愛死−LOVE DEATH−

第二十五章 再会の時


 コンコルド専用のイミグレーションで入国審査を滞りなくすませ1階に下りると、彼は、荷物受け取りにターンテーブルへ向かう他の乗客達を尻目に、出迎えの人々で込み合うホールへと出て行った。

 豪奢な金髪を揺らし、深紅色のレザーのコートを肩に羽織った彼が悠然と姿を現すと、一瞬、そこに集まった人間達の目が吸い寄せられるように集まった。

 有名俳優かミュージシャンとでも勘違いされたようだが、よくあることなので別に気にとめもせず、彼は迎えに来ているはずの友人の姿を探した。

 今度の旅は急なものだったので、携帯電話とパスポートしか持ってこなかったが、いつも細かい気配りをしてくれる、あの男がきっと何から何まで用意してくれているだろう。

 人間よりも遥かに優れた視力を誇る目をさっとロビーに走らせると、客の名前を書いた大きなカードを胸の前に構えて群がっているガイド達の向こうに、すぐに目当ての人物を見つけた。

 人垣の遥か後ろに影のようにひっそりと立っている、ほっそりとした黒髪の青年を見た瞬間、彼は親しげに手を振るべきかどうか迷った。

(さて、今は一体どちらの彼なのだろうか…)

 だが、こちらの姿を見つけた途端、黒髪の青年の物憂げな顔にうかびあがった、抑えても隠し切れない喜びと親しみに、彼はすぐに安堵した。

「サンティーノ!」

 よく通る声で古い友人に向かって呼びかけると、彼の周りにいた人間達が何事かと驚いたように振り返った。

 彼が満面に笑みをうかべ、豹のようなしなやかな身のこなしで人ごみの間を素早く駆け抜けてくと、相手は怯んだように後じさりした。その手を素早く彼は捕まえる。

「やあ、しばらくぶりだね。君に会えて嬉しいよ、親友殿」

 大げさに腕を広げて抱きしめてやるとサンティーノは困ったように身じろぎをして、ちらっと周りに目をやった。

「レギオン、やめてくれないか、周囲の視線が痛いよ」

 サンティーノの反応に、彼―金髪のヴァンパイア、レギオンは悪戯っぽく緑の瞳を輝かせた。

「これくらい別に構わないじゃないか。公衆の面前で顰蹙をかうような熱烈なキスを交し合ったとでもいうのなら、ともかく…」

 溜め息混じり、サンティーノはレギオンの胸を突いた。

「君は相変わらずだね。僕に会うのがそれ程嬉しいのなら、いつもメールの返事くらいすぐに送ってくれてもいいものだけれどね」

 棘のある口調で言うサンティーノに、レギオンの顔にうかぶ笑みはますます深くなった。

「君と違って、私はあまり好きではないんだな、メールとかチャットとか…あんまり情緒がないというか…まあ、確かに電話くらいもっと頻繁にしてもよかったんだろうね」

 レギオンはサンティーノの腕を軽く叩くと、何かを探すように周囲に眺め回した。

「何だ、カーイは連れてこなかったのか」

 がっかりした声でレギオンが言うのを、サンティーノは淡い色の瞳にどこか冷たい表情を浮かべて見守っている。

「一応誘ってはみたんだけれどね。君に会いたくないみたいだよ、彼」

「ふうん」

 レギオンは首をひねった。

「恥ずかしがっているのかな?」

 サンティーノは苦笑した。

「あんまり突然すぎて、心の準備ができていなかったんだろうと思うよ。君のことは、てっきり滅びてしまったと信じ込んでいたようだし、それに顔をあわせにくい事情が彼には色々あるようだからね」

 レギオンは軽く眉を跳ね上げた。

「こんな所で立ち話するようなことじゃないよ。行こう、レギオン。外にリムジンを待たせてあるんだ。ホテルに着くまでの間に詳しい話をするよ」

 サンティーノが手配してくれていた黒塗りのリムジンに乗り込んで、2人は空港を後にした。

 リムジンの中で、サンティーノからカーイを見つけた経緯と彼が今置かれている困難な状況を聞いた後、レギオンは黙り込んでしまった。

 予めサンティーノからのメールでカーイがトラブルを抱えているとは知らされていたが、それがこの頃ロンドンで起こっている連続殺人事件がらみだとも分かっていたが、そこまで差し迫ったものだとは予想していなかったのだ。

(カーイ、一体、君の身に何が起こったんだ?)

 レギオンがカーイと恋を語ってから、ゆうに200年が過ぎ去っている。

 あの頃と同じカーイではないとは百も承知していたが、ヴァンパイアの誰もが一度は陥る、人間との恋の罠に彼まで捕らえられたのだという知らせは、レギオンの胸を騒がせていた。

(人間を愛してはならない。我々ヴァンパイアは若い同族を相手にすると、ついそんな警告をしてしまう。無駄とは分かっても、言わずにはいられないんだ。それがどんなに辛く絶望的なものであるか、身をもって知っているから―)

 落ち込んだ気分で溜め息を1つ漏らし、レギオンは気持ちを切り替えようと頭を振ると、リムジンの窓の外に目をやった。

 そろそろロンドン市街に入ってきたようだ。きらびやかな明かりに満たされた都会は、レギオンが知る、バリやミラノ、マドリッド、他の歴史ある大都市とそう変わらないように見える。

 だが、ここはロンドンだ。彼が記憶している最後のロンドンは20世紀初頭の街並みだが、すっかり様変わりしたようでも、二度の大戦を経た後も残った何百年の歴史を持つ建造物は昔日と変わらぬ姿のまま、そこにある。

(私自身もそうだ。変わったところもあれば、昔のままのところも―カーイ、君への愛はまだ覚えているよ。私が私である限り永遠に愛していると、別れる時、君に告げたね)

 だが、他の部分は大きく変わった。

 今のレギオンは人間社会にすっかり溶け込み、世間で言う所の成功をおさめている。

 ただでさえ目立つヴァンパイアが必要以上に人間の注目を集めてしまうことは危険であり、昔はタブーとされていたが、カビの生えた掟などにレギオンは敬意を払うつもりはない。

 中世の頃と違って人間に狩られる危険は減った分、複雑になった人間社会に溶け込むため一族は別の苦労を強いられるようになった。偽の国籍、偽のID、偽の経歴。無限の時間を越えて生きる身でありながら、人間に擬態しなければならないのは昔も今も難儀なことだ。だが、それも偽造や詐称の手管に優れたヴァンパイアにとって、慣れれば、それほど困難なことではない。

 レギオンは今、イタリア国籍を持ち、アメリカのニューヨークに在住するアーチストに化けている。まずはイタリアで現代アートの旗手として名前が売れ出すと、プロデュースした舞台が賞賛を浴び、その後は映像ディレクターとして手がけた幾つかのCMで賞を取った。イタリアで充分成功をおさめると、今度はニューヨークに拠点を移し、そこで現在まで活動している。

 他にも友人の映画監督や音楽プロデューサーなどに映画に出ないかとかCDを出さないかと何度か誘われて食指が動いたが、それだけはやめてくれとサンティーノにすがりつかれて、とりあえず保留にしている次第だ。

(一時は落ちぶれて廃人同様になった私だが、這い上がって、ここまで来ることが出来た。カーイ、君にとって、この200年は一体どんなものだったのか)

 隣の座席に坐ってじっと押し黙っているサンティーノの眼差しを感じたが、まだ少し物思いにふけりたかったので、レギオンは気づかないふりをした。

 やがて、リムジンはテムズ川を右手にタワーブリッジを通り過ぎ、新興地区の中に立つ、モダンな造りの高級ホテルに着いた。

「なかなか、いいホテルだな」

 サンティーノは、カーイがらみである今回のレギオンのロンドン訪問は長期になると覚悟して、ホテルの6階にあるペントハウス・スイートを押さえてくれていた。

 アメリカンブラックウォルナッツ材を使用した調度で統一された部屋は、モダンだが落ち着ける雰囲気だ。ゆったりとしたリビングとダイニング。2つのベッドルームには、それぞれ広々とした大理石張りのバスルームがついている。

 レギオンが何より気に入ったのは、テムズ川に面して広く取られた突き出し窓で、クリーム色の革張りのウィンドーシートが据えられ、そこに腰掛けながら川越しの美しい街の風景を眺めることができる。

「粋なデザインだね。うん、気に入ったよ。これからロンドン逗留する時の定宿にしようかな」

「今までずっとこの街に来ることを避けてきたはずじゃなかったのかい?」

 窓下の腰掛けにさっそく陣取ってシティの夜景をうっとり眺めているレギオンの背に、サンティーノが声をかけた。

「ああ。ここは思い出深い場所だが、私が自分の輝かしい永生の中に汚点を残した呪いの土地でもある。過去に引き込まれてしまいそうな気がして恐かったんだ。だが、取り越し苦労だったようだ。私はもう振り返らない。過去の傷は克服できたよ」

 レギオンはサンティーノに向き直って、屈託なく、笑った。

 サンティーノは日輪を直視した人のようにふと眩しげに目を細めた。

「…ルームサービスで何か取ろうか?」

「では、シャンパンを」

 部屋の中には、テレビのクイズ番組の音声が流れている。

 ルームサービスのシャンパンのグラスを傾けながら、レギオンが窓辺で物思いにふけっていると、サンティーノはビジネス用机の上のラップトップ・コンピューターを立ち上げた。

「ああ、君にこれを見せようと思っていたんだ」

 その声の微妙な響きに、レギオンは訝しげに振り向いた。

「何を?」

「カーイの犠牲者の1人、スティーブン・ジャクソンが残した画像だよ」

「カーイの恋人の親友だったという少年か」

 サンティーノの背後に回って興味津々パソコンの画面を覗き込んだレギオンは、一瞬黙り込み、それから、ヒュッと口笛を吹いた。

「これはこれは―ふん、確かにカーイだが…実物を撮ったものじゃないな。人間相手に、こんな凶悪な顔、めったなことで見せないだろう。我々ヴァンパイアの本性をうまく抉り出してはいるけれどね」

「その通り。これは、スティーブンが多くの人間のモデル達の画像を集めつなぎ合わせて作り上げた、カーイのイメージなんだ。どうやら彼は、今回の事件の遥か昔、子供の頃にカーイと一度出会っていたようなんだ」

「というと?」

「今回の事件で謎の1つだったのが、スティーブンが死の直前に親友スルヤに送ろうとしていた、この画像なんだ。何故って、ロンドンにカーイが現れるずっと以前から彼はこの画像を作り続けていたからだ。何故、スティーブンはカーイを知っていたのか、どこかで会ったことがあるのか。それを僕は調べたよ」

 サンティーノは他のソフトを起動させて、どこかから集めたらしい資料をレギオンに次々と見せていった。

「スティーブンは12歳の頃、パリに行き、そこで何らかの事件に巻き込まれたらしい。ひどいショック状態でセーヌ川にかかる橋の上で発見され、それから1年近くも口が利けず、セラピストの治療を受けていたそうだ」

 パソコンの画面は、スティーブンがパリで治療を受けた病院やカウンセラーのカルテから、当時のパリの新聞記事に移った。

「スティーブンが巻き込まれた事件が何なのか結局は分からずじまいだったけれど、僕が調べてみると、その同時期にセーヌ川の下流で身元不明の遺体が発見されていたことが分かった。若い男性で、当時の記録では失血死となっている。そして、首筋に傷跡が残っていたそうだ。間違いなく、ヴァンパイアの犠牲者だね」

 レギオンは画面に映し出された資料―何と、パリ警視庁の捜査記録ではないか―に食い入るように見入っていた。

 よくもこんなものを手に入れられたなと、今更ながらサンティーノの情報収集能力には恐れ入った。

 アンダーグラウンドでは凄腕のハッカーとして知られる、サンティーノが言うには、ネットワークに接続しているコンピューターやその端末で、彼が侵入し自由にできないものはないそうだ。

(他人の頭の中をいじり回すだけでは飽き足らず、いまや電脳世界に飛び交う無数の信号を操ることにはまったか。私には、ちょっとついていかれないけれどね)  

 それとも、無数の神経細胞の間を飛び交う電気信号が膨大な情報を処理する器官である脳は、ある意味ネットワークの一種だから、サンティーノがコンピューターに開眼したのも、ある意味自然なのだろうか。

「レギオン」

 しみじみと考えていたレギオンは、サンティーノの呼びかけに我に返った。

「ああ…ヴァンパイアの殺しが、スティーブンが何らかの事件に巻き込まれた同時期、パリで行われていたんだね。ふうん…なるほど、そういうことか」

 サンティーノの淡い銀灰色の目が猫のように細くなった。

「そう、カーイだよ。スティーブンは偶然カーイの殺しを目撃した。理由は分からないが、カーイは殺しの目撃者を見逃してやったんだね。もしかしたら相手が子供だったからかもしれないが…一度情けをかけてやった相手を7年後結局手にかけることになるとは運命の皮肉だよ。ロンドンでのスティーブンとの再会は全くの偶然だったようだ。全く、カーイが選んだ恋人の親友が彼だったなんてね」

「スティーブンは、この画像をカーイの恋人に渡そうとしていたそうだが、一体、なぜ? ふむ…つまり、スティーブンは親友の恋人が人殺しの怪物だと初めから気づいていた唯一の存在ということになるな。それで、カーイは彼を口封じのために殺したのか?」

「それはたぶん違うような気がするよ。口封じをする気なら、もっと早くにそうしただろうし…カーイが今のようなのっぴきならない血の渇望に捕らわれたきっかけは、今回の事件の直前に人間のハンター達と戦ったためだ」

「ハンター?」

「カーイがヴァンパイアだということを知った人間達が、不死の秘密を手に入れるため彼を捕まえようとしたらしいんだ。だからね、レギオン、君もあんまり油断して目立つことばかりしていると、そのうち恐いもの知らずの人間に後ろから撃たれたりするかもしれないよ」

 レギオンはしかめ面をした。

「さて、ハンター達との戦いはかなり激しいものだったようで、カーイは勝ったもののひどく傷つき大量の血を失ってしまった。カーイは緊急に血が必要となった。だが、カーイは…あまりにも今の恋人に情が移っていたんだね。そもそも彼が人間達と戦ったのも、恋人を救い出すためだった。そう、スティーブンも争いに関わっていたようだが、彼はカーイに殺されることもなく、無事に帰ってきた。…カーイは、スティーブンを殺す気はやはりなかったと思うよ。血への衝動がつのって、コントロールできなくなっていたんだろう。事故のようなものだったんだ」

「カーイの恋人か…」

 レギオンは何となく面白くない気分だった。同時に、カーイの心をそこまで捕らえたのがどんな人間か、興味がわいた。

「スティーブン…彼の行動は矛盾や謎が多くて分析しづらいんだけれど、最後に親友宛に自分がかつて出会ったヴァンパイア、カーイの画像を送ることで、真実を伝えようとしたのだと思うよ」

 サンティーノは開いていたファイルを閉じて、カーイの画像を再び画面に大きく映し出した。

「スティーブン殺しが、カーイにとって、掟を破った無差別殺人の始まりとなった。彼は、恋人を奪いたくないがために、身代わりの人間を犠牲にしているんだ。そんなこと、いつまでも続けられるはずがないのにね」

 レギオンは、スクリーン上の禍々しいまでに美しいカーイの顔を見つめながら、無意識にうちに上げた左手で己の顎の辺りをそっと撫でた。ふと、金色に光る小指に目がいった。形見としてカーイに与えた、己の指を思い出していた。

「こんな不名誉な話を他の仲間達に話したら何と思うだろうね。せっかく、ロンドンで見つけた同族がカーイだったと皆に喜んでもらえると思ったのに、どうしたものだろうね」

 レギオンはきらめく黄金細工の義指にそっと唇を押し当てると、サンティーノ黒髪の頭を軽く突付いた。

「他の連中には、まだ知らせるな」

 軽々とジャンプすると、レギオンはリビングの中央にあるソファセットの傍にひらりと降り立ち、そのまま腰を下ろした。

「カーイはプライドが高いんだ。己の今の無様な有り様が、他の同族の間に広まっていたなんて知れば、ますます意地になって、私達のもとに来ようとはしなくなるさ」

「レギオン、分かっていたのかい?」

「ああ、カーイの性格はよく知っているからね。私達仲間のもとに来ることを彼は拒否したんだろう? カーイは薄情そうに見えて、のめりこむ時は徹底的だからね。その人間の男の子がいる限り、ここを離れないだろう」

 レギオンはテーブルの上のリモコンを引っ手繰り、込み上げてくる苛立ちを紛らそうと、テレビのチャンネルを次々に変えていった。

 そうしながら、サンティーノに向けて、気安く声をかけた。

「それにしても、サンティーノ、コンピューター中毒もほどほどにしろよ。昔のように音楽をやったらどうだい? 私はリュートを弾いている君が好きだったな。リュートにはもう飽きたというのなら、ギターでもバイオリンでも…そうさ、君なら、どんな楽器だって扱える…」

「レギオン」

いつの間にか、サンティーノはレギオンの背後に立っていた。

「僕はもう楽器には触らないことにしたんだ。僕には、もう昔のように自分の心を紡ぎだすような曲は弾けない。何故かは、分かるだろう…?」

 レギオンが振り返ろうとすると、サンティーノは彼の頭を後ろから抱くようにして波打つ金髪にそっと頬を押し付けた。

 レギオンは首に回されたサンティーノの手にそっと手を重ねながら、唇を軽く噛み締めた。

 レギオンはサンティーノを慰めるか励ますための言葉をとっさに探しあぐねていたが、その時、テレビから流れてくる音声にふと注意を引かれた。

 カーイが起こした連続殺人に関するものらしい。

(…被害者はネイサン・ナイト氏。『吸血鬼』事件を担当する刑事とのことです。現在、ナイト刑事は意識不明の重体であり、どのような状況で今回のような被害に遭われたのは不明ですが、犯人を追跡中に襲われたのではないかという話も聞かれ―)

 刑事が襲われた? これも、カーイの仕業なのだろうか。

 レギオンが眉間に深いしわを寄せて、食い入るようにニュースを見ていると、彼の肩にそっと頭を預けているサンティーノがひっそりと呟いた。

「僕がやったんだ」

「え?」

「あの刑事、カーイが犯人だということを突き止めてしまった。だから、殺した。それから、カーイが殺したとされているけれど、バレリーという少女を殺したのも僕だよ。やはり口封じと、僕自身の渇きを癒すためにね」

 レギオンは微かに息を飲んだ。

「それは、まさか―あいつが…?」

 レギオンはサンティーノの手を強く握りしめた。

「そう、もう1人の僕がね」

 苦く響くサンティーノの声に、レギオンは瞳を揺らした。

「サンティーノ、私は…君のために何ができるだろうか…?」

 誰にも今のサンティーノを救えない。一族だけでなく人間の知恵にさえ助けを求めたが、悪戯に彼を苦しめるだけだった。

 分かってはいても、複雑な問題を身の内に抱え込んだ友人のために、レギオンはそう問わずにはいられなかった。しかし―

「何もしないでくれ、レギオン。僕は、君だけは絶対傷つけたくないんだ」

 サンティーノは立ち上がって、再びパソコンの方に戻った。レギオンはもどかしげに、その後ろ姿を追う。

「この画像、君のためにディスクにコピーしておくよ」

 サンティーノは引き出しからCDを取り出し、パソコンにセットした。

「どうするかは君に任せる。これをうまく使えば、君はカーイを取り戻せるかもしれないよ?」

「サンティーノ…」

 サンティーノの本心を探ろうと、レギオンは彼の様子に目を凝らしたが、頑なな背中は何も語ろうとはしなかった。




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