ある双子兄弟の異常な夜
SCENE3 下剋上
「いてて…っ…」
溜息をつきながらトイレから出てきたレイフは、動く度あちこち痛む体に眉をしかめながら、洗面台に置かれたプラスチックのコップに水を注いで、一気に飲み干した。
やっている最中は事後のことにまで考えが及ばないほど行為に没頭していたが、終わってみれば、受け身役は結構大変だ。
(いやもう体中痛い。尻は疼くし、おなかも変だし…あれだけ散々人をやりこました後に、『つい中出ししちゃって、ごめんね』なんて謝られても説得力ねぇよ。こう見えて体は柔らかいオレだけど、だからって、力任せに折ったり曲げたりすんなよ…股関節おかしくなったんじゃないかなって、思わずがに股歩きしながら、心配しちまうぜ)
もちろん、クリスターと抱き合ってすごくよかったし、幸せなのは紛れもない事実だが、ぐっすりと安らかな寝息をたてているクリスターの隣で、寝がえり打つたびに顔をしかめたり、何度もトイレに足を運ばなければならないとは、やはり割を食った気がする。
「はぁっ」
ちらと目を上げて、レイフは鏡の中の自分の有様にどきりとする。
胸や腹はむろん、腕や脚の付け根の微妙な部分にまで散っている、赤く鬱血した跡。虫に刺されたという言い訳は、大人相手に通用すまい。
「あーっ、クリスターの助平め、こんなにたくさん跡をつけやがって…こりゃ、今日は基地のジムになんか行けねぇし、うっかり人前で着替えできやしねぇぞ」
それでも、一応ちゃんと服に隠れる所だけを狙っているのは、クリスターの気遣いだろうか。
(しかし…なんて、エロい姿してんだろ、オレ…)
泣き腫らしたような目元。ぽってりと濡れた唇。クリスターに散々いじくられた乳首は赤く腫れている。
心なしか、その瞳もいつもより甘ったるく潤んでいて、普段のレイフには縁もゆかりもないような、一種の艶めかしさが漂っていた。
一体これは誰だろう? 本当に自分なのか、それとも―。
「うううっ…」
もやもやと変な気持になってきたレイフは、頭を何度も激しく振り、冷たい水で顔を洗った。
(全くオレらしくねぇ…クリスターは喜んだかもしれないけど、自分で見るのは気恥ずかしいのなんのって…ああ、オレとしちゃ、クリスターにあんなエロくてそそる顔をしてほしいんだけどさ。やっぱり、あんなふうに簡単に折れてやるんじゃなかった。いくら弟だからって、一方的にやられまくって、あんあん言わせられるばかりだなんて、損だ、不公平だ!)
鏡に映った自分の姿にうっかり発情してしまいそうになったレイフは、そんな気持ちをごまかすために苛々と心の中で呟きながら、寝室に戻った。
ドアを開くと、夜明けが近いのか窓の外は少し明るくなっていて、レイフは、べッドの中で眠るクリスターの姿をよく見ることができた。
「ちぇっ、人の気も知らず、ぐっすり寝やがって…」
不満気に鼻を鳴らしたものの、クリスターの眠りを壊さぬよう気遣って、レイフは忍び足でベッドに近づいた。
(クリスター…)
彼は今、レイフの方に顔を向けて、安らかで満ち足りた表情で眠っている。うっすらと笑みを浮かべた唇から洩れる規則正しい寝息。裸の体にかかった掛布の間から覗く胸は、緩やかに上下している。
レイフは、しばしベッドの傍に立ち尽くしたまま、無心に眠りを貪るクリスターの姿に見惚れていた。
その手がふいに動いて、クリスターの体を隠す掛布の端を掴み、そろそろとめくっていった。
敏感なクリスターは、こんな悪戯をされたらすぐに起きてしまいそうだが、今は疲労のためか、それとも安心しきっているのか、布団をすっかりはぎ取られてレイフの注視に裸身をさらしても、一向に目覚める気配はない。
「…やべ…すごくエロい…」
レイフは瞬きも忘れて、食い入るように、次第に明るくなってきた部屋の中に浮かび上がる、クリスターの全身を眺めていた。
さながら、満腹するまで飽食し、長々と横たわって眠る若いライオンのようだ。
綺麗に発達した筋肉が盛り上がりを見せる肩や腕。唇から洩れる呼吸音に合わせて動く逞しい胸。引き締まった腹と隆とした太腿―その付け根では、レイフの中で暴れまくった性器が、静かに頭を垂れて休んでいる。つい数時間前に3回ほど振り回したばかりなせいか、それはまだ薄っすらと赤味を帯びて見えた。
(くそっ…触りてぇ、クリスター…)
レイフは込み上げてくる飢えに喉を鳴らして、そっとベッドの上に屈みこむと、そろそろと伸ばした手でクリスターの肩に触れた。
(ああ、温かいや…)
手の平を押しあてて、クリスターの体温をじっと確かめる。
触っても反応しないクリスターに、つい大胆になったレイフは、肩から腕にかけて緩やかに手を滑らせていった。それから、胸の上に移って腹へと滑り下ろしていき、ついには下腹部でうずくまっている性器に触れ、やんわりと包み込んでやる。
「っ…ん…」
クリスターの息が微かに乱れ、伏せられた長いまつ毛がびくびくと震えた。無意識にも彼はレイフの手から逃れようとするかのごとく身をよじり、ぎゅっと眉間に皺を寄せる。
自分の手の動き一つで、クリスターがこうも扇情的な姿を見せるということに、レイフは無性に興奮してきた。
(どうしよう、クリスター…オレ、マジで止まらなくなってきたよ)
レイフは耐えかねたように熱い息を漏らして、手の内でクリスターの分身を愛撫しながら、ゆっくりと彼の上に身を屈めていった。
バウという犬の鳴き声にクリスターが振り返ると、長い金色の毛並みが美しい大きなレトリバー犬が尻尾を思い切り振りながら、こちらに駆け寄ってきた。
(あれ…もしかしてジェイク…? ジェイクじゃないか?)
それは、クリスターとレイフが幼い頃飼っていた愛犬だった。懐かしさのあまり、クリスターは膝をついて、じゃれついてくる犬の大きな体を両腕で抱きしめた。
レイフと2人、父親に頼みこんで飼い始めた子犬は、あっという間に兄弟より大きくなったが、5年とたたないうちに交通事故で死んでしまった。レイフはよほどショックだったらしく、それ以来生き物を飼おうとは言わなくなったものだ。
「レイフがおまえに会ったら、きっとすごく喜ぶだろうにね」
しんみりと呟くクリスターの胸を前足で押しながら、ジェイクは濡れた鼻面を押し付けてくる。
「あはは、どうしたんだよ、おまえ、随分なはしゃぎようだな?」
はて、記憶では、ここまで落ち着きのない犬ではなかったような気がするのだが。それに、どちらかと言うとジェイクはクリスターよりもレイフによく懐いていて、それが面白くなかったような気がする。
「ジェイク、ほら、いい加減離れろよ…」
いつまでもじゃれかかるのをやめようとしないジェイクの相手に少し疲れてきたクリスターは、軽く押しのけて、立ちあがろうとした。ところが、ジェイクはいきなり犬にあるまじき力を発揮して、クリスターを押し返し、後ろ向きに転がしてしまう。
「ジェ、ジェイク?!」
仰天するクリスターの上に、ジェイクははあはあと荒い息をしながら、覆いかぶさってきた。
クリスターの手を押しのけて、その肩に顔を突っ込み、温かく濡れた舌で顔と言わず首筋と言わず、べろべろべろべろ…何かおかしなものでも食べたのではないかというような凄い勢いで舐め始めた。
「こ、こら…やめろよ、ジェイク…くすぐったいだろ…!」
こそばゆさに顔をしかめ、ジェイクの舌から逃れようとするクリスターだが、犬の癖に彼の抵抗をしっかりと封じての攻撃は執拗で、なかなか払いのけることができない。
「おい、やめないと…本気で怒るぞ…っ…あ…うっ…!」
犬の舌が、クリスターの弱い所を掠めたらしい。彼は思わず首をすくめ、口から洩れそうになったおかしな声を呑み下した。
べろべろ、れろれろ、んぐんぐ…困ったことに、初めはめくらめっぽう舐めまくるだけだったジェイクは、次第に、クリスターの感じる部分を的確に狙って攻めるようになってきた。
クリスターは本気で焦った。犬相手に発情してしまうなどと、そんな恥ずかしい真似、死んでもご免だ。
「いい加減にしろ、この馬鹿犬!!」
大声で怒鳴りつけ、クリスターは、怒りのこもった鉄拳を己の上に被さってはあはあ言っている犬の頭に振り下ろした。
「ぎゃあっ!!」
え? ぎゃあ?
犬ではなく人間の悲鳴が聞こえたことに、クリスターはぎょっとなって目を見開く。
すると、自分の体の横に、頭を抱えて倒れ伏している弟を見つけた。
「レイフ…? おまえ、何をしている…?」
動揺しながら身を起こしたクリスターは、いつの間にか体にかけていた布団が全部どけられていることに気付いた。
そればかりか、愛撫の感触が体のそこかしこに生々しく残っている。体の芯は火がついたように熱く、心臓の鼓動は速くなり、股間のものは半分ほどまで頭をもたげていた。
「おまえ…僕が寝ている間に、おかしな真似をしたな?」
己の中で目覚めた官能をレイフには気付かれぬよう、クリスターは、わざと怒ったような固い口調で言った。
するとレイフは、叱られた子供のようにびくっと身を震わせた。
「う…ひ、ひでぇよ、兄貴…いきなり殴りつけんだもの…熊でも殴り殺す鉄拳を弟に喰らわすたぁ、どういう了見よ…」
素直に謝るかと思いきや、口から出るのは、仕様もない恨み節。ベッドに顔を伏せたままべそべそ言っているレイフに、クリスターは怒る気持ちを殺がれ、溜息をついた。
「何だよ、熊って…はぁ、もういいよ、レイフ…。これ以上悪さをしないなら許してやるから、後はおとなしく寝てくれ…今、何時だ?」
ベッドサイドに手を伸ばし、目覚まし時計の時間を確認する。まだ5時半を回ったところだ。
「やれやれ…中途半端な所で起こされてしまったな…うわっ?!」
いきなり後ろからタックルされたクリスターは、思わず声を上げ、手にした時計を床に落とした。
「レイフ、こら、何をする?!」
何やら先程の夢の続きのようだなと思いながら、クリスターはレイフによってベッドの上に引きずり戻され、押さえこまれた。
「へへっ…兄貴の寝姿が色っぽすぎるから、いけねぇんだぜ」
レイフは、当惑するクリスターを見下ろして悪戯っぽく笑うが、その目はやけに真剣で、物騒な程強い光を放っている。
クリスターはぞくっとした。
「レイフ…あっ…」
レイフの熱を帯びた手が胸の上に置かれる。その感触に、クリスターは軽く身震いした。
「クリスター、キスさせて…」
鼻にかかった声で、レイフは言う。
「レイフ…」
その甘ったれた口調についほだされて、クリスターはキスくらいなら別にいいかと思ってしまった。
一瞬の逡巡を見逃さず、レイフはクリスターの顎を捕えて固定し、がばと覆いかぶさった。そうして、濃厚で激しい、本当に肺の中の空気を全部吸い取ろうとするかのような勢いで、彼の唇をがつがつと貪った。
「う…ぐっ…ううっ…う…」
息を継ぐ間もない一方的なキスに酸欠を起こしかけたクリスターは、拳を固めてレイフの肩や背中を叩いたが、行為に夢中の彼の無体を止めることはできない。
「は…はぁ…は…」
やっと満足したらしいレイフが身を起こすと、彼とクリスターの唇の間でねっとりとした唾液が透明な糸を引いた。
「レイフ、おまえ…本当にキスが下手だね…」
ほとんど無理矢理口の中を蹂躙されてしまったクリスターは、恨みもあって、そんな冷たい言葉を投げつけたが、レイフとの濃厚な接触は、それ自体、つい数時間前の行為の記憶を体に呼び覚ますのか、彼の頬は紅潮し息も乱れてしまっていた。
「下手で悪かったな…でも…」
レイフはむっとなってクリスターを睨みつけた。しかし、クリスターが興奮していることはもはや一目瞭然だったので、俄然自信を持って言い返した。
「そりゃ、オレはクリスター程えっちの場数を踏んでるわけじゃないからさ。でも、クリスターはうまかろうが下手だろうが、触っているのがオレなら、感じるみたいじゃん?」
嬉しそうに笑うレイフは、憎たらしいが、やはり可愛い。
一瞬抱き寄せたくなったクリスターだが、今ここでことに及んでは仕事に差し支えるという現実的な考えから、じっと我慢した。
「もういいだろ、レイフ、そろそろ僕の上から退いてくれ。重いよ」
以前より若干筋肉量が増えたのか、ずっしり重みを増したレイフの体の圧力を感じながら、クリスターは訴えた。
「なんでさ、オレ、ここでやめる気なんかないよ…」
「そんな無茶言うなよ…もう夜は明けてるし、後1時間もしないうちに起きださなきゃならないんだぞ。今からもう一回するなんて、仕事に差し支えるよ」
「今週は別に訓練期間じゃないから、少しくらい無茶したって、大丈夫だよ。それに、やめろと言われてもオレ、もう無理だよ…ほら…」
レイフはクリスターの手を掴んで、己の下腹部にぐっと引き寄せた。
「ああ…確かに…」
腹につきそうなほど反り返っているレイフの性器を握らされて、一瞬たじろいだ後、クリスターはやれやれというような重い溜息をついた。
「これ、クリスターのせいだからな。責任取ってくれよな」
再び体を密着してきたかと思うと、レイフはクリスターの耳に口を寄せてそう囁き、耳たぶをあま噛みした。
「っ…くっ…」
ビリッと軽い電流がそこから流れたようになって、クリスターは身を戦慄かせた。
「クリスター、お願い、一回だけでいいから、今度はオレにさせて…」
レイフは濡れた声で懇願する。その手は、クリスターの半勃ちになった性器に手を伸ばして、彼の中の火をもっとかきたてようと熱心に扱き始めた。
「レイフ…馬鹿、やめ…ハッ…ぅ…ん…」
巧みとは言えないが、クリスターが自分にしたことからそれなりに学習したのだろう、柔らかく包みながら擦り上げたかと思うとぎゅっと締めつけてくるレイフの手の動きに、心ならずも、クリスターは悶えそうになった。
「兄貴の声って、色っぽいのな…ねえ、もっと聞かせてよ…」
震える唇を噛みしめて、レイフの強引で性急な愛撫に耐えているクリスターの様子に、一層興奮しだしたレイフは、彼の敏感な部分を徹底的に攻めだした。
(こいつ、どうして知ってるんだ…?)
レイフは、クリスターが首を傾げるくらい的確に、触れて欲しい場所―それとも、触れて欲しくない場所だろうか―に指や舌先を這わせてくる。その度に、小さな官能がそこから生じ、体に広がっていくのが分かる。
このままでは、抵抗もできず、レイフの好きなようにやられてしまうと、クリスターは本気で焦った。
「や、やめろと僕は言っているんだ…離れろ、この馬鹿弟!」
これも何やら先程の夢の展開を髣髴とさせたが、レイフの体が僅かに浮いた瞬間を見逃さず、クリスターは体の間に足を入れて思いきり蹴り飛ばした。
「ぎゃん!!」
結構うまい所に蹴りが入ったのか、レイフの巨体はひとたまりもなく、ベッドから転がり落ちてしまう。
「ふ…う…」
クリスターはよろよろと体を起こし、肩を揺らして荒い息を整えながら、ベッドの下で痛そうに頭を抱えてうずくまっているレイフを用心深く眺め下ろした。
「レイフ…おい、大丈夫か…?」
レイフが床に突っ伏したままいつまで経っても起き上がろうとしないので、少し心配になってきたクリスターは、低い声でそっと無事を確認してみた。
「ひ、ひどいよ、クリスター…ここまで冷たい拒否の仕方ってないよ…愛してるから、おまえがオレにしてくれたこと、オレもおまえに返したいってだけなのに…ベッドから、け、蹴り落とすなんて―ううっ…えぐっ…え…」
大の男が両手で顔を覆ってしくしく、べそべそ…クリスターの良心も痛んだが、色んな意味で相当痛い光景であったので、正視できなくなった彼は、ついに弟から目をそらした。
「分かった、レイフ…蹴ったのは、僕が悪かったよ、確かに少々やりすぎた」
だから、泣きやんでくれ―皆まで言い終えるより先に、今まで泣いていたはずのレイフがベッドの端に手をかけ、顔をひょいと上げて、クリスターを覗き込んだ。
「うっ」
床の上にぺたんと座りこんだまま、物欲しそうな目で、レイフはじいっとクリスターを見ている。その後ろで見えない尻尾がぶんぶんと千切れんばかりに振られているのが、分かるようだ。言葉で訴えるよりも、こうして何も言わずに黙っている方が、余計に妙な圧迫感を感じるから不思議だ。
「はぁ…もう、おまえには根負けしたよ、レイフ」
ついに、クリスターは折れた。
「いいよ、おまえの好きのようにすればいい…別に、嫌な訳じゃないんだよ。おまえが僕をやりたがっていることは、僕だって分かっているし、本当は、今夜あたり…とは考えていたんだ。ああ、でも、今は時間も時間だから、一回だけで勘弁してくれよ」
「ほんと?」
「ああ」
「途中でやっぱり気が変ったって、また蹴り落としたりしないか?」
「もう、しないよ」
「先っぽだけじゃなく、全部入れてもいい?」
「…おまえね……」
変にいじけてしまったレイフとの会話に少しばかり疲れを覚えながら、クリスターは床から拾い上げた目覚まし時計をもとに位置に戻して、こちらを用心深く窺っているレイフをちらりと眺めやった。
「僕は、こう明るいと気分の出ない方なんだけれどな…おまえがまだ僕をやりたいと思うなら、いつでも始めていいよ。しないなら、僕はこのまま寝直すから…」
本当は、体の芯ではレイフによってかきたてられた火がまだくすぶっていて、寝るどころの騒ぎではなかったのだが、クリスターはわざとそっけなく言って、ごろんとベッドの上に横になった。
「…クリスター…」
もっとかまってもらえると思ったのにあっさり放置されて寂しくなったらしい、レイフはすぐに床から起き上がって、またベッドに入り込んできた。
クリスターが薄目を開けてみると、レイフは、きゅっと唇を引き結んだやけに真剣な面持ちで、クリスターの両脇に手を突き、じっと覗き込んでいる。
(そんな切羽詰まった顔で、僕を見るなよ…)
思わず吹きだしそうになるのをぐっと堪えて、クリスターはレイフの体に手を伸ばした。
「いいんだよ、レイフ…おいで…」
クリスターが促すように微笑んで、肩を掴んで引きよせてやると、レイフはゆっくりと彼の上に体を重ねてきた。
2人の裸の胸と腹が触れ合わさると、思わず、どちらの口からも深い吐息が漏れた。
「クリスター…もう一度、キスさせて…」
掠れた声で囁いて、レイフはクリスターの唇に濡れた唇を押し付けてきた。今度は勢いだけの性急なキスではなく、ゆっくりと触れ合う感触を味わうかのように、唇の表面を擦りつけ、更に深く、クリスターの口を割って舌を差し入れ、粘膜を探っている。
先程は腹立ち紛れに『下手』と酷評したレイフのキスだが、こうして落ち着いて交わしている分には、それほどまずくはない。それどころか、クリスターのキスの仕方を思い出してなぞるかのような舌や唇の動きは、なかなかツボを突いてくる。ある意味これも体を使って覚えることだから、レイフは得手なのだろうか。
そんなことをぼんやり考えながら、クリスターは自ら積極的に口を開き、レイフの舌に舌を絡め、彼がこぼした唾液を含み、呑み下した。
「ん…ふっ…ふぅ…」
キスの合間に吐き出す息も、次第に速く、乱れたものになっていく。
「はっ…はぁ…はぁ…は…」
興奮にあわせて、どんどん体温も上昇しているのか、クリスターの肌を這う大きな手のひらも、のしかかっている逞しい体もひどく熱い。
「クリスター…大好き…」
切なげな囁きが可愛くて、クリスターはレイフの頭に手を伸ばして、撫でてやる。しかし、そう感じたのも一瞬のこと―。
「あ…んっ…!」
レイフの熱い吐息が首筋にかかり、唾液に濡れた温かい唇が押しつけられるのに、クリスターは、とっさに口から洩れる声を抑えきれなかった。
(不覚…)
思わず首をすくめ、レイフの肩を押し返して、その愛撫から逃げるクリスター。頬がかっと熱くなるのは、恥ずかしさのせいばかりではない。
「わぁ…クリスターの声、やっぱり色っぽいや…な、もっと聞かせてよ…」
レイフははしゃいだ声をあげて、クリスターの上に深く身を屈め、今度は殴られたり蹴られたりしないよう、用心深くクリスターの手や足を押さえつけながら、クリスターの感じる首筋や胸のポイントを攻撃しだした。
(う…わ…これは、ちょっと…まずいかもしれない…)
抑えようもなく、かあっと体が燃え上がるのに、クリスターは動揺した。
基本的に、レイフにとっていい所は、クリスターも感じるようだ。だから、初心者のレイフでも、やりやすい相手と言えるだろう。
「クリスター、どう、気持ちいい…?」
クリスターの甘い声が聞きたくて、レイフは、ぎこちないながらも、丁寧に時間をかけて、唇や舌を使って快感をかきたてようとしている。しかし、クリスターはじっと押し黙って、何も応えようとしない。
「なあ、感じるなら、我慢してないで素直に声出せよ…さっきまでいい感じで盛り上がっていたのに、いきなり固くなってさぁ…何緊張してんのさ…?」
クリスターはレイフの下でぎこちなく身をよじらせ、薄っすらと開いた目で、困ったように彼を見上げた。
(だって、こう明るいと…僕が堪え切れずに悶えたり、変な声をあげてしまったりした時の表情を、レイフに全部見られてしまうじゃないか…せめて夜なら、少しくらい理性が吹っ飛んだって、構わないけれど…この状況でレイフのいいようにかき乱されてしまうのは抵抗がある…)
予想したよりもレイフの愛撫が気持ちよくて、このままでは理性の最後の一線を守れる自信がなくなってきたからだろう。クリスターはこの期に及んで、主導権をレイフに譲ってやったことを後悔していた。
「レイフ…僕のことはいいから、続けろよ…のんびりしている時間はないんだ。ぐずぐずしていると、入れないうちにタイムアウトになるぞ」
せめて、そんな自分の弱みをレイフには気付かれぬよう、愛想のない声で言って、クリスターはぷいっとそっぽを向いてしまう。
「ええっ、それは困る…ちぇっ、しゃーないや、取りあえず、さくっと入れるぞ、クリスター」
言うや否や、レイフは、クリスターの体を丸太でも扱うようによっこらしょと転がして、うつ伏せにした。
「えっ…もう…?」
動揺のあまりつい口走ってしまうクリスターの尻を、レイフはぺちっと叩いた。
「て、どっちなんだよ、おまえ…さっさと終わらしてほしいのか、それともあ…あいぶって奴に時間かけて気持ちよくなりたいのか―」
一瞬クリスターは迷った。
「…早くやれ」
「じゃ、遠慮なく」
レイフの手が、クリスターの引き締まった尻にかかる。緊張のあまり固くなったそこを左右に押し開くと、彼は露わになった秘所をいきなり舌先でくすぐった。
「ハッ…あっ…!」
思わぬ刺激を与えられたクリスターは、びくっと上体を戦慄かせ、シーツをぎゅっと掴み締めた。
「レ、レイフ…おまえ、何して…!」
自分も似たような真似をレイフにしたことなど綺麗に忘れ去って、クリスターは動転しながら首をよじり、尻の間のあらぬ所を犬のようにぺろぺろ舐めているレイフを見やった。
「馬鹿、やめろ、レイフ…」
するとレイフは、神妙な面持ちでしばし考え込んだ後、眉をしかめてぺっと吐き捨てた。
「ううん…やっぱ、まずい…」
クリスターは怒りと恥ずかしさのあまりかあっと顔に血を上らせ、思わず怒鳴り付けそうになるのを、歯を食い縛ってこらえた。
(もう一度蹴り落としてやろうか、こいつ…)
ぐっと拳を握りしめ、こめかみに癇癪筋を浮き出させてわなわなと震えているクリスターの後ろでは、レイフが自分の指を口に含み、唾液でたっぷりと濡らしていた。
「すぐとは言っても、やっぱりちゃんとほぐしておかないとさ…へへ、クリスター、ここ使うのってすごく久しぶりだろ…?」
「まぁ…そうだな…」
レイフの指摘にクリスターが心なしか不安を覚えた、その時、レイフが、彼の固く締まったその部分を指先で突いた。
「っ…痛…っ…」
顔をひきつらせ、クリスターは小さな悲鳴をあげる。
「あ、ごめん…痛かった…? ううん、男をやるのって、なかなか面倒なものだよなぁ…」
困ったように頭をかくレイフに、このまま放っておいては何をされるか分からないと恐れたクリスターは、控え目に助言をした。
「さっきのジェル、まだあるだろ…?」
「あ、そうか…」
レイフはぱっと顔を輝かせて、サイドテーブルの上から、未使用のボトルを取り上げた。
「じゃ、今度は兄貴の好きなグレープ・フルーツにしよ」
だからと言ってのんびりまったり香りと味を楽しみながらする時間はないので、レイフは至って実用的にそれを使うべく、クリスターの尻と己の手に適量を垂らして、すぐに指で触れてきた。
「クリスター、力抜いて…」
途端に、レイフの長い指が中に入ってくる。
「!…ふっ…く…」
最初こそ、クリスターは反射的にぎゅっと力を入れて異物の侵入を拒んだが、体温で溶けた生温かい液体で濡れたレイフの指に内壁を探られるうちに、次第に体が内側からが熱くとろけていくのを覚えた。
「クリスターの中って、こんなになってるんだ…すごく熱い…」
レイフは抜き差しする指を2本に増やし、クリスターのそこを押し広げ、自分を受け入れやすいように慣らしながら、小刻みに震える彼の背中や腰に唇をついばんでいる。
「ふ…ふう…ん…あ、ああ…っ…」
固く引き結んでいた唇から、堪え切れない喘ぎを漏らし始めているクリスターに、レイフは興奮をかきたてられたらしく、みっちりした肉をかきわける指の動きを激しくする。
レイフは指をもう一本指を増やしたらしい。入口でぐるりと大きく回したかと思うと深々と埋め込まれる感触。ぐちゅぐちゅと何とも卑猥な音が耳をついて、クリスターを更に追いつめる。
「あっ…あぁ…っ…くぅ…っ…」
クリスターはぎゅっと目を瞑って、腰の奥深くから突きあげてくる官能の波に耐えている。いつの間にかよつんばいにさせられ、レイフの指の動きに合わせてがくがくと腰を揺らしていることにも、彼はほとんど気づいていなかった。
「もう、駄目、我慢できねぇ…クリスター…」
レイフが切羽詰まった声で呟いた。そうして指を引き抜くと、ジェルと粘液でべとべとになった穴に限界まで張りつめた己のものをぎゅっと押しこんだ。
「アッ…!」
クリスターは思わず、上ずった声をあげ、逃げようとするかのような素振りをしたが、すぐに後ろから伸びてきたレイフの腕に引き戻され、より深く体を密着させられる。
「ひ…うあ…」
肉の壁を押し広げてめり込んでくる、ひどく大きなその塊に、クリスターは息がとまりそうになった。
「クリスター…ああ、お前の中、最高に気持ちいいや…」
感極まったような溜息をついて、レイフは具合を確かめるように、しばし軽く腰を動かしていた。
その度にクリスターの体もゆらゆらと前後に振られ、唇から吐息交じりの甘い声が漏れる。
ついに、クリスターは音をあげた。
「レイフ…頼むから、もう…」
レイフと繋がった部分がぞくぞく疼いて、このままでは本当に気が変になりそうだった。
「ああ、そうか、クリスターも早くいきたいよな…でも、やっぱ、この体勢、楽だけど、オレの好みじゃないなぁ…」
レイフは、そうぽつりと漏らしたかと思うと、いきなりクリスターの腰に手をかけ脚を無理やり折り曲げて、つながったまま体をぐるりと回転させるという荒業をやってのけた。
「何…えっ…え…う…うわあぁっ…?!」
何事が起ったのかとっさに分からず、クリスターは目を回しながら、支えを失った手を慌てて伸ばし、体を泳がせ、最後には、うまく向き合う形になったレイフの体にしがみついていた。
「へへ、ご対面〜やっぱ、顔見てやる方が、オレ、好き」
「…なら、初めから、そうしてくれ…!」
どきどきしながらクリスターは抗議の声をあげたが、大きく広げられた脚の中心にレイフを受け入れ、その体にひしとしがみついているこの格好では、我ながらどうにも迫力が出なかった。
レイフは深く上体を屈めて、息を乱しながら複雑な感慨を噛みしめているクリスターの唇にキスをした。
「クリスター、愛してる…」
へらへら笑っていたのが、一瞬真顔になって、こんなことを言う。その瞳の奥に閃いた火の激しさに、クリスターははっと息をのんだ。
「好きで好きで…好きすぎて、つい壊しちゃったら、ごめんよ」
「レ、レイフ…ぁ…あぁっ…!」
うねるようにレイフの腰が動き、弾みをつけてクリスターの内部をえぐり、最奥を穿つ。強すぎる刺激に、クリスターはたまらず、喉をのけぞらせて絶叫した。
「っ…アァァッ…!」
レイフはクリスターの反応のよさに目を見張り、それから満足そうににんまり笑った。
「何、笑っている…?」
息も絶え絶えになりながらも、クリスターは精一杯の虚勢を張って、レイフを睨みつけた。
「…クリスターが、こんないい声で啼いてくれるなんてさ…感動的だなぁって…」
しみじみと呟いて、レイフは再び、荒々しく腰を使い始めた。
「馬鹿…あっ…く…うぁ…!」
ずしんと重い衝撃が打ち寄せる度、クリスターは激しく揺さぶられ、繋がった部分から沸き起こる痺れるような感覚に、言葉にならないほど身悶えた。
「はっ…はぁっ…あ…んっ…」
彼のひんやりと冷たげな整った顔は上気し、快感と苦痛のあまり歪んでいる。開かれた口からは熱い息が絶え間なく吐き出され、ぎゅっと瞑った瞼の合間には微かな涙が滲んでいたが、今のクリスターには、そんな体の反応を制御することもできない。
ちょっと失礼な話だが、クリスターは、まさかレイフごときにやられて、自分がここまでよがってしまうとは考えていなかった。彼の苦手な想定外の事態というやつだ。
「クリスター…クリスターの今の顔、すごくそそる…おまえのこんな表情知ってるの、たぶん、オレだけだよな…」
すごく感動的。緩急をつけて腰を使いながら、レイフは荒い息の合間に、こんな言葉でクリスターをなぶる。本人に悪気はないだけに、余計に悪質かもしれない。
言い返したくても、いつもの饒舌もろくに回らないクリスターは、こんなことなら向き合ってのセックスなどさせるんじゃなかったと後悔しながら、レイフの注視を拒むよう、手で顔を覆った。
それをレイフの手が掴み、シーツの上に押さえつけた。抵抗したくても、うまく体に力の入らないクリスターには、組み敷かれたこの状況は不利だ。
「レイフ!」
半分泣きそうな気分で、クリスターは必死に訴える。
「駄目だぜ…クリスター、オレにだけは、惜しまず全部見せてよ…いいじゃないか、おまえはオレのものだろ…?」
またしても、あの異様に強い光を放つ強い目で、レイフはクリスターを射すくめてきた。おとなしく飼いならされていると思っていたら、よりにも寄ってこんな時に、いきなり野性を発揮するのだから始末が悪い。
「レイ…フ…んっ…う…あぁ…ぁっ…!」
逞しい腕に抱きすくめられ、下から思い切り突きあげられたクリスターは、脳天まで貫いた電流のような刺激に、一瞬意識が遠のくのを覚えた。
「クリスター…クリスター、はっ…あ…は…っ…」
レイフは夢中になって、クリスターを揺さぶり続けている。切なげに眉根を寄せ、大きく開いた口で苦しげに息をつき、汗を振りまきながら―クリスターの太腿を高く抱え上げ、しっかと掴んだ、その指先が肌に食い込むのが痛いほどだ。
「レイフ…はっ…はぁ…っ…くっ…ぁ…」
クリスターはもう抵抗など諦めて、レイフにされるがままとなっている。やっと開き直ったのだ。
どうせ最後まで好きなようにやらせないとレイフは収まらないのだ。これ以上無駄なエネルギーを消費するよりは、この珍しい状況を自分も受け入れて、楽しむ方が合理的ではないか。
「はっ…はぁーっ…アッ…」
レイフが打ちつけるリズムに合わせて体を揺らし、切れ切れの声をあげながら、クリスターはいつの間にか、今にも精を放とうとしている弟の顔を夢中で見つめていた。
(可愛いとは思っても、こいつに色気を感じたことなんて普段なかったんだけれどな…こんな時は、レイフでも一人前に男の顔をするんだ…)
まるで絶頂を迎えようとしている自分の顔を覗き見るかのような、多少倒錯した気分にも駆られ、クリスターはつい異様な程の昂りを覚えた。
「レイフ…レイフ…はぁ…あっ…!」
クリスター自身も、解放の瞬間が間近に迫っているのを感じ、ぶるぶると腰を震わせる。その性器は何度も使ったにもかかわらず、高々と持ちあがっていて、我慢できなくなったクリスターは、自らそこに手を伸ばし、レイフが突きあげる動きに合わせて擦りあげだした。
「クリスター、クリスター…んんっ…!」
レイフは額から噴き出した汗が入るのも構わず、必死に目を凝らして、すっかり快感に蕩けたクリスターの顔を熱心に見ている。
「すごく…いい…クリス…」
その喉がごくりと鳴り、唇が動くのを、クリスターもじっと凝視していた。
「レイフ…は…ぁん…は…」
クリスターの腰を打ち据えるレイフの動きはますます激しくなってくる。体の中と外を行き来するものの質量が更に増し、限界が近いことを伝えてくるのに、クリスターも股間のものを扱く手の動きを早くして、自らの解放を促した。
「クリスタ…っ…アッ…ああぁっ!」
達した瞬間、一際大きく吠えて、レイフはぐんと胸を反らした。
「は…あぁぁ…!」
クリスターの性器からも、勢いよく体液が放出され、彼の手とレイフの腹を汚した。
束の間、頭の中が真白になった。
クリスターはがくっと頭をシーツの上に沈ませ、四肢を弛緩させて、心地よい脱力感が全身に広がっていくのにまかせた。
そのまま、しばし、取りとめのない想いを巡らせていた。
(しかし…若いとはいえ、こんなことをもし毎晩続けていたら、いくらなんでも体が持たないだろうな…少なくともミッション・サイクルや訓練期間は絶対駄目だ。…今度2人のローテーションを見比べて、夜の方の予定もきちんと組んでおいた方が…ああ、僕は一体何を考えているんだ…?)
ぶるぶると頭を振って、クリスターが目を開けると、同じくしばし放心状態だったレイフが彼の視線に気付き、実に満足そうに笑み崩れた。つられて、クリスターも微笑み返す。
2人は、しばし繋がったままの姿勢で、乱れた息を整えながら、言葉もなくじっと見つめ合っていた。
クリスターが汗びっしょりのレイフの顔に手を伸ばすと、レイフはそれを捕まえて、手の平にちゅっちゅっとキスをした。
「ありがとーっ、クリスター…最高に気持ち良かった…な、クリスターは?」
にこにこと満面の笑みを浮かべて、深く上体を屈めたレイフは、クリスターの顔にすりすりと頬をくっつけて、苦しいほどの力で抱きしめてくる。
「レイフ…」
「うん…?」
一時はどついてやりたいほど憎たらしかったこともあったが、終わってみれば、充足感と共にレイフに対する愛しさがいや増して、クリスターはここで彼を怒るべきか褒めてやるべきか迷った。
「…愛しているよ」
結局、そうとだけ囁いて、クリスターはレイフの頭を引き寄せて、その口に唇を重ねた。
レイフは喜んで、クリスターの唇の中に舌を割り込ませ、熱心に探ってくる。それに煽られるようにクリスターもレイフの舌に舌を絡め、ねっとりと吸い上げてやった。
一端収まったかと思った熱が、たちまち2人の間でぶり返してくる。
このままではきりがないなと苦笑しかけた、その時、ベッドサイドの目覚まし時計がけたたましい音をあげて鳴り出した。
「ああ、今度こそタイム・アウト…レイフ、どけよ、シャワーを浴びて、支度をしないと―」
嫌でも現実を思い出したクリスターは、即座に頭を切り替えて、レイフの抱擁から抜け出し、起き上がろうとする。そんなクリスターの腕をレイフが掴み、逃すまいというように腰に抱きついてきた。
「やだっ。クリスター、まだ…もうちょっとこのまま一緒にいよ」
「うっ…」
思い切り体重をかけてすがりついてくるレイフに、酷使された腰がずきんと痛んで、クリスターはくぐもったような呻き声を漏らした。
「朝までやりまくったせいで、仕事に遅れましたなんてしゃれにならない…ただでさえ、今日一日どうやって乗り切ろうかというくらいのダメージなのに…」
熱を持った鈍い痛みが下腹部から差してくるのに、クリスターはだんだんむかついてきた。
(もう金輪際、レイフ相手に受け身などするものか。やっぱり主導権はこの僕が握っていた方が、何かと安心安全だ)
クリスターは己の頬を両手でぴしゃんと叩いて、軽く気合を入れた。
「レイフ、おまえも、いつまでもたるんだことを言ってないで、さっさと起きろ!」
固めた拳でじゃれつく弟を殴りつけ、それでも執拗にしがみついてくるので、ついには足蹴りを喰らわせてベッドから転がり落としてやった。
「はぁ…」
ほうほうの体でベッドから降りたクリスターが、ちらりと足元を見下ろすと、レイフは布団をぎゅっと抱きしめて床の上でうとうとしかかっている。
「ふにゃ…ふに…」
その能天気な寝顔を見る限り、クリスターを翻弄した時に垣間見せた獰猛さや色気の影も形もない。もしかして、あれは目の錯覚だったのではないかと疑いたくなるくらい、クリスターを抱いた男とこれは全くの別人だ。
(僕としては、こういうレイフの方が扱いやすいのは確かだけれど…ちょっと豹変しすぎじゃないか…? 全く、どちらがおまえの素顔なのか…)
少しばかり騙されたような気分になりながら、クリスターは正体なく眠りこけているレイフの体に軽い蹴りを入れて、先にシャワーを浴びるためバス・ルームに向かった。
「う…っ…痛っ…」
よろよろと歩く度に痛む腰に、顔をしかめて、やりたい放題のレイフに対して文句や恨み事を言いながら―もっとも、その内容が、クリスターに散々やられた後のレイフのぼやきとほとんど同じだということまでは、クリスターも与り知らぬことではあった。