ある双子兄弟の異常な夜
SCSNE4 戦いすんで夜が明けて



 あれから、まだ寝たりないところをクリスターに叩き起こされ、どやしつけられながら、レイフはシャワーを浴び身支度を整えて、どうにか出勤までこぎつけた。
「ふぁぁ…ねむっ…ああ、本気で、今週は楽なQRF任務でよかったよ」
「全くだね。これが、訓練や演習だったりしたらと思うとぞっとするな。無事に1日を終えられるか、自信ないよ」
 起きだす直前まで調子に乗ったレイフにがんがん攻められたクリスターは、車に乗り込む際も、ちょっと辛そうに顔をしかめていた。
「何大げさなこと言ってんだよ! クリスターが受け身になったのは一回だけじゃないか。オレなんか、最後は記憶にないくらいやられまくってさ…ああ、でも…クリスターのあの時の顔って、色っぽかったなぁ。思い出しても、どきどきしてくる…」
「頼むから、仕事中に、そんなにやけきった顔するなよ、レイフ。何かあったんじゃないかって、勘繰られるぞ」
「うーん、それは気をつけるけど…オレ、自然と顔や態度に出るからなぁ。何かいいことあったとは、ばれちまうだろうさ。でも、長い間離れ離れになっていた相棒とまた一緒に暮らせるようになったから、幸せいっぱいなんだって、ブラコンのそしりを受けるくらいは覚悟して、押し通すしかないだろ」
 レイフの開き直った言い草に、クリスターはやれやれと言いたげな顔をした。それから、ふと、何事か考え込んだかと思うと、こんなことを提案した。
「2人で一緒に暮らすか…そのことだけど、レイフ、今のおまえの部屋は僕が一緒に住むには少々手狭だから、また新しい引越し先を探した方がいいと思うんだ」
「ええっ、こないだ借りたばかりの部屋なのに…確かに、ちょっと狭いけど、同じベッドで一緒に寝れば、何とかなりそうじゃん。そう思って、一応ダブル・サイズのベッドを買ったんだぜ」
「おまえにしては、なかなか気が回るね。でも、もしも基地の同僚とかが遊びに来た時に、部屋にダブル・ベッドが一つじゃまずいだろ。それに、今のアパートメントはそれほど防音がしっかりしているとは思えないから、僕達が夕べみたいに激しくしすぎると、隣近所に物音が筒抜けなんてことになっていそうで恐いよ。だから、少々無理しても、小さい一軒家を探した方がいいかなって思うんだ」
 クリスターの意見はもっともであったので、レイフも考えを改めた。せっかく始めた2人の新生活なのに、付近の住人に気を使って、好きなようにクリスターといちゃいちゃできないなんてつまらない。
「うん、分かったよ。場所は今より不便になるのはやむを得ないとして…2人の住宅手当を合わせて、車も一台で我慢すれば、何とかなるかなぁ。へへ、何か、2人で新居探しって、新婚カップルみたいだよな」
「馬鹿…」
 クリスターは、一応たしなめるような口ぶりだったが、その唇には甘やかな笑みがうかんでいて、レイフの言葉に共感しているのが感じられた。
 そうこうしているうちに、車が進む道路の先に、基地のゲートが見えてきた。
「レイフ」
 クリスターがちらっとこちらを見やるのに、レイフは緩みきった頬を手でぴしゃんと叩いて、気持ちを引き締めた。
「おはよう」
「おはようございます」
 ゲートで簡単なチェックを受ける際、レイフとクリスターが絶妙のタイミングで挨拶をしたら、係官はぎょっと目を剥き、こちらに向けられた同じ顔二つを見比べて、しばし返す言葉もなく呆然としていた。
「あはは、あの係官、まるで双子なんか見たこともないって顔をしてたよなぁ。ああいう反応を見るのって久しぶりで、何か新鮮!」
「そうだねぇ…学校や地元では僕らが双子だということは結構有名だったし、着ているものや雰囲気で、分かる人には分かったからね。それが今では、軍服も一緒となれば―」
 素人には自分達を区別するのは至難の業と言い切るクリスターに深々と頷き返しながら、レイフは無性にうきうきしてくるのを感じていた。
 駐車場に車を止め、朝食を取るために大隊の食堂へ向かう間も、心なしか、いつもより、こちらを振り返ったり、まじまじと凝視したりしてくる人が多いような気がする。
(そういや、小学校の頃、引越した先の新しい学校でも、慣れて落ち着くまではこんな感じだったかなぁ。双子だってことでえらく注目されてさ、こっちもつい調子に乗って、何度かクリスターと入れ替わって悪戯したっけ)
 今日はジムには行かなかったので、少し遅めに入った食堂は結構混み合っていた。テーブルについて仲間と談笑しながら食事をしたり、食器の乗ったトレーを持って並んでいる兵士達が、近づいてくる双子兄弟に目を止めるや、ぽかんと口を開けたり、思わず何かにつまずいたように立ち止まったりしている。
(ああ、クリスターと2人、こうして肩で風を切って歩くのは、本当に気持ちがいいや)
 周囲から遠巻きにされながら、レイフが、いつものようにトレーの上の食器に好きな料理を好きなだけ盛っていくと、横からクリスターが、それじゃあ肉に片寄っている、もっと野菜を食えとうるさい。
「細かいこと言うなよ、クリスター…別にもう、オレ達、アスリートって訳じゃないんだから、そんなストイックな節制なんかやめて、朝飯くらい好きなもの食わせてよ」
「だって、おまえ、少し太ったじゃないか。以前より明らかに重かったぞ、夕べ…」
 ぼそっと耳元で囁かれた一言に、昨夜から今朝にかけてのあれこれが頭の中に鮮やかによみがえって、レイフはむせそうになった。
「あ、あんなハードな訓練してるのに、太るわけないじゃないか。たぶん、今まで使わなかったとこも使う分、引き締まってるよ…筋肉は重いんだってば。分かったよ、野菜も食うし、万が一にも熊とかゴリにはならないよう、兄貴好みのスタイルをキープするよう気をつけるよ」
 空いている席を見つけて、クリスターとああだこうだと言いあいながら食事をしている最中も、興味津々の視線が四方八方から雨あられと浴びせられてくる。
 レイフがちらりと斜め向こうを振り返ると、知った顔もいくつか見えたのだが、彼らでさえも、こちらに声をかけて近寄るのをためらっているようだ。
「だんだん、動物園の珍獣の気分になってきたぞ。…あ、向こうのテーブルに同じ小隊の奴らもいやがる。なんで、いつもみたいに気安く声かけてこねぇんだろ」
 周りの態度にいささか不満そうに唇を尖らせるレイフに、クリスターが考え深げに眼差しを伏せながら、言った。
「たぶん―本当に僕達の見分けがつかないものだから、どっちに声をかけていいのか、迷っているんだと思うよ」
「この状態なら、ガキの頃みたいにオレ達が入れ替わって悪戯しても、ばれなかったりしてさ」
 何の気なしに漏らしたレイフの一言に、クリスターが思わぬ反応をした。
「そうだねぇ―試してみようか?」
「え?」
 レイフがきょとんと聞き返した瞬間、クリスターはレイフの後ろに向かって勢いよく手を振りながら、大声を張りあげた。
「おおい、ケント! そんなとこに突っ立ってないで、こっち来いよ!」
 レイフが泡を喰らって思わず椅子から転げ落ちそうになったほど、彼の真似をしたクリスターの演技は完璧だった。
(え、ええっ…ケント…?) 
 レイフが焦りつつ後ろを振り返ると、神妙な面持ちをしたもとルーム・メイトのケントが、ぎこちない足取りでこちらに近づいてくるのが見えた。
 「おい、クリスター…」
 少なくとも、彼は昨夜一度クリスターに会っているし、レイフともお互いよく知り合う中だ。そう簡単に引っかからないのではないだろうか。
 疑わしげに訴えかけるレイフに、やけに楽しそうなクリスターが、軽く目配せしてくる。
「レイフ、おまえは下手なことを言わず、黙ってろよ」
 レイフはいささか呆気に取られたが、結局クリスターに言われた通り、黙ってなりゆきを見守ることにした。
(そりゃ、オレにはクリスターの真似はできねぇもんな。顔はそっくりでも、口を開けばぼろが出るわな。ここはできるだけ賢そうな顔をして、話を振られても適当に合わせて頷くだけにした方がいいさ)
 レイフの仕草を見事にコピーしたクリスターが手招きするのに、のこのこやってきたケントは、彼の隣の席に素直に座った。
「兄貴とは昨日顔を合わせてるよな、ケント」
 レイフそっくりの口調で、クリスターはケントに話しかける。
「あ、ああ…昨夜は、どうも…てっきりレイフと間違えて、強引にこっちの話を進めちまって悪かったな…」
 ケントはやけに恐縮した態度で頭をかきながら、レイフを見つめ、へらりと笑った。
(あ、こいつ、ほんとにオレをクリスターだと思ってやがる)
 それにしても、どうしてこんな気まずそうな目で見るんだろうといぶかりながら、レイフはクリスターらしい薄い笑みを唇に浮かべて、あいまいに頷き返した。
「そのことなんだけどさ、ケント―」
 ケントに更に追及されたらどう切り返そうとレイフが困っていると、クリスターが彼の肩を乱暴に引き寄せて、その顔を意味深に覗きこみながら、こんなことを言った。
「兄貴から、夕べ話を聞いたんだけどさ…何だよ、おまえ、オレをだしにして、基地の病院の可愛い看護師の女の子連中を誘って、パーティーなんか企画してたんだって?」
 ケントは照れたように顔を赤らめ、軽く汗をかいている。
「ははは、すまん、勝手に話を進めてさ。この間しばらく入院した時に仲良くなった看護師に頼まれてさ…何でも、その娘の友達が補給部にいるんだが、そこの女達の間でおまえのことがちょっと噂になってるらしいんだよ。まあ、おまえ、ハンサムだからなぁ。それで、おまえを連れてくるなら、俺が前からちょっと気になってる、陸軍病院随一のとびきりの美人を呼んで紹介してくれるっていうんだ。利用するみたいで悪いんだけど、別に、おまえにとっても悪い話じゃないしさ…他にも可愛い娘を選りすぐって連れてきてくれるらしいし…」
 レイフはコーヒーを飲むふりしながら2人の話に耳を傾けていいた。
 要するに、昨夜兵舎に現れたクリスターをレイフと勘違いしたケントは、秘密裏に進めていた基地の女子とのパーティーに強引に誘ったらしい。しばらく同じ部屋で暮らした相手と違うことくらい、すぐに見破れよとは思う。だが、クリスターも強く話を遮ってケントの勘違いを訂正しようとまではせず、しばらく黙って話を聞いていたというのだから、人が悪い。
 やがて、言いたいことを全て言い終えたケントが、落ち着いて、目の前にいる、どことなく呆れたような微笑を浮かべた男を改めて凝視したところ、これはレイフであってレイフでないことに気がついた。
 曰く、ケントの知っているレイフは、年上の自分を訳もなく圧倒させる迫力や、いかにも女受けしそうな色気のいの字もなかったはずだ。
(おい、失礼だぞ!)
 ともかく、そこに至って、やっとレイフの双子の兄だと名乗ったクリスターに、焦りうろたえまくったケントは、彼につつかれるがまま、ぼろぼろと更に墓穴を掘るようなことを言ってしまったらしい。
(ああ、だから―さっきから、ケントの奴、オレを遠慮がちにちらっと見ては困ったような愛想笑いを向けてくるのか。弱みを掴まれたっていうほどじゃなくても、クリスターに対して何となく頭が上がらなくなっちまったんだろうなぁ。ああ、これって、最初にがつんとショックを与えた方が圧倒的に有利だっていうクリスターの常套手段…)
 ひょっとすると、レイフの同僚には、自分がうまくコントロールできる人物を置いておきたいという意図が、クリスターにはあったりして―そんなことを思いついたレイフは、恐いものを見るかのような目つきで目の前の兄をちらっと窺った。
「オレ、パーティー行くの別に嫌じゃないよ。ここでの暮らしにも慣れてきたところだし、大勢で集まって騒ぐのって、楽しそうだもんな」
 ちょっと複雑な思いに駆られているレイフの視線の先では、クリスターの人を食った演技が続いている。
「そうだ、もちろん、兄貴も連れて行っていいよな?」
「あ、ああ…その方が女の子達も喜ぶだろうからな。82空挺で一、ニを争うイケメンを連れていくって、言っとくよ」
 クリスターの言葉に、なぜかケントは、一瞬逡巡した顔を見せた。
 その理由に、ハイスクール時代にも似たようなシチュエーションがあったことを思い出したレイフは、たちまちピンときた。
(そっか、オレはともかく…クリスターをパーティーに連れて行ったりしたら、下手をしたら、おまえの本命の女の子をかっさらわれちまいそうだもんなぁ、ケント…オレなら、顔はよくても所詮気のきいた話のひとつもできないガキだから、連れて行っても安心だけど、クリスターは年下だからって侮れないぜ)
 ケントの気持ちが手に取るようによく分かって、我慢しきれなくなったレイフは、ついに、ぷっと吹き出してしまった。
「クリスター?」
 それまで不気味な沈黙を保っていた『クリスター』が、いきなり肩を揺らして笑いだしたのに、ケントは身構えて聞き返してくる。
「いや…同じ顔二つ並べて82空挺で一、二を争うなんてふれ込みもされても、何だか詐欺みたいだなって…あはは、ケント、今朝のおまえ、挙動不審でおかしい…」
 すっかり素に戻ってけらけら笑っているレイフにつられたように、クリスターも顔を俯けて、込み上げてくる笑いを必死に堪えている。
 その2人を見比べて、はたとなったケントは、ああーっと頓狂な大声をあげ、椅子から立ち上がった。
「おまえら…こら、この双子の悪魔め、よくも俺を引っかけやがったな!」
 一度ならず二度までも双子に騙されたケントは顔を真っ赤にし、悔しそうに呻くが、レイフはそれをなだめるよう声をかけた。
「ああ、ごめんよ、ケント。クリスターの奴、悪ふざけが過ぎるよな。もとはといえばオレが言い出したんだよ。この雰囲気なら、オレ達が入れ替わって悪戯してもばれなかったりしてって…まさか、おまえがこんなに簡単に引っかかるとはオレも思わなかったけど―」
「今朝、一緒に出勤してきて、すれ違う連中に皆、双子だって物珍しそうに見比べられてものだからね。小学校の時、転校先の学校での最初の数週間を思い出すって、レイフとさっき話していたんだよ。そこに君の姿が見えたものだから、昨日兵舎で顔を合わせて話した気安さもあって、ついね…」
 レイフとクリスターが同じ顔に心底すまなそうな表情をうかべ、親しみの籠もった口調で謝るのに、憮然としていたケントも、幸いにして、すぐに機嫌を直してくれたようだ。
「しかし、ほんとに紛らわしいよな、おまえら…同じ大隊だから、訓練なんかでこれからもよくクリスターの姿を見かけそうだけど、近づいて確認しないと、区別なんかできやしねぇよ」
 クリスターがケントの言葉に考え込みながら、軽く頷く。
「僕達みたいな2人は同じ小隊で常にバディとして一緒に行動していた方が、きっと一番いいんだろうね」
 そのうち、騒いでいる3人のいるテーブルには、レイフの同僚やクリスターの小隊の連中が次第に集まってきた。皆、声をかけたいのにためらっていたのが、ケントがいることで安心したのだろう。
 そうして、双子を真ん中にして、朝の一時、それぞれの隊の上官や内輪の話で場は大いに盛り上がった。
 もっとも、仕事前のことであり、時間がたっぷりあるわけではなく、そろそろ始業が近づくと残ったコーヒーを喉に流し込み、皆それぞれ席を立っていった。もちろん、レイフとクリスターもだ。
「僕達をネタにしたちょっとした交流会みたいになったね」
「そういや、誰かが言ってたけど、オレ達がもし入れ替わって任務に就いたら、上官達が気づくかどうか賭けてみたいってさ。どうだ、やってみるか?」
「…それは、さすがにまずいだろう。下手したら、懲罰ものだぞ」
 レイフはクリスターと一緒に食堂を出て、それぞれの詰め所に向かう前に、名残を惜しむように少しだけ立ち話をした。
「なあ、さっき、お前が言ってたけど…いつかオレ達、バディとして一緒に作戦行動できたら、いいよなぁ」
「そうだね。いつか―今は同じ基地の同じ部隊にいるだけでよしとするけれど、そのうち、おまえと一緒に世界中、戦場でもどこでも駆け回りたい。いや、きっとそうなるよ」
 レイフはクリスターの言葉に何の疑問も抱かず、素直に頷いた。 
「うん、オレもそう思う」
 クリスターには何か、2人の望みを叶えるための具体的な計画が頭の中にはあるのかもしれないが、レイフはあくまで直感として、近い将来、自分の命を預ける相手としてクリスターが傍にいる、そんな光景を鮮やかに思い描くことができるのだ。
「さて―楽で退屈な、詰め所での任務に行こっか」
「帰りはまた食堂で待ち合わせをしよう。それから、一度兵舎に戻って、必要な荷物をまとめて、おまえのアパートメントに移るよ」
 本当ならキスの1つの交わしたい気分だったが、人前でそうはいかない。
 しかし、交わし合う視線にこもった熱は、2人だけに分かる、特別な想いを雄弁に伝えていた。
(愛してるよ)
(うん、オレもさ)
 お互いの腕を軽く叩いて、レイフはクリスターは別れ、今日の仕事をすべく詰め所へ向かった。
 1日が終われば、愛する人が自分を待っている。それだけで、言葉で言い尽くせないほどの幸せが胸に込み上げで来るのを覚えながら―。



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