こうして胸をそらすと肋骨が浮き出てしまうのは、まあ、ご愛嬌だ。今は、身長が伸びる方に栄養がいってしまうらしく、どんなに食べても、期待ほど筋肉はついてくれないのだ。
(それに…)
 レイフは、ちらっと自分の下腹部の方を見下ろした。ちょっと赤くなった。
(ここだって、父さんほどじゃないけど、なかなか凄いものさ。もう、立派な大人の男だぜ、オレは)
 生憎、まだ一度も使ったことはないけれど。
 鏡の中の自分の顔が、一瞬自信なさげなものになるのに、レイフは、ふるふると頭を振った。
(つまらないこと、考えるのはよそうっと)
 レイフも思春期の少年なので、女の子のことは興味があるし、気にもなるのだが、女の子と話したり、ましては付き合ったりするのは苦手だった。緊張を隠すために、つい乱暴な態度を取ってしまうため、同じクラスの女の子からの受けも悪かった。
 体は早熟でも、彼の中身は実に初心でおくてだったのだ。
(えい、最大ボリュームだ)
 レイフは、自分を高揚させようと、音楽をいっぱいに鳴り響かせた。
 母さんが怒るかもしれないけれど、ちょっとくらい構うものか。
 そうだ、母親の小言にびくびくするなんて、男らしくない。
 調子に乗って、レイフは、鏡の前からシャワーの方までムーンウォークなどしてみた。
 ついでに、ちょっと腰も振ってみた。
 リズムに合わせて、あっちに振り振り、こっちに振り振り。
 最後に決めポーズだ。 
(オレって、カッコイイ?)
 レイフが、浴室のドアの方に体を向け、びしっと決めた姿で静止した、その時―。
「レイフ」
 平然とした声が、レイフを呼んだ。レイフとそっくり同じ声質だ。
 レイフは、ぎょっとなって目を見開く。
「シャンプーがきれているはずだから、持っていってやれって、母さんが」
 いつの間に、浴室のドアを開いたのか。
 レイフの双子の兄クリスターが、シャンプーのボトルを手に、すたすたと中に入ってきた。
「シャワーを浴びる前に、そのくらい確認しろよ。世話が焼けるな」
 全裸のままで、変なポーズのままで、非常に気まずい思いをして凍りついているレイフの胸に、クリスターは、何事もなかったかのように、シャンプーのボトルを差し出した。
「あ…あり…がと…」
 うつろな声で、レイフは言った。
「どういたしまして」
 にっこりと、どこか取り澄ました顔でクリスターは笑う。
 その目に、何かしら哀れむような表情がうかんでいる気がするのは、レイフの錯覚だとは言い切れなかった。
「うっ…うっ…」
 レイフの顔が、さっと紅潮した。
「お、おまえ…クリスター、人がシャワーを浴びてる時に…いきなり入ってくる奴があるかっ…ノ、ノックくらいしろよ…!」
「したよ、ノックなら」
 たしなめるような調子で、クリスターは言った。
「お前が気がつかなかっただけじゃないか。素っ裸で、マイケル・ジャクソン気取りで腰を振って踊るのに、夢中でさ」
 レイフの顔から、火が出た。
「こ、この…!
 言葉にならない罵声を浴びせて、レイフは手に持ったシャンプーのボトルを双子の兄に向かって投げたが、クリスターは素早く浴室の外に退避していた。
 シャンプーのボトルは、ドアにあたって跳ね返り、呆然と立ち尽くすレイフの足元に転がってきた。
「あ、兄貴のアホー!」
 真っ赤な顔で、地団太を踏んで悔しがるレイフは、本人は認めたがらなかっただろうが、全く子供のようだった。
 少なくとも、レイフの兄ならば、裸踊りを目撃されたくらいで動じまい。 
 いや、そもそも、そんな馬鹿なまねをクリスターがするはずもなかったのだが。
 そう、13歳になった双子兄弟は、こんな具合で、相変わらず、兄が弟の一歩も二歩も前を歩いているのだった。
 生まれた時から少しも変わらない、彼らの位置関係だった。


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