愛死‐LOVE DEATH

第十四章 死闘



「と、父さん!」

監視カメラでは追いつけない凄まじい混戦が、すごい早さで展開されるのに、クリスターの傍らで画面に釘づけとなっていたジェレミーが、急に、上擦った声で叫んだ。彼の目は、モニターの中で、戦いの場に駆けつけたベン達の前に急に出現したヴァンパイアが、信じられない早さで彼らに襲いかかるのを、戦い慣れた父とその仲間がほとんど何の抵抗もできずに、その場に打ち倒されるのを、捕らえていた。

「父さん!一体、ど、どうなったんだ…?父さんっ?」

声が届くはずがないと分かっていながら、ジェレミーは、モニターに駆けより、少しでも状況がよく分かる画面を探しながら、必死になって呼びかけている。

モニターの具合は、この倉庫での戦いが始まったころから、いきなりおかしくなっていた。画像がひどく不安定になって、一瞬途切れることもあるし、肝心のヴァンパイアの姿を捉えても、モニター全体が白っぽく、ハレーションでもおこしたかのように、不鮮明なものになっていたのだ。システムの故障かとも思ったが、機器類は全て正常に働いていており、原因は不明。

カメラを通してほの白く輝いて見えるヴァンパイアの姿に、クリスターは、得体の知れない力を覚えていた。果たして、この光は、肉眼でも見えるものなのだろうか。そう考えていた矢先の、惨劇だった。

(ベン…)

操作パネルを操り、モニターの画面の一つをズームインして、床に横たわる、二人の傭兵の姿を確認する。生死は明らかではないが、かなりの出血をしているらしいことと、ピクリとも動かないところを見ると、おそらく…。

「レイフ、応答しろ」

厳しい顔つきでモニターを見据えたまま、クリスターは、マイクロフォンに話しかけた。

「レイフ」

レイフのマイクロフォンが通話に切り替わった音がした。しかし、向こう側の相手は、しばし、答えることを躊躇うかのごとく、沈黙を続けている。

クリスターは、辛抱強く待った。

(クリスター…)

「ああ、聞こえているよ」

弟の声が打ちひしがれていることに、クリスターは、現場の状況を感じ取った。視線を動かし、モニターの前で呆然と立ち尽すジェレミーを見やる。

(ジェレミーは…そこにいるのか?)

「ああ」

ゆっくりと息をつく気配がした。

(ムスタファと…ベンが、やられた…)

クリスターは、目を伏せた。

「そうか。…他の被害状況は?」

(カイルが奴に襲われて、負傷し、戦闘不能になった。俺を含めた4人は、まだ戦えるが、この人数で奴にあたるのは無理があるし、弾薬もそろそろ残り少なくなってきた。はっきり言うが、この装備では、奴は仕留められない。重火器も含めた武器の補給と増援が必要だ)

「分かった。使用禁止リストに上がった武器の封印を解こう。今から、すぐに救援に向かう。それまで、持ちこたえられそうか?」

(ああ、ターゲットはまたどこかに行っちまったし、戻ってきたにしろ、この四人が固まっていたら、弾薬が尽きるまでは、何とかなるだろう)

レイフは、ふと何か言いよどんだように、黙りこんだ。

クリスターは、じっと耳を澄ますようにして、しばし、黙した後、穏かに言い聞かせるように、囁いた。

「レイフ…そこで、待っていろ。今、行く」

交信を終了すると、クリスターは、再び注意を、モニターの前で凍りついたように動かないジェレミーの方に向けた。

「ジェレミー…君のお父さんが、亡くなられた」

その言葉に、若者の肩が、びくりと震えた。

「そうですか…何だか、信じられない…今までだって、何度も音信不通になって、どこかの戦場で戦死したって話を聞いて、それでも、しばらくしたらけろりとした顔で帰って来た…殺しても死なないようなくそ親父だったのに…」

その頭がゆるゆるとうなだれ、がくりと落ちた肩が小刻みに震え出すのを、クリスターは、彼らしくもなく、気遣わしげな目で見つめていたが、ふいに立ちあがって、ジェレミーの傍に歩みより、その肩を慰めるように抱いて引き寄せた。ジェレミーは、一瞬驚いたように身を固くしたが、すぐに力をぬいて、クリスターの意外に暖かい胸に頭を預けて、ごく柔らかい声で静かに泣き始めた。その体を支えながら、クリスターは、この司令室で待機している他の傭兵達に顔を向けると、感傷には程遠いきびきびとした口調で言った。

「ジェイコブ、ボブ、アーサー、これより、Jセクションに向かって我々も出撃し、先発隊の救援及びターゲットの攻略にかかる。またこのアタックのために、MP−5サブ・マシンガン、SPAS−12ショットガン、対人手榴弾の使用を認める」

男達は、余計な質問をすることもなく、即座に準備にかかった。

それまで、部屋の隅に陣取って、執念深そうな眼差しを他の連中に向けながら、様子をうかがっていたパリーが、にわかに彼らの動きが切迫したものになり、使用禁止の武器を装備に加えようとしていることに、顔色を変えて、進み出てきた。

「待て!私は、まだそれら重火器を使用していいなどと言っていないぞ!駄目だ、認められない。そんな破壊力のある武器を使ったら、せっかくの貴重なサンプルが台無しになってしまう。おまえ達、コックス会長の命令を忘れたわけじゃあるまい。我々の最優先事項は、あれは無傷で捕らえることなんだぞ?」

この非常時に、彼らの仕事に難癖をつけるかのような抗議を始めるパリーを、慌しく追加の武器を準備しながら、傭兵達は、いらだたしげに睨みつけた。

「こっちは、既に死人を出してるんだよっ!そんな悠長なことを言っていられる場合かってんだ」

「俺らは、体をはって、戦いに出かけるところだってのに、あんたは、一人、安全な場所にいて、口先だけで、俺達にやり方に意見しようってのかい?いいかげんにしろよな」

男達は一瞬殺気だったが、パリーの相手をする時間も実際惜しかったので、その邪魔な体を押しのけるようにして、次々と封印されていた武器や弾薬を装着したり、ナップザックにつめていく。

居場所をなくしたかに見えたパリーは、次に、モニターの傍で、父親を亡くしたばかりの若者を静かになだめてクリスターにその舌鋒を向けた。

「クリスター、会長の意向に逆らう気か。奴を無事に捕らえるために、通常兵器とMK89で何とかするのがおまえ達の役目だろう。人数が足りなくなったなら、増援するのは構わんが、手榴弾とかそんな戦争に行くような武器の使用は論外だ。大体、ターゲットをうまく攻略できなかったのは、レイフの戦いようがまずかったからだろう。弟の失敗を、使用禁止の武器をあえて使う口実にしてもらっては困るな」

あまりの言いように、クリスターの腕の中で父親の死の哀しみにくれていたジェレミーまでもが、顔を上げ、鼻白んだような目でそちらを見たくらいだった。

「パリー、私は、コックス会長の望みを理解している。たぶん、君以上に分かっているつもりだよ」と、しかし、クリスターは、全く顔色を変えることなく、穏かに答えた。

「科学者である君は、あれを貴重なサンプルとして無傷で捕らえることを最優先と考え、破壊してしまうよりは、出直して次の機会を狙うのも選択枝だと思うかもしれない。しかし、コックス会長は違う。彼女には、もう時間はないんだ。最悪の場合、我々が全滅し、ターゲットも逃がしてしまう、そんな可能性もないわけではない。そこで次の機会を狙う猶予が彼女にあると思うかい?ここに向かう直前の、私との話し合いの中で、彼女は言ったよ。万が一、ターゲットを生きた形で捕獲することが不可能な場合は、私にすべて任せてくれるとね。ねえ、パリー、ごく少量の血液だけでも、あれだけ色々なことが分かったんだ。体の一部だけでも持ち返ったら、随分違うだろうと思うよ。そう、髪の毛一筋さえも持ち帰ることなく、逃がしてしまうくらいならば、あの体をばらばらに破壊して、肉片の一つでも手に入れた方が、まだしもだ。そこから、君達科学者の技術を結集して、あの生き物の細胞の再生力や不死の秘密を解き明かせばいい。もちろん、それは最後のオプションであって、生きたターゲットを捕獲することに全力を尽くすつもりに変わりはないが」

じっと息を殺して、ことの成り行きを見守っていたスティーブンが、クリスターのもらした、思いもよらぬ言葉に、はっと息を飲んだ。カーイの体を破壊するだと?

この発言に衝撃を受けたのは、無論スティーブンだけではなかった。強烈な平手打ちを食らったかのように、パリーの顔は、一瞬さっと青ざめたかと思うと、見る間に、朱の色に染まっていった。

「あの生き物を破壊するだと?!そんなこと、させるものかっ!」

我を忘れたかのように、パリーは、クリスターのもとに駆けより、今にも掴みかからんばかりに詰め寄った。クリスターは、何か言いたげなジェレミーの肩をそっと押して、若者から離れ、パリーの前に進み出た。

「それを決めるのは君ではない。私だ」

「なっ…貴様なぞ、ただの戦争屋じゃないか。このプロジェクトの責任者は私なんだぞ。おまえらごときクズの傭兵に好き勝手し放題にされて、あの貴重な発見をみすみすふいにしてしまうことなど、できるものかっ」

ほとんど優しいとさえ言える微笑みを薄い唇にうかべ、クリスターは、近くのデスクの上にある何かを取り上げようとするかのような素振りで、ちょっと身を低くした。

次の瞬間、鋭く振り上げられた手が、いまだに何かをしゃべりつづけているパリーの顎に見事に捕らえた。鈍い音がして、パリーの顎は砕け、痩せぎすのその体は、血反吐を吐きながら、文字通り吹っ飛ばされて、床の上にどさりと投げ出された。

「すげ…」と、普段物静かなクリスターのすごい豹変ぶりに、一瞬作業の手も止めて、呆気にとられていた傭兵達のうちの誰かが呟いた。それから、わあっというような歓声があがる。皆、パリーの存在には、相当な苛立ちを覚えていたので、クリスターが彼を殴り飛ばしたことには、胸がすかっとしたのだ。

「軍人がか弱い民間人に手を上げるのも、どうかというものだが」と、口から血の泡を吹いて、床の上に伸びているパリーを平静に見下ろしながら、クリスターは、すまして、言った。

「我慢できなかった」

それから、笑いをうかべて頷いたり、手を叩いたりしている傭兵たちに顔を向けて、冷然と命じた。

「ここに転がしておくのも、目障りだ。隣の部屋にでも、放りこんでおけ」

男達は、ほとんど嬉々として、力を失ったパリーを抱え上げて、彼らが控え室として使っていた隣部屋に運んでいった。

「クリスターさん」

自分が殴り倒したパリーのことはすぐに忘れてかのように、装備にかかろうとするクリスターの背に、その時、ジェレミーの思いつめた声がかけられた。

「俺も、連れていってくださいっ。父さんの仇を取らせてください」

クリスターは、ゆっくりと振りかえった。ジェレミーは、泣きはらした目に、激しい瞋恚と憎悪を燃やして、掠れた声で、尚も続けた。

「絶対に許さない、あの化け物…殺してやる…殺してやる…」

クリスターは、危なげなものを見るかのように、眉をひそめた。

「ジェレミー、君を連れてはいけない」

「どうして?!」

「ベンが、君をここで戦わせることを望んではいなかったからだ。死んだ友人の遺志は、私も尊重したい」 

ジェレミーは、ぐっと詰まったが、その紅潮した顔からは、復讐の決意は消えてはいなかった。そんな若者の、再びつのってきた悲しみと怒りに震える肩に、クリスターは、手を伸ばして、触れた。ジェレミーは、何かしらはっとして、クリスターの琥珀色の瞳を見返し、いつもはもっと冷淡で、取りつくしまもないくらいによそよそしい双眸が、今は暖かい気遣いと優しさに満ちていることに、幾分動揺した。

「それに、君には他に頼みたいことがある。司令室を離れる私の代わりに、これらシステムの管理を任せたいんだ。ターゲットの位置を正確に掴んで、我々を誘導し、必要ならば、トラップの爆破も頼むことになるかもしれない。他の誰にも頼めない、私の仕事を助手として手伝ってきてくれた君だから、任せられるんだ」

傭兵を目指すジェレミーにとって、理想とも目標とも考えて崇拝しているクリスターの言葉は、本人が意識している以上の効果を及ぼしたようだ。父親の仇を打ちたいという気持ちが弱まったわけではないが、クリスターに逆らいつづけることもできなかった。ジェレミーは、クリスターの視線を避けるように、当惑気味に顔をうつむけていき、初めに比べれば随分弱々しい声でつぶやくように言った。

「クリスターさん…そんなふうに俺を持ち上げて、丸め込もうとしたって…駄目ですよ」

「丸めこもうとしているのは事実かもしれないが、実際、ここは君に任せたいと私が思っていることも本当だよ」

黙りこむ若者の肩を軽く叩いて、クリスターは、付け加えた。

「ベンの仇を取りたいという君の気持ちはよく分かる。だからと言ってターゲットを殺させることはできないが、可能ならば、何らかの形で君に復讐する機会をあげるよ」

「復讐の機会を…」

じっとその言葉を噛み締めているジェレミーに頷きかけて、そこから離れると、クリスターは、自らも素早く必要な武器を選んで装着した。背中にSPAS−12ショットガンを背負い、更にMP−5サブ・マシンガンを携行することにした。腰には、既にデザート・イーグル50口径がある。手榴弾を1ダースに予備の弾薬も準備した。もちろん、補給を待っている弟のためにも、武器を選ぶことを忘れてはならない。

武装を完了すると、揃って待ちうける傭兵たちに向き直った。

「これより先発隊の救援及びターゲットの捕獲に向かう」 

「おおっ」と、クリスターの言葉に、完全武装した傭兵達が、意気盛んなときの声を上げた。

その様子に満足そうに頷くと、クリスターは、くるりと背を向けて、足早に扉に向かった。その後を、すかさず傭兵たちも追う。

スティーブンは、部屋の隅で、相変わらずスルヤの傍らにじっとついたまま、息を詰めて、その様に見入っていた。レイフに続いて、クリスターまでもが、出撃する。カーイを仕留める為に、新たにより強力な武器を携行し、新たな兵士を引き連れて、その冷徹な頭の中では、カーイを本当に殺す可能性までも視野に入れて。

「ク、クリスターさん、気をつけて!」

思い出したかのように、慌てて、そう叫ぶジェレミーの声に応えたのは、出撃して行った兵士達が開け放った扉が、再び閉じられる音だけだった。


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