CHICHEN ITZA

朝、早く起きて二等のバスターミナルに向かいます。一等は1時間に1本しか、チェチェンイッァ行きはないのですが二等なら何本もあるのです。
時間は少しかかりますが、冷房地獄もないし、ORIENTE社のバスが7時にあるということで、このバスに乗り込みます。

バス会社名

バスは、十分良いもので、さすがバス大国メキシコのバスに感激して、9時半には、チェチェンイチァの正門前に来ました。
まだ、ツアー客や団体客が来ていないので、ガラーンとした感じで、気温も快適です。
入り口で入場料金を払い、コーヒースタンドでホットコーヒを飲んでから、内部に入りました。小道を抜けると大きなピラミッドが、見えてきます。
誰もいない広場に行き、カメラを構えて思う存分写真を撮りました、写真の中に人が一人も写っていないのは、そのためです。
チェチェンイッァは、マヤの言葉で「泉のほとり」という意味だそうです。
後でたずねる、聖なる泉を中心に、町ができました。
大きく分けて、旧チェチェンイッァ(6世紀)と新チェチェンイッァ(10世紀)に分けられて、泉が枯れると、新しい街を築き、また、何百年かしてから、また戻ったということです。
泉には、生贄が投げ込まれたりして、雨の神チャックに水の恵みを頼んだそうです。
新チェチェンイッァ時代には、中央高原の戦闘部族トルテカ人の影響を受け、好戦的なモチーフを描くようになったり、生贄の心臓を置く、チャックモール (人間が仰向けに腹ばいになっている像)を天に向けて置いたり、文化の違いが現れています。しばらくは、写真を元にイメージを膨らませてみてください。ゆっくり丸一日掛けて、撮った写真です。

これは有名な話ですが、一年の内春分の日・秋分の日には、ちょうどククルカン神殿(ピラミッド)、の一辺だけ大蛇の頭が着いている面があるのですが、そこに影が被さり、
大蛇の胴体が影で作られ、頭の部分とつながって、天から大蛇が降りてくるように見えるようになっています、10世紀に太陽の位置を正確に把握して、造られています。
いままで見た、マヤの文明も天文台など天体の観察に力を入れていたのが判ります。ポジの写真を中心に、紹介していきます。ちなみにフィルムは、フジのべルビア50ですISO
感度50フィルムで綺麗に撮れました

影のイメージ図

金星の台座

千本柱の間

市場の跡

球技はマヤ文明の特徴で、必ずどこの遺跡にも存在する。
リングが広い敷地内に、対称にあり、ここにゴムでできたボールをくぐらせる、足もしくは、防具をつけてひじで、打ち込んで勝負が決まる。勝負に勝ったチームの主将が、晴れて名誉のある生贄になれる、今の時代の、罰としての生贄ではなく、栄誉なのとで、そん所そこらの人の生贄では、効果がないので、選ばれた人は子々孫々栄冠を勝ち得るといおうことである。しかし、勝って殺されるというのは、本当に信心深くなければ、逃げ出してしまうはずです。球技場の中には、勝った選手が斬首されて血が四方に飛び散っているレリーフもあります。

球技のゴールリング

チャックモール

旧チェチェンイッァのカラコル(天文台)

グルット新イッァを見て廻った後に、小道を歩いて、旧のほうに行きますかなり暑くなった、気温とジリジリ照り付ける湿度の多い暑さがこたえます。

頭蓋骨の台座
ここにに生贄が置かれたといわれる

球技場 左右にリングがある

ジャガーの神殿

旧チェチェンイッァは、少し離れたところに点在して 高僧の墳墓から順次奥のほうに、集落があり、やはり天文学にたけていたマヤの人達が、好んで造った、天文台が綺麗に残っています。、

赤い家 以前は赤い色が塗られていたそうです・

スチームバスの跡

時間を掛けて、昼食もとらずに遺跡の中を ゆっくり時には、30分くらい木陰で休憩を取りながら、団体客が居なくなるのを見計らって、また見て廻っていました。
もともとは、ジャングルに覆われていたこの遺跡も、修復をして今の状態になっているようです。
この跡は、この遺跡の名前の由来にもなった、聖なる泉 セノテに行き、最終のメリダ行きオリエンテの2等バスが15時半に出るということなのでそれに乗って帰ります。
この泉は、生贄の場所でもあって、女性や子供が投げ込まれた、泉を調査したら、伝説どおり、子供や女性の骨が出てきたそうです・

聖なる泉 セノテ

最期にお土産屋さんを少し冷やかして、値段が安くなったところで、お土産用の焼き物や、織物を買いました。
メリダにつくころは、日が暮れていましたが、街は多くの人の活気に満ちています。 とてもいい雰囲気の街です。

ソカロはいつも賑わっています。

観光用に馬車も多くいます。

ユカタン料理 コチニータ・ビビル
「豚肉を唐辛子・酢・アチョテで煮込み
バナナの葉っぱで蒸し焼きにしたもの」

2等バスターミナルに戻り、早速、ソカロ マデいきますそこでは、夜の賑わいの広場があり、早速、遺跡で汚れた靴を磨きます。あっという間にピカピカになり
そのまま、レストランを探しますがなかなか、ユカタン料理をやっているところが、見つからない。
ステーキハウスや、イタリアンなどで、ようやくソカロの正面にあるレストランで、ユカタン料理にありつくことができました。
コチニール・ビビルと野菜サラダ、コロナビールで夕食をとります。屋上からソカロが見える良い感じのお店で、オーナ自ら、ウエイターをして、冗談を言いながら、明るいラテンののりで、楽しませてくれます。
明日は、バスに乗って、リゾート地のカンクンに向かいますが、所持金がそこを着いているので、ホテルのある三日月の中州には、泊まれそうもありません、何せ1泊3万以上は当たり前の、一大リゾート地カンクンなのですから、私のバックパックも浮いてしまうので、それならば、気楽な市街地サイドに泊まろうかとも思います。