ある双子兄弟の異常な日常 第三部

第4章 黒い羊

SCENE6

 アイザック、コリン、ミシェル、この3人はもともとアーバン高校の新聞部で知り合った。コリンとアイザックは同じ年だが、海外特派員だった親の仕事の関係で外国生活が長かったアイザックは1つ下の学年に入った。ミシェルはその彼らより2才年上だが、ませたアイザックは、入部早々一目で彼女を気に入ると猛烈なアプローチをかけて、じきに付き合いだすようになった。ただガールフレンドがいると言ってもアイザックはコリンとの友達付き合いを大切にし、休日には3人一緒に遊びに行くことの方が多かったようだ。

 ここまでがクリスターが知り合った頃の3人の関係だが、その後、ミシェルはアイザックと別れてコリンと交際を始めた。アイザックとの仲がぎくしゃくしていて悩んでいたミシェルに、コリンが相談に乗ってやり―というようなありがちなパターンだったらしいが、詳しいことはクリスターも知らない。ただ、その話を聞いて、自分の恋人の親友と付き合いだすなんて呆れた女だなと、ミシェルに対する評価を大幅に下げたものだ。

 その後、1学年スキップしたコリンとミシェルは、アーバン高校卒業後、共にエール大学に進み、アパートをシェアして2人で暮らすようになった。

 もしかしたらコリンは、せっかく手に入れた恋人と離れたくなくて必死で勉強してスキップしたのかもしれない。もともと彼も成績はよかったが、頭の切れ具合はアイザックの方が一枚も二枚も上だった。

 いつだったか、クリスターがそんな考えをアイザックに話してみたところ、彼は『俺なら、女のためにそんな馬鹿馬鹿しい努力はしないが、コリンならありそうな話だな』と皮肉っぽく笑っていた。

 そんな話を聞く限り、しこりを残しても不思議ではないような経緯だが、それでもアイザックとコリンの友情はずっと続いていたようだ。女が原因で友情にひびが入るのもひどい話なので、その点はクリスターも他人事ながらほっとしていた。

 特にJ・Bが出所して以来、身辺に気をつけるようにとの警告を含めて、アイザックは頻繁にコリンとは連絡を取っていたのだ。

 だが、その気遣いも結局は無駄に終わってしまったのだろうか。

「どういうことなんだ?」

 まるで氷塊を胸に詰め込まれたかのようだと思いながら、クリスターは受話器を握り締めたまま、呆然とアイザックに聞き返したが、頭の中の冷静な部分は、こういう可能性もあったということを認識していた。

「2人とも命に別状はないのか…君は事故だと言ったが、それは確かか? 一体、どんな状況だったんだ?」

 思いがけずアイザックから電話をもらった時には一瞬クリスターの胸は安堵と喜びに躍ったものだが、彼から受け取った最悪のニュースに、その温かな気持ちはたちまち消し飛んでしまった。

『コリンの方は脚を複雑骨折したけれど、手術も無事終えて、どうやら大丈夫だよ…ミシェルは―ちょっと危ないかもしれない…まだ意識が戻らないんだ』

 電話口の向こうにいても、憔悴しきったアイザックの様子が手に取るように分かる。

 大概のことでは動じそうもない、年齢の割に世慣れてしたたかなアイザックでも、親友とその恋人―自分のかつての交際相手でもあるのだ―を突然襲った災厄にはかなりのショックを受けているようだった。しかも、その事故に不審な点があるのだから、尚更だ。

 その力のない声を聞いていると、クリスターの胸には次第にすまなさがこみ上げてきた。

(今、僕が傍にいてアイザックを支えてやれれば―彼にばかり負担を背負わせて、僕はこんな所で何をしている…? コリン達が狙われるのも予想の範囲内だなんて他人事のように分析している場合か…Jの手が彼らに及ぶのを結局阻止できなかったということじゃないか)

 クリスターは不甲斐なさに歯噛みし、体の脇に垂らした手をぐっと握り締めた。

「アイザック、君は…何ともないのか…? その事故には巻き込まれなかったのか…?」

『ああ、たまたま、俺は彼らの車に乗ってなかったんだ。悪運が強かったということかな』 

 気遣わしげなクリスターの問いかけを聞いて、アイザックは一瞬彼らしい皮肉っぽさを取り戻した口調で答えるが、またしばらく黙り込んでしまう。

『すまねぇな、ぼんやりして…事故の状況をおまえにちゃんと説明するつもりだったんだ。この2日、病院と警察を行き来したり、コリンとミシェルの親に連絡取って事情を説明したり、ばたばたして、ろくに寝てないんだ。まあ、どうせ、神経が昂ぶって寝られやしねぇけど―』

 それでも、アイザックは思考力を必死に取りまとめて、その問題の日にあった出来事を、自分に分かる範囲で正確に伝えようとしてくれた。

 アイザックは予定通り、夏休みが始まってすぐにコリンのもとを訪れていた。

 コリンのアパートで過ごした数日間は特に変わったこともなく、J・Bもわざわざ隣の州にまで手を伸ばし、既にアーバン高校を卒業してクリスターとの付き合いもなくなった2人にまで復讐する労力をかける気はないのではないかという感触だったという。

 しかし、何の前触れもなく、事件は突然に起こった。

 計画通りキャンピングカーを借りて、翌日にはキャンプに出かけるはずだった、その日の夕方。買い忘れたものがあるからとコリンとミシェルは連れ立って近くのキャンプ用品店まで出かけていった。アイザックはアパートに残ったのだが、それから2時間以上経っても2人が戻らず、不審に思い始めた矢先に警察から連絡が入った。

 現場は緩やかな下り坂。スピードの出しすぎでカーブを曲がり損ね、対向車線を走っていたトラックに接触したコリンの車は、弾き飛ばされるようになってガードレールに激突した。

 2人が搬送された病院に、アイザックは取るものもとりあえず駆けつけた。

 そして、そこで知らされた2人の容態に愕然とさせられる。

 それでも、コリンは命に別状はないとすぐに分かった。だが、ミシェルの方は頭部に損傷を受けており、その時点で助かるとの保障はなかった。今は何とか持ち直しているが、意識不明の状態は続いている。

 手術を無事終えて、しばらくして意識を取り戻したコリンとは、アイザックは話すことができた。医師は止めたのだが、コリンが彼を呼んだという。

『ブレーキがきかなかったんだって、コリンは言うんだ。つい前日までは何ともなかったし、大体その車は点検に出したばかりなのに、おかしいって―』

 不注意が招いたただの事故という印象は、コリンのその言葉によって、一転、疑惑に変じた。

 事故を起こして大破したコリンの車を詳しく調べてくれるよう警察には頼んでいるが、この手の自動車事故の数は多く、一見して不注意による暴走らしく思われるコリンのケースに対する関心は薄く、ちゃんと調査してもらえるのか疑わしいとアイザックは皮肉に言う。

『警察が頼りにならないなら、俺が自分で調べてみるつもりだよ。コリンが落ち着いたらもう一度話を聞いて…誰かが車に細工をしたなら、何としてもその証拠を掴んで…くっ…』

 アイザックはふいに激しいものがこみ上げてきたかのように声を震わせ、黙り込んだ。

「アイザック…アイザック、大丈夫か?」

『ああ…』

 アイザックの声が受話器の向こうから聞こえてきたことに、クリスターはほっとした。

 アイザックがここまで追い詰められるなんて、状況はかなり厳しいのだろう。やはり、彼をこのまま1人にしてはおけないとクリスターは思った。

「僕も、明日にでもそちらに向かうよ。コリンは何とか話のできる状態なんだろう?」

 アイザックもこれだけ困っているのだから、クリスターのこの言葉にてっきり安堵するかと思ったのだが、彼の反応は期待したものとは少し違った。

『えっ…クリスター…おまえ、こっちに来るのか…?』

 そのアイザックの声の響きにクリスターは妙な引っかかりを覚えた。

なぜだろうか、クリスターがやってくると聞いて、アイザックはうろたえている。まるでクリスターと直接顔を合わせて話すことに抵抗を覚えているかのようだ。

 不審に思いながらも、クリスターはそんな感情はおくびにも出さず、あくまでアイザックを力づけようとするかのごとく続けた。

「当たり前じゃないか。コリン達がそんなことになって、君だって、かなりのショックを受けている。放っておけるはずがないよ。それに、コリンの起こした事故について…いや、本当にそれが事故なのか、それともJ・Bの仕業なのか僕も自分で確かめたい」

 電話口の向こうのアイザックが明らかに凍りつくのが感じられた。

 クリスターが息を詰めて彼の反応を窺っていると、やがて喉の奥から絞りだすような掠れた声が聞こえた。

「ああ、そうさ…Jの仕業なんだ、これも…何てことだ、こんなひどい結果になるなんて思わなかった。阻止したかったのに…俺にはどうすることもできなかった…そうだ、コリンとミシェルがあんなことになったのは、俺のせいなんだ」

「アイザック、落ち着けよ。どうして、君がそんなふうに自分を責めなければならないんだ」

 アイザックらしくない取り乱しようにクリスターは当惑しながら、言い聞かせる。

「君は何も悪くないんだよ」

「いや、違う…そうじゃないんだ、クリスター」

「アイザック?」

 クリスターは耳を澄まし、電話を通じて可能な限りアイザックの心を読み取ろうと試みた。

 長い沈黙の後、アイザックが苦しげな吐息をつくのが聞こえた。

「すまない、俺は…どうかしていたようだ。おまえを困らせるような、おかしなことを口走ったかもしれないな」

「いや…」

 冷静さを取り戻したアイザックに安堵するどころか、クリスターの胸に生じた不安はますます大きくなりつつあった。

「明日…おまえはここに来るんだな?」

 念を押すようにアイザックは尋ねる。

「ああ、そうするよ。君のことも心配だし…僕が行くまで、もう何もするな。調査をするにせよ、君が単独で動き回るのは危険だ…僕と2人であたった方がいい。そうだ、病院の住所と電話番号を教えてくれないか」

 アイザックが読みあげる住所をメモに取っていた時、クリスターの背後で物音がした。振り返ると階段から下りてきたらしいレイフがいぶかしげな眼差しをこちらに向けている。

『クリスター』

 何かしら切迫したものを感じさせるアイザックの呼びかけに、クリスターは再び注意を引き戻された。

『色々と…本当にすまねぇな…おまえにこんな…迷惑をかけちまって―』

 奇妙な違和感のある態度から一変、心に触れてくる真摯な言葉に、クリスターはつと胸を突かれた。

「何を言うんだよ…アイザック、僕は―」

 クリスターはアイザックに言おうと思っていたあれこれをふいに思い出したが、じっと自分の様子を見守っているレイフの手前もあって、言い出せなかった。

 それに、アイザックも何かに急き立てられるように慌てて電話を切ってしまったので、結局お互い胸を開いてするような深い話はできなかった。

 クリスターは何だか消化不良の気持ちを抱えながら、受話器を戻した。

(大丈夫だ。明日、向こうに行ってアイザックに会って、もっと詳しい話をすればいい)

 とん。

 背中に何かが押しあてられるのにクリスターは眉をひそめて、肩越しに後ろを振り返る。

 足音もたてずに近づいてきたレイフが、クリスターの背中に拳をぐりっと押し付けていた。

「どうしたんだよ、兄貴、そんな恐い顔して…何か悪い知らせだったのか?」

「おまえには、関係ないだろ」

 まずい時に居合わせてくれたなと内心溜息をつきながらクリスターは素っ気なく言い返すが、レイフはへこたれずに食い下がった。

「関係なくはないよっ。何だって、クリスターのことなら」

 一瞬何と言い返せばいいのか分からず、クリスターは真剣な面持ちのレイフをまじまじと見つめた。

「大げさだな」

 そのままクリスターは無言で立ち去ろうとしたが、シャツの裾をレイフがいつの間にかしっかり掴んでいたため、身動きが取れない。仕方なく、弟に向きなおった。

「今のはアイザックからの電話で…友達が自動車事故にあったと知らせてくれたんだ。新聞部の部長をやってたコリンのことは覚えているかい?」

「アイザックと仲がよかった、あいつのことかな? うん、人当たりのいい奴だったよな。怪我をしたのか?」

「話を聞く限り、重傷らしい…今アイザックが付き添っているんだけれど、僕も気になるから、明日にでも、病院に行ってみようと思うんだ」

 クリスターが心配そうに顔をうつむけるのを見守りながら、レイフは何事か考え込んでいたが、ふいに思い立ったかのように言った。

「オレも行くよ」

「えっ?」

 クリスターの当惑もどこ吹く風、レイフは当然のような顔をしてそこに突っ立っている。

「馬鹿を言うなよ。遊びに行くわけじゃないんだぞ」

 クリスターは怒ったようにレイフを睨みつけながら、ゆっくりと身を離そうとした。

「分かってるよ」

「分かってない!」

 捕まえようとするレイフの腕を今度はかなり本気で振り払い、クリスターは2階の自分の部屋に駆け上がっていこうとした。

「待てってば!」

 するとレイフは、クリスターの前に回り込み、両手を広げて立ちはだかった。

 レイフの奴、今日はやけにしつこいとクリスターは密かに舌打ちをする。

「クリスター、オレに隠し事があるだろ」

 どこまで分かっているのかいないのか、本能的に秘密の匂いをかぎつけてくる弟にひやりとしながらも、クリスターは冷静さを装い続けた。

「何のことだ?」

「とぼけるつもりなら、別にいいよ。でも、オレはおまえから目を離すつもりはないから。おまえがオレに隠れてまた何か無茶をやろうとしても、絶対オレはおまえを1人で危険にさらすことはしないと決めてるから」

「おまえの言うことは訳が分からないよ、レイフ。コリンの事故が、どうして、そういう話につながるんだ?」

「だって、おまえは何でもなさそうなふりをしているけど、実際すごく殺気立ってピリピリしてる…怪我した友達の見舞いに行くだけで、そんなに神経が張り詰めるわけないだろ。表面だけ取り繕ったってさ、オレには分かるんだぜ、なあ…?」

 言い返せるものなら言い返してみろとばかりの自信たっぷりな態度で迫ってくるレイフに、さすがのクリスターもしばし言葉を失った。

「だからさ、オレも連れて行けよ。オレに兄貴を守らせて。な?」

「断る」

 クリスターが容赦なくむこうずねを蹴りつけてやるとレイフはギャッと叫んで階段に尻餅をついた。

 憤然と階段を上がっていくクリスターは、諦めきれずに目で自分を追いかけていたレイフが、ふいに何かを思いついたかのように手を打って、1人でしきりに頷いていたことには気がつかなかった。

(レイフを連れて行くなんて冗談じゃない…事情を知らないあいつにまとわりつかれてあれこれうるさく聞かれて…ああ、考えたくない、はっきり言って足手まといだ。それに、僕はもう二度とあいつをJ・Bに近づけたくはない。そうだ、頼むから、何もせずにじっとしていてくれ)

 レイフの直感力に驚かされたクリスターだが、断固としてその申し出を退けた後は、弟はもう諦めたものと考え、その思いはコリン達を見舞った災難の上に戻っていった。実際レイフの気まぐれにかまけている場合ではなかったのだ。

 それに、もう一つ、クリスターは別の気がかりも抱えている。電話で話した時のアイザックの様子だ。

 全くアイザックらしくないほどに動転し、奇妙なことを口走っていた。初めは、自分のすぐ傍でコリン達が事故に遭ったことがショックだったからだと思ったが、話しているうちにそれだけが理由でないような気がしてきた。

 顔を見て話せば、アイザックが何を胸に抱えているのか分かるだろうか。アイザックの方は、あまりクリスターに会いたいような口ぶりではなかったが―いや、それも気のせいだろうか。アイザックに対する後ろめたさが、そんなふうにクリスターに思わせたのだろうか。

(いずれにもせよ、ここであれこれ推測していても埒が明かない。僕が自分で確かめに行くしかないんだ)

 翌朝。クリスターは、アイザックやコリンに会うべくコネチカット州ニューヘイブンに向けて出発した。

 そして、そこで彼は、初めて明らかになった数々の意外な事実と直面することになるのだ。


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