愛死−LOVE DEATH

第二十三章 聖夜


 ネイサンが帰った後、カーイは、夕食の支度をしながら、度々手を止めて、彼からもたらされた意外な知らせについて、考えを巡らせていた。

(バレリー・レシアスが、殺された。それも、血を取られて)

 リビングの方からは、スルヤが見ているニュース番組の音声が流れてくる。昼間に発見されたばかりのバレリーの死についても、おそらくリポートされるだろう。そんなニュースを見ることで、スルヤがまた気持ちをかき乱されるのではと心配になったが、カーイにはとめることはできない。

 ちらちらとキッチンからリビングの方をうかがい見ながら、カーイは、何度もため息をついていた。

(それにしても、一体、誰がバレリーを殺したのか…)

 一番気になる点は、やはり、そこだった。

(彼女を殺したのは、私ではない。警察は、血を吸うという同じ手口の殺人を、同じ犯人によるものだと思っている様子だけれど…違う。私以外の何者か、私と同じヴァンパイアの仕業だ。どういうことなのだろう。何故、私の同族が私の犯した殺人に関わってくるのか…一体何の目的で…? 私に対する何かのメッセージなのだろうか?)

 久しく会うことのなかった同族が近くにいるというだけでも、半ば親近感、半ば緊張を覚えた。ましてやこんな形で、その存在を知らされるとは。相手の正体も真意も全く見えてこないだけ、一層不気味でもあった。

(もしかしたら、ヴァンパイアとしての流儀を外れた連続殺人を行っている私に対する、無言の非難と抗議の意味なのだろうか。まともな神経をした同族の目からは、今の私のやり方は全く狂気の沙汰としか思えないのかもしれない。私が同じ場所で殺しを繰り返したせいで、警察まで動き出して、世間も騒ぎ出した。こんなこと、確かに間違っている…)

 下ごしらえをしたシェパーズパイをオーブンに入れ、200度20分にセットし、スイッチを入れる。野菜のスープはできあがったし、後は、パイが焼きあがるのを待てばいい。

 仕事が一段落つくと、カーイは、1人にしておくのがやはり気がかりなスルヤのもとにすぐに行くことにした。だが、頭の中では、ネイサンからもたらされた夢想だにしていなかった情報が渦巻いていた。きっと、スルヤも同じような考えに捕らわれていることだろう。

 スティーブンが残したという、謎の画像。

(別にそれが彼が殺された原因などではないことは、私が知っているけれど、でも、それならば何故、バレリーを殺したヴァンパイアは、そのディスクを持ち去ったのだろう。スティーブン、あなたは一体どんな画像を作ったのですか…?)

 こんな展開は、さすがのカーイも予想していなかったので、どう捕らえたらいいのか分からなかった。

 スティーブンがスルヤに残そうとしたもの。そして、もう1人のヴァンパイア。

 廊下を半ば行った所で、カーイは、ふと足を止めた。ぐらりとかしぐ体を、とっさに壁についた手で支えた。あえぐように息をし、喉もとを押さえた。

 渇きが体の奥底から這いのぼってくる、あの嫌な前兆があった。やはり、あんな吸血行為には、無理があったということだろうか。このままでは、カーイの体がまたも血を欲しだすのは、時間の問題だ。

(本当に、何てきりがない…飢えて、殺して、また飢えて…)

 こみ上げてくる怯えを、皮肉な笑みで封じ込めた。

「スルヤ」

 リビングを覗き込むと、スルヤは、ソファの背にもたれかかるように座って、テレビを見るともなく見ながら、じっと物思いにふけっている様子だ。半ば伏せられた黒い目は、深い哀しみの影に沈んで見えた。

 スティーブンを殺すことでスルヤを傷つけたのは間違いなくカーイだが、バレリーは違う。

(私の同族の目的が何であれ、バレリーに対してしたことをこのまま見過ごすことはできない。私とスルヤの周囲で、またも何かを企てるようならば、それも阻止しなければ)

 例え同族だろうが、愛するスルヤと、彼とのこの暮らしを脅かすものならば、それは敵だと思った。もっとも、一番脅かしているものは、他ならぬ自分自身なのだとは百も承知していた。何かに立ち向かえる勇気など、さして残っているわけではない。爪の先ほどのちっぽけな気概を奮い立たせて、今にも深い奈落に落ちていきそうな、この危うい場所にかろうじて立ち続けている。

 どうしても守りたい、失いたくない。ただ、それだけのため。

 カーイがリビングに入ってくるのに気がついた、スルヤが振り返った。カーイがそこにいるのを確認するや、暗く翳っていた瞳は火が灯ったように生き生きと輝き、傷ついた顔には慕わしげな微笑が広がっていく。

 その様子を、カーイは、どこかあまやかでもある鈍い痛みを胸の奥に隠し持ちながら、打たれたように、ただ見守っていた。



NEXT

BACK

INDEX