天使の血

第七章 夜明け前


「ミハイが急死したと聞いた時はもしかしたらそなたが手にかけたのかとも思ったが、自刃したとはな」

 自殺したミハイを埋葬した日の夜、オルシーニをボルジア枢機卿が訪ねていた。人払いをした、オルシーニの私室である。

「まさか、あんな思いきった真似をすると私は思わなかった…追い詰めるつもりはなかったのだ」

 ミハイの死の衝撃に打ちのめされているオルシーニをボルジアはどこか冷たい目で見た。

「そなたが彼を死に追いやったとして、それが何だというのだ? 助かる道はあったものを自ら死を選んだのは彼ではないか。大体、このような残念な結果を招いたのはミハイなのだ。せっかくおまえが目をかけて取り立ててやったものを裏切った…同情は無用だぞ、ルカよ。そなたはあまりにもあの若者に心を捕らえられてしまった。それこそがミハイの罪なのだ。神に仕える者を惑わした罪の報いなのさ」

 オルシーニは暗い目をボルジアに向けると、うつろな声で呟いた。

「ああ、そうだな…私を誘惑し堕落させたのはミハイなのだ…私は悪くはない…」

 魂を抜かれたようなオルシーニの様子に、ボルジアは密かに舌打ちをした。

「まあ、あまり気落ちせんことだ。たかが歌手1人のことなど、そなたはじきに忘れられる」

 ボルジア枢機卿はオルシーニの気持ちを他に向けようと他愛のない話をその後しばらく続けたが、どうやら彼がそれ以上答える気力もないことを知ると諦めた。最後にボルジアはオルシーニの肩を慰めるように叩いて、部屋を後にしたが、扉の外で彼がつき従う従者に語り聞かせるふうでもなく溜め息混じりに呟いた言葉はオルシーニには無論知る由もなかった。

「気に入りの歌手を1人なくしたくらいであの嘆きようとは我が盟友ながら情けない。ミハイの裏切りを知ればさすがに目が覚めて本心に立ち返るかと期待したが…案外心が弱かったようだな。世俗の権力であれ神の名の下におけるものであれ、頂点を極めたいのなら余分なものは切り捨てて身軽にならねばならん。もう少し賢い男かと思っていたが、ルカの阿呆め、あれではとても一番上まで登りつめることなどできまいさ」

 一方、部屋の中に1人残されたオルシーニは広々とした居間を虚脱した顔で眺め回した。暖炉の中でパチパチと薪が爆ぜ崩れる音にびくっとして振り返る。

 神経質に震える手で己の顎に触れ、オルシーニは部屋の片隅にわだかまる影を不安に駆られた眼差しで見やった。

「私のせいではない」

 己に言い聞かせるように呟いて、オルシーニは肘掛け椅子から立ち上がり、奥の寝室に向かった。

 オルシーニが部屋に入ると、従者が灯しておいてくれたはずの燭台の灯りは消えていた。暖炉の中でも既に炎は死にかけている。

 再び火を起こそうとオルシーニが暖炉に近づいた、その時、彼は窓にかかるカーテンの傍に誰かが佇んでいることに気づき、息を飲んだ。

「な、何者だ?!」

 震える声でオルシーニが呼びかけると、相手は動いた。暖炉の中で消えゆく炎がその姿を淡く照らし出した。夜の闇にうかびあがるは、鈍い金色に輝く髪をした長身の若者。涙の跡の残る蒼白の顔は今はあらゆる表情を消して暗く凍てつき、その瞳だけが激しい瞋恚の炎を奥底に燃やしていた。

「天使さ」

 オルシーニの誰何の言葉を受けて、レギオンは淡々と告げた。

「おまえの死の時を告げるためにやってきた」

 レギオンが酷薄な笑いに唇を歪めると、鋭く伸びた牙が唇から覗いた。

 それを見た途端、オルシーニはほとんど本能的に逃げ出そうとした。扉に向かって脱兎のごとく駆け出すが、目にも止まらぬ速さで動いたレギオンがその行く手に立ちはだかる。

 レギオンに胸をつかれて、オルシーニの体は跳ねとび床の上に無様に転がった。

「ひぃ…た、助けてくれ…」

 オルシーニが床の上を這いながら助けを求めて空しく虚空に手を伸ばすのを、レギオンはしばし冷然と眺めた。

「ミハイを殺したおまえにかける情けなどない」

 レギオンはその言葉を口にするのが苦痛だといわんばかりに顔を歪めると、床を這いながらやっと壁にたどり着き、それにすがりつきながら身を起こそうともがいているオルシーニにつかつかと近づいた。

「貴様だけは許さない」

 呪詛を含んだ声で呟くや、レギオンは振り上げた拳を壁についたオルシーニの右手に振り下ろした。ヴァンパイアの一撃にオルシーニの手の骨は鈍い音と共に砕けた。

 苦悶の悲鳴をあげるオルシーニにレギオンは目を細めた。

「本当ならもっと時間かけていたぶり殺してやりたいところだが…ここでは物音や悲鳴を聞きつけた人間達がすぐに駆けつけてきそうで面倒だ。一思いに殺してやることをありがたく思え。そして、せめて…もしもおまえが行き着く世界でミハイと会うことがあったなら、彼に一言わびるんだな」

 レギオンは一瞬言葉を切り、絡み付いてくる何かを払いのけようするかのごとく頭を振った。

 傷ついた右手を押さえながら床にうずくまって呻いているオルシーニを見下ろす、レギオンの瞳が刃のようにきらめいた。

 レギオンは再び手を振り上げた。今度は確実に殺すつもりでオルシーニの頭に振り下ろそうとした、その瞬間、何かがレギオンの体を突き飛ばした。

 思わずよろめいて後ろに下がったレギオンは、顔を上げて唖然となった。

 忽然とそこに現れオルシーニを隠す壁のようにして立つ、黒い外套に身を包んだ痩躯をレギオンはきっとなって睨みつけた。

「サンティーノ」

 サンティーノがなぜここに現れたかを詮索するよりも、単純に邪魔をされたことに腹を立てて、レギオンは怒りを含んだ声で恫喝するように囁いた。

「そこをどけ」

 だが、手負いの虎のようなレギオンを前にしても、サンティーノは動じず、凪いだ水面を思わす静かな顔でそっと告げた。

「駄目だよ、レギオン。この男を殺させる訳にはいかない」

 レギオンは一瞬我が耳を疑った。

「何を言っている。その男は私の獲物だ。ミハイを…死に追いやった憎い敵だ。私には復讐の権利がある。サンティーノ、たとえ君でも邪魔をするなら許さないぞ」

 ふつふつとたぎる激情をレギオンがかろうじて抑えこんだのは、サンティーノに対する友情からだったが、実際オルシーニの命がすぐ前にあるのに奪えない苛立ちに逆上しかかっていた。

「レギオン、君の気持ちは分かるつもりだよ。君が覚えている痛みがそれで楽になるのなら復讐させてやりたいけれど、たぶんそうじゃないだろう? 君がどうしても許せないのは、ミハイの身に迫る危険に気づかず、彼が自刃することを止められなかった自分なんだから」

「うるさい」

 レギオンは殺気だって、物騒に目を細めた。

「そんなことはどうでもいい! 私はそいつの血を見たい。ミハイが流した血がその畜生の命であがなえるとは思わないが、それでも…そいつだけが誰にも罰されずにのうのうと生き続けるなど、許せないんだ!」

「所詮は人間の短い一生、僕達が瞬き1つする間に消えているよ」

「そんなまやかしの言葉で私を煙に巻くな。大体、なぜ君がそいつを庇うんだ、君には関係ないだろう!」

「こんな男でも一族が協定を結んだ重要人物だ。掟によって守られている。オルシーニに手を下せば、君が一族を敵に回す」

「一族がどうした! サンティーノ、君は私の味方のような顔をしながら、そのくせやはり一族の意向などを気にするのか。一族なんか、くそくらえだ! 君が私よりも一族につきたいのなら構うものか、それなら君も私の敵だ」

 レギオンは腹立ち紛れに近くにあった小卓を素手で叩き壊した。その剣幕に、サンティーノの足下にはいつくばって息を殺していたオルシーニが頭を抱えて悲鳴をあげた。

「一族だって?」

 サンティーノはオルシーニには目もくれず、レギオンが一瞬怯むほどの真摯で誠実な態度で言った。

「今更一族が僕にとって何だと言うんだい? 僕がそんなものを気にかけると? ましてや、この男のために命乞いなどするとでも思うのかい、レギオン。僕がこうするのは君のためだ。僕がこの世の何よりも愛し大切にし守りたいと思う、君のためなんだよ」

 レギオンは慄いたように目を見張り、とっさにサンティーノから顔を背けた。

「そんなこと…今の私に言うな…」

 訳の分からない感情が胸から込み上げて、目の奥がずきずきと熱くなった。レギオンは気持ちを静めようと息を吐いた。

「もしも本当にそう思っているのなら、私のために目をつぶれ。私はそいつを殺す」

 そう吐き捨てるや、レギオンは軽々と跳躍してサンティーノの後ろに隠れているオルシーニに襲い掛かろうとした。だが、これもオルシーニを守るように動いた彼に阻まれてしまう。

「いい加減にしろよ」

 レギオンの口元が憤怒のあまりに震えた。

「私に叩きのめされたいか」

 言うや否やレギオンはサンティーノに飛びかかった。だが、いつもは簡単に屈服させられるはずの相手は、さっと身をかわしたかと思うと反撃してきた。つい油断したレギオンは逃げきれなかった。

 サンティーノの手が頭に軽く触れた瞬間、レギオンは雷に打たれたような衝撃に震え、よろめきながら後じさりした。

「この…」

 レギオンは頭を押さえ荒い息をしながら、サンティーノを火のような目で睨みつけた。

「反則だぞ、こんな…どうしてミハイの幻など私に見せる!」

 サンティーノは一体自分に何をしたのか。一端は胸の奥深くにしまいこむことに成功した悲しみが再び噴き上がって、抑えることができない。レギオンは感情を制御できなくなっていた。

「どうして―」

 レギオンは声を震わせた。熱いものが目からあふれ出し頬を濡らすのを呆然と感じていた。

 ミハイ、ミハイ…。君はもういない。誰に復讐しようが、君は戻らない。

「レギオン、もういいだろ? ここを出よう」

 サンティーノがなだめるように手を差し伸べるのをレギオンは荒々しく払いのけた。

「私に触るな! この嘘つきめ!」

 この瞬間、レギオンはオルシーニのことも忘れ果てるほどサンティーノを憎んだ。

「おまえのことなど信頼した私が馬鹿だったんだ。そんな優しい顔をして、私を心配しているふりをして、どうせいい気味だと思っているんだろう。そうだ、おまえはミハイに嫉妬していた…彼のことを嫌っていたんだ」

 人が時としてもっとも近しい存在に対し真に残酷なことを口走るものであるように、レギオンはサンティーノに向かって口汚く喚き散らした。

「レギオン…」

 さすがにサンティーノは衝撃を受けたのか、僅かに顔を強張らせた。

 それを見た瞬間、レギオンは思わず顔を背けた。唇を噛み締めた。

「違う、そんなことじゃない…私はただ…」

 熱い涙が零れ落ちるのを押さえようと、レギオンは手を上げた。

 サンティーノが堪えきれなくなったように近づこうとするのをレギオンは鋭く睨みつけた。険しい顔は次の瞬間には、どこか怯えた、途方に暮れた子供のようになった。

 レギオンはサンティーノの後ろで息を殺してじっと様子を窺っているオルシーニを見た。またしても胸中が火を噴きそうになったが、溢れ出した悲しみの涙がその憎しみさえも押し流してしまった。

「もう、いい! サンティーノ、私に二度と近づくな!」

 レギオンはサンティーノから目を逸らしたまま、そう叫ぶと、もうこれ以上ここにいるのが耐えられなくなったかのごとく、くるりと背中を向けて逃げ出した。

 サンティーノからも、憎いオルシーニからもレギオンは逃げた。ミハイに二度と会えないという変えられない現実から逃げようとした。

 レギオンはオルシーニの館の壁を抜け、気がつけば外の通りに立っていた。

 灯りのともった館を動揺の残る眼差しでしばし眺めた後、目元を手の甲でぐいっとぬぐい、歩き出した。

 その夜をどこでどう過ごしたのかは、レギオンは後になってもよく覚えていない。

 足の赴くまま街中をさ迷ったような気がする。まるでミハイの影が見出せないかというかのごとく、彼と共に祭り見物を楽しんだあの通りや広場を歩いたり、ミハイが歌った下町の酒場に立ち寄ったり、たぶんそんなことをしていたのだ。

 いかにも打ちひしがれて深い物思いに沈んだレギオンは人間達から声をかけられたり、絡まれたりしたこともあった。一度などは、物騒な細い路地でナイフをかざした物取りに襲われたが、レギオンは軽くそいつを叩きのめした。一瞬命を取ろうかと思ったが、どうせすぐに死んでしまう人間なのだと気がつき逃がしてやった。

 そうだ。レギオンが何をしようがしまいが、人間はすぐに死んでしまう。

 いつの間にか真夜中も過ぎ、通りにはほとんど人の姿はなくなったが、レギオンの歩みは止まらなかった。

 少しずつ、混乱のあまりばらばらになった心がもとに位置に収まり、レギオンはまともに物を見られるようになってきた。

 ふと自分につかず離れずついてくる何者かの気配を感じ苦笑したが、そのままにしてレギオンは歩き続けた。

 夜明けが近づいていた。

 レギオンはローマの街を取り囲む7つの丘の1つを登っていた。荒れた地には古代の建物の基礎や崩れた壁が残っている。今は見る影もないが千年、二千年も前には美しい街とそこに暮らした人間達がいたのだろう。足下に転がる原形をとどめない大理石の塊をレギオンはふと拾い上げてみたが、それはもはやただの石であり、彼に何も語りかけてはこなかった。

 丘を登りつめた所で、レギオンはやっと足を止めた。急にひどい疲れを覚えて、大きなカサマツの樹の下に腰を下ろし、眼下に広がる廃墟とその向こうに見渡せるローマの町並みを眺めた。

 東の空を見やると濃い紫に染まった彼方は曙の最初の兆しを既に見せている。

 レギオンは肩で大きく息をついた。

「出てこいよ。隠れることなどない」

 少し間を置いて、レギオンの斜め後ろにあるローマ時代の倒壊した建物の陰からサンティーノが姿を現した。

「物好きだな」

 そちらをちらりと見ると、レギオンはまたすぐ眼下の風景に視線を戻した。

「あれだけ理不尽に罵倒されたのに、私の後をずっとついてきたのかい?」

 サンティーノは躊躇いがちにレギオンに近づいてくると、その傍らにそっと膝をついた。

 黙ったままのサンティーノが注いでくる気遣わしげな眼差しが何だかたまらなくて、レギオンは吐息をついた。

「悪かった。あの言葉は本気じゃない」

「うん」

「私は動転していたんだ、許してくれ」

「うん…」

 レギオンは微かに目元を震わせ、何かを堪えるように天をあおいだ。肺をぎゅっと絞るようにして息を吐いた。

「どうして私の傍にいてくれるんだ?」 

 膝の上でかたく握りしめられたレギオンの手の上にサンティーノの手が軽く乗せられた。一瞬かっとなって、レギオンはその手を振り払おうとしたが、結局できなかった。

 レギオンは彼から顔を背けたまま、徐々に明るくなっていく東の空をまた眺めた。

 眼下に広がる貴族の館や庶民の家々の屋根を突き出た教会の尖塔を黄金と薔薇色に染め上げていく美しい夜明けを迎えながら、レギオンはこれから先永遠に己が出会うだろう無限の朝を思った。

 そこにはミハイはいない。束の間共有してくれる人間の恋人は現れるかもしれないが所詮永続する恋などないのだとレギオンは思い知った。

「もしも私がミハイの血を奪っていれば、何か変わったかな」

 独り言のようにレギオンはぽつりと言った。

「レギオン」 

 サンティーノが心配そうにレギオンの手をさすった。

「ミハイを殺せたとか殺せなかったとかの問題じゃないんだ。私は、そうしなければならなかったんだ。あんなふうにむざむざ死なせてしまうのではなく、他の誰でもない私が彼をこの手で殺し、血を飲むべきだった。そうすることで彼が駆け抜けた短い人生を、彼の喜びや苦しみを、ミハイの全てを受け取って、この私が彼の命を生きなければならなかったんだ…彼を本当に愛していたのなら!」

 サンティーノが微かに息を吸い込んだ。

 レギオンは込み上げてくる激情の発作に身を震わせ、黙り込んだ。

「私は所詮ヴァンパイアだ」

 レギオンはひどく寂しげな口調で呟き、目を伏せた。

 人間は死ぬ。だが、レギオンは永遠に生き続ける。

「レギオン、大丈夫かい?」

 レギオンが膝の上に顔を伏せてじっと押し黙っていると、サンティーノは彼の肩に慰めるように手を置いた。

「…ミハイに会いたいんだ」

 だしぬけに、レギオンは呟いた。子供のように単純に口走った後、サンティーノの手をそっと払いのけて頭を上げた。

 ローマの町並みの遥か彼方から金色の光が差し込めた。光は次第に広がり世界を明るく照らし出した。

 レギオンはそちらに顔を向けるとしばし魅せられたかのように陽が昇るさまに見入った。

 レギオンの上にも朝陽は降り注ぎ、彼の波打つ金髪をきらめかせた。大きく見開いた双眸を縁取る金の睫毛にも、鮮やかな緑の瞳の上にもきらめく陽光は踊っていた。

 レギオンがふと目を細めると目の縁から涙が少しこぼれた。悲しみの最後の残滓であったのかもしれない。それもまた太陽の雫であるかのように、金色に染まって―。

 涙をぬぐおうともせずひたすら太陽を追っているレギオンを、サンティーノは息を詰めてじっと見守っていた。

「黄金色のレギオン、君は、流す涙さえ光輝くんだね」

 レギオンは物思いから醒めて、サンティーノを振り返った。

「戯言だな」

 レギオンは苦笑した。ここに至って初めてサンティーノの目をまっすぐに見た。

「サンティーノ、言っておくが、私は君に何もしてやれないぞ。待っているだけ損だ。あきらめて他をあたった方が、よほど君のためだよ」

「構わない」

 サンティーノは迷いのない目をしていた。

「君には、永遠に傍に寄り添って見守ってくれる誰かが必要だ。そして、僕にとってもね」

 サンティーノはレギオンの隣に並んで腰を下ろし、レギオンがそうしたように同じ太陽を目で追った。

 これから乗り越えていくだろう気が遠くなるほど多くの夜と朝をレギオンは再び意識したが、今度はそれ程辛くはなかった。

 レギオンはサンティーノに向かってもっと皮肉やからかいを投げかけてやろうとか思ったが、自分の隣におとなしく自然におさまっている彼を見ていると何だか気がそがれて、結局別のことを言った。

「後悔しても、知らないからな」

 レギオンも再び、明るくなっていく空に目を戻した。

 随分長い間レギオンはサンティーノと寄り添いあって昇っていく太陽を飽きもせずに眺めていた。

(今はどれほど哀しみ、怒り、打ちひしがれていても―やがて君は必ず立ち上がる。太陽が没しても朝が訪れれば必ずまた昇るように…。どうか僕の分も生きて欲しい) 

 恋人が胸の奥に残していった甘く苦い恋の印が微かに疼いてレギオンを切なくさせたが、彼はもう泣かなかった。

 その代わり朝の澄んだ光に目が眩んだかのごとく目を細め、レギオンは低い声でつぶやいた。

「眩しい…」

 これから先見つめるだろう幾千万もの、だがレギオンにとって今この時死せる恋人を悼みながら最も近しい友と一緒に追いかけるものと決して同じではない、太陽を思いながら―。


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