愛死−LOVE DEATH

第二十四章 銀の月と夜の影


 スルヤは、1人、屋根裏部屋のカウチに座って、手の内で金色に光るライターをじっと眺めていた。スティーブンの形見として、彼の父親からもらったものだ。

(スティーブン)

 彼の死から、もうひと月が過ぎていた。悲しみはいまだ深いが、それよりも深くスルヤを悩ませている疑問がある。

 スティーブンが、スルヤに残したという画像。一体、それは何だったのか。それによって、スティーブンはスルヤに何を伝えようとしたのか。

(スティーブンは、俺に何か打ち明けたいことがあるふうだった。何だか、色々あって、混乱している様子で、落ち着くまで待ってくれと言っていた。そのことに、何か関係があるものだったんだろうか)

 更に気になるのが、もしかしたら、スティーブンが、そして、バレリーまでもが殺された、その訳が、そこにあるかもしれないということだった。

(ねえ、一体、なぜ…スティーブン…) 

 スルヤは、やりきれない気持ちになって、力なく頭を振り、抱え込むようにした膝の上に顔を伏せた。

(俺、もしかしたら、大事な友達のこと、助けられなかったんじゃないだろうか…あんなことになる前に、ちゃんとスティーブンから話を聞きだして、助けの手を差し伸べていたら、スティーブンは死なずにすんだんじゃないだろうか)

 そんな不安にふいに駆られて、スルヤは、身震いした。それから、急に、カーイのことを思い出した。

 今日は、カーイは、昼前から出かけていった。スルヤが一緒に行きたいと言ったら、やんわりと断られた。どこに何をしにいくとも告げずに出て行く恋人を、もどかしい思いで見送ったことが、まざまざと思い出される。

(カーイも、何だか、様子が変だよ。体調が悪いのか、この頃、顔色がよくないし…少しやせてきたような気がする。今日みたいに、時々ふっと1人でどこかに行っちゃうし…憂鬱で、辛そうで、そのくせ、俺が見ていることに気がつくと、無理して笑おうとして…)

 スルヤは、小さく息をついた。

(カーイは、どうして、俺に何も言ってくれないんだろう。俺に打ち明けても仕方がないと、思っているのだろうか。スティーブンみたいに、黙って、自分だけで解決しようとして、それで…何だか、どんどん自分を追い詰めているみたいで、今のカーイ、見てられない…)

 さすがのスルヤも、この頃のカーイの尋常でないやつれようには危機感を覚えて、何度か、話し合おうと試みたことがある。しかし、その度に、カーイは、するりと逃げてしまうのだ。一度だけ、スルヤにしては強引に、逃げようとするカーイの腕を捕まえて、思い切って問い詰めようとしたこともあったが、怯えた顔を向けられて、どうしてもそれ以上追求することが出来なくなってしまった。

 まるで、ぎりぎりまできつく張られて切れやすくなっている弦楽器のように、張り詰めている、あんなカーイに、どうやって触れたらいいのか。

(どうしたらいい、どうしたらいいんだろう…スティーブンに続いて、カーイまで、なくしてしまいたくないよ、俺)

 スルヤは、すっかり途方に暮れていた。こんなに好きな人の助けになりたくても、何も出来ない自分に腹を立てていた。情けなく、泣きたい気分だった。

 しばらく、ソファの上にじっとうずくまっていた、スルヤの目は、薄暗い部屋をぼんやりとさ迷い、片隅に置かれている木の箱の上でふととまった。

 スルヤは、おもむろに立ち上がり、もともとはワインのボトルが入っていた、その大きな木箱に近づいて、持ち上げた。ソファの所まで持っていくと、蓋をあけた。中には、今までスルヤが撮りつづけた、カーイの写真が、無秩序に収められている。スルヤが整理しようと思ううちに、どんどん新しい写真が増えていくものだから、今では結構な量になっていた。スルヤは、それらの写真を箱から出し、床に敷いたラグマットの上に並べだした。

 この中から気に入ったものを選んで、作品に仕上げてみようと、スルヤは思っているのだが、どれにも愛着があって、なかなか選び出すことが出来ない。いつも思い出したように、眺めてはまた箱にしまうことを繰り返している。

(ああ、これは、この部屋で初めて撮影した時のだ。カーイってば、最初はおかしくなるくらい、すごく緊張してたよね。その後で、2人でするところを撮ろうなんてとんでもないことを言い出してさ。あれには、参ったよ。あ、これは、一緒に、車でオックスフォードまでドライブした時のだ。途中で立ち寄った小さな街のカフェのスコーンがすごく美味しかったね)

 こうして写真を順番に並べていくと、カーイの表情が少しずつ変化しているのが分かる。どことなくよそよそしかったのが、次第に、安心して、打ち解けたものになっていくのが、カメラを通すと余計によく分かった。

 それだけに、この頃のカーイの不審な行動が、肝心なところで心を閉ざしてしまう、あの哀しいまでの頑なさが、スルヤの胸にはこたえた。

(カーイ)

 カメラに、それを通して見ているスルヤに向かって、透き通るような微笑をうかべているカーイの写真。その上に、ぽつりと、スルヤの目からこぼれた涙が、一滴落ちた。

 スルヤは、慌てて、それをセーターの袖でぬぐった。

「カーイ」

 今度は声に出して、その名を呼んだ。スルヤの顔は、堰を切って溢れ出した涙に濡れ、くしゃくしゃに歪んでいた。

(俺じゃ、あなたを助けられないの…?)

 両手で顔を覆い、そこにじっとうずくまり、スルヤは、1人きり、しばらく肩を震わせて泣いた。



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