愛死‐LOVE DEATH

第十六章 逆転


照明の一部が切れている為、薄暗い研究所の廊下を、カーイは、息を詰めて、ゆっくりと歩いていた。指定場所は、もうすぐそこのはずだ。やがて、廊下の奥に、ドアが僅かに開いたようになって、室内の明かりが漏れている場所が見えてきた。あの部屋だ。

カーイは、つのってくる緊張と不安を鎮めようとするかのように、のどもとに手をやり、軽く押さえた。恐れるな。相手が、何を画策しようとも、カーイを滅ぼすことなどできないことは、既に十分証明されているのだ。彼らの力では、カーイには敵わない。心配なのは、スルヤのことだけだ。

(スルヤ…そこにいるのですか…?)

ヴァンパイアの不死の心臓でも、こんな些細なことで動揺し、人間のように戦慄くのだ。たかが人間一人の無事を案じて。

カーイは、明かりの漏れる部屋の前に立った。物音も人の気配らしいものもしないが、ここで待つとあの男は確かに言ったのだ。

カーイは、震える手を伸ばして、ドアを押し開けた。

「!…」

初めに目に飛びこんできたのは、思ったよりも広い作りになっているこの部屋の壁面を半ば埋め尽くすように設置されている、一際大きなスクリーンを中心にした、多数のモニター画面だった。それぞれの画面に、カーイにも見覚えがあるような、ここの施設内の映像が移されている。

それから、目を下に動かし、奇妙なものを見つけて、微かに息を呑んだ。部屋の真ん中に、一体何に使うものか、巨大な金属製のカプセルのようなものが運びこまれている。移動可能なように、下部に車輪をつけられた、それは、丁度人が一人おさまるくらいの大きさで、棺に見えないこともない。さらに、その脇には、太いチューブとバルブで連結されたボンベがあった。

「あまり見場のよいものではないだろう?君が眠ることになる棺にしては、随分味気ないとは思うよ」

声のする方に顔を向けると、画面の前にずらりと並んだ操作機械の一つに軽く腰をかけ、腕を組むようにして、カーイを見ている、あの紅い髪の男がいた。

カーイは、反射的に、そちらに体を向け、攻撃する構えを取ろうとした。

「動かないでくれ」

それに向かって、クリスターの低い押さえた声が投げかれられた。何時の間にか、その手には、世界最強の短銃とも言われる、デザート・イーグル・50口径が構えられている。

「交渉したいと、私は言った。ここで、またすぐに殺しあいをすることは、できれば避けたい。君にとっても、悪い申し出ではないはずだよ。君自身も疲れているし、それにもう血を見るのはうんざりなのだろう?」

それは、確かにその通りであったので、カーイは、勢いに任せてクリスターに襲いかかることはせず、しかし、隙は見せぬよう、いつでも相手を攻撃できるよう、身構えたまま、この手強い敵と対峙した。

「私が、血を見るのに飽き飽きしているなんて、どうしてそう思うのです?私を、何ものだと思っているのですか?」

相手の冷静沈着な態度が気に入らなくて、カーイは、鋭い牙を剥きだして、すごんでみせた。

「ヴァンパイア」

クリスターは、その言葉を発するのが楽しくてならないというように、目を細めた。

「もっと怪物じみた存在かと思っていたけれど、意外に人間的で、それどころか、随分優しい生き物のようだね、君は。我々をしのぐ力を持ちながら、戦うことを随分ためらっていた。死者を出したことにも、ショックを受けている。そんな君でなければ、このように直接話そうなどとは、私も考えなかったろう」

カーイは、細い眉をきりきりと吊り上げた。侮辱されたと、感じていた。

「動くな」

カーイが、そこから一歩動いたのに、クリスターは、もう一度辛抱強く命じた。ピストルのトリガーにかかった指に力が入る。

「そんなもので、私を倒せるとでも?撃ってごらんなさい、次の瞬間には、あなたの首はへし折られている」

クリスターは、ぞっとするとでもいうように軽く首をすくめて見せた。

「見かけによらず、短気なんだな、カーイ・リンデブルック。けれど、君は、肝心なことを一つ忘れてはいないかな?私は、君の力を過小評価する気は全くない。その私が、まさか何の勝算もなく、君に前にこうして自分の身をさらすなどと思うのかい?」

カーイの顔色がさっと変わった。彼の中でよぎった疑問を見透かすように、クリスターは言った。

「君の探しものは、ついさっきまで、確かにここにあったよ。だが、別の場所に移動させた。この戦いを通じて、どうやら、あの坊やは、君に対して有効な切り札になりそうだと分かったからね。我々としては、そう簡単に手放すわけにはいかなくなった。何の罪もない、あの子には気の毒だが」

それまで友好的でさえあったクリスターの表情が一変し、物静かで端正な仮面の下に隠されていた、苛烈で冷酷な獣の本性が、一瞬、顕わになった。

「私を殺すか?やってみるがいい。それと同時に、私の仲間が、あの子を処刑する」

カーイは、鋭い鞭の打擲でも受けたかのように、激しく身を震わせた。

「スルヤを処刑する…?何の関係もないあの人を巻きこんで、挙句の果て、殺そうというんですか…?同じ人間のくせに、よくも、そんなひどいことを…」

「別に楽しんでするわけではないさ。これでも、ちゃんと血の通った人間だからね。だが、必要ならば…目的通り君を捕獲し、これ以上仲間のうちに被害を出さないためには、あの子一人に犠牲になってもらうこともやむをえない」

炯々と輝く金色の瞳に力を込めて、些かの迷いもなく、冷然と言い放つクリスターを、カーイは信じがたいものを見るかのような思いで、呆然と見つめることしかできなかった。この男なら、本当にやると、カーイは直感した。か弱い人間の中にも、時々、こういう人種がいる。クリスターは、人間のくせに、生まれながらの捕食者のような性向を持っていた。ヴァンパイアのカーイをして、震撼させるほどの冷血さだ。

捕食者としての自分に迷いを抱いている、今のカーイには、決して勝てない相手だった。

いつでも攻撃できるよう構えていた腕を、体の両脇にだらりと落とし、力なくうなだれるカーイに、クリスターは、満足そうに頷いた。その面に一瞬雷光のように閃いた狂暴さも、嘘のようにすっと消えて、またもとの穏かさを取り戻していた。

「あの子の無事な姿を見たいだろう?」

カーイは、はっと顔を上げ、狂おしげにクリスターを見つめた。クリスターは、かろく頷いて、機器の前を移動し、モニターの操作パネルに手を伸ばした。

中央の大型スクリーンが、点灯し、次の瞬間、カーイが探し求めていた、愛しい人の顔を大きく映し出した。

「ああ…」

思わず、クリスターがそこにいることも忘れて、カーイは、安堵の声を漏らしていた。無事でいた。意識をなくしているようだけれど、どこにも怪我をしている様子はない。だが、その思ったのも束の間、画面の横から伸びてきた手が、ソファの上で眠っているスルヤの喉に、大型ナイフをぐっとつきつけた。

カーイは、息を飲んだ。

「レイフ、先ほども言ったが、もし私の身に何かあった場合、その子をすぐに殺せ」

クリスターが、パネルを操作すると、カメラがぐっと引かれて、その部屋の様子が明らかになった。スルヤが寝かされているソファの傍には、ナイフを構えた、もう一人の赤毛の男がおり、仲間の傭兵達もその周囲に集結しているようだ。

(了解)

レイフの感情を押さえた低い声が、クリスターの呼びかけにこたえた。無抵抗の、それも何の関係もない民間人のスルヤを人質にすることにはずっと反対のレイフだったが、今は、クリスターの身が危険にさらされているという状況が、彼にさえ、いつにない非情な選択をさせていた。

言いかえれば、それだけ、彼らも追いつめられていたわけだが、カーイには、そこまで考える余裕はなかった。その目は、ひたすら、柔らかそうな喉に鋭いナイフを押し当てられている、スルヤの罪のない、あどけない顔を追っている。その両手が無意識のうちに上がり、己の喉を、締め殺そうとするかのような動きで、押さえた。

「さて…」

クリスターの声に、カーイは、注意をそちらに引き戻された。

「では、改めて交渉に入ることとしよう」

スルヤの命を盾にとって、何が交渉なものかと、カーイは、唇を噛み締めたが、そんな非難が通用する相手ではないことは、分かりきっていた。ああ、スルヤが捕らわれている場所さえ分かれば、ありったけの力を振り絞って、瞬時に移動し、助け出すことも可能なのに。もう一度ビデオスクリーンに映し出された部屋を見やったが、そこには場所を特定できる印は何も見つからなかった。カーイの聴力で感知できるような、物音でも聞こえないかと耳を傾けてもみたが、今の所、それも無理なようだ。

「私に、一体どうしろというのです?」

観念したように、投げやりに呟くカーイに、クリスターは、何気ない口調で、あっさりと答えた。

「ごく簡単なことだよ。君の目の前にある、そのカプセルの中に、おとなしく入ってもらいたいんだ。あまり、居心地はよくないと思うが、それは我慢してもらいたい。何しろ、それは、本来は死体の冷凍保存用のものだからね。アメリカでは、それが一部の金持ち相手のビジネスになっているんだ。自分の死体を保存して、いつか遠い未来に復活することを願ってね。不死なるものに対する人間の憧れの、これは歪んだ現れだよ」

カーイは、薄気味悪そうに、チタン製のそのカプセルを凝視し、ぞっと身震いして、そこから後じさった。

「君の体は、低温に弱い。比較的という意味だが…超低温で冷やされれば、一時的に体の機能が停止する。先程、体験済みのことだね。そのカプセルは、君の移送のために、わざわざ、我々の雇い主が、取り寄せたんだ。そのボンベは、液体窒素だ。君が、そこにちゃんと納まった後、カプセルの中に注入される。どんな壁でも通り抜けてしまう特殊な能力のある君を、意識のある状態で捕らえておくことは不可能。だから、こおりづけにして保存しようと考えたわけだね」

カーイの頭の中は、ガンガンと痛み出した。とても、正気の沙汰とは思えなかった。

「そんなことを、一体、誰が考えついたんです?信じられない、人の体を、一体何だと思っているんですか?氷づけにするだのと、私は、死体でもなければ、スーパーに並んでいる食料品でもないんですよ?」

憤慨して、上ってきた怒りに白い頬を紅潮させるカーイに、クリスターは、唇をほころばせた。

「君の細胞を調べた、化学者連中だよ。スティーブンが、君の血を、ある研究者のラボに持ち込んだのが、全ての始まりだ」

カーイは、教会でのスティーブンとの争いを、彼が突き出したナイフの前に身をさらしたことを思い出した。あの時のナイフを、スティーブンは、そんなことに用いたのか。全く、何ということをしてくれたのだ。

「それでは、あなた方は、一体何者なんです?こんな危険をおかして、犠牲者まで出して、私を執拗に追いかけて、捕らえようとするのは、何故?」

それは、この戦いが始まった時から、ずっとカーイを悩ましていた疑問だったので、クリスターと直接話す、この機会を逃がすことなく、投げ掛けてみた。 

「君を欲しがっているのは、我々ではない。正確には、我々の雇い主、コックス製薬の総帥であるメアリー・E・コックスだ」

そう言いながら、本当に、それは正しいのだろうかと、クリスターは内心思っていた。クリスター自身は、カーイを欲しくはなかったのだろうか。それから、こんなふうに一々細かくカーイの質問に答えてやりながら、このやり取りを、自分が結構楽しんでいることに気がついた。本来ならば、余計な時間などかけずに、すぐにカプセルに収容する方向に話を持っていくべきなのだが。

「彼女は、君の体の不死性に関心があるんだよ。なかなか興味深い人物でね。人類が死を克服する為の戦いを、ずっと戦ってきた、驚嘆すべき女性だ。私自身は、人間の寿命など、もっと短くともよいと思うのだが、彼女の不屈の精神には多少感じる部分があったので、この仕事を引き受けた。君の存在が、死の床にある彼女に、何らかの救いをもたらしてくれればいいが…」

それから、ふと口をつぐんだ。余計なことを話してしまったようだ。クリスターは、再び、気を引き締めた。

「さあ、説明は、もう充分だろう」

クリスターは、大型ピストルの狙いを、カーイの胸にぴたりと当てた。

「君が、その中に入り、移送用の冷凍処置が完了した時点で、あの子は、解放しよう」

カーイは、怖気を振るったように無機質な巨大カプセルからまた一歩退き、それから、スクリーンの中の恋人に顔を向けた。彼は、ためらっていた。そんなカーイに、クリスターは、根気よく、かきくどくように言った。

「例え、今、捕らわれの身になっても、君は、不死だ。いつか、人間達の手から逃げ出し、再び自由の身になることも可能だろう。だが、あの子の生命は一度だけ。失えば、二度とは返らない」

カーイの体が、大きく震えた。彼がもっとも恐れることを、正確に捉えられていた。そう、スルヤの命は、限りある、一度だけのもの、カーイとは違う。

「分かりました。あなたの言うとおりにします」

カーイは、ついに陥落した。プライドの高いヴァンパイアにとって、人間相手に降伏するなど、考えただけで憤懣ものだったが、他に選択の余地はなかった。

「その代わり、スルヤは、無事に家に帰してあげてください」

輝かしい銀色の頭が、ゆるゆると力なくうなだれていくのを、クリスターは、眉をひそめて、見守っていた。彼は、勝利したはずなのに、その割には、あまり晴れやかな顔をしてはいなかった。むしろ、奇妙な苛立ちが、そこには表れつつあった。

「殊勝なことだな。では、カーイ、そのカプセルのハッチを開けてもらおう」

そんなことまで、自分でやらなければならないのか。心底惨めな気分になりながら、カーイは、命じられるがまま、カプセルに近づき、その銀色のハッチ部分に触れた。

その従順ぶりを見守る、クリスターの顔には、所詮こんなものかというような失望の色がうかんでいる。彼が欲しかったのは、この程度のものではなかった。レイフには否定したものの、今更ながら、自分が、このゲームに、カーイという手強いターゲットに、いかに深い思い入れがあったのか、実感していた。

カーイが、ハッチのロックを解除すると、小さな金属音がして、それは開いた。青ざめた顔で、開いたカプセルの内部を恐る恐る覗き込む彼から、クリスターは、溜め息混じりに視線を逸らした。それから、斜め後ろに位置するビデオスクリーンを眺めやった。待機場所にいるレイフ達にも、この司令室の状況は、中継されている。いよいよ、ヴァンパイアが捕獲できる段になって、彼らの顔には、一様に、緊張の中にも期待がうかんできていた。今回のミッションでは、思いの他、仲間達に苦労をさせてしまった。特に、戦いの中で落命したベンとムスタファには、それが傭兵の宿命とはいえ、哀惜の気持ちを覚える。その時、クリスターは、スクリーンの隅に映っている、ジェレミーの姿に気がついた。若者は、他の連中とは違う表情をうかべていた。恐らくスクリーンに映っている父の仇の姿をにらみつけているのだろう、彼は、狂おしく目を見開き、叫び出したいのを必死で押さえるかのように、健気に唇をぐっと引き結んでいる。彼は、復讐を望んだが、その目の前で、カーイは無傷のまま、捕らえられようとしている。クリスターは、若者に向けて語った自らの言葉を思い出した。

クリスターは、再び、カーイの方に向き直った。

「カーイ・リンデブルック、待ちたまえ」

カーイは、もちろん何の内張りもなされていないカプセルの固い内部を調べながら、そこに横たわることに抵抗を覚えて溜め息をついていたのだが、ようやく覚悟を決めて、その中に入ろうと身を乗り出しかけた所だった。思わぬクリスターの制止に、当惑の表情をうかべた。

「その前に、君に見せたいことがある」

カーイは、訝しげに眉をひそめた。嫌な予感がして、肌がぞくぞくと粟立ってくるのを覚えた。

「レイフ、ジェレミーにそのナイフを渡してやれ」と、クリスターは、マイクロフォンごしに、弟に向かって言った。スルヤの傍について、ぴたりとその喉に凶器をおしあてたままのレイフは、この突然の言葉に戸惑い、ビデオスクリーンに映っている兄と、少し離れた所に立っているジェレミーとを見比べた。

「クリスター?」

一体、何をする気なのか。ヴァンパイアを捕らえる瞬間が目前にある、この期に及んで、何をと、レイフはためらったが、もう一度クリスターが同じことを命じるのに、不承不承、ジェレミーを呼んで、ナイフを渡し、自分がいた場所も譲った。

「ク、クリスターさん?」

手の中のずっしり重いナイフに戸惑いながら、ジェレミーは、マイクロフォンに向かって呟いた。

(ジェレミー、私の言葉を覚えているか?もし、可能ならば、君に何らかの形で復讐する機会をあげると、私は言った)

ジェレミーは、はっと息を飲んだ。

「は、はい」

クリスターは、一体、何が始まるのかと、カプセルの前で凍りついたように立ち尽しているカーイに、少しも揺るがない眼差しをあてたまま、言った。

「これが、その機会だ。ジェレミー、その坊やの指を切り落とせ」

カーイは瞠目した。

(ええっ?!クリスターさん、何を?)

ジェレミーも、突然のことに仰天して、問い返した。

「待ちなさいっ」

悲鳴のようなカーイの声が、響いた。

「スルヤの指を…切り落とすですって?どうして、そんな話になるんです?私は、あなた方に降参して、こうして、おとなしく捕らえられようとしている。私さえ手に入れば、スルヤは無事に帰してくれるのではないんですか?!」

反抗の気概をすっかりなくしていたカーイの声に、再び、びりびりとした怒りがこもってくるのを、クリスターは、心地よい音楽に耳を傾けるかのように、楽しげに聞いていた。

「我々は、仲間を二人、君に殺されている。そのうちの一人は、あのジェレミーの父親だ。本当は君に復讐するのが筋なのだろうが、君を傷つけることも、殺すことも不可能な以上、別の形で君には苦しんでもらうことにしよう。君の代わりに、あの子が傷つくんだ。人二人の命を贖うのに、指二本、安いものだと思うが?」

衝撃が、カーイの全身を駆け巡った。それは、激しい憤激の炎となり、疲れ切った体に、再び力を満たしていく。

「そういうことだ、ジェレミー、もしも、君が、こんな形でも父親の仇を打ちたいというのなら、やれ。別に強制はしない。確かに、その子には何の罪もないのだから、傷つけるのは抵抗があるのなら、やめてもいい。その場合は、このまま、ヴァンパイアを収容し、コックス会長に引き渡すことになる。彼らの研究材料として、生きたまま、切り刻まれることで、君の復讐は果たされたと考えるか。選ぶのは、君だ」

ジェレミーは、ナイフを見下ろしたまま、クリスターの言葉をじっと噛み締めていた。それから、すぐ傍で、相変わらず眠り続けているスルヤにおずおずと視線を向け、最後に、スクリーンの映るカーイの姿に目をやった。若者は、無敵のヴァンパイアの顔にうかぶ深い苦悩を、自らの体に痛みを覚えているかのような苦痛を見て取った。ジェレミーの顔が引き締まり、彼は、スルヤに向き直ると、その左手を取り、ソファの上に押し当て、ナイフをかざした。

「なるほど、経験は浅くとも、さすがに傭兵の子供だけはあるね」

スクリーンの中の光景に感心したように呟く、クリスターは、その時、奇妙な圧迫感のようなものを、カーイの立っている方向から感じて、振り向いた。その口許が、微かに震えた。彼は、光を見ていた。

「カーイ…」と、その名を呼んだ。

カーイの体が、またしても、あの不可思議な燐光を発し始めるのを目の当たりにして、クリスターは、束の間、魅せられたかのように言葉を失ったが、すぐに自分を取り戻した。

「無駄なことはやめたまえ。君が、少しでも攻撃の意思を見せれば、切り落とされるのは、あの子の首になるかもしれないよ?」

カーイは、美しい顔を苦しげに歪め、青い瞳を怒りにくるめかせながら、大きく肩を上下させた。その発光は、抑えても身の内から沸きあがってくるかのようにおさまらず、戦闘的な気迫が、空気を震わせるかのように伝わってくるのに、クリスターは、圧倒されたかのごとく、僅かに身を退いた。凄まじい緊張感が、戦慄が、彼の体中を駆け巡っていたが、それこそ、彼の望むものだった。最高の敵、最上の獲物を目の前にした、この緊迫感、我と我が身を危険にさらし、ぎりぎりの状況の中で、持てる能力の全てを注いで戦う昂揚感と、そのさなかに訪れる刹那の恍惚は、のぼりつめて果てる時の肉体の快楽にもどこか似ていて、気がつけば求め、追わずにはいられない。

「カーイ」

愛しげに目を細め、再びデザート・イーグルの狙いをカーイの心臓に正確にあてながら、クリスターは口の中で密かに呟いた。

「君を一目見た時から…野生の獣よりもしなやかに早く動くその姿を一目見た瞬間から、私は、ずっと君のことばかりを考えていた」

二人は、その場からそれ以上一歩も動かす、身じろぎもせず、激しく視線を絡ませ、火花を散らしながら、少しでも気をぬいたら相手に食われてしまうかのような緊迫感のただ中で、睨み合った。

僅かにでも均衡が崩れたら、たちまち、凄まじい戦いに崩れ落ちていきそうな切迫した数瞬が流れた、その時、突然、クリスターの後ろのビデオスクリーンに異常な騒ぎが起こった。

彼ははっとしてそちらを振り向き、そして、つられたようにカーイの視線もそちらに向けられた。

どちらもが、ほとんど同時に息を飲んだ。

「スティーブン…!」

苦々しげに吐き捨てるクリスターの言葉を、カーイは、スクリーンの中の光景に心を捕らえられたまま、遠くのもののように聞いていた。


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