愛死−LOVE DEATH

第二十章 血と罪と


「リンデブルック様」

 日が沈んでからホテルに戻って来たカーイに、物腰の柔らかなフロントが、そっと声をかけてきた。

「つい今しがたお電話がありました。スルヤ・ラトナという方です」

 カーイは、受け取ったばかりのキイを手の内で握り締め、怯えたかのように、目を見開いた。仕付けの行き届いた高級ホテルのフロントは、カーイの動揺ぶりにも特に奇妙な顔をすることもなく、穏かに続けた。

「いえ、外部から問い合わせの電話があっても決してご滞在のことは明かさぬよう受けたまわっておりましたので、リンデブルックという名は宿泊名簿にはございませんとお答えしておきました」

 カーイは、ほっと息をついた。

「ありがとう。そうしてもらうと、助かります」

 カーイのほとんど血の気を感じさせないくらい青ざめた顔に、フロントは、ふと心配そうな表情になった。

「リンデブルック様、お加減がよろしくないご様子ですが…当ホテルからも医師の手配をすることはできますし、よろしければ、いつでもご相談下さい」

「いいえ、その必要はないんです。ありがとう、たぶん、ちょっと疲れているだけですから…」

 カーイは、弱々しい笑みをうかべ、もう1度フロントに礼を言うと、その場を逃げるように離れた。

 スルヤからの電話があったことに、カーイは、慄いていた。フロントに口止めをしておいて本当によかったと胸を撫で下ろし、同時に、スルヤが必死になって自分の行方を探している、突然失踪した恋人の身を案じてくれているのだと知って、胸の奥があまやかにうずいた。

(スルヤ、どうやら熱は下がって、元気になったようですね。よかった…)

 ちらちらと自分の方を盗み見る宿泊客の熱っぽい視線を避けるように、足早にエレベーターに乗りこみ、急ぎ部屋に戻って、中に飛びこんだ。

 寒い。

 手にした小さな紙の包みをテーブルの上に置いて、エアコンの室内温度を一杯まで上げた。

 小刻みに震える手をこすり合わせ、人間がするように息を吐きかけてみたが、その息すらも、冬の冷気を取り込んで冷たい。

 どこにいても、何をしても、この寒さからも飢えからも逃れられないのは一緒だからと、気を紛らわせるために外出などしてみた。あまり体力はなかったので、カフェでコーヒーを飲みながら、入れかわり立ちかわり店に現れては消えていく人間達をぼんやりと観察してみたり、近くの大型書店で美術書を眺めて時間をつぶしたり、そんな所だ。人間達の間に混じりこんだ緊張感ゆえに、束の間飢えは遠のいたかもしれない。だが、それでも、気がつくと、スルヤの家に帰ろうと地下鉄の駅に足が向いている。

 カーイは、コートを脱いで、やはり寒いので厚手のガウンを羽織ると、テーブルの上の包みを開けて、帰りにドラッグストアで買ったガーゼと包帯を取り出した。左手首の傷はまだふさがらない。出血も、僅かではあるが続いている。古いガーゼと包帯を新しいものに取り換えると、カーイは、ルームサービスに電話をして、シャンパンと果物を持って来させた。

 アルコールが回ると、少しは寒さもやわらぐような気がした。シャンパンのすっきりとした喉ごしは、渇きを束の間忘れさせてくれるだろう。サイドボードには、まだブランデーもある。今夜も酔いつぶれるまで飲んで、眠ってしまおう。あまり優雅ではないかもしれないが、苦しいよりはましだ。

(スルヤ) 

 シャンパンをすらりと背の高いグラスに注ぎ、カーイは、グラスの中で立ち昇る無数の泡に見入った。淡い金色に輝くグラスの向こうに、あの懐かしい笑顔が覗いたような気がした。

(あなたが今日もこの世界に存在してくれることに、私が呼吸をするのと同じ空気を吸って、生きていてくれることに)

 グラスを掲げ、目を瞑った。離れていても、胸の奥から鮮やかにうかびあがる愛しい人の姿に微笑みかけながら。

 乾杯。

 カーイは、一息にシャンパンを飲み干した。




(あなたに会いたい…スルヤ……)




 何時の間にか、カーイは眠りこんでしまったようだった。それほど飲んだという記憶はなかったのだが、思っていたよりも疲れていて、あっさりつぶれてしまったのかもしれない。

 そして、自分が夢を見ていることに気がついた。

(ああ…)

 カーイは、懐かしさと慕わしさに胸が一杯になるのを覚えながら、ぐるりと辺りを見渡した。温かみのある木の床、所々敷かれたカーペットや毛足の長いラグ、ソファやテレビ、広々としたスペースには、人が寛いで時間を過ごすたために必要なものは全て運びこまれている。そして、見上げれば、天井には大きな天窓。カーイがスルヤのいない間にそこまで浮びあがってぴかぴかに磨いたので、綺麗な夜の空がそこから眺められる。そう、ここは、スルヤとカーイが共に過ごす2人の屋根裏部屋だった。

 ここにもセントラルヒーティングが行き届いているので、外はどんなに寒くても、寒がりのスルヤがセーター1枚で部屋の中でごろごろできるくらい、いつも暖かだ。実際カーイはもう凍えていなかった。胸の奥から発する熱が体中に巡りだしたかのように、暖かい。

 カーイは、部屋の中央にあるベッドがわりの大きなマットレスに目を向けた。

 胸が、じんと痛んだ。

(スルヤ)

 そこにカーイの愛する人がいた。こちら側に顔を向け、少し体を丸めるようにして、ぐっすりと眠っている。規則正しい健康的な呼吸の音が、カーイの耳を優しくくすぐった。

 カーイは、うっとりと目を細め、そちらに、スルヤのもとに引き寄せられていった。

(スルヤ、ああ、よかった。たとえ夢でもこうしてあなたに会えた。あなたは、相変わらず、なんて可愛くて、暖かく優しげで…それに、とてもいい匂いがするん…こんなにも芳しい血の匂いを嗅ぐのは、何年ぶりでしょう…ブリジットの血の匂いにも負けないくらいに甘い、私のための血…)

 カーイの喉は、知らぬ間に、ゴクリと音をたてた。乾ききった喉に溢れこむ最高の甘露を夢見て、熱い息をもらし、カーイは、スルヤに向かって手を伸ばし、そのまま、ふらふらと彼の上に倒れこんでいこうとした。その時―。

 フーッと、怒りと警戒心のこもった獣の鳴き声がしたかと思うと、何か白くて小さなものがカーイの足元を走りすぎ、眠っているスルヤの布団の上に飛び乗った。

 スルヤの猫だった。

 カーイは、ぼんやりとした目で、彼を威嚇するかのように全身の毛を逆立て牙を向いている、小さな生き物を眺めた。

(駄目、駄目、それ以上近づかないで!)

 猫が必死になって訴えている、その心が、カーイに伝わった。

(駄目、この人間を殺さないで、殺さないで!)

 殺す?

 カーイは、当惑した。この生き物は何なのか、どうして、そんなふうにカーイがスルヤに触れることを妨げようとするのか、カーイがスルヤを傷つけるとでもいうのだろうか。そんなことをするはずがない。カーイは、スルヤを愛しているのだ。それに、何を言うにも、これはただの夢にすぎない。

 夢?

 カーイは、目をしばたたいた。

 物欲しげにスルヤに伸ばされていた手を引き戻し、その掌を自分の方に広げて、じっと見入った。

 これが、夢?

 無言で背を向け、スルヤの眠るベッドから離れて、不安げに屋根裏部屋をさ迷い歩いた。と、片隅にたてかけられていた姿見が目に付いた。そこに映る己の姿を見、思わず、あっと叫びそうになった。

 底光りのする凄まじい青い瞳が、こちらを見返していた。恐ろしいほどの飢えにその顔は苦しげに歪み、めくれ上がった唇からは鋭い牙が剥き出しになっている。自分のこんな酷い顔など、見たことはなかった。カーイ自身でさえ思わず目を逸らしたくなった、あさましい飢えた獣、ぞっとするような怪物の姿だった。

(あ…あぁっ…!)

 声にならぬ悲鳴をあげて、カーイは、鏡から顔を背けた。

 己がスルヤを襲い血を奪おうとしていたことに気付き、愕然となっていた。

「う…ん…」

 突然背中に聞こえた眠たげなスルヤの声が、カーイを凍りつかせた。

「カーイ…?」

 恐る恐る振りかえると、ベッドの中のスルヤは、重たげな瞼を半分開いて、夢うつつに微笑みながら、カーイを見ている。

「カーイ…ああ、帰って来たんだね、カーイ…?」

 うとうとと再び目を閉じ、スルヤは、大きなあくびをした。それから、また目を開けた。

「あ…れ…?」

 今度は、前よりも幾分しっかりとした声が、カーイに向かってかけられた。

「カーイ…なの…?」

 スルヤは、はっと息を飲んだ。ベッドの中でもがきながら、上体を起こし、カーイに手を差し伸べるようにして身を乗り出した。

「カーイ!」

 喜びに打ち震える声が、カーイの名前を呼んだ。床が裂け、部屋は割れて飛び散った。カーイは、恐怖に駆られて、逃げ出していた。そう、この場所から、スルヤからすぐに離れなければならない。我が身に向かって風と化してただちに消えうせよ命じ、無我夢中で遠ざかろうとした。すると、不思議にも、スルヤのいる屋根裏部屋に立っているという実感が急に遠のき、自分がどこか別の場所にものすごい速さで引きずり戻されるような感覚を覚えた。ごうごう音をたてる嵐の中を飛んでいくような怪しい感覚に、意識が遠のく。

 最後に、スルヤがもう一度自分の名を叫ぶのを聞いた気がした。

 そして、次の瞬間に、カーイはホテルのベッドの上で目を覚ました。

「あ…あ…?」

 混乱した目で、己の周囲を眺めた。違う、ここは、あの温かい屋根裏ではない。飢えた自分を封印する為に隠れ潜んだホテルの一室だ。

「スルヤ…スルヤ…私は、もう少しであなたを奪うところだった…」

 がくがくと震え出す体を、カーイは、両腕でひしとかき抱いた.

 あれがただの夢ではないということに、カーイは直感的に気がついた。

 カーイ自身にも分からないヴァンパイアの特殊な力が、無意識のうちに、彼をスルヤのもとに行かせたのだ。実体を伴っていたのか、それとも、半分霊体のような状態にあったのか、本当にあの状態で吸血行為までできたのかどうかは定かではないが、それでも、カーイが理性を保てなくなってスルヤの傍まで行き血を吸おうとしたのは、否定しようのない事実だった。

「もう、駄目…どんなに抵抗しても、私のこの不死の体、生きよう生きようとする本能をとめることはできない…目覚めていて自制心を働かせているうちはともかく、眠りに落ちて理性のくびきから離れると、私はただの飢えた獣になってしまう…あなたを、自分でもその自覚のないまま殺してしまう…」

 カーイは、ついに全ての力を失ったかのように、ベッドに倒れ伏した。そのまま、しばし放心したように動かなかった。

 その半ば閉じられた青い双眸は、この部屋にある何も映してはおらず、遠い別の場所を、過ぎ去ってしまった時に置き去りにしてきたものを、眺めていた。あの冷えきった部屋、広々と取られた窓の外、白っぽく霞んだ大都会に屹立する鈍色にぼやけた高層ビル群、それを背景に降り注ぐ雪を映していた。

(同じだ) 

 虚ろだったカーイの顔に、哀しげな笑いが広がった。

(あの時も、やっぱりとても寒い冬で、大雪が降っていた。街中が真っ白な雪に埋め尽されて…ああ、あの時も私はどんなにか願ったことだろう、殺さずにいられるものなら…けれど、私にはポールを殺すより他なかった。3年前のニューヨーク…とても寒くて辛い冬だった…そして、また…このロンドンで、私は同じ辛い恋をすることになってしまった。どうして、殺すと初めから分かっている相手になど心を奪われてしまうのだろう…こんなに苦しい思いをするくらいなら、愛さなければいいのに…けれど、スルヤは…とても優しくて、暖かくて、一緒にいてとてもほっとできる人だった…何だか、彼がいるあの家も、本当に寛げる私の家であるかのようで…何時の間にかとても愛着ができてしまった…馬鹿なことをしてしまった。どうせ、すぐに失ってしまうものなのに…)

 カーイは、肩を揺らせて笑い出した。絶望的な乾いた笑い声をたてた。泣いているようにも見えた。それから、ふいにベッドから身を起こした。床に降り立ち、ベッドと反対側にあるサイドボードまで歩いていくと、中から上等のコニャックを取り出し、グラスに注いで、口に含み、ゆっくりと飲み下した。火が体の中に流れ込んでいくようだった。飢えからくる寒さを、これで紛らわせるのだ。もう少しの間だけ、この熱で我慢して、そう今夜だけだから。カーイは、自らに言い聞かせた。

(こんなことを続けても、何の解決にもならない。スルヤから隠れ潜む真似事をするのは、今夜で終わり…本当は初めから分かっていた、飢えから逃れることはできないのだと。けれど、そのことをすぐに受けられられるほど、私は強くはない。私には、スルヤへの思いを断ち切ってロンドンを立ち去るだけの気概も持てなかった…たぶん、そうしたところで、どうせすぐに彼の血が欲しくなって舞い戻ってしまうだけなのだろうけれど)

 明日、スルヤのもとに帰ろう。カーイは、そう決意した。

 自覚もないまま、飢えた獣となってスルヤを襲い、引き裂いて、がつがつと血を飲み干すことだけはしたくない。そのくらいなら、自分の意思でもってスルヤを奪いたい。スルヤは、カーイの大切な人だった。殺すしかないのならば、最後の瞬間まで、スルヤを見て、その姿を胸に焼き付けたい。恋人の暖かい体をしっかりと腕に抱いて、胸の下で鳴り響く心臓の鼓動を、やがてそれが止まるまでずっと感じていたい。スルヤの命をこの体にとりこむこと、そうして、どんなに辛くとも、自分がもたらすその死を受けとめること。それが、カーイがスルヤに示せる精一杯の誠実さ、スルヤにとってはきっと恐ろしいだけだろうが、ヴァンパイアであるカーイが獲物に与えられる唯一の愛情なのだ。

 カーイは、祈りを捧げるかのように天を仰ぎ、目を瞑った。

(スルヤ、私は、あなたを愛しています。愛しています…)

 追いつめられたカーイが行きついた結論は、やはり、殺すことだった。愛する者が捕食の対象である人間であるかぎり、避けられない運命だ。だが、それでも、心が叫ぶのを止めることはできなかった。


 どうして?


 どうしても。


 スルヤを愛している。




「あっ…痛……」

 ベッドから一杯に身を乗り出した弾みで床の上に見事に転がり落ち、したたかに体をぶつけたスルヤは、痛みに顔をしかめながら起き上がった。今の衝撃で、完全に目が覚めたようだ。

「カ、カーイ…?」

 スルヤは、痛む腕をさすりながら、期待と不安に揺れる瞳で暗い部屋の中を見渡した。何も見えない。

 立ち上がって、灯りをつけるためにスイッチのある所に行こうとする、その前を白いものがいきなり走りすぎ、スルヤは肝をつぶした。

「わっ!」

 危うくぶつかりそうになった、それは、彼の猫だった。

「危ないなぁ、プリンセス」

 苦笑しながらそう声をかけて、部屋の照明をつける。暗闇に慣れた目が、一瞬くらんだ。それから、スルヤは、改めて部屋の内部を、そこに探し求める人がいないか確かめるかのように見渡し、歩き回った。誰もいない。

 白い猫だけが、一体何をそんなに興奮しているのか、端から端へと駆け回り、ベッドの上に飛び乗り、また飛び降りたかと思うと、今度はソファの下にもぐりこんで、警戒心に満ちた様子でじっとスルヤの方を覗っている。

「何をそんなに怖がっているんだよ、プリンセス、出ておいでよ」

 スルヤはにっこり笑って呼びかけるが、猫は小さな体を小刻みに震わせるばかりで、そこから出てこようとはしなかった。

「どうしたんだよ、ほら、何も恐くないよ?」

 スルヤが、床にぺたんと坐りこんでソファの下を覗き込み、誘うように手を伸ばしても、猫はますます奥に後じさりをするだけである。スルヤは、首を傾げた。

「それにしても、おかしいな、確かにカーイを見たと思ったんだけれど…」

 猫にかまうのをやめると、スルヤは、溜め息をついてベッドに戻り、その上に腰を下ろした。そして、夢うつつにカーイを見たと思った、姿見の辺りに視線をさ迷わせた。

(カーイがそこに立っていて、俺のことを見ていた…すごく哀しそうな、それに何だか怯えた様子だった…本物だと思ったんだけれど、リアルな夢だったんだろうか。俺の、カーイを恋しいと思う心が見せた幻だったんだろうか。それとも、ここにいないカーイが、何かとても困っていて俺に助けを求めていたり、俺に会いたいと思ってくれて、その心だけが、ここまで飛んできたのだろうか…?)

 スルヤは寂しげに己の体を抱きしめ、うつむいた。カーイに会いたい。せめて一目でも無事でいる姿を見たい。そんなことがもしできるなら、心だけでも彼のもとに飛んでいきたい。

 ふいに、胸の奥から焦燥感にも似た強い想いがせり上がってきた。

(カーイに会いたい)

 何の自覚もなく、突然一粒の涙が膝の上に落ちた。スルヤは、びっくりして、己の目に手をやった。指先が微かに震えた。

「あれ…おかしいなぁ…どうしたんだろ…?」

 不思議そうにそう呟いて、笑った。しかし、不覚にも、そうするとまた涙がぽろぽろと零れ落ちてしまう。頭を思いきりよく左右に振った。

「えへへ…何、泣いてるんだろ、俺…変だなぁ」

 我知らず泣いてしまったことを、スルヤは明るく笑い飛ばそうとした。悲観的になったり、絶望したり、諦めたくなったり、そんな弱い方に気持ちが傾いてしまうのは嫌だから、いつも前向きに考えようとしてきたけれど、本当はやはり辛い。

 手の甲で目をごしごしとこすって、スルヤは、再び布団の中にもぐりこむと、枕にぎゅうぎゅう顔を押しつけて、涙をとめようとした。そうして、崩れていきそうな心を励まそうと、自らに言い聞かせた。

(大丈夫、きっとまたカーイに会える。信じていれば必ず会える、なくしたと思った大切なものを取り戻すことができる)

 記憶の奥底に、スルヤの胸に焼き付いて離れないあの残像、暗い水底に揺れる小さな妹の手がうかび、消えていった。

 そう、信じていれば、きっと会える。

 影の中に沈んだ妹の代わりに、今度は、カーイの面影がけざやかによみがえった。スルヤの心の中に描かれるカーイは、見たこともない白い不思議な花のよう、優雅な白鳥のよう、こんなに綺麗な人は、他にはいない。けれど、現実のカーイはそんな夢より百倍も綺麗だということを、スルヤは知っている。あんなふうな人は、他にはいない。スルヤが求めている、たった1人の、かけがえのない人。

(カーイ、あなたが好き。大好き)

 スルヤは、心の中で、カーイに向かって、祈るかのごとくそう囁きかけていた。この声が届くことを念じて、何度も、何度も…。


 どうして?


 どうしても。


 カーイを、愛してる。 



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