愛死−LOVE DEATH−
第十二章 罠
ニ
「本当に大丈夫なんですか?」
その日、学校に行く準備をするスルヤを、カーイは、おろおろと、心配そうに見守っていた。
「もう一日、休んだ方がいいんじゃないですか?熱だって、まだ完全に下がりきってないのに…」
「でも、今日はどうしても休めないクラスがあるんだ。大丈夫、熱だって、随分下がったし、一日くらい平気だと思うよ。もし気分が悪くなるようなら、そのクラスだけ受けて、途中で帰ってくるし」
「解熱剤は持ちましたか?その…本当に学校まで送らなくていいんですか?何かあったら、すぐに家に電話をして下さい、車で迎えに行きますから」と、最近レンタルして、車庫になおしてあるボルボを思い出しながら、カーイは、言った。
「ありがとう、でも、学校まで送り迎えって何だか恥ずかしいし、いいよ」
恋人である自分に送迎されることの一体どこが不満なのだと、カーイは、少しむっとしたが、スルヤと朝からこんな下らないことで喧嘩をする気にはなれなかったので、おとなしく黙っていた。
「心配してくれて、ありがとうね、カーイ」と、恋人の心配を分かっているのかいないのか、スルヤは、無邪気に笑って、いつも通り、「行ってきます」のキスをしようとしたが、
「あ、風邪をうつしちゃまずいよね」と、途中で身を引いた。
風邪なぞうつるものかと、カーイは、スルヤの腕をぐっとつかんで引き寄せ、その唇に、朝にしては幾分濃厚なキスをした。
「何だか、また少し熱が上がってきそうだよ…」
カラメル色の頬をぽっと赤らめて、溜め息混じりそう呟くと、スルヤは、口の中で小さく「行ってきます」とつぶやいて、ふらふらと家を出て行こうとした。
「スルヤ…!」
とっさに、カーイは、スルヤを呼びとめていた。
「何?どうしたの?」
カーイの声が妙に切迫して響いたことに驚いて、スルヤは振りかえる。カーイは、当惑したように、己の口許を押さえた。
「いえ…何でもありません」
どうしてスルヤを呼んだのか、自分でも分からなかった。
「気をつけて、行ってらっしゃい」
無理して微笑むカーイに、スルヤは不思議そうに首を傾げたが、時間に追われるように、やがて家を出ていった。
(スルヤ…)
恋人を玄関先まで見送ったカーイは、スルヤが出ていった後もしばらくそこに佇み、遠ざかっていく足音に耳を傾けていた。今からでも、追いかけて行って、家に連れ戻したい気分だった。一体、何をこんなに心配しているのだろう。幾ら人間の体のことはよく分からないとはいえ、風邪くらいで大げさではないか。いや、違う。そんなことではなくて、カーイは、ただ自分の目の届かない所にスルヤを一人でやるのが不安なのだ。ここしばらくずっと、スルヤが帰ってきてその無事な顔を見るまで、カーイは安心できなくなっていた。一体、何にこんなに怯えているのだろう。この不吉な影のような不安感は、いつからカーイに取りついたのか。
初めに思い出したのは、スティーブンの顔だった。スルヤの話では、この所フラットにも戻らず、すっかり行方知れずになっているという。一体、どこで何をしているのか。カーイを邪魔する為の悪巧みをしているのではあるまいか。こんな強迫観念じみた不安感に取りつかれることになるくらいなら、あの時、思いきって殺しておけばよかった。スルヤの親友だからといって遠慮するなんて、自分の馬鹿さ加減に目眩がするほどだ。しかし、本気で、あんな取るにたりない若者一人を恐れているわけではあるまい。
(どうして、こんな…)
カーイは、ふいに寒気を覚えたかのようにブルリと身震いをして、己の体に両腕を巻きつけた。
(何かがひっかかる…何だかとても大切なことを忘れているか、見落としているような……)
警告。
カーイの奥深い所から、またあの信号が発せられている。ここを離れろ。危険が迫っている。早く、ここを離れろ。
カーイは、何かしら追いつめられたような気分だった。本能に逆らう、この思いの強さに、我ながら呆れていた。
(スルヤを残しては、行けない)
恋に捕らわれた吸血鬼は、己を導く古い血の声から耳をふさぎ、いずれは恋人を殺してここを去ることになるのだという逃れられない現実からも目を反らそうとしていた。
人間のように心弱くなっていた。
そう、その姿は、もはや狩人とは言えなかった。
風邪でぼうっとする頭を抱えながら、何とかその日の授業を全てクリアーしたスルヤが、教室を出ようとした時、彼は、はっとなって立ちすくんだ。教室の出口の所に、懐かしい友人が、彼を待ちうけるかのように佇んでいたのだ。
「ス…スティーブン…!」
スルヤは、そう叫んだ後、しばし、絶句した。それから、弾かれたようになって、スティーブンの元に駆け寄ってきた。
「久し振りだな…スルヤ…」
スティーブンは、何と続ければいいのか分からなくて、黙りこんだ。
「スティーブン」
スルヤも、その大きな目で、ひたすら友人の幾分やつれたように見える顔を見つめるしかできないでいたが、やがて、スティーブンの左手に巻かれた包帯に気がついた。
「手を、どうかしたの、スティーブン?」
心配そうなスルヤの声にスティーブンも我に返る。
「ああ、ちょっとした事故でな」
「事故?もしかして、それで、学校を休んでいたの?」
「まあ、そんなとこだな。でも、もう大分よくなっているんだ。色々心配させたみたいで、すまなかったな」
「手紙、書いたんだよ?」
僅かに首を傾げて、相変わらず澄み切った黒い瞳に問いかけるよう表情をうかべるスルヤから、スティーブンは、とっさに目を反らしたくなった。別に後ろめたいことをしていたわけではない。スティーブンは、このかけがえのない友人を守る為に、必死にあがいていたのだ。だが、このまっすぐな澄んだ目を前にすると、自分の中にわだかまる、単に親友を守りたいだけの気持ちだけでは説明のつかない屈折した感情が、恥ずかしくなるのだ。
「ああ、知っているよ。今朝、久しぶりにフラットに戻った時に、読んだ。それで、どうしてもおまえの顔が見たくなって、ここに来たんだ」
スルヤは、自分の気持ちがやっと親友に届いたことが嬉しくて、ぱあっと輝くような素直な笑みをうかべた。本当に、何と優しくて、綺麗な心を持った生き物なのだろう。この世界で生きるには、たぶんきっと優しすぎる。
「スルヤ、今日は俺に付き合ってくれないか。俺も、おまえのことはずっと気になっていたし、色々話したいこともあるんだ…いいだろう?」
そう言われた瞬間、スルヤの脳裏に、心配そうな、咎めるようなカーイの顔がうかんだが、やっとスティーブンが姿を見せてくれたことが嬉しくて、このまま彼を逃がしたら、またいなくなってしまいそうな気がしたので、その申し出に、素直に頷くことしかできなかった。
「いいよ、スティーブン」
頬がかっかと熱っぽいのを意識した。少し熱が出てきたのかもしれないけれど、解熱剤を飲めば、大丈夫だろう。
スルヤは、スティーブンに連れられるまま、学校を後にした。
コックス会長に呼び出され、戻ってきたクリスターを、会長の私室前から続く廊下で、パリーは、待ち伏せていたように捕まえた。
「クリスター」
パリーの呼びかけに、クリスターは、チラリと目を向けるが、あまり興味を引かれた様子もなく、無言のまま通りすぎようとする。おいおい、その態度はないだろうと、パリーは思った。
「コックス会長から、話は聞いたんだろう?」と、軍人らしいきびきびとした足取りで歩いていくクリスターの後を、パリーは、半ば小走りになりながら、追いかけた。
「今回のミッションにおける会長の意向を再確認させられたよ」と、およそ感情というものを欠いた声が言うのに、パリーは、どんな気分だと思わず尋ねそうになるのを、ぐっと飲みこんだ。それは、さすがに露骨過ぎる。
「君の意見に忠実に従うようにとも念を押されたね」
パリーは、内心ほくそえんでいた。クリスターめ、やせ我慢をしているのだろうが、実際は悔しくて仕方がないことだろう。
「だから、言っただろう?おまえ達のしようとしていることは、会長の意思を無視した暴走なんだ。これだから、戦争屋なんてものは困る、無傷で捕らえろと命令されても、相手を殺して仕留める方に、ついつい気持ちが傾いてしまうんだからな」
それから、大きく息を吸いこみ、意識して強圧的に響くようにしながら、告げた。
「ともかく、プロジェクトの主任としての私の言葉には従ってもらう。これは、会長の命令だと思ってくれ。ターゲットを破壊する恐れのある爆薬、破壊力のあるダブル・オー弾や12番径単体弾の使用は禁じる」
「なるほど」
クリスターがあっさりと答えたことにむしろパリーは拍子抜けしたくらいだった。それから、急に不安になった。
「クリスター、これは、会長の命令なんだぞ」
「コックス会長とは、私も先ほど話し合ったばかりだよ。私は、彼女の望みを理解しているし、その為に最善を尽くすと答えた。引き受けた仕事に対しては、プロとして責任を持つつもりだ」
パリーは、クリスターの言葉の意味するところをじっと考えこんだ。パリーに対して素直に恭順するこということなのだろうか。だが、相変わらずの威圧感に満ちたクリスターの物腰に接していると、どうも、そんな気はしない。
言い方ことは山ほどあるが、どう続けたらいいのか分からなくて、パリーは、クリスターの冷たい背中を睨みつけながら、その後をずっとついていった。
やがて、彼らは階下に向かい、屋敷の裏手に続く扉の一つから外に出ていった。裏庭には、既に傭兵達が待機していた。人種も国籍も様々な連中が、それぞれ思い思いの戦闘服に身を包み、武装して、後は指揮官が現れるのを持つばかりと、闘争心をみなぎらせながら、待ち受けている所に近づいていくのは、普通の民間人にはなかなか勇気のいることだった。
「クリスター、遅いぞ!」と、野太い声で叫んだのは、オルソン兄弟とは旧知のアイルランド人のベンだ。
「すまない。コックス会長に呼び出されてしまってね」
「これから仕事に出かける間際になって、一体、何事だったんだ」
パリーは、クリスターを追いかけて傭兵達の集まりに入っていくことはさすがにできなかったが、そのまま立ち去ることもできず、やや離れた所から、憮然とした顔をして、彼らを胡散臭そうに睨みつけていた。
ふと、パリーは、この場にレイフが、いないことに気がついた。それは、パリーにとっては、むしろほっとさせられることだったが、同時に、いつもべったりの双子の兄と傭兵仲間が今まさに出撃しようという時に、どこで何をしているのかと、訝しくも感じられた。
クリスターの方に視線を戻すと、彼はベンと話し込んでいて、それから、ふいにパリーの方を振り返って、二人で何やら囁きあった。パリーは、背筋がもぞもぞするような嫌な気分だったが、まだクリスターに対して言いたらないことを抱えたままで、立ち去るのも惜しかった。
「よし、皆、聞いてくれ」
クリスターが、よく通る声でそう声をかけると、それまでわいわいと騒がしかった傭兵達がしんと水を打ったように鎮まりかえった。クリスターには、一瞬にして他人を、癖のある百戦錬磨の傭兵達でさえ従わせる、天性の指揮官の資質があるようだった。
「我々はこれよりトラップ・ポイントに移動する。今更確認するまでもないが、今回我々がターゲットにする相手は、今まで戦ったことのない未知の敵だ。悪戯に恐れる必要もないが、油断は禁物だと、充分己に言い聞かせて、仕事にかかってくれ」
傭兵達が、それぞれ違った言語で、準備万端であることを伝えると、クリスターは、更に、これからの仕事について手短に注意事項を伝えた。
「…最後に、使用する武器についてだが、若干の制約を設けなければならなくなった。これは、雇い主であるコックス会長の意向によるものだ。当初、携帯を許されていた手榴弾、SPAS‐12ショットガン、ダブル・オー弾と12番径単体弾の使用は、指揮官である私が許可を出すまでは禁止とする。…ベン、悪いが、この場で支給されている分を回収してくれ」
この御に及んで武器に関して上から待ったがかかることに傭兵達は、一瞬当惑したようだが、指揮官の命令には素直に従って、大型のショットガンをライフルやピストルと交換したり、弾薬を渡したりしていた。その様子にパリーは、満足そうに頷いていた。クリスターが自分の言葉に従って動いているのを見ることは、何とも気持ちがよかった。
いかにも筋金入りの軍人らしく背筋をすっと伸ばした姿勢で腕を組み、傭兵達が命令されたとおりに装備を変更する様子を見守る間、クリスターは、パリーのことなど忘れ去ったかのように一瞥も与えなかった。しかし、その副官であるベンは、傭兵達の武器を回収しながらも、ちらちらとパリーの方を見やっている。彼が数名の傭兵に何やら意味ありげに囁きかけているところも見はしたが、パリーは、クリスターの冷徹な背中にばかり目がいっていて、そちらにはあまり注意は払っていかなった。
だが、いきなりそのクリスターが、こんなことを言い出したのには、パリーも、相当泡を食らった。
「それから、今回のミッションにこのパリー研究員も同行することになった。武器の使用も含めて、いかにこのターゲットを攻略するか、科学者としての彼の意見を取り入れることとする」
すべては予め想定されていたオプションなのだというように冷静な口調でそう告げるクリスターに、一瞬傭兵達もパリーも何を言われたのか分からなかったくらいだった。
「ちょっ、ちょっと待ってくれ、クリスター!」
瞬間頭の中が真っ白になっていたパリーが、はっと身震いすると同時に、動転して、叫んだ。
「どういうことなんだ?私がおまえ達にに同行するだと…そんな話、私は全く聞いていないぞ!」
クリスターは、肩越しにパリーを振りかえった。何の興味も関心も抱いてはいない、取るに足りないものを見るかのような目つきに、頭に血が上りかけたパリーも、冷たい水を浴びせかけられたかのように一瞬で青ざめて、口をつぐんだ。
「コックス会長の判断だ。先ほど話し合って、こういうことになったよ。出発前の差し迫った時だったので君をわざわざ呼んで同意を得る手間はかけられなかったのだが、君も、会長の命令を遵守することについては無論異論はないだろう?」
「し、しかし、私は、科学者で研究者だ、お前らのようなならず者達とは違う…吸血鬼の捕獲など、そんな危険な仕事に関わってなど、いられるか!それは、おまえ達プロの仕事だろう!」
研究員という立場を超えて、傭兵達の仕事に首を突っ込んできたのは他ならぬ自分だという事実を棚の上にあげて、パリーは、そう訴えた。口はたっぷり差し挟むが、自分をそんな危険に巻きこむのは真っ平だと尻ごみしている態度は、傭兵達に失笑の買うものだった。
「武器の使用について、会長に進言したのは君だそうだね、パリー」と、怒りどころか何の感情の片鱗も覗えない穏やかなクリスターの声に、パリーは、銃口を頭につきつけられたような恐怖感を覚えた。
「現場の責任者としては、受け入れがたい意見だったよ。こちらは、当初から、仕事については全ていいように任されていたのだからね。しかし、会長の懸念ももっともだと思った。だから、君をアドバイザーとして同行させ、その意見を仰いだ上でなら、封印した武器の使用を認めるということで、妥協したんだ。さあ、私の仕事を妨害しようとした責任は取ってもらうよ」
クリスターが合図をすると、ベンが先ほど囁き交わしていた傭兵達二人が、無言のまますっとパリーに近づいて、その腕を左右から取った。
「さあ、先生、行こうか?」
「特等席にご案内しますよ?」
「な、何をする?離せ!離せ、この野蛮人ども!」
パリーは必死の形相で暴れるが、屈強な傭兵達は、赤ん坊の手をひねるような簡単にパリーを押さえつけ、裏庭に停車してある黒塗りの大きなバンの一つに引きずるように連れて行き、荷物のように、その中に文字通り彼を放りこんだ。なおも抗議の声をあげつづけるパリーとその後に続いた二人の傭兵達を乗せて、バンのドアは、無情にも閉じられる。
その様子を、クリスターは、別段おもしろくもなさそうに見ていた。それへ、今まで呆気に取られてことの成り行きを見守っていた傭兵達の何人かかがつめよってきた。
「あの青びょうたんを俺達のミッションに同行させるだって?」
「あいつのアドバイスなんて必要ありませんよ。邪魔になるのが分かってて、あんな奴を連れていくって言うんですか?」
クリスターは、彼の指揮官としての判断を疑うような眼差しでじっと己を覗う顔を平然と眺め回した。それから、ふいに冷たい無表情を崩し、どことなく彼の弟を思わせる、悪戯っ気を帯びた、悪そうな顔でにやりと笑って見せた。
「パリーの同行は、会長を立てるための形に過ぎないと思ってくれればいい。いざ戦闘になってしまえば、こっちのものだよ。パリーにアドバイスなどできるはずだないだろう、後方で震えあがっているのがおちさ。あのようにおしゃべりな男だから、君達にうるさい思いをさせてしまうだろうことはすまないが、あまり彼の「口」害が、ひどいようであれば、黙らせるだけさ」と言って、指で銃を撃つような仕草をした。すると、傭兵達も納得したのか、にやにや笑いながら、あっさり引き下がった。実際パリーに何かができるなどと、本気で思っているものは一人もいなかったのだ。
近づいてきたベンが、やれやれと肩をすくめながら、言った。
「企業づとめっていうのも大変だな。あんな阿呆の相手もいちいちしなけゃならんのだから」
「ああ」と、クリスターは苦笑した。
「そろそろ転職の時期かもしれないね。コックス会長は、なかなかいい雇い主だったのだけれどね」
「全く、あのパリーって奴は、たまらん男だな。ことあるごとに、おまえさんに絡んでくる…それで結局墓穴を掘るだけなんだが、絡まれるおまえも、いい加減、たまらんだろう」
「どうせ、今日、明日くらいまでの付合いだと思って、我慢するさ。それとも、あんまりうるさかったら、本当に始末してしまおうかな。トラップと一緒に吹き飛ばしてしまってもいいかもしれないね。ミッションに、犠牲者はつきものだから」
まるで明日の天気も話でもするような軽さで、そんな物騒なことをいうクリスターを、ベンは、背筋に寒いものを覚えつつ、見守っていたが、やがて、思い出したように言った。
「そう言えば、こんな時にレイフはどこに行ったんだ?パリーがついてくるなんて、奴がここにいたら、許さんだろう…血の雨が降っているところだぞ」
「レイフは、後で私達に合流することになっているんだ。そうだね、確かにパリーが一緒に来ていることを知ったら、弟は大騒ぎをするだろうが…仕方がないさ」
そう言って、クリスターは、他の傭兵達は既に乗りこみ、エンジンをかけて待っている三台のバンの方に向かった。うち二台は、武器弾薬と共に傭兵達が乗りこみ、後の一台は、捕獲したヴァンパイアの移送用となっている。座席を取り外した車の後部は、これもまた今回のミッションのためにアメリカから取り寄せた移送用の装置が占拠していた。吸血鬼が眠るべき「棺」と呼ぶにはあまりに無機質な、分厚いチタン製の冷凍睡眠用のカプセルと液体窒素のボンベが二本。なかなかの重量だ。
傭兵達が待ちうけるバンに乗り込む際、クリスターは、その移送用のワゴンをチラリと見やった。今夜遅くか明日の早朝までに、ここに戻ってくる時には、彼が仕留めた獲物がこの中に捕らわれているはずだ。それを引き渡した時点で、彼の仕事は終了となる。
その後、コックス製薬があの生き物をどう扱うかは彼が関知する所ではなかった。あまり知りたくもなかった。野生の獣は自然にあってこそ美しいのであって、檻に捕らわれて人間に飼われている姿は憐れみを誘う。あのヴァンパイアのそんなふうな姿は、見たくはない。クリスターの関心は、人知を超えた力を持つ不死の生き物と戦い、仕留める、その刺激に満ちた過程であって、パリー達のような科学という大義名文を与えればどんなに残酷なことも平気でやってしまう人種の手に、あの神秘的で美しい生き物を引き渡すことについては、抵抗がないわけではなかったのだ。
(いや、そんなことは、もう考えるな。私は、私の獲物を狩るだけだ)
らしくもない感傷に束の間浸っていた自分を笑い飛ばして、クリスターは、もとの厳しさを取り戻すと、車の中に乗りこんだ。
プロのハンター達を乗せて、三台のバンは静かに裏庭から発進した。