ある双子兄弟の異常な日常 第三部

第6章 最後の闘争

SCENE9

 レイフの車は、物凄い音をたててゲートを突き破った。

 衝撃で車体をがたがた揺らし、次第に減速しながら数メートル走った所で一時停止する。

 車体の前部はへこみ、フロントガラスにも大きなひびが走っていたが、幸い、煙が出たり、走行不能になったりはしていないようだ。

「ひい…なんて無茶するんだよ!」

 恐る恐る目を開けて我と我が身の無事を確認すると、トムは顔を引きつらせながら、レイフに対して抗議の声をあげた。

「いいんだ、こんな車、別に壊れたって…どうせ兄貴のお下がりなんだし…」

 ハンドルをしっかり握り締め、がちがちに固まったまま、正面を睨みつけているレイフの目は据わっている。

「違うだろーっ! 言うことがずれてるぞ、おまえ…おい、ほんとに大丈夫か、レイフ?」

 トムが目の前で手をひらひらさせてみると、やっと正気づいたレイフは、肩の力をぬいて、深々と息をついた。

「怪我はねぇよな、トム」

「うん…何とか。でも、ああいう乱暴なことをやる時は、もうちょっと前に言ってくれ、心の準備ってもんがあるだろ」

 レイフは自分の暴走ぶりを振り返って、ちょっと恥ずかしそうに笑った。

「ん…」

 レイフは気を引き締めて、再び車を発進させようとした。

 すると、後から追ってきたウォルターのバンがレイフの車の前に回りこみ、行く手を遮るように停車した。

「ウォルター…!」

 レイフは、バンからケンパーと一緒に降りてきた痩身の男を、運転席の窓を開けて、憎々しげに睨みつけた。

「邪魔するな、そこをどけ! さもないと、このままあんたの車に突っ込んで、無理矢理にでもどかしてやるぜ」

 レイフのすごい剣幕に、この時ばかりは、ウォルターも少し怯んだようだ。

「レイフ、落ち着け…おまえ達だけでクリスターを助けに行くなんて、無茶だ。さっきの男達を見て分かっただろう、ジェームズは侵入者に対しては容赦しないつもりだ」

「分かってないのはあんたの方だ!」

 レイフは噛み付くように吼えたてた。

「警察はいつまで経っても来ることはない…これ以上待っていても意味がないなら、一か八かやってみる。何もやらずにあきらめることなんか、絶対できるものか!」

「そんな危険な真似を許すわけにはいかないぞ、レイフ、家でお前達のことを心配しながら待っている親御さん達のことを考えろ」

 ウォルターの後ろのケンパーが、厳しい表情をして、そう口を挟んだ。

「確かに、今警察が動けないことはすまなく思うが、他にもきっと手立てはある。取りあえず、俺と一緒に家に戻って―」

 レイフはもどかしくてならないというように、荒々しく手を振って、ケンパーの話を遮った。

「もう、そんなことを言ってる場合じゃないんだ。今一番差し迫った危険にさらされているのは、クリスターだ! それに比べりゃ、オレのする無茶なんて…本当に分からないのかよ、ジェームズはずっとあいつを手に入れたがっていた…そのために、事故を装ってコリンとミシェルに大怪我をさせ、ダニエルを誘拐し―アイザックだって、たぶん抑えているんだろう。そうしてやっと今、クリスターを手の内に囲い込んだんだ。あいつがいつまでも紳士的にクリスターを扱うと思うのかよ? それに、ダニエルとアイザックだって、クリスターを手に入れてしまった今、ジェームズにとってはもはや用なしだ。あいつらの安全だって、もう保障できないんだぜ?」

 取り乱しているようでいて意外と鋭く問題の部分を突いてくるレイフに、ウォルターもケンパーもとっさに反論できなくなった。

「それは―確かに、そうだが…」

 特にウォルターは、アイザックのことが脳裏を掠めたのだろう、眉を寄せて黙りこみ、葛藤している 

「レイフ…おまえの言い分はよく分かった。俺だって、ここまで事情が分かっていて何も出来ないのは悔しい、しかし―」

 警官という立場上、尚も説得を続けるケンパーに、レイフがもう一度言い返そうとした、その時、ウォルターが言った。

「分かった」

 ケンパーはぎょっとなったようにウォルターを振り返った。

「おまえの言うことにも一理ある…無茶であることには変わりはないが、この際、一か八かの賭けに出ることで現状を打破できるかもしれない」

 レイフはぱっと顔を輝かせた。

「ウォルター…分かってくれてありがとうよ。それなら、早く車をどけてくれ」

 ウォルターがいきなり意見を翻したことに驚いて、しばらく絶句していたケンパーが、慌てて2人の間に割って入った。

「おい、何を言い出すんだ、ウォルター」

 その腕を軽く押さえながら、ウォルターは尚もレイフに向かって話し続けた。

「レイフ、最後まで人の話を聞け。おまえ達を単独で行かせることは、リスクが大きすぎて、やはり認められない。だから、俺も一緒に行く」

「はっ?」

 今度は、レイフばかりか、じっと事の次第を窺っていたトムまでが、喫驚した声をあげた。

「二手に分かれて、別々に屋敷を目指そう…いや、先に俺が騒ぎを起こして、あの物騒な警備員達の注意を引き付ける。陽動作戦だな。ちょっとばかり荒っぽいことになりそうだが、どうせやるなら徹底的にやった方が少しでも成功の確率が高くなるからな。その隙に、おまえ達は屋敷に忍び込め…だが、くれぐれも無茶はするな。駄目だと思ったら、様子を見るだけにして、素直に引き返すんだ」

 てきぱきとした口調でこれからの段取りを説明するウォルターを呆気にとられて眺めながら、そう言えば、この人は若い頃多くの紛争地帯を取材して名を馳せたことがあるんだよなぁと、クリスターから聞いた話をレイフは思い出していた。

「ウォルター、おまえ、正気か!」

 焦ったケンパーが声を荒げた、丁度その時、屋敷の方角から一台の車が私道を通ってこちらに近づいてくるのに、彼らは気がついた。

 たちまち辺りに緊張が走る。

「おまえらが車で突っ込むなんて無茶をするから、様子を見に来たんだ。セキュリティ・システムが働いたんだろう」

 忌々しげに舌打ちしたのはケンパーだ。

 今更隠れる時間も場所もない。彼らがじっと身を固くして見守っているうちに、車は道を塞いでいるレイフとウォルターの車の少し手前で停車した。

 ケンパーはレイフを渋い顔でにらみつけた後、身分証を高く上げながら、突然現われた車に向かってゆっくりと歩いていった。

「俺はサウスボストン署のケンパー警部だ」

 レイフは謎の車の眩しいライトに目を細めながら、次に何が起こるか、じっと身構えていた。

(もしもJ・Bの部下だったら、速攻飛び出していって、クリスターとダニエルがどうなったか締め上げて白状させてやる)

 ケンパーが呼ばわってしばらくした後、車の後部座席のドアが開いて、ひょろりと痩せた男が外に出てきた。

 ライトが邪魔で、初めは相手の顔かたちはよく分からなかった。

 しかし、一瞬のためらいの後こちらに近づいてきた、男の顔が明らかになった時、レイフはほとんど叫ぶようにその名前を呼んでいた。

「アイザック!」

 アイザックは車のライトを背中に浴びながら、足を止めた。レイフを見つけると、軽く眉を跳ね上げ、唇を皮肉っぽく歪めて微かに笑った。

「間違いねぇ、正真正銘のアイザックだ」

 呆然と呟いたレイフは、次の瞬間、しばし石と化したように固まっていたウォルターがアイザックに駆け寄り、無言でその体を抱きしめるのを見た。

「すまねぇ、親父…迷惑かけちまった―」

 いつもは強気のアイザックが、頭を垂れて、弱々しい声で詫びると、ウォルターはこみ上げてくる熱いものを堪えるように低く言い聞かせた。

「いいんだ。無事でよかった、アイザック…今はそれだけで、俺は満足だ」

 アイザックが乗ってきた車の窓を覗き込んだケンパーが息を飲み、叫んだ。

「おい、これはダニエルじゃないか…! 怪我をしているのか?」

 思わぬアイザックの登場でしばし気を逸らされていたレイフは、はっとなって、そちらを見やった。

「そうだ、こんなことをしている場合じゃない」

 アイザックは手の甲で目の辺りをぐっとぬぐって、父親の腕から身を引いた。

「親父、まずダニエルを病院に運んでくれ…ジェームズの子飼いの連中に散々傷めつけられた上、発熱している…」

「分かった」

 じっと聞いていられなくなったレイフは、トムと一緒に車から降りてアイザックのもとに行く。同時に、ケンパーもこちらに戻って来た。

「つまり、ダニエル・フォスターはジェームズ・ブラックによって誘拐され、暴行を受けた―ということなんだな、アイザック?」

 厳しい顔で確認してくるケンパーに、アイザックは冷静に向き直った。

「そうです、警部」

「では、今度こそ、誘拐容疑で奴の取り調べができるな」

「警部、ジェームズ・ブラックの犯した犯罪はそれだけじゃありません。あなたが一度聞き取り調査のためにブラック邸を訪問した、例の行方不明者…エバ・ハミルトンとその愛人の殺害に奴は関わっています」

 思わぬ証言がアイザックの口から出たことに、ケンパーは目を剥いた。

「何だと?」

「俺は直接犯行の場面を見たわけじゃありませんが、ジェームズの仲間が噂をしているのを耳にしました。ジェームズと親しいダミアン・ハートという少年が手を下し、敷地内に死体を密かに埋めたということです。俺は一度、その場所を探ろうとしました。確かに、そこにはまだ新しい土を掘り返したような跡がありました。しかし、詳しく調べてみる前に、ダミアンに見つかり、阻止されてしまいました」

「ハートというと…以前逮捕された、ストリート・ギャングのボスの身内か?」

「弟だそうです…まだ子供ですが、こいつはかなり危険な奴です。殺傷用のブーメランを扱います。ダニエルも、こいつによって大怪我をさせられたようです」

「ううむ…」

 ケンパーは顎に手を置き、難しい顔をして唸った。

「それから、ジェームズの父親のゴードン・ブラックも、おそらくもう死んでいると思います」

「何だって?!」

「俺があの屋敷に軟禁されて、約2か月間―俺は一度もゴードン・ブラックの姿を見たことも声を聞いたこともありません。彼は2階の一室にほとんど寝たきりの状態でいるはずですが、そこに生きている人間の気配はない。確かに、主治医は往診のために頻繁に通っていますが、それだってゴードンのためだとは思えない。それに―」

 ここで、アイザックは強烈な寒気を覚えたかのように、ぶるりと身を震わせた。俯いたその顔も、心なしか青ざめている。

「最近、館の2階に近づくと異臭がするんです。何とも言えない、あの臭い…まさかと思うけれど―」

 ケンパーは、傍らで黙って話に耳を傾けていたウォルターに困惑した顔を向けた。

「ゴードン・ブラックは既に死んでいるというような噂は確かに囁かれていたが―それじゃあ、当局に圧力をかけて捜査を妨害したのは誰なんだ?」

「ゴードンを装った別人だろうさ。ジェームズにとって、父親は生きていた方が何かと便利だからな…亡くなった後も生きているかのように偽装したんだろう。死因が他殺なのか病死なのかは、何とも言えないが―」

 話が込み入ったことになりつつあるのに苛立ったレイフが、声を張り上げた。

「そんなことはジェームズを捕まえた後に白状させりゃいいじゃないか! 警部、とにかく、これでジェームズを逮捕できるんだろう?」

 レイフの直截的な要求に、ケンパーはとっさに返事に窮して言葉を詰まらせ、いらいらと頭をかきむしった。

「いくらなんでも、いきなり殺人容疑で逮捕はできんよ、ちゃんとした物証がないことにはな。ええい、頭がくらくらしてきたぞ…やはり最初はダニエルの誘拐容疑の線から行って―」

「麻薬容疑でなら、今、その物証という奴があるぜ」

 ズボンのポケットから何かを取り出すアイザックの方を、皆一斉に振りかえった。

「ジェームズが懇意にしているマフィアを通じて手に入れたものだ…麻薬の密売に関わった容疑ということでブラック邸の捜査に踏み切れないか? その過程で、他に思わぬ犯罪の証拠がぼろぼろと出てくることになったとしても、警察にとってはむしろ好都合だろう?」

 アイザックが手渡した小さな包みを凝視しながらしばし考え込んだケンパーは、『麻薬課に連絡してくる』と言い残して、自分の車の方へ走っていった。ダニエルのための救急車も一緒に呼んでくれるらしい。

「これで、やっと警察も捜査に踏み込めるな」

 ほっとしたウォルターの呟きを聞きながら、レイフは、しかし嫌な胸騒ぎを覚えていた。

(何だろう、すごく嫌な感じがする…今後こそうまくいきそうなのに、不安が消えない。クリスター、おまえ今どうしているんだ、無事なのか…?)

 レイフは目を瞑って胸に手を置き、本当に自分達がどこかでつながっているのなら兄の安否も分からぬかというように強く念じてみた。

(今から当局に連絡しても、すぐに許可が出るわけでもないだろう。駄目だ、やっぱり時間がかかりすぎる)

 レイフは苦しげな目を上げて、闇の向こうを透かし見た。喉もとに何か重苦しい塊がせりあがってくるような気がした。

「やっぱり、オレ、クリスターを助けに行くよ。もうこれ以上待つのは無理だ、今じゃなきゃ、間に合わない…!」

 ほとんど直感的に確信したレイフは、そう叫ぶや、ウォルターが止める間もなく再び車に乗り込んで、素早くエンジンをかけた。

「レイフ!」

 トムが危ういタイミングで助手席に飛び込んでくる。レイフは、彼がちゃんとシートに身を落ち着けるのも待たず、車を急発進させた。

 柔らかい草地にはみ出しながら強引に車を走らせて道を塞ぐウォルターのバンを避けると、後は屋敷へと続く私道をまっすぐ突き進んでいった。

 後に残されたアイザックとウォルターは、しばし呆然とその場に立ち尽くして、遠ざかっていく車のライトを見送っていた。

「レイフ、あの馬鹿…勝手なことを! あれほど単独では行動するなと言い聞かせたのに―」

「でも、親父、確かに事態は急を要するものなんだ。実際、警察が捜査に乗り込んでくるまで待つのは無理だ」

 ウォルターの腕を掴んで、アイザックは真剣に訴えかけた。

「クリスターはジェームズを欺いて俺とダニエルを逃がした後、屋敷に留まった。俺達がここまで逃げ切れるよう、時間稼ぎをしてくれたんだ。でも、いくらあいつでも1人じゃどうにもならない、おそらくまた捕まっちまったろう」

 アイザックはこみ上げてくる不安を堪えるよう、ぎゅっと唇を噛み締めた。そして、再び自分を奮い立たせると、はっきりした口調で言った。

「クリスターを無事救出したいなら、俺も今しかないと思う…だから、俺もあいつを助けに屋敷に戻るよ」

 ウォルターは息子の決意に満ちた顔をつくづくと見つめた後、天を仰いで溜息をついた。

「やっと無事に戻ってきたと思えば、また無茶をするつもりか?」

「止めるなよ、親父」

 牽制するアイザックに、ウォルターは苦笑を含んだ眼差しを投げかけた。

「ああ、分かった、もうとめはしない。だが、クリスターを助けに行くなら、俺も一緒に行く」

「え?」

 ウォルターは、自分のバンの方に泰然とした足取りで歩いていった。

「おまえを助けてくれたクリスターは、俺も何としても無傷で取り戻したいからな」

 ウォルターが手招きするのに怪訝な顔で近づいていったアイザックは、覗き込んだバンの後部座席にあるものに目を丸くした。

「何だ、こりゃ」

「手作りの爆薬だな…ちょっとしたナパーム弾くらいの発火力がある。随分昔になるが、しばらく行動を共にして取材をさせてもらった某国のゲリラ達に作り方を教わってな」

 アイザックは顎が外れそうなほど口を開けてしばしぼかんとした後、じろりとウォルターを睨みつけた。

「ここは紛争地帯じゃないんだぜ」

 ウォルターは悪戯小僧のようににっと笑った。アイザックに顔を近づけ、声を潜めて囁いた。

「ああ、だから、もちろんケンパーには内緒だぞ。見つかるとうるさいどころか、こっちの手が後ろに回ることになりかねないからな」

 アイザックは半ば呆れたような、しかし、頼もしげな目でウォルターを見つめながら言った。

「いい年してさ、あんたが一番とんでもねぇこと考えるやがるな!」




 銃声が鳴り響いた。

 クリスターに向かって撃たれた弾は、その狙いを大きく外し、彼が追い詰められている壁の天井近くに小さな穴を穿った。

「フレイ…!」

 拳銃を持つ手を、いつの間にか傍にきていた巨漢に捕らわれていたダミアンは、憎悪のこもった目で相手を睨み上げた。

「何しがる! オレの邪魔をするな、その手を離せ!」

「おまえこそ、何をするつもりだったんだ?」

 腹の底に響くような低い声で凄まれ、ダミアンはぐっと言葉に窮する。

「…見りゃ分かるじゃないか、こいつが逃げ出したから、捕まえようとしていたんだよ」

 フレイから手をもぎ離したダミアンは、膨れっ面をして、そっぽを向いた。

 仲間と一緒にこの手強い獲物を狩り、やっとのことで追い詰めたというのに、とどめを刺す直前で取り上げられてしまうなどと、憤懣やるかたない気分だ。

「ご苦労だったな、ダミアン。後のことは俺に任せろ」

 ちっと舌打ちをするダミアンに釘を刺すよう、フレイは続けた。

「子供じみた小細工で、ジェームズを誤魔化せるなどと思うな。彼の機嫌を損ねたくないなら、クリスターにはこれ以上構わんことだ。さあ、その物騒なものは早くしまうんだ、ダミアン」

 恨み深い目をして黙り込むダミアンを尻目に、フレイは他の仲間達に合図をして、クリスターを取り囲ませた。

 突然の脱走によって屋敷中を混乱させ、捕まえるまでに相当てこずらせたクリスターだが、ここに至って観念したのか、おとなしくフレイの仲間達に押さえ込まれた。

「ダニエルとアイザックは、おまえのおかげで、どうやら逃げ延びたようだぞ。満足か、クリスター?」

 フレイが苦々しい声で告げるのに、その静まり返った琥珀色の瞳に明るい光が瞬いたが、クリスターは言葉にしては何も言わなかった。

 フレイはつかつかとクリスターに近づいて、その首を大きな手で掴みしめた。

「くっ…」

 このままくびり殺そうとするかのごとく、じわりと喉を締め付けていくフレイの手に、クリスターは苦しげに顔を歪める。

 それを凝然と睨みつけながら、フレイは重々しい口調で言った。

「だが、おまえはもう二度と逃がさない。この脱走のことを知れば、いくらおまえに甘いジェームズでも、おまえをどう処分するべきか、きっと決心がつくだろう…」

 フレイはクリスターを乱暴に突き飛ばした。

「そいつを地下室に引き立てろ」

 そして、まだ未練がましげに立ち去ろうとしないダミアンに冷たい目を向けると、それ以上は何も言わず、自らもクリスターをもとの地下室に連行する者達の隊に加わった。

「畜生…もう少しで仕留められると思ったのに…悔しい…!」

 クリスターがフレイ達に連れ去られるのをなす術もなく見送ったダミアンは、全ての力をなくしたようにふらふらと壁に近づき、そこに寄りかかるようにしてしゃがみこんだ。

「おい、ダミアン…」

 彼自身の仲間、兄が健在だった頃から同じストリート・ギャングの一員として暴れまくっていた連中は、しょげ返っているダミアンを心配そうに取り囲こんでいる。

 彼らの中でもダミアンは一番幼かったが、いつ爆発するか分からない狂気と仲間でさえも震え上がらせる残忍さ、独特の武器を扱っての戦闘能力などから一目置かれ、自然とリーダーにおさまっていた。

 それに、他の連中もダミアンと同様に、まだ子供と呼んでいいような年齢だったのだ。

 遊びを無理矢理中断させられた欲求不満を抱えて、もやもやしていた少年達のもとに、その時、仲間の1人が慌てた様子でやってきて、ある報告をした。

「侵入者?」

 ダミアンが胡乱そうに顔を上げた。

「業務用のゲートのセキュリティが異常を起こしたらしくて、担当の警備員がさっき確認にいったんだよ。そしたら、ゲートが破られていた上、不審な車両が屋敷の方向に向かった形跡があるって…」

 ダミアンはじっと考え込みながら、低い声で呟いた。

「侵入者…誰かが、この屋敷に向かってくる…クリスターの仲間だな…?」

 落胆していたダミアンの顔が、再び生き生きと輝きだした。仲間が見守る前で、彼は、猫のように素早く床から飛び起きた。

「この際、誰でもいいや。クリスターの身代わりに、そいつらを狩ってやる…!」

 ダミアンが細い腕を振り上げ、歯を剥いて吠え立てると、興奮した仲間達も賛同の叫びをあげた。

「殺してやる…今度こそ…」

 ダミアンの血に飢えた心は、たとえ別の獲物でも屠ることで血を見ないことには、どうにもおさまりそうになかった。


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