愛死−LOVE DEATH−
第十五章 窮地
ニ
「また、始まった…!」
クリスターの代わりにモニター前の椅子に座って、カメラやセンサーの管理に余念のないジェレミーが、小さく叫ぶようにそう言って、身を乗り出した。
壁に設置された幾つものカメラの中では、それぞれ別のアングルから捕らえた、激しい戦闘の場面が映し出されている。
バースの負傷によって、7人になった傭兵達は、倉庫の南側のゲート近くで追いついたターゲットと交戦状態に入っていた。
モニターだけでは現場の音声までは分からないが、そこに映し出される映像だけでも充分に戦闘に苛烈さは伝わってくる。ショットガンやマシンガンの銃口から噴く火と煙の向こうに入り乱れる男達の影、そして、それらの間をまるでからかうように舞い踊るぼんやりとした光に包まれた人の影らしきもの。ヴァンパイアの体は、再びあの不可思議な光を発していた。それと共に、その動きを追う、カメラの動作も不安定な状態に戻っていた。頻繁に乱れる画像を目を凝らしながら追うのに、ジェレミーも必死だ。
と、いきなり、画面の一つが、覆い尽くさんばかりの光炎に包まれた。ついで、壁の一部らしいコンクリートの塊が飛んでくるのが映し出される。
「手榴弾を使ったのか…タ、ターゲットは?!」
呆気に取られて一人ごちるジェレミーのすぐ後ろで、何時の間にか、モニターの傍にまで来ていたスティーブンが、愕然として叫んだ。
「何だって?!」
この戦闘が始まった辺りから、さすがに、スルヤの傍でただじっとしていることはできなくなったようだ。
「手榴弾だなんて…あいつら、本気でカーイを殺す気か?!」
ジェレミーは、胡散臭そうにそっちを見やったが、すぐに注意をモニターの方に戻した。こんな生意気な部外者の相手をするより、ターゲットの状況を知る方が重要だ。もしかしたら、これで、この戦いに終止符が打たれたかもしれない。ベンを殺した、あの化け物の体は木っ端微塵に吹き飛んで、ジェレミーの復讐をクリスター達が代わりに果たしてくれたのかもしれない。
(カーイ…)
スティーブンは、胸の中で、どきどきと急速に早くなる心臓の鼓動を聞きながら、煙に覆われたモニターを、瞬きすることも忘れて、凝視していた。煙の中に、あの淡く光るシルエットが置きあがりはせぬかというように、必死で目を凝らし、じっとりと汗をかいた手を握り締めながら。
カーイが爆殺されたかもしれないという場面を目の当たりにして、スティーブンは、ついに己を苦しめる仇敵が排除された安堵感よりも、自分の大切にしていた何かを壊されてしまったような、激しい衝撃を受けていた。
こんなことを望んでいたのではない。
(まさか…カーイが、こんなふうに簡単に死んでしまうはずがない…そんな馬鹿なこと、あるはずがない…)
それから、まるで、カーイの無事を切望しているかのような自らの心の動きに愕然となった。
(俺は、カーイを倒したかったはずじゃないのか…あいつの呪縛か逃れる為、あいつに魅入られて獲物として殺されようとしているスルヤを救う為に…。カーイが、こんなふうに、あいつらに仕留められるのは、俺にとって、むしろ望む所ではなかったのか?)
いいや、違う。
その時、スティーブンは、打たれたような気分で、悟った。スティーブンは、決して、カーイを滅ぼしたかったわけではない。だが、実際は、スティーブンが引き込んだ、コックス会長と彼女が雇う傭兵たちの手によって、カーイは仕留められようとしている。
(違う、俺は…こんなことをしたかったわけじゃない)
スティーブンは、がくりと頭をたれた。己の膝から急速に力がぬけていき、立つこともできないほど打ちのめされた心地になりかけた時、スティーブンは、ジェレミーが憎々しげに吐き捨てるのを聞いた。
「あいつ…!」
慌てて顔を上げると、スティーブンは、画面の一つが、紛れもない、光るヴァンパイアの姿を捉えているのを見た。
思わず、肩を大きく上下させて、安堵の息をついていた。
(そうだ。それでこそ、あんただ。人間の手では、決して壊せない…)
スティーブンは、途方に暮れたような顔で、薄く笑った。泣き笑いのような顔をしていた。
それから、モニターにひたすら見入っているジェレミーから、静かに離れて、足音を殺して、司令室の扉の方に下がっていった。
スルヤの傍に近づいた時、スティーブンは、躊躇するような眼差しを、眠りに捕らわれたきりの友人の方に向けた。
(すまない、スルヤ、少しの間だけ…おまえの傍を離れることを許してくれ)
司令室の隅の椅子の上にジェレミーのものである銃がガンホルスターごと無造作に置かれていた。それを取り上げ、スティーブンは、密かに司令室から出ていった。
行き先は、カーイがいる、あの倉庫だった。