3月8日(木)

うとうとしていると、外が白みだしました
そろそろ、4時を廻って、あと何時間かで、バガンに到着予定ですやはり夜は、思った以上に寒く、服を着込んでおいて正解でした。

隣にいた人は、いつの間にかいなくなっていました。
しかし、いつも外国の列車に乗ると思うことは、この人たちはどうやって、自分の降りる場所が判るのだろう?と言うことです。

車内放送もなく、駅の表示時も暗く、国によっては、行き場所によって、乗る場所が決まっていて、みんなこの車両はどこどこ行き と言うようになっていたり(インド)、車掌が起しに着たり(トルコ・ベトナム・エジプト)しかし、今回はそんな様子もない・・・不思議だ・・・そして、次に 思うのは 自分が降りる駅は、どこだ?

たまに、スーート 列車は止まるのですが、ホームも駅舎も暗くて、なおかつ ミャンマー語で表示してあり、まったく読めない、ただいえることは、多分、バガン駅は大きいだろうと言うことだけです。

 キョロキョロしながら、たまに、止まった駅の駅員や、降りていく人に{バガン?」と聞くがみんな、「ウン ウン」と頷くばかりで、あてにならない・・・・結局、今までと違って、ちょっと駅舎が大きくて(ほんの少し)、みんなが降りていく、バガン!と聞くと、そうだ、と頼もしく頷く、これで時間も30分ぐらい予定時間を過ぎているし、これで間違っていても、タクシーかなんかで、何とかなるだろう、と言う根拠で降りました。
どうやら観は、あたったようで ようやく
バガンに着きました
駅舎は、思ったより小さくあっという間に、外に出てしまいました。

バガン区域に入るときに、外国人は10ドル払う

駅の表には、4台くらいの
ピックアップトラックのタクシーが止まっているだけで、閑散としていました。一緒に降り立った、外国人は皆無・・・・・・今は、オフシーズンというのが実感できます。
最初のタクシは、どこに止まるんだい、バガンの拠点ニァゥンウーと言うと、「よし、5000kでどうだ」と、もう少し安くならないか?と聞くと、「ここから30分以上あるんだ」無理だな と言うことだった、
考えとく(時間は十分にあった)と答え、一服する。その時、すぐ隣にいた、素朴そうなおじさんに、
ニァゥンウーまで、と言うと、2000kと言うことだった、
即、OKしてそのトラックに乗り込む。さっきの、トラックの兄ちゃんもすかさず、「俺も1800kでいいぞ」としかし、最初に2000kと言った、おじさんのほうが、誠実を感じられ、「もういいよ」、と答える
街に向かう途中で、
入域料を払う、ところがあり、中では、まだ、寝ていたが、運転手がたたき起こし、
私は、
10ドル支払い、通過する。真っ暗な、寒い中、30分弱もすると、ニァゥンウー
の交差点に着いた、あらかじめ目星をつけておいた。
ゴールデン・ミャンマー・ゲスト・ハウスに行ってみる、
もうすでに、起きているようで「部屋を見せてくれないか」と聞くと、すぐに、部屋をせてくれた、ひとつはエアコンつきの部屋で、シャワートイレ付き、確か8ドルか10ドルだったような、しかし、ここは窓が小さく部屋の中が暗い感じです。道路側に面しているのは、エヤコンなし、シャワートイレ共同の部屋で、部屋自体は明るく日差しが入り、広々としています。もちろんテレビや冷蔵など、ない。ここは、2泊泊まるというと、
4ドル/1day (朝食付き)と言うことで、ここに決める「まずは、ゆっくり寝なさい」という事で、10時ころまで休む。
ここの宿には、番頭として日本語ペラペラの人がいて、以前は 地球の歩き方にも載っている、
日本語が話せるスタッフにいる宿から、
ゴールデン・ミャンマーGHに転職してきたそうです。
以前いた宿は彼の家の近くで(とはいっても、ここからも30mくらいのところ)ズイーーットそこで働いてきたのに、オーナーの大喧嘩して、「クビダーァ」と言われ、辞めてここに来たそうです、言葉がわかるし、いろいろな旅のアレンジもしてくれます。とりあえず、今日は11時から馬車で夕陽を見るまで、バガンを周ってみようと思います。その馬車の人が、大体の見所や周る順番を知っているから、それにゆだねてみます。確か12000kくらいで
頼みました、まあ、高いか安いかはわかりません、でも2日間しかいないので、気分よくゆだねて見たいと思います。私も昔は、ボッテルということに、敏感になり過ぎて、目を三角にして値段交渉をしたものですが、今は後から来る観光客の人に 悪影響を及ぼさない範囲で、(一度、高い値段で請け負うと、これくらいは日本人が出せると言う基準になる)同意することにしています。
外国人は結構 金額にシビアと聞きますが、若い彼らは本当にシビアで「じゃあ、歩いていくから乗らない」と言うことも よくあるのですが、中米でも感じたように、年齢とともに、それ以上の、(意地になって値段交渉する)便利さと実質価格の照らし合わせで(日本円で1200円)そんな馬車や三輪自動車など人たちに、ゆだねてみるのも面白いです。
ニァゥンウーを出てオールドバガンのほうに行きます。
比較的小さい馬の引く 馬車はゆっくり歩くより少し早いくらいで、街を進みます。
シュエズィーゴォン・パヤを右手に見ながら、町外れに行くと、
ティーローミィンロー寺院に着きます。ここは中をとおり、狭い幅のテラスに出ることが出来ます。
体をよじって階段を上り、20センチくらいの幅のテラスから周りを見渡します。
1215年建てられた、このとき王様が後継者の中から、かさが倒れた方向の者を選んだと言い伝えられ、
傘の王=
ティーローミィンロー寺院と呼ばれています。
中には 砂絵を売る青年がいましたが、持って帰れないのと、宗教画はなかなか飾りにくいので、購入はしなかった。

現在でも2000以上の、寺院や仏塔が存在する

ニァゥンウーの目抜き通り

テイーローミィンロー 寺院

廃墟の遺跡もあります。ティーロミィンローを見る

ウバリ・テェン(きれいなフレスコ画が内部にある)

無数のパヤーや寺院が、点在する

スラマニ寺院  1183年建

スラマニ寺院 内部の回廊

スラマニ寺院は、きれいに施された、レリーフが全体を覆っていて、繊細な細工に見入ってしまいます。
馬車で行くと、土産物屋が少しあって、そこでは今春休みの子供たちが、店番をしてます、しかし、静かなゆっくりとした時間が流れるバガンでは、呼び込みの声も、自動車のエンジン音も、なく いかにも南国と言う 鳥の鳴き声が時折聞こえます。

ウバリ・テェン(きれいなフレスコ画が内部にある)

オルドバガンへの入り口

馬車の愛想のよい運転手

オールドバガンへは、城壁のような塀の中がオールドバガンです。車がすれ違いことの出来ないくらい、狭い道から中に入ります。オールドバガンに入るとタピニュー寺院に行きます。

バガンでのハイライトは、アーナンダ寺院です。バガン最大の大きさで、かつバランスの取れた建築様式、1091年 チャンスイッター王の手で建てられた。本堂は一辺63mの正方形で中央の塔は高さ50m 中には、四方を向いて、高9.5m仏像が納められていて、南北のみオリジナルで東西は修復されたものだそうです。ここはやはり見事なつくりに、時間も忘れて見入ってしまいました。

ANANDA TEMPLE

きれいなハイビスカスが、咲いています。

お気に入りの寺院となった、アーナンダ寺院には、合計3回も通いました。
寺を見た後は、遅い昼食をとります。馬にも水や飼葉を与えるために、アーナンダ寺院の入り口近くの、レストランに行きます。ここでは、マトンカレーを頼みました、ここミャンマーでもカレーはとてもポピュラーな食べ物です。一緒に多くの付けあわせが着きますが、これは漬物のような物やら、ジャガイモの油いためのようなので、パサパサのインデカ米に絡ませて食べます。ミャンマーの人は辛い物好きで、赤い唐辛子を少し噛んで見たところ、途端にビールを頼んでいました。

寺院の入り口

お寺に入るには、小さな
正面入り口か、横の通用門から入ります。

そこからは、裸足にらなければ、なりません

馬車に靴を預けて静かな寺院の中を、ペタペタ裸足で歩きます。
鐘を突くと、いい音がしてしばらく余韻が残ります。
大小それぞれ音が違い歴史の刻まれた、鐘は、とても良い音がするものです。
裏に回ると、ハイビスカスが、真っ赤に咲いて
何箇所に植えられています。白と金色の寺院ととてもマッチする色です。

バガン一高い建物の(高さ65m)この寺院は、全知者という意味を持つものです。12世紀半ば、アラウンスィードゥ王によって建てられました。

タピニュー寺院

タビィニュ寺院より、スラマニ寺院を見る

奥にアーナンダ寺院を見る

タビィニュ寺院より、ダマヤンジー寺院を見る

写真を見ながら記憶をたどって、書いていますが、これはどこの寺院だったかな?と言うような感じです、ひょっとしたら間違いがあるかもしれませんが、そこのところ 大目に見て読んでいってください。色の深いものはフィルム ポジです。そのほかはデジカメ画像です、見比べてみてください。
写真が多くなりますが、写真のサイズもバラバラ 大きさ=見てほしい気持ちとしてみてください