愛死−LOVE DEATH−
第二十四章 銀の月と夜の影
五
酔っ払った若者達の2人連れと一度すれ違った以外は、ほとんど人気のない裏通りをネイサンは歩いていた。地下鉄の駅までの近道になるので選んだ道だが、大通りに出た方がよかったかもしれない。この辺りは、麻薬がらみの犯罪が度々起こる、あまり治安のよくない地域とされている。刑事ではあっても、あまり、夜一人歩きしたい雰囲気ではなかった。
(やっぱり、車の方がよかったかな。夕方渋滞に巻き込まれていらいらするのは嫌だし、ここなら、地下鉄の方が行きやすいと思ったんだけれど)
早足で歩いているので、ポケットに入れたディスクが余計に脚に当たる。それを意識するにつけ、早くキースに見せたいという思いが強くなる。
その時、口笛の音が、街中に響いた。ネイサンは、そちらを振り返った。
道路を挟んで向かい側、無断駐車をしている車の後ろに、1人の男が立っていた。
一瞬、このあたりに住み着く性質の悪いごろつきの1人かと思って、通り過ぎようとしたが、ゆったりと動いて、街頭の明かりの下に立った、その姿に、とっさに動けなくなった。この距離では、顔まではよく見えないのだが、黒皮のコートに身を包んだとてもほっそりとした若い男であり、肩の辺りまで届く黒々とした髪をしていることは分かった。
何かが、ネイサンの心に引っかかっていた。黒い髪、黒ずくめの痩せた男。
体に緊張が広がっていくのが分かった。
「誰だ?!」
ネイサンが、そう呼ばわるのに応えるように、男は、再び動いた。その体の動きが、ネイサンには見えなかった。気がつくと、彼は車の前に回りこんでおり、ネイサンに向かって、道路を中ほどまで歩いてくると、足を止めた。
「ネイサン・ナイト刑事」
女性ならずとも思わず耳をそばだてただろう、あまやかな響きの声がした。
「探しものは見つかったのかな?」
独特のくせのある英語を聞いた時、ネイサンの疑惑は、確信に変わった。
「お、おまえ、まさか―」
ネイサンが、コートの下の拳銃に手を伸ばそうとした時、男はいきなり踵を返して、走り出した。
「ま、待て!」
影の中に沈んだ細い路地に入り込んでいく男を追いかけて、ネイサンも走った。
(あ、あれは、もしかしてバレリーが付き合っていたとされる、イタリア男じゃないのか? そうでなくても、俺の名前を知っていて、こんなふうに逃げ出すなんて、おかしい)
路地は暗く、ごみごみしており、地面に落ちていたビールの缶か何かを蹴散らしたり、つまずいて転びかけたりしたが、目の前に現れた重要参考人を見逃すわけにはいかない。一端食らいついたら離さない猟犬のように、この若さで捜査科C1に配属されるだけに、ネイサンにも、根性だけは、有り余るほどあった。
「そこの男、止まれ!」
一体自分が街のどの辺りにいるのか、ここの地理に疎いネイサンには分からなかったが、今はほとんど使われていないのではないかと思われる、荒れ果てたビルが見えた所で足を止めた。怪しい男のほっそりとした姿が、そのビルの脇にある鉄製の螺旋階段を滑るように登っていくのを見つけたからだ。
「登るのかよ」
かなり息のあがっていたネイサンは、さすがにうんざりしたが、大きく深呼吸をし、拳銃を手に、そのビルに近づいていった。しかし、階段の下で、躊躇うかのように、立ち止まった。
(先に署に連絡を入れて、近くをパトロール中の警官に応援を頼んでもらおうか)
しかし、そんな悠長なことをしている間に男を逃がしてしまうかもしれない。この辺りの建物はかなり密集して建っており、このビルの上に追い詰めたといっても屋根や壁伝いに逃げられそうだ。
(よし)
意を決して、ネイサンは階段を登り始めた。ポケットの中の画像ディスクだけでなく、この男まで捕まえることが出来たら、新人のネイサンとしては快挙といえるくらいの大手柄だ。
(ブレイク警部、俺は、早く、あなたみたいな刑事になりたいんです)
敬愛する上司の顔がネイサンの脳裏にうかんだ。彼に認められるような手柄をたてたかった。しかし、逸るあまりに、キースならば、もっと慎重な行動を取ったかもしれないという考えはわかなかった。
建物の下を走っている時は、それ程意識しなかったが、結構強い風が吹いていることに、ビルの屋上に立ったネイサンは気がついた。その風によって、素早く吹き流されていく雲に隠れては現れる月のせいで、あたりはほの明るくなったかと思えば、すぐにもとの夜の闇にかえる。
「おまえ…」
ネイサンが用心深く呼ばわる先には、やはり、あの男がいた。大人の腰の高さくらいしかない壁の向こうを覗き込むようにして、ネイサンに背中を向けて立っている。
「何者だ?」
ネイサンは、ぎょっとなった。
突然、男は壁を軽々と乗り越え、ビルの屋上から飛び降りたのだ。
ネイサンは、慌てて、彼が飛び降りた場所に駆け寄り、下を見下ろした。歯を食いしばった。
すぐ下には、隣の建物から張り出した屋根があったのだ。そして、その傾斜のある屋根を難なく登って更に隣の建物に移っていく男の姿が見えた。
「こ、この野郎!」
かっとなったネイサンは、男と同じように壁を越えて、屋根に飛び移った。しかし、同じようにうまくはいかなかった。足を滑らせ、傾斜のきついスレート屋根から下の通りに転がり落ちそうになった。何とか体勢を整え、必死の思いで、更に追跡を続けた。
屋根の上を歩き、窓やテラスを伝いながら、ようやく、ネイサンは男に追いついた。
「よくも、こんな…アクション映画みたいなこと、させやがったな…」
どこかで引っ掛けたのかコートには裂け目ができ、手や顔に擦り傷まで作って、ネイサンは、古い大きな建物の屋根の端に拳銃を構え、立った。
一方の屋根の端には、彼が追い続けた黒髪の男が立っている。彼は、ネイサンに背を向け、更に逃げる場所はないか探すように頭を巡らせていたが、ついに逃げ場はないと観念したのか、ゆっくりとネイサンを振り返った。
ネイサンの背筋に悪寒が走った。
間違いない、この男だ。バレリーと一緒にワインバーで目撃された、謎の外国人。
しかし、美貌だ。全く信じられないほどの美しさだ。これに匹敵する美しさといえば、ネイサンには、カーイの顔くらいしか思い出せなかったが、趣は全く違う。冷たく清冽なカーイとは違って、この相手にはむしろ妖艶とでも言いたくなるような、ぞっとする色気がある。異様に赤い唇のせいだろうか。
一瞬ひるみかけた自分を奮い立たせて、ネイサンは、しっかりと銃の狙いを定めた。
「あきらめろ。もう、これ以上は逃げられないぞ。おとなしく俺と一緒に来るんだ」
ネイサンが男を睨みつけながら、応援を呼ぼうとポケットから携帯電話を取り出した、瞬間、手に軽い衝撃を覚えた。
「えっ?」
ネイサンは、信じられないように瞬きをした。取り出したはずの携帯が、ない。恐る恐るそちらを見ると、先ほどの位置から少しも動いていないかに見える男が、からかうような笑みをうかべて、手に持ったネイサンの携帯を示すように頭の高さまで上げた。
「い、いつの間に?」
呆気にとられるネイサンの前で、男は携帯電話を手の中に包み込んだ。プラスチックが砕けるような音がした。
「逃げられないって?」
男が、握りつぶした携帯電話の残骸を手の内から落とすのを、ネイサンは凍りついたように見守った。
「それは、もしかして僕のことなのかな? それとも、君?」
気だるげな声がそう呟いた。次の瞬間、ネイサンの口から悲鳴が迸った。
巨大な黒い鳥に襲いかかられたかのようだった。目にも留まらぬ速さが動いた男の手が、ネイサンが構えていた拳銃を払い落とし、胸を軽く突いた。
「うわぁっ?!」
ごく軽い接触のようだったが、胸に覚えた衝撃はボクサーのパンチ並みだった。ネイサンはバランスを失って倒れ、そのまま傾斜のきつい屋根の上を転がった。
(お、落ちる!)
勢いをとめられず、空中に投げ出されそうになった、ネイサンは、とっさに屋根の雨どいにしがみ付いた。
「ううう…」
足を空中にぶらぶらさせたまま、ちらりと下を見てぞっとする。遮るものは何もなく、ここから落ちて、あの石畳に叩きつけられたら、ただではすまないだろう。
必死になって屋根に体を半分くらいずり上げたところで、ネイサンは、あの男が、先ほどネイサンが立っていた場所まで移動して、自分を見下ろしていることに気がついた。近くにあり、今度はこの男の表情までよく分かる。何かしら哀しげで、残忍な殺し屋にはあまり見えなかった。
「ナイト刑事、スティーブンのコンピューターは修復できたのかい?」
ネイサンは、頬にかっと血がのぼるのを意識した。
「やっぱり、おまえが、スティーブンのフラットに忍び込んだんだな?! バレリーを殺して、あの画像のディスクを奪ったのも…?」
すると男は、この最後の質問に心乱されたかのように、口元を震わせた。
「バレリーは…そう、彼女を殺したのは確かに僕だけれど…違うとも言える…」
「何を…いい訳じみたことを…血を飲んで殺したくせに…」
ネイサンは、改めてそのことに気づき、ぞっと身を震わせた。そう、この男は、人の血を飲むのだ。
「一体、おまえは…何者だ…?」
喘ぐように言うネイサンを、黒髪の男は、また、あの悲しげに沈んだ淡い色の瞳で見た。
「今更尋ねる必要はないと思うけれど。テレビや雑誌で、散々語られていることなのに」
「まさか…本物の吸血鬼だとでも言うつもりか?」
ネイサンは、しっかりと屋根の端にしがみ付いたまま、この追い詰められた状況を打破するための手がかりを捜し求めるように素早く周囲に視線を走られた。すると、幸運なことに、手を伸ばせば届きそうな所に、ネイサンが落とした拳銃が引っかかっているのが見つかった。
「どうして…俺が今夜ジョーンズのもとに行くのが分かった? 先回りして、スティーブンのフラットから証拠品になるようなものを処分したのも…何だか、情報が漏れているような気がして、ずっと気持ち悪かったんだ…」
ネイサンは、男の方に視線を戻し、相手の気を逸らせるつもりで話しかけながら、屋根の上に這い登る素振りで、さりげなく雨どいに残っている拳銃の方に近づこうと試みる。
「ハッキング」
すると、男は、ほんの少し楽しげな口調になって、素直に答えた。
「僕の趣味」
憂鬱そうな顔にほのかな明るさが差すのをにらみつけながら、ネイサンは、囁いた。
「そう言えば、ジョーンズもハッカーがどうのとか言ってたな…おまえのことだったのか…?」
「ロンドン警視庁のセキュリティシステムも、思ったほど、大したことはなかったな。外部からの侵入を許して、大事な捜査上のデータや情報を閲覧されたり、盗み出されたり…悪いことは言わないから、早めに対策を講じた方がいいよ」
嫌味ではなく本当に親切そうに聞こえる柔らかな声音で言って、男は、不安定な屋根の上とは思えない、優雅で軽やかな足取りで、ネイサンに近づいてきた。
「もっとも、それだけじゃないけれどね。僕の一族は、色んな手妻が使えるんだよ。例えば―」
男の姿が消えた。ネイサンは、我が目を疑った。
「こんなこともできるし」
今度は、ネイサンの左手から、男の声が聞こえた。振り向くと、確かに、男はそこにいて、月明かりに濡れた黒々とした姿をさらしている。
「君の頭の中をちょっといじって、僕が忘れて欲しい記憶を消してしまうことも、やろうと思えば、出来る」
驚愕のあまりに声も出ないネイサンを、真摯とも言える表情で見下ろした。
「ただし、その為には君の協力が必要だ。どうしても抵抗しようとする意思に反してまで出来る技ではないのでね。君が、僕に心を委ねてくれるなら、君の中にある、見てはいけなかったものの記憶は消え、君は無事に生きてここから帰ることができる」
ネイサンの喉がごくりと鳴った。
「嫌だと言ったら?」
「殺すしかないよ。残念ながら」
男は、やり切れなさそうに、ゆるゆると首を振った。
「不必要な血は見たくないのだけれど、君が強情を張るのなら、仕方がない」
「バレリーは…おい、もし、本当にそんなことができるのなら、彼女だって、殺すまでしなくてもよかったんじゃないのか?!」
男は、痛みを覚えたかのように、美麗な顔を微かに歪ませた。
「そういう選択も、確かにあったことは否定しないよ。けれど、彼女の場合は、僕自身が、血の必要を覚えていたからね。飢えていたんだ、実際」
ネイサンは、拳銃に触れかけていた指先を強張らせた。
「君には、そんな必要は覚えないし、それに、刑事を殺せば、後始末が少々面倒になるかもしれない。僕としては、出来れば、穏やかにことをおさめたい。だから、取引を申し出ているんだ。君の命か、記憶か」
ネイサンは、唇を噛み締めた。手の内に取り戻した拳銃を確かめるかのごとく、グリップをぐっとつかんだ。
「ふざけるな!」
ネイサンは、やっと屋根の上に這い上がったままの不安定な体勢ではあったが、素早く銃口を男の胸に向け、迷うことなく発砲した。
この至近距離だ。外すことはない。ネイサンの放った3発の銃弾はすべて命中した。
男が、細い体を衝撃に震わせ、打たれた胸を押さえながらよろめくように後じさりするのを、ネイサンは、厳しい顔で見据えた。
「ああ…」
男は、己の血で濡れた手を見下ろし、深く嘆息した。その顔は、俯けられ、落ちかかる長い髪に半ば隠れて、ネイサンには、よく見えなかった。
「馬鹿なことをしたね、ナイト刑事。せっかく、助かるかもしれなかったものを」
心底残念そうな、その呟きにネイサンは眉をひそめた。
男は、それきり口をつぐんだ。ピクリとも動かなくなった。撃たれた胸を庇いもせずにだらりと手を下ろし、石像と化したかのごとく、倒れることもなく立ち尽くした。
(胸に3発も被弾しているのに、何故?)
屋根の上から用心深く身を起こしながら、ネイサンは、男を見守った。
走るように空を流れる雲の陰に月が隠れたのか、男の姿が闇に沈んだ。そして、再び、月明かりに照らし出された、その時―。
「クククッ」
男の長い髪の影から覗く、真紅の唇がつりあがり、低い笑みを漏らした。
ネイサンは、息を呑んだ。
「全く、取引なんて面倒なことはせず、初めからオレにまかせておけばよかったのさ」
男がかき消えたと見えるや、ネイサンのすぐ目の前にまで、その顔が迫っていた。
陶器のように白い顔の中で光る、獰猛な猫めいた大きな目。
ネイサンは恐慌に陥りそうにならながら、反射的に銃を向けかけるが、その手は簡単に押さえ込まれた。
「たかが人間の分際で、オレ達の体を傷つけたことだけでも、万死に値する」
男に捕らえられた手をねじられて、ネイサンは、絶叫した。骨の折れる鈍い音を聞いた。力をなくしたネイサンの手から、拳銃は落ち、屋根の上に跳ね返って、地上に落下していった。
「なかなかいい声で鳴く」
傷ついた手を捕らえられたまま、ネイサンは、すごい力で振り回された。
「や、やめろ!」
途端にネイサンの体は止まった。腕を捕らえられたまま身動きできず、足下には、何の感触もない。
「うう…」
恐る恐る見下ろすと、そこに屋根はなかった。実際、ネイサンの体は、今まで立っていた建物よりも、ずっと上にぶらさがっていた。そして、真下には、随分細く見える、石畳の通りがある。ここから落ちたらと思い、波のように込み上げてくる恐怖に震えだしそうになりながら、ネイサンはぐるりとあたりを見渡した。しかし、あの男の姿は見えない。
何かに吊り上げられている手は、激痛を訴えている。
(まさか)
ネイサンは、ぎょっとなって、頭の上を振り仰いだ。
「ば、馬鹿な!」
あの黒髪の男の冴え冴えと冷たい灰色の瞳が、ネイサンを見下ろしていた。先ほどまで哀しげに沈んでいた顔は、別人のように生き生きとして、覇気に溢れ、そして、死そのもののように仮借なく残酷だった。
こんなことはありえない。状況が把握できると、ネイサンの体に戦慄が走った。
男は、ネイサンの手をつかんだまま、彼の頭上から見下ろしている。まるで、彼に対してだけ重力は逆に働くかのごとく、空に向かってほっそりとした足を伸ばして、優雅な姿勢で立っているが、それを支えるものは、何もない。
空中に逆さまに浮かぶ男に吊り上げられたまま、ネイサンは、もはやなすすべくなく、その美しい顔がにんまりと微笑むのを、空いた方の手が口元に動き、指先で軽く投げキスを送るのを、呆然と見守った。
「チャオ」
男の手が離された。ネイサンは、下の地面めがけてまっさかさまに墜落した。
(ブレイク警部!)
彼が最後に意識したのは、一緒に食事をした時のキースの穏やかな笑みをうかべた顔、彼にどうしても話したかった知らせの数々だった。
(こ、こんなことって―)
恐怖と後悔、何よりも、こんなことは信じられないという思い。しかし、何もかもは、次の一瞬に砕け散ってしまった。
「ふうっ」
ネイサンが地面に激突する鈍い音を聞きながら、男は、宙でくるりと体を回転させて、何事もなかったかのように屋根の上に降り立った。銃弾を受けた胸の辺りを確かめながら、誰かに向かって話しかけるかのように、言った。
「せっかく新調したコートもセーターも台無しだな。まあ、オレの趣味ではないから、構わんが?」
男は、ふと耳を傾けるような仕草をした。
「そう、怒るな。これがオレのやり方だ。ついでに、あの技術者のフラットにも押し入って、汚い仕事は全部片付けてやるさ」
男はそのまま立ち去ろうとするかのように歩きかけたが、とっさに振り返り、下の通りを見下ろした。
「ほう」
石畳の上には、力をなくして横たわるネイサンの姿があった。そして、その横に静かにたたずんで、彼を見下ろす、もう1人が。
その人は、長い銀の髪を揺らせて、ネイサンの傍に跪くと、彼の生死を確かめるかのように肩に手を置いて、軽く揺すった。
「王子様がお出ましだぞ」
男の目は、夜の闇も距離もものともせずに、血まみれで横たわるネイサンのコートのポケットからはみ出したディスクを、彼が見つけて拾い上げるのを見て取った。そして、銀色の髪を振りたてるようにして、彼が顔を上げ、威嚇するかのように、その口から輝く牙を剥き出すのを。
「カーイ・リンデブルック」
男の低い呼びかけに応えるかのように、長い髪を白い翼のようにたなびかせて、彼は地上から飛び立った。
「おい、おまえが話せ。短気な者同士では、すぐ喧嘩になるのがおちだ」
黒髪の男は、すっと後ろに下がり、屋根のもう一方の端で立ち止まった。そして、カーイが、彼が今いた所に、ほとんど音もさせず、羽のようにふわりと舞い降りた。
「やはり、あなたでしたか」
白い炎のように輝く姿を眺めながら、男は、敵意のこもったその声に、影の中でひっそりと苦笑した。
「サンティーノ」