ある双子兄弟の異常な日常 第三部

第7章 FAKE

SCENE12


 クリスターが頭の中で今日の式典での計画をシミュレートしながら鏡の前でネクタイを結び、髪を軽く手で撫で付けていると、部屋のドアが開いて、先に支度を整えて一階のリビングに降りて行ったはずのレイフが、ひょいと顔を覗かせた。

「ごめん、待たせたかな?」

「ううん、何となく、兄貴何してるのかなって様子を見にきたくなっただけ。時間はまだ充分にあるんだから、焦ることはないさ。なあ、今日のスピーチはうまくできそうか? 父さんが、すごく楽しみにしているぜ?」

「ああ、大丈夫だよ。僕のする仕事にミスはない。原稿も一応書いたけど、全て頭の中に入っているからね」

「おお、自信満々じゃん。オレも期待してるからさ、カッコよく決めてくれよ、兄貴」

 懐っこく笑いかけながら、レイフは着慣れないワイシャツの襟を窮屈そうに引っ張っている。

「あまりいじりまわるなよ、ネクタイが歪んでいるぞ。どうせ自分じゃ直せないくせに…」

「どうせ上からガウンを着るんだから、中はティーシャツだって別に構わないような気がするんだけどさぁ」

「それじゃあ格好がつかないよ。写真にも残るんだから、きちんとしておけよ」

 クリスターは微笑んで、レイフの襟に手を伸ばし、ネクタイの形を直してやった。

「あ、クリスターも、そのリング注文したんだ」

 自分の喉もとで動いているクリスターの指をちらりと見下ろしながら、レイフは言った。卒業記念にと注文した、グラデュエーションリングがそこに輝いている。

「おまえもかい?」

「うん、他にマグカップとティーシャツも…リングは高いからどうしようかなって迷ったけど、これも記念だと思って、アルバイト料から奮発したよ」

 レイフは自分の名前と卒業年度が裏に刻まれている、クリスターと同じデザインのリングを示しながら、嬉しそうに言った。

「へへ、兄貴とお揃い」

「何言ってるんだよ、気持ち悪いな」

 クリスターは唇をすぼめ、素っ気なくレイフから身を引くが、まだじゃれつきたりないらしいレイフは、クリスターの指輪のはまった手を捕まえ、ためつすがめつ眺めながら、何事か考えている。

「レイフ、ふざけるのはそろそろよせよ。父さん達を待たせているんだろ? 家の前でも一枚写真を撮ろうって、言ってなかったか?」

 次第に落ち着かなくなってきたクリスターが促しても、レイフはクリスターの手をしっかりと掴んだまま離そうとしない。

 クリスターが怒って手を振りほどこうとするより先に、レイフはぱっと顔を上げて、クリスターの目をまっすぐ覗き込んだ。

「なあ、クリスター、頼みがあるんだけど、聞いてくれるか?」

 クリスターはとっさに怯んだ。

「何だよ…?」

「この指輪、オレの指輪と交換してくんない?」

 冗談めかした軽い口調で言っているものの、レイフの目は真剣そのもので、クリスターを戸惑わせる。

「な、いいだろ? 頼むよ…オレ、クリスターの名前の入ったもの、何か欲しい」

 クリスターの指に絡みつく、レイフの指先に力がこもる。

 何だか息が苦しくなってきたクリスターは、レイフから少しでも体を離そうと身動きしたが、手を捕まえられているので、どうしても逃げられなかった。

「そういうことをするのは、たぶん、付き合っている子達くらいだよ…大体これはおまえの卒業記念だろ。代わりに僕の名前が入ったリングなんか持って、どうするんだよ?」

「まさか、誰かと交換する約束してるのか? 嫌だよ、誰にもやるなよっ、オレがもらうんだから」

「そんな約束誰ともしていないよ…おい、僕がいつおまえにこのリングをやるなんて言ったんだよ。勝手に決めるなよ、これは僕のなんだから」

 クリスターがすげなく断ろうとすると、レイフは俄然本気になって、食い下がった。

「で、でも、オレ、どうしても欲しいんだよ。兄貴のリング持ってたら、卒業して、1人でテキサス行っても、そんなに心細くならないかなって…」

 さすがに恥ずかしくなったらしいレイフが、顔を赤らめ、口ごもりながら訴えるのに、クリスターは息を吸い込んだ。

 クリスターから離れてテキサスで暮らすことが心細いなどと、もうずっとレイフは訴えなくなっていたのに、内心では、やはり不安で不安でたまらなかったのだ。

 すっかり明るさを取り戻したかに見えた顔の裏で、レイフもクリスターと同じように、隣の部屋にいる片割れを恋しがって、悶々と眠れぬ夜を過ごしていたのだろうか。そう思うと、そんな弟がいじらしくて可愛くて、クリスターはもうどうしたらいいか分からなくなった。

「ば、馬鹿…分かったよ。リングくらいやるから、手を離せよ。痛いじゃないか」

 動揺を誤魔化すよう、わざとイライラした口調で言って、クリスターは自分の指から真新しい金のリングを抜き取り、レイフの眼前に突き出した。

「ほら、代わりにおまえのをよこせよ」

「あ、ありがとっ」

 クリスターがそっぽを向いている間に、レイフは早速自分の指輪を外して、代わりにクリスターの指に収まっていた指輪をはめると、クリスターの広げた手の上に自分の名前の刻まれたリングを落とし込んだ。

「全く、兄弟で指輪の交換なんて寒いこと、友達にばれたら、何て説明するんだよ」

「デザインもサイズもおんなじだから、単純に間違えたんだって、誤魔化せばいいじゃん」

 クリスターが仏頂面でぶつぶつ文句を言いながら、自分のリングを指にはめるのを、レイフは満足そうに眺めている。

 クリスターはやれやれというように溜息をついた。別に今日がそれほど特別な日だという意識はクリスターには薄かったのだが、レイフのおかげで、随分気持ちを揺さぶられてしまった。

「さあ、もういいだろう、レイフ。行くよ」

「うん」

 クリスターの手が、まだ少ししんみりと考え込んでいるレイフの頭に伸び、赤い頭をくしゃりと撫で、肩にかかる。

(レイフ、僕の可愛い弟…たとえこれから先、どんなに遠く離れて暮らすことになっても、僕はおまえを片時も忘れることはないだろう)

 そうして2人は一緒に部屋の外に出て行き、階下で彼らを待っている両親のもとへ急ぎ向かった。




 フィリップス・アーバン高校の卒業式は、晴れ渡った空から降り注ぐ初夏の光が眩しい、6月3日に開かれた。




 大勢の父兄や教師が待ち受けるホールの中へ、濃紺のガウンと帽子を身につけた、生徒達が次々と入場していく。

 卒業生代表のスピーチを行なうクリスターは列の先頭に立って入場するため、レイフがいる位置からは離れていて、彼が今どんな表情をしているのかは分からない。

 レイフは、学校から貸し出された長いガウンや帽子をまとって、ホールの外で待機している間、周りにいた友人達とふざけあっていたが、そんな楽しく明るい雰囲気の中にいても、トムや他の仲のよかった友人達とも今日で別れるのだと思うとちょっと寂しい気分になっていた。

 トムは、実家はテキサスだが、大学は南カリフォルニア大学に決まったので、残念ながら、卒業後はレイフとは遠くなる。大学でもフットボールを続けたい気持ちはあるが、どうなるかは分からないという。

(だって、俺はおまえのような天才とは違うからさ、まさかフットボールで将来生活しようなんて思っちゃいないよ。もちろん好きだから、カレッジ・チームに入れたらいいけれど、俺の体格じゃあ難しいな。実はさ、将来映像関係の仕事につけたらいいなって夢があるんだよ。だからさ、これから大学で、そのための勉強をしたいんだ)

 フットボール・チームの仲間達の内で、一体何人がこれからもフットボールを続けるのだろう。レイフのような恵まれた状況にある者はむしろ少なく、トムのように、大学では別の目標を定めて心機一転取り組む連中が大半だろう。別にそれは悲しいわけではなく、1つの区切り、新しい時代の始まりであるというだけのことだ。

(そうやって、皆ばらばらになって、それぞれ自分の道を歩いていくんだ。それが、一人前の大人になるっていうことなんだよな)

 この先に待ち受けている新しい出会いや発見を思うと、レイフももちろんわくわくしたり、ちょっと楽しみな気になったりはする。

 ただ、卒業してしばらくの間は、かつての仲間や友人達が恋しいだろう。人一倍情の深いレイフは、コーチ宅で開かれた、卒業を控えたチーム・メイトとのパーティーでも、最後の方は半べそをかいてしまい、皆にからかわれたものだった。

(今日は泣かないぞ、絶対泣くもんか…人前で大泣きするなんて、男としての沽券に関わる…そんなこと言ったって、今更手遅れっぽいけどさぁ)

 ホールの中に入ると、黒のガウンを着た教師達が並んで卒業生を迎えてくれた。客席には父兄や親戚、友人達が彼らの入場を待ち受けていて、手を振ったり、カメラのシャッターを切ったりしている。

 レイフのためには、両親の他に、叔父のビョルンが駆けつけていた。ヘレナと同じ血筋らしい、背がすっと高くて、知的で端正な容貌の叔父は、自分に子供がないだけにレイフ達をとても可愛がっていた。レイフの視線に気付いたのか、ヘレナと親しく話しこんでいたのをやめて、穏やかな笑顔をこちらに向けてくる。

 ラースは、立派に成長してこの日を迎えた、溺愛する息子達の姿にひたすら感無量の様子だった。レイフの姿を見つけるや嬉しそうに手を振り、身を乗り出すようにしてカメラを構えている。

(ああ、親父ってば、子供みたいにはしゃいでら…その辺にしとかねぇと、母さんに叱られっぞ。ビョルン叔父さんは、ちょっと久しぶりだなぁ…おばあちゃんの調子が悪いから、代わりに見に来てくれたのかな)

 スピーカーから流れてくる行進曲は、『威風堂々』だ。一通り終わるとまた初めに戻って何度も繰り返されるので、耳に馴染んで、しばらく離れなくなりそうだ。

 人気者のレイフは、家族や知り合い以外に、彼に憧れる下級生達からもシャッター・チャンスを狙われていて、あちらこちらでたかれるフラッシュの光にちょっと目が眩みそうになっていた。

 いつ写真を撮られても大丈夫なようにしゃんと背を伸ばし、きりりとした顔をして、ペアになった女生徒と並んでホールの中央を粛々と歩いていくうちに、レイフの意識はふっと現実からさまよい出ていった。

(卒業後、オレは、生まれて初めてクリスターと離れて、1人、別の土地に住み、新しい生活を始める。オレが双子だなんて知りもしない新しい仲間、友人達に囲まれて、大学でもやっぱりフットボールが中心の生活を続けるんだ…カレッジの強豪チームの練習は相当ハードだろう。それなりに勉強もしようとすると大変だろうな。毎日がへとへとになるほど忙しくて、高校時代なんか思い出す余裕もなくなったりしてさ。そのうち、もしかしたら…クリスターのことすら、それほど恋しくならなくなったり、あいつが言ったように、他の誰かと一緒に暮らしていたりなんてことになるんだろうか…?)

 人生の晴れの舞台にいながら、急に何だか息苦しいような気分になってきたレイフは、右手の指にはめた金のリング―内側にクリスターの名前が刻まれている―に、確かめるように触れてみた。

(いいや、どんなに遠く離れてしまっても、オレはおまえを忘れない。決して見失ったりするものか…クリスター、オレの一生の相棒はおまえだけだ。いつか必ず、オレはおまえを取り戻してみせる)

 歯を食い縛って、そう自分に言い聞かせ、レイフはまっすぐ前を向いて歩き続けた。

 この先にあるのは、ここに集う仲間達と共にあった、ひとつ時代の終わり、そして、新たな未来に続く道―多くの道は、自分とは違う方向に伸びていくが、そのうちの幾つかは縁があれば再び交わることもあるだろう。

 クリスターとレイフも、今は違う道を歩き出そうとしている。目標とするものに何の共通点もなく、この先一緒にいられるようになる見込みもない2人だが、このままなす術もなく遠ざかってしまうことなどあり得ないと、レイフには断言できる。

(オレとクリスターのことだもの、運命の逆転って奴が、何か起こりそうな気がする…そうだとも、そんなに簡単に切れてしまうような絆であるものか)

 これは直感なのか、単なる願望、祈りのようなものなのか自分でも分からないが、ここまで来ても、レイフはまだ深くそう信じていたのだ。




 式辞が全て終わった後、合図と共に、ホールの天井目掛けて、一斉に房つきの帽子が飛んだ。

「コングラチュレイションズ!」

 これで晴れて卒業となった生徒達は、近くにいた仲間達と抱き合ったり、ハイタッチをしたりして、喜び合った。

「やったな!」

「卒業、おめでとうっ」

「これで自由の身だ!」

 4年間の高校生活、苦労した学業や苦手な先生達からもおさらばだとはしゃぐ生徒達の顔には、解放感があふれている。

 式の終了と共にホールに下りてきた父兄も交えて、そこかしこで早速記念撮影が始まった。

 クリスターも、近くにいた友人達と肩を叩きあったり、客席から駆け下りてくる後輩達と写真を撮ったりしながら、レイフの姿を探したが、両親と共に先に外に出てしまったのか、ホール内には見当たらない。

「スピーチ、よかったよ!」

「おまえとレイフの掛け合い、最高! 卒業記念に、すごくいいもの見させてもらったぜ」

 卒業生代表として、『レイフと共に』スピーチを行なったクリスターには、擦れ違いざま、多くの卒業生達が声をかけていく。

 実は、レイフには直前まで内緒にしていたのだが、クリスターは、代表としてスピーチするにあたって、1人ではなく、弟をペアにすることにしていた。

 トムやレイフの周りの友人達にも協力してもらい、いざスピーチの段になってから、レイフをステージまで引っ張り上げ、ほとんどアドリブで掛け合いをやったのだ。

 訳も分からず、いきなりスピーチなどする羽目になったレイフの驚きぶりは相当なものだったが、本番に強い彼は、クリスターの誘導も手伝って、うまく話に乗ってきてくれた。

 おかげで、結果は予想以上の大成功。うけにうけまくった、双子の息のあった掛け合いは、しばらくの間校内でちょっとした語り草になりそうだ。

「クリスターさんって、あんまり完璧すぎて近づきにくそうに見えてたけど、実は結構面白い人だったんですね」

 下級生達から、そう親しみのこもった声をかけられた時には、ちょっと眉をしかめそうになったが、クリスターも卒業という場の雰囲気に巻き込まれて、解放的な気分になっていたので、すぐに、まあ、いいかと思い直した。

(これも思い出の1つさ…この学校での4年間…大勢の友人や仲間達に囲まれて、僕とレイフはとても大切な時期を一緒に過ごしたんだ)

 ホールの外に出ると、まばゆいばかりの日差しが降り注ぎ、青々とした芝生の上でガウンの裾を翻してはしゃいでいる卒業生達の笑顔を一層明るいものに見せている。

 一瞬しんみりとなったクリスターの顔にも、すぐに明るさが戻ってきた。

「よおっ」

 その時、聞き覚えのある声が後ろからかけられたのに、クリスターははっとなって、足を止めた。

「卒業おめでとう、クリスター」

 クリスターは僅かに胸が高鳴るのを意識しながら、振り返った。

「アイザック!」

 すると、そこには、ウォルターと共にロサンゼルスに行ったはずのアイザックが、あの懐かしい、どこか皮肉っぽく見える笑みを浮かべて立っていた。

「ロスから、僕の下手なスピーチを見物するために、わざわざ来てくれたのか?」

 クリスターが親しげに笑いかけながら手を差し出すと、アイザックはそれをしっかり掴んで、大きく振り回した。

「うん、実際にはもっとおもしれぇものを見れたって、満足してるよ。おまえらの掛け合い、下手なコメディ・ショーよりずっとよかったぜ、実際」

 言った先から、アイザックは軽く思い出し笑いをした。

「レイフには、後で責められそうな気がするんだけどね。あいつには秘密で進めていた計画だったんだ。前もって知らせると、あいつは始まる前からがちがちに緊張して、ステージに上がっても素直な反応ができなくなりそうだからね」

「ええっ? すると、あれ皆、ぶっつけ本番でやったのか? それにしちゃ、うまくできすぎるくらいの出来だったぜ。まあ、レイフはほとんど素で受け答えしてる感じではあったけど…すげぇな、おまえら」

「ふふん、僕の読みに狂いはない。ご覧の通り、計画は大成功さ」

 昔のようにアイザックと肩を並べて歩きながら、クリスターは上機嫌だった。

 今のクリスターが一番会いたい人間と言えば、やはり、このアイザックとロンドンにいるダニエルだろう。

 ダニエルからは、少し前に、クリスターの卒業式に駆けつけたいが、どうしても親に許してもらえず行けそうにないという手紙をもらっていた。ダニエルがこの学校を去らなければならなくなった経緯を考えれば、それは仕方がない話だろう。むしろ、あれほどの目に合いながら、自力でいつか戻ってこようとしているダニエルの強さに感心するほどだ。

「ダニエルの奴、おまえがハーバードに行くなら、自分も絶対入ってやるんだって、意気込んでいたぜ」

「うん、僕がもらった手紙にもそう書いていたよ。あの子なら、やると言ったことは必ず実現できるよう、努力して、本当に2年後にはここに舞い戻ってきそうだね」」

「自分はおまえの卒業式に出られないから、代わりに俺に、絶対行ってきてくれってさ。まあ、オレも、おまえに会いたかったし…ああ、さっきの式での写真を撮らせてもらったから、現像したら、ダニエルにも何枚か送ってやっても構わないよな?」

 2人は、ホールを見下ろせるなだらかな丘陵の途中にぺたんと腰を下ろして、芝生の上で動き回っている、紺のガウンの卒業生達とその父兄や親戚、お祝いに駆けつけた友人達を眺めながら、久しぶりの積もる話に花を咲かせた。

「そう言えば、君も、向こうの高校、卒業できることになったそうじゃないか、おめでとう」

「必死に単位を取って、何とかぎりぎり間に合ったってところだな」

「大学は…?」

「ううん、大学行くかどうかも決めかねてたんだけど、色々考えて、実はカナダの大学に願書を提出したんだ。俺の亡くなった母親がバンクーバーの出身で、ガキの頃は夏休みによく遊びに行ったし、向こうには親戚も知り合いもいる。何より応募の締め切りが6月だったから、卒業ができると決まってからでも間に合ったし…合否の通知が来るのが8月なんで、まだどうなるか分からないんだけれどな」

「君なら、きっと大丈夫だよ」

 優しく目を細め、確信のこもった口調で言うクリスターに、アイザックははにかむような笑顔を向けてくる。

「カナダにはまだ行ったことないけれど―と言うか、外国を訪れたこと自体まだないけれど、君がいるなら、またいつか遊びに行こうかな」

「おお、今年の冬休みにでも、レイフと一緒に訪ねて来いよ。スキーとか、連れて行ってやるからさ」

「僕達は初心者だから、一から教えてもらわないと駄目だよ?」

「おまえらなら、あっという間にこつを飲み込んで、その日にうちに上級者コースで滑ってそうだな」

 明るい日差しのさんさんと降り注ぐ、幸福と喜びに満ちた、この場所に並んで坐っていると、1年前にあったことが全て悪い夢のようだ。

「…あれから、もう1年経つんだよな」

 アイザックも、どうやらクリスターと同じ感慨を噛み締めていたらしい、遠い眼差しをして、ふっとそう漏らした。

「ああ…」

 クリスターは膝の上に置いた己の手の上に視線を落とした。

「あいつが死んだそうだな。俺も、ついこの間、親父から聞いたよ」

「うん」

 クリスターは心の中に沸き起こった漣を隠すよう、震える瞼を下ろした。

「怪物J・Bも、最期は呆気ないものだったな…何だかずっと、俺は心のどこかで、あいつがまた復活してきやしないかと、不安でならなかった。これでやっと、安心して眠れるようになる」

 アイザックは、半ば自分に言い聞かせるようにそう言う。J・Bの亡霊に悩まされていたのは、クリスター1人ではなかったようだ。

「そうだとも、ジェームズはもうこの世にはいない…君も僕も、これできっとあの長い悪夢から解放されて、今度こそ自由になれるさ」

 同調するように呟いたクリスターの声が、しかし、思いの外暗いことに気付いたらしい、アイザックは怪訝そうに彼の顔を覗き込んだ。

「大丈夫か、クリスター…?」

「ああ…うん―」

 クリスターは何でもないというように笑い返そうとしたが、思ったように、うまくはいかなかった。

「ジェームズの死の知らせを聞いて、俺、おまえが動揺してるんじゃないかって、気がかりでさ…今日ここに来たのは、それを確かめる目的もあったんだ」

 相変わらず鋭いなとちょっと感心しながら、クリスターはアイザックの真摯な顔を眺める。

「そうだね…君に対して、今更誤魔化す必要もないから、正直に白状するけれど、確かに僕は、ジェームズの死を知らされて、随分ショックを受けたよ。いつかその日が来ることは、ずっと前から知っていたはずなのに、それでも、にわかには信じられなかったし…ひどく混乱した。自分でもなぜか分からないけれど、哀しいような、ほっとしたような奇妙な気分で、少し泣いたよ…」

「ジェームズのために、おまえが涙を…?」

 クリスターがここまではっきりと自分の取り乱しようを打ち明けるとは思っていなかったのか、アイザックは目を見開いた。

「ううん、俺もちょっとした放心状態にはなったし、知らせを持ってきた親父の体を揺さぶって、本当かって、ヒステリックなくらいに何度も確認せずにはいられなかったけれど―」

 アイザックにも、クリスターのような反応は理解しにくいのだろう、眉根を寄せて考え込んでいる。

「まさか、あいつに同情なんて―おまえさ、J・Bの影響をまだ引きずっているって訳じゃあないだろうな…? なあ、ジェームズに最後まで付き従っていた、ダミアンってエキセントリックな子を覚えているか? あいつさ、ジェームズと引き離された後は精神的におかしくなって、施設に収容されてしまったんだぜ。あいつはジェームズの作った人形みたいな奴だったから、主をなくしちゃ、生きられなかったんだ。おまえまで、ジェームズとハードな心理戦をやったせいで、変な後遺症みたいなのが残っちゃいないだろうな?」

「後遺症とは、また、うまい表現を思いつくね。だが、まあ、確かに僕はあいつの影響を最も受けやすい人間だとは思うよ。何しろ僕は、ジェームズに似ているらしいからね、鏡の向こうとこちら側みたいに…いつの間にか、あいつに心を取り込まれてしまっていたなんてことにも―」

「しゃれにならないぜ、クリスター…」

「そんな顔するなよ、もちろん本気で言ってる訳じゃないさ。ジェームズは、僕を自分の側に取り込めると信じていたようだけれどね。あいつは、なくした半身の身代わりに僕をしたてたかったのさ。だが、そんなことは結局できなかったし、今となっては、どうでもいいことさ」

「本当に、大丈夫なんだな…ジェームズの妄想に、おまえ、とっつかれちゃいないな?」

 どうやら余計なことを言いすぎたせいで、本気で不安がらせてしまったらしい。結構真剣なアイザックな顔を見て、クリスターは後悔した。

「ああ、僕も、死んだ人間にいつまでも悩まされるほど、心弱くはないよ。だが、それでも―ジェームズの死の知らせを聞いて以来、僕がある疑念に駆られていることは本当なんだ。だから、つい、あいつの話題となると神経質な反応をしてしまう」

「何だよ、その疑念って?」

 アイザックに鋭く追及されて、クリスターは悩ましげに眉を潜めた。

「はっきり確信できるものがあるわけじゃないんだ…ただ、ジェームズが逮捕されて万事解決とになった後も、僕は、これで本当に全てが終わったんだろうか、何か見落としていないだろうかという引っ掛かりをずっと覚えていた。何だか、とても大切なことを見落としているような気がして、落ち着かなかったんだ」

 こんな漠然とした話をしても、アイザックには分かってもらえないかもしれないとも思ったが、クリスターも誰かに打ち明けて冷静な意見を聞きたかったので、せっかく信頼できる腹心の友が傍にいるこの時に、自分の胸にわだかまっている疑念を口に出してみることにした。

「だが、ジェームズは拘置所に送られ、その後病気の悪化によって入院し、どう考えても、これ以上何かを仕掛けてくるのは不可能な状態になっていくにつれ、僕は、その訳もない不安感を忘れていった。正直、ジェームズのことなど早く忘れたいという気持ちもあった…そうして、忘れることにほとんど成功していた矢先に、僕は、あいつの死の知らせを受け取った」

「久しぶりにあいつのことを思い出して、色々考えてるうちに、おまえが感じていた引っ掛かりの正体が分かったってことか?」

 アイザックの黒い瞳が考え深げに細められるのを眺めながら、クリスターは深く頷いた。

「丁度1年前のこの時期になるのかな…ジェームズが僕の知らない所で、偽名を使い、父の会社にアルバイトとして潜り込んでいたことは君も知っているよね?」

「ああ、そうだったな…出所したジェームズが、どんな手を使っておまえに復讐しにかかるか、ピリピリしながら様子を窺っていたのが、まさか、そんな近い所に潜んでいたなんて、おまえにしてみれば、さぞかし驚いたことだろうな」

 その頃、アイザックは丁度、コリンとミシェルの謀殺未遂の事件に引き込まれ、ジェームズの屋敷に軟禁状態になっていた。自身の苦い過去も含めて思い出しているのか、彼の面には複雑な感情が漂っていた。

「あいつは、何の罪もない学生アルバイトの顔をしながら、父の信頼していた社員達を次々と取り込み、感化していった。あいつの存在に気付きもしない僕を嘲笑いながら、あいつは会社の中を散々引っ掻き回して、父の心を傷つけ、ついには、ジェームズのおかげで人の代わってしまった社員に暴行を受けた母は流産してしまった…僕とレイフの妹か弟になるはずだった子だ」

「ああ…」

「僕は、母を暴行した相手を叩きのめして、警察に連れて行かれた父を迎えに行き…そこで、ジェームズと思わぬ再会をした。してやられたと思ったよ。僕に直接向かってくるのではなく、僕の家族を通じて、あいつは僕に手痛い最初の一撃を食らわせてくれた。それなりに警戒はしていたはずの僕の裏をかいてみせることで、僕を挑発する目的だったんだろう…実際、怒り心頭に発し、これ以上家族に害が及ぶことを危惧した僕は、その後、単身あいつの館に乗り込んで行った」

 話しているうちに、あの時の悔しさを思い出して、クリスターは拳を固く握り締めた。

「クリスター、その辺りの経緯は、俺も一応知っている。一度はおまえから直接聞いたこともあったはずだが、今、おまえが改めてその話を持ち出したのは、どうしてだ…?」

 アイザックは、確かに恐ろしくも痛ましくもあるが、とうに終わったはずのこの事件の一体どこに、クリスターを今頃になって落ち着かなくさせるような不審な点があるのか、じっと考え込んでいる。

「ジェームズが父の社にいた二月ほどの間に、ブライアン、ジョエル、ヴァンの3人が、ひどい形で父を裏切り、社を去ることになった。彼らは皆、父がとても信頼していた人達で、僕もレイフも子供の頃から可愛がってもらっていた。その彼らを別人のように変えてしまったのはジェームズだった。3人はジェームズを気に入って、何くれとよく世話していたらしい…親しくしていた分、ジェームズの毒気をたっぷり受けてしまったということだろう」

「その3人が、いまだにジェームズの刷り込みなり暗示を引きずっているという可能性は、いくらなんでも薄いだろう…?」

「ああ、僕もそこまでは考えていないよ。彼らがしでかしたことの結果は、もう修復のしようがなく、僕達家族との関係も永遠に断たれたままだ。もし、向こうから近づいてくることがあれば、それこそ怪しいとすぐに分かるしね」

「それじゃあ、一体何をおまえは気にしているんだ?」

「ジェームズの思考は僕によく似ている…あいつも僕と同じで、1つの行動を起こす際、その目的を1つとはしない。本当に、ただ僕を逆上させるためだけに、あいつは、自ら父の会社に入り込むなんて大胆なことをしたのだろうか…? そう、僕は、ずっと大切なことを見落としていた…あまりにも、身近にいすぎたせいで分からなかった」

「クリスター、おい、何を言っているんだ?」

 クリスターは自分が口走ろうとしていることを恐れるあまり、思わず、腕をぐっと掴みしめた。

「アイザック、ジェームズを傍に置いて社内で一番可愛がっていたのはね、実を言うと、僕の父なんだ」

「えっ?」

「ジェームズと話していると、僕と親密な時間を過ごしているようで楽しいと言ってね。殊に、ブライアンやジョエルとの不愉快な諍いがあってからは、一層ジェームズを手放さなくなった。あんまり無条件に彼を信じるものだから、母は心配したらしい…彼女は、早いうちから、ジェームズに何かしら不信感を覚えていたそうなんだけれど、ジェームズは母のことはうまく立ち回って避けていたらしく、実際父と2人でいる時に、ジェームズがどんな話を彼に吹き込んでいたのかは分からないんだ」

 アイザックはしばし言葉もなく、クリスターの深刻な顔をまじまじと見つめるばかりだった。

「おい、おまえ、まさか―ジェームズの奴が親父さんに何かしたんじゃないかと疑っているのか? つまり、ジェームズはラースさんを手駒にして、おまえやレイフに対して使おうと目論んでいたと? ラースさんの部下をけしかけて、ヘレナさんを襲わせたみたいに、おまえ達を傷つけようと―まさか! ラースさんは、おまえ達の父親じゃないか。いくらジェームズだって、それはムリってもんだぜ」

「でも、僕に対して有効な道具になると踏んだから、わざわざ父に近づいたのだと思えば、あの時期のジェームズの行動は、僕にとってすんなり納得のいくものになるんだ」

 アイザックは唇を舌で湿しながら、どう応えるべきか、必死になって考えを巡らせているようだ。

「いくらなんでも、それは疑りすぎだと思うけれど…そこまで言うからには、何か心当たりでもあるのかよ? ラースさんが、おまえらに何かしようとしたとか、おかしなことが実際にあったから、それをジェームズと結び付けて考えるのか?」

 クリスターはとっさに言葉に窮した。

(心当たりか…ああ、確かに、心当たりならあるとも…どうして気付かなかったんだろう。父さんの僕とレイフを見る目は、昔とはまるで違う。おかしいと思ったことは、何回かあったんだ…僕とレイフが、世間の兄弟に比べて少しばかり過剰に触れ合ったからと言って、当たり前のように見慣れていた父さんは、不自然に思うことはなかった。それが、ある時から急に気にし始めて―今思えば、ジェームズが父さんに近づいた時期に重なるんだ)

 クリスターはアイザックの眼差しを避けるよう俯いて、密かに臍をかんだ。

(ジェームズの奴がもし、父さんが僕達に不審の目を向けるよう仕組んだのだとしたら―父さんが時々、僕達が2人きりで話し込んでいる時に、様子を見に着たり、聞き耳を立てたりしているのも納得がいく。まさか本気で、自分の息子達が愛し合っているなんて思ってはいないだろうけれど、確かめずにはいられない程度には不安がっているんだ。ああ、確かに、父さんにだけは知られてはならない…同性愛嫌いな上に、僕達を盲目的に愛している父さんが、自分の子供達が本当は恋人同士だなんて知ったら…)

 想像したクリスターは、思わず身震いをした。

「クリスター、どうして黙り込んでいるんだよ…?」

 クリスターはアイザックを振り返ったが、さすがに、こればかりは彼に打ちあけるわけにはいかず、あいまいな返事をすることしかできなかった。

「いや、ごめん…僕は神経質になりすぎているのかもしれないな。ジェームズが、あのまま、僕に一矢も報いることになく死んでいったということが、単に信じられないだけなのかもしれない。確かに父さんは、ジェームズの引き起こした事件以来、人間不信に陥って、社でもイライラと人にあたることが多くなったらしいし、家でも酒量が上がったことが気になる…僕やレイフにはとても愛情深いけれど…あれも生まれてくるはずの子供をなくした反動かな、少しばかり度を越していて、時々重荷に感じるくらいなんだ」

 肩を落として、疲れたような溜息をつくクリスターを、アイザックは辛抱強くなだめにかかった。

「だが、それら全てがJの野郎の計略だとは言えないだろう…? もし仮にジェームズがラースさんを操ろうとしたのは事実だったとしても、それ自体1年も前のことになるじゃないか。もう時効だよ。大体、いくらジェームズだって、ラースさんに、この世の何より大切にしているおまえ達を傷つけるよう、仕向けることなどできやしないさ」

「うん…そうだね、君の言うとおりだよ、アイザック」

 クリスターも、ブライアン達がラースを裏切り傷つけたような形で、ラースが自分達に害をなすなどとは夢にも思っていない。

 だが、もしもラースが真実を知れば、クリスターとレイフを育んでくれた、大切な家族は粉々に崩壊してしまうだろうと恐れるのだ。

「ジェームズのせいで父さんが精神的に不安定になったからと言って、肝心のジェームズは死んでしまったんだ。これ以上操られるような心配はないし、時間が経てば、精神的な痛手からも立ち直って、もとの父さんに戻ってくれるはずさ」 

 クリスターは、先程の卒業式でも、自分達のために心から喜んで、目に涙を溜めていた父親の姿を思い出した。いい年をした大人の男のくせに子供のようだと、時々クリスターを苛立たせることはあっても、素朴で純粋でまっすぐな、レイフそっくりな人柄の父をクリスターもまた愛している。だから、知らなくてもいい真実を知らせて、傷つけたくなどない。

(大丈夫だ、父さんはもう僕達を疑ってなどいない…一時は怪しんでいたものの、あれは自分の勘違いだったのだと完全に安心している。どのみち、この夏が終われば、レイフはテキサスに行き、僕も家を出る。それまでの間、くれぐれも用心して、父さんの疑惑をこれ以上かき立てないようにすればいいんだ)

 そう自分に言い聞かせ、クリスターは依然として胸の底にわだかまっている不安を拭い去ろうとする。

(僕の家族を滅茶苦茶にすることが、ジェームズのしかけようとした計略だったんだろうか…だとすれば、何とも中途半端な仕上がりだったな。気付くのが遅れたけれど、どうやら無事にやり過ごせそうで、よかった。でも―)

 クリスターには、まだ完全に安心しきることはできなかった。この不安は、アイザックにも説明できない、振り払おうとしても絡み付いてくる脅迫観念めいていた。

(これで、本当に最後だろうか…他に何か、僕が見過ごしている点はないか…? 一体何を、僕はこんなにも恐れている…?)

 つい眉間に寄せて黙り込んでしまうクリスターの肩を、アイザックが軽く叩いた。

「おい、レイフの奴がこっちに来るぜ?」

 クリスターが顔を上げると、ホールの方向から、大勢の友達とふざけあいながら歩いてくるレイフの姿が見えた。意気揚々とガウンの裾を翻し、時折擦れ違いざま彼に声をかけてきたり、握手を求めてきたりする生徒達に、ざっくばらんに打ち解けた態度で応えている。

(レイフ…)

 卒業というこの日を迎えるまで、様々な障害や危機があったものの、何とかそれらをやり過ごすことができた。

 クリスターが予想した以上に、短い期間にぐんと逞しく成長したレイフには、前途洋々たる未来が開かれている。

 喜びと希望にあふれた、レイフの生き生きとした姿を眺めていると、せっかくこんな晴れ晴れとした場にいるのに、1人、陰気な顔をしているのも馬鹿馬鹿しくなってきた。

(ああ、もうやめよう…何をどう疑ってかかっても、ジェームズは死んだ。死んだ人間のことなど、いい加減もう忘れてしまえ…!)

 そうやって、クリスターは、鬱屈とした思いを強引に振り払った。

「な、この後の予定はどうなってるんだよ、おまえ?」

 クリスターの気分が上向きに変わってきたのを見計らっていたのだろうか、アイザックがそう声をかけてきた。

「そうだな、コーチの家でバーベキューをするってレイフが言ってたから、それにちょっと顔を出して…その後デートする予定だったけれど、せっかく君が来てくれたんだから、そっちの方はキャンセルするよ」

「おいおい、いいのか?」

「夜は、学校主催のパーティーがあるから、よかったら、君も来いよ。 そうだ、今夜はこっちに泊まるんだろ、うちに来ないか?」

「ありがとうよ。でも、新聞部の友達ん所に荷物預けてんだ。明日の朝早くにこっちを出て、コリンに会いにいくつもりだし…」

 クリスターとアイザックが芝生からゆっくりと立ち上がって、服についた草を払っていると、こちらの存在に気がついたのだろう、下の方にいるレイフが大声を張り上げた。

「おおい、クリスター、そこに一緒にいるのはアイザックじゃねぇのか!」

 自分の存在をアピールするようにぶんぶんと手を振り回すレイフを見下ろして、アイザックが口に両手を当てて叫び返す。

「よお、レイフ、久しぶりだなっ。さっきのスピーチ、もう最高だったぜ!」

 たちまちレイフがううっと頭を抱え蹲るのを見て、クリスターはアイザックと一緒になって、声をあげて笑った。

 そう、世界はこんなにも平和で、明るく、喜びに満ちている。不吉な影が入り込む隙間などありはしない。

「もう大丈夫だな、クリスター?」

「ああ」

 傍らにいる親しい友が肩を叩くのに、素直に頷き返すと、クリスターは彼と一緒に、レイフの元まで丘を一気に駆け下りていった。


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