ある双子兄弟の異常な日常 第三部

Paradise Lost

SCENE3


「気を落とすなよ、クリスター…そうは言っても、おまえもしばらくは辛いだろが、ヘレナさんをしっかり支えてやるんだぞ」

「ありがとうございます、フランクス・コーチ…レイフと一緒に母を守っていくつもりです」

 この日、葬儀社が用意した斎場には、ラースの仕事関係の知り合いや親交のあった人々が、一日中ひっきりなしに弔問に訪れていた。

 気丈なヘレナは、衆人環視の中で取り乱した姿こそ見せなかったが、さすがに全てを完璧に取り仕切ることは負担が重そうだったので、途中でクリスターが引き継ぎ、葬儀社のディレクターの助けを借りて、それら対面式を訪れる人々の相手をしていた。

「それにしても、さすがに、生前多くの人達に慕われていたラースさんだけあるな…献花も弔問客の多さも、大したものだ」

「そうですね。お悔やみの言葉をかけられた時にも、結構親しみを込めて話し込んでいかれる方が多くて、ああ、父さんはこんなにたくさんの人達に愛されていたんだなと、今初めて分かったような気がします」

「うむ…だが、これだけの数の弔問客を1人でさばくのも、大変だろう? 葬儀社のスタッフをうまく使えよ。レイフはどこに行ったんだ…?」

「レイフは、さっきトムが来ていたので、たぶん、一緒に控え室か外に行って話し込んでいるんだろうと思います。まあ、身内の葬儀なんて初めてで戸惑うことばかりですし、大変は大変ですけれど、むしろ、忙しい方が気持ちが紛れていいような気がしますよ。それに、父さんが死んだという実感もまだなくて…きっと、本当の悲しみを覚えるのは、明日の葬儀が終わった後なんでしょうね」

 ほとんどいつもと変らない冷静な態度でホスト役を務めていたクリスターが、ふと一抹の寂しさを漏らすのを、フランクス・コーチは気の毒そうに見つめた。

「そうか、それもそうだな…クリスター、何かあれば、いつでも連絡をくれ。俺にできることがあれば、力になるぞ」

 フットボール・チームのスタッフと一緒に訪れてくれたフランクス・コーチを、最後に握手を交わして送り出した時には、もう夜半に差し掛かり、斎場には数人の親戚とラースの友人達がちらほら残っているだけになった。

 ヘレナの姿を探すと、彼女は壁際に飾られた献花の前の椅子に坐って、傍らにいるビョルンと静かに話し込んでいる。

 今でこそ随分落ち着いたように見えるヘレナだが、昨夜クリスターが病院に駆けつけた時には、ラースの死亡が確認された直後ということもあって、ひどく打ちのめされ、彼の腕にすがりつくようにして泣いていた。凛然とした強い母の姿しか知らないクリスターは途方に暮れ、うまく言葉もかけられず、彼女を抱きしめることしかできなかった。

 そうこうしているうちに、ビョルンに伴われたレイフが病院に到着し、またひとしきり涙の雨を降らせた後は、連絡を受けてやってきた葬儀ディレクターから葬儀や埋葬に関する手続きを説明され、何が何だか訳が分からないままに、流されるようにして、クリスターは今この場にいる。

(本当に、半分夢の中にいるかのようにふわふわして、実感がない…)

 それでも、この部屋の奥、祭壇に安置された大きな棺の中には、ラースの遺体が横たわっているのだ。

 クリスターはその祭壇にはなるべく近づこうとも目をやろうともしなかったが、この時ふっと眺めやると、いつの間にか斎場に戻ってきたレイフが、棺の縁に手を置いて、中をじっと覗きこんでいた。

「レイフ、トムはもう帰ったのか?」

「うん…」

 クリスターが近づいて声をかけても、レイフは目を上げようとせず、棺の中のラースの顔に、魅せられたかのように熱心に見入っている。

「父さん、まるで眠っているようにしか見えないよな。声をかけたら、目を開いて起き上がりそうだ」

 レイフは昨夜から泣き続けてすっかり泣き腫らした目をまた少し潤ませ、鼻をすすりながら、言った。

「トムも他の皆も、すごく安らかな綺麗な顔だって言ってくれた。ずっと体調を崩しているって聞いてたし、あんな別れ方をしたきりだったから、どんなにやつれきった顔をしているんじゃないかって見るのが恐かったんだ…それが、今ここにいるのは以前と変わらない父さんだ。死んでいることは確かだけど…ちょっとだけほっとするよ」

 クリスターは少々複雑な思いを噛み締めながら、レイフの慨嘆に耳を傾けていた。

 ラースがすっかり元通りの姿を取り戻してここにいられるのは、遺体の処置をしてくれた技術者の腕がよほどよかったからだろう。昨夜レイフも病院でラースの最期の姿と対面したはずだが、動転していたせいで、細かい所はあまり覚えていないのだろうか。

(だとすれば、レイフは幸せだな…あんなに好きだった父さんの死に顔を、信じた何もかもに裏切られて死んだ、苦悶の表情として記憶することになったら…そんな重荷、きっとこいつには耐えられない)

 クリスターはレイフほど、物言わぬラースの遺体に親近感を覚えることはできなかった。欺瞞だとさえ思った。展示されるため、人の手を借りて見場よく整えられただけで、ラースの最期はやはり、彼を支え立ち直らせようとしたヘレナが涙を堪えきれなくなるほどに、悲惨なものだったのだ。

(僕が最後に見た父さんの姿が、一番真実に近い…憎しみに血走った目で僕を睨みつけ、銃を向けた、あの父さんの顔を僕は一生忘れることはできないだろう。僕とレイフに裏切られて絶望し、自暴自棄に陥った末、こんなに早く、呆気なく死んでしまった)

 クリスターは、涙もなく、乾いた虚ろな目を棺の中に横たわっている父親に向けた。もっと胸が痛んだり、悲しみがこみ上げたりしてくるかと思ったが、不思議なほど何も感じなかった。冷たい氷の塊が胸の中にあるかのようだ。

(僕と父さんの関係は、あの時に終わってしまったからだろうか。父さんが死んでしまっても、それは他人の死と同じでしかない…だって、生きていたって、父さんが僕を息子として受け入れてくれることは二度となかったはずだから…それとも、生きていれば…もしかしたら、何か変わったろうか…生きてさえいれば、いつかは…?)

 穏やかに目を閉じたラースの顔を眺めているうちに、いつの間にか、クリスターはとりとめもない思考に沈み込んでいった。 

(ねえ、父さん、あなたは、僕達を最後まで憎んだまま逝ってしまったんですか? それとも、ほんの少しでも、僕達を愛していた時の気持ちを思い出してくれた…?)

 エンバーミング処置のおかげで、どす黒かった顔には健康そうな赤味が差し、こけた頬や服の中には詰め物がされて、すっかり元通りの逞しさを取り戻したラースを見ていると、真実と錯覚の境があやふやにぼやけてしまいそうになる。

(おまえ達はもう俺の子供じゃない)

(おまえ達は父さんの一番の宝物だよ。…生まれてきてくれて、ありがとうな)

 一体どちらが、父にとって、最後に残った真実であったのか。

 クリスターは軽い混乱を覚えて、ラースの姿からとっさに目を背けた。

「クリスター…?」

 レイフが怪訝そうに眉を潜め、呼びかけてきた。

「ああ」

 自分が最後に見た父の姿をレイフに話すことは絶対にできないなと思いながら、クリスターは弟に顔を向けた。

「何だい、レイフ?」

 レイフは、探るような奇妙な目をして、クリスターをじっと見ていた。

「クリスターってさ、あまりいつもと変らないんだよな。涙も見せないで、強いんだ…あの母さんだって、泣いていたのに…」

「僕まで泣いている訳にはいかないからね…せめて、葬儀をちゃんと終わらせるまではと、できるだけ感情はセーブしているんだよ」

 レイフは、少し哀しげな微苦笑をうかべた。

「クリスターは、こんな時まで自分を保っていられるんだな…オレは駄目だよ。だって、父さんが死んじまったのは、オレ達のせいなのに―」

「レイフ」

 レイフは、うっかり漏らした自らの言葉に絶句し、口元を震わせた。

「そうだ…オレ達のせいなんだ…」

 突き上げてきた強い感情をコントロールできなくて、レイフはくしゃりと顔を歪ませる。

「レイフ、もう泣くなよ…おまえがいくら泣いたって、父さんは…」

 レイフの嘆きようを見て気持ちを乱されたクリスターは、ぱたぱたと涙をこぼしている、その顔に手をやってぬぐおうとした。

 クリスターが頬に触れた途端、レイフはびくっと身を震わせ、反射的にその手を振り払った。

「レイフ…」

 クリスターが打たれた手を引っ込めて呆然と呼びかけると、レイフも自分がしたことにちょっと呆然となりながら、彼を見返した。

「レイフ、おまえは、僕とのことを…後悔しているのか…?」

 どんな答えが返ってくるのか半ば恐れながら、クリスターが問いかけると、レイフはさっと頬に血を上らせ、激しい目で見返してきた。

「違う…!」

 意外なほど強く、はっきりとした口調。

 しかし、またしてもレイフは、思い出したかのように棺の方にちらりと目をやり、そして、急に意気をなくして、小さな声でぽつりと呟いた。

「分からない…ごめん、オレ、何て応えたらいいのか、分からないよ」

 クリスターは途方に暮れたように、レイフを見守った。

(レイフ…レイフ…)

 レイフはクリスターの切ない眼差しには応えず、悄然と項垂れて父親に見入っている。

 クリスターは無性に腹立たしくなってきた。

(よせよ、そんなに見つめたって、父さんはもう応えてくれないんだぞ…!)

 クリスターがレイフの肩に手を伸ばしかけた、その時、背後から、控えめな男性の声が彼に呼びかけた。

「クリスター」

 クリスターが振り返ると、そこには、先程までヘレナに付き添っていたビョルンが、母に似た端正な面差しに微かな哀感を漂わせて、ひっそりと立っていた。

「伯父さん…」

 ビョルンは棺の中のラースに考え深げな眼差しをしばし当てたかと思うと、穏やかで人好きのする微笑をクリスターに向けた。

「今いいかな? ヘレナが、明日の葬儀について、君と話したいことがあるらしいんだ」

「ああ、はい…」

 クリスターは少し動揺しながら、弟から離れた。レイフと言い合いになりかけているのを、ビョルンに不審に思われただろうか。

「ヘレナとの話が済んだら、ここは私が見ているから、少し君も休みなさい。別室に軽食が用意されているよ。今朝から何も食べていないだろう?」

 ビョルンはクリスターの肩にそっと手を置いて囁くと、改めて、まだ棺から離れようとしないレイフの方に歩いていった。

「レイフ」

 ビョルンが背中で手を組んで傍らに立ち、優しく話しかけると、レイフは素直に顔を上げた。いつまでも泣いているのを見られて恥ずかしかったのだろう、荒っぽく目元をごしごしこするのをそっとやめさせて、ビョルンはレイフがたどたどしく話す言葉に耳を傾けている。

 そんな弟の様子を哀しい気分で眺めた後、クリスターは黙って踵を返した。

(ごめんよ、後悔しているのかなんて、残酷なことを聞いてしまった。僕はおまえを愛している、おまえも同じ思いだと信じている、でも…)

 血を分けた兄弟を愛したことを、それを確かめ合ったことを後悔などしていないと、まるで2人の犯した罪の犠牲になったかのように死んでしまった父親の棺の傍で言い切れるかというのは、また別の話だ。

 逆に、レイフから同じ問いを投げかけられても、クリスターにはやはり、分からないと応えることしかできなかったろう。

「だから、おまえが僕に謝ることなんかないんだよ、レイフ」

 まるで弟に直接語り掛けるかのように、優しい、理解に満ちた声で呟くクリスターの目から、幾滴かの涙が零れ落ちた。

 今更のように、ひどい喪失感と寂寥感に見舞われて、クリスターは心配そうな周囲のお節介な視線を避けるよう、俯かずにはいられなかった。

 失ったのは、父親の命だけだったろうか。ようやく手に入れた、もっとずっと大事なものまで、一緒に失ったような気がしてならなかった。

(レイフ、僕はまた、おまえを見失うのか…?)




 翌日、同じ斎場での追悼のミサが終わると、ラースの棺は郊外の共同墓地へと移された。

 棺を載せた葬儀社の黒いバンを後ろから車で追いかける道中、レイフは、前の座席に坐っているクリスターの頭をぼんやりと見ていた。

 あれほど強く、ずっと会いたいと願い続けてきた相手なのに、ここに戻って以来、ほとんどろくに話もしていない。

(だってさ、まさか、こんな形でこいつと再会するなんて夢にも思ってなかったからさ…ああ、オレは、ずっとずっと心の中で祈ってた。クリスターに会いたい、神サマ、どんなことでもするから会わせてください…だからって、父さんの葬式でこいつと顔を合わせるのだけは、勘弁して欲しかったよなぁ)

 ラースが急死したなどと、レイフは病院に着いてこの目で確かめるまで、信じていなかった。

(体の調子がよくないとは聞いてたけど、まさか死んでしまうなんて思わなかった。だって、まだ44才だぜ。早すぎるよ、あり得ない。そうだよ、だからオレ、いつか…時が経てば、父さんもオレ達のことを許してくれるかもしれないなんて、甘い期待をしていた。なのに、オレ達を憎んだまま、こんなに早く死んじまうなんて、あんまりだよ、父さん…!)

 病室で見たラースはあまりにも面変わりしていて、レイフはとても正視などできなかった。昨日の通夜に集まった大勢の人達に、あの顔を見せるとしたら、絶対反対しただろう。

 しかし、葬儀社のスタッフによって病室から運び出され、その日のうちに棺に入って家族のもとに戻ってきたラースには、もはや病苦の影も形もなく、プロの技術とはいえ、レイフは魔法にでもかけられたような気分だった。

(皆、とても安らかないい顔だって言ってくれたね、父さん…その通りだとオレも思ったよ。何の苦しみもなく眠っているようだったから、見ていて、何だか少し胸の痛さが和らいだような気さえした。でも、本当は、父さんがそんなに安らかに死んだ訳じゃないことくらい、オレにも分かってんだ)

 またしても涙がこみ上げてきて、レイフの視界はぼんやりとかすれた。もともと涙腺はゆるいのだが、我ながら、こんなに後から後から涙が出てきて、よくからからにひからびてしまわないものだと呆れてしまう。

(こういうところは、オレ、父さんに似たんだよ。父さんも、タフに見せたがるくせに、結構涙もろかったものな)

 くすんと鼻をならすと、クリスターが頭を巡らせてこちらを振り返ったので、レイフは慌てて、窓の外を流れていく景色を眺める振りをしてごまかした。

(クリスター、今、何を考えてる…? オレ達のせいで父さんは死んだんだ。まるで感情を遮断してしまったように淡々と動いているおまえだけれど、やっぱりすまなさや罪悪感は感じてるだろ? あのことを後悔しているのかとおまえはオレに尋ねた。オレは分からないとしか答えられなかった。…おまえはどうなんだ、なぁ…?)

 こんなに近くにいるのにクリスターとは一言も言葉をかわさず、どことなく気詰まりな時間はとても長く感じられたが、ついに葬列は、ラースが埋葬される共同墓地に到着した。

 街中を離れた場所にある、広い公園のような墓地には、美しく手入れされた芝生が青々と茂っていて、その上を、ラースの棺が従兄弟や親しい友人達の手によって粛々と運ばれていく。更にその後ろに、黒い喪服に身を包んだ、レイフ達遺族や親族が続く。 

(クリスター、オレ達は、一体これからどうすればいいんだろう? ああ、この4日間、おまえと2人きりで話し合おうと思えばできたはずなのに、できなかった。だって、オレ達がこれから先どうするかなんて…死んだ父さんの傍で図々しく話せるか…?)

 美しい緑の中を静々と進む列の中、レイフは隣に並んで歩いているクリスターをずっと意識していた。まともに顔を見たり話しかけたりはできなかったが、その手にともすれば目が行き、追っていた。

 昨日、レイフがとっさに払いのけてしまった、クリスターの手―。

(違うよ、オレはおまえの手をもう二度と取らないって意味じゃないんだ、クリスター。分かっているだろ、オレはおまえを今でも―)

 その手を取って引き寄せて、クリスターにそう訴える想像をしてみるレイフだったが、すぐに、これがどういう場であるかを思い出し、後ろめたい気分になった。

(そうだ、これは父さんの葬式だ。こんな場所で、まだクリスターを愛している、父さんを死なせても、オレはやっぱりこいつと一緒に幸せになりたいんだなんて、どうして言える…?)

 それどころか、この先ずっと今日の記憶は消えないのではないかと、ラースの棺が予め用意されていた穴にゆっくりと下ろされていくのを眺めながら、レイフは思っていた。

(土の下はやっぱり寒いだろうか…ごめんよ、父さん、こんな目に合わせて、本当にごめん…)

 周囲からはまた、耐えかねたような、静かな嗚咽とすすり泣きが漏れていた。

 いつの間にか牧師がやってきて、死者のための最後の祈りの言葉を唱えている。

 レイフはゆっくりと目を上げ、墓穴に下ろされたラースの棺を挟んで向かい合って立っている、双子の兄を見つめた。哀しみに打ち沈み、傷つき疲れた顔をしていた。

 ごめんと、その唇が小さく紡ぐ。

 やがて、クリスターもレイフの視線に気付いて、顔を上げた。

(これから先、オレ達の間にはずっと、オレ達が殺した父さんが横たわっているだろう…忘れてしまうことは、できない)

 2人がそうして無言のまま視線を絡ませあっているうちに、祈りは終わり、最後の別れをすませた人々は、ビョルンに支えられたヘレナも含めて、墓地から静かに離れていった。

 ラースの傍に残るのがほとんど彼らだけになった時、クリスターの目が僅かに見開かれ、唇が動いた。

「レイ…フ…」

 レイフははっと息を吸い込み、同じようにクリスターに呼びかけようとしたが、その時、ラースの怒りに満ちた声が頭の中に鳴り響いた。

(おまえ達は、親を殺しておいて、まだ懲りないのか…!)

 レイフは、足元に横たえられている棺を恐々見下ろすと、心を半分に引き裂かれるような気分で、もう一度クリスターを見た。

 クリスターはそれ以上何も言わず、哀しげな、諦めたような目をして、レイフにそっと背中を向けた。

(クリスター…待ってくれよ、オレを置いていかないでくれ)

 先を行く、他の遺族達の後を追って歩いていくクリスターの後ろ姿を見送りながら、レイフは呆然と立ち尽くしていた。

(兄さん…!)

 ふいに、頬に何か冷たいものが当たるのを感じた。

「雨…?」

 レイフが顔を上げると、先程までよく晴れていた空はいつの間にか暗い雲に覆われて、大きな雨の粒がぽつぽつと地上に落ちてくる。

「ああ、これは、本格的な雨になりそうだなぁ」

 己の唇から、淡々と感情のこもらない声がそう呟くのを、レイフは無力感に打ちひしがれながら、聞いていた。


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