しばらく、バスターミナルでたたずみます、行き先がないのです。でも あせる事はないので。
まずは地図で今の場所を確認して、どこが,,この街の繁華街か探ります。

ひとつのホテルを決めて、行きいました。
最初に窓もない部屋だったので、「窓ある部屋にして欲しい、なければあきらめます」と言うと、連れていてくれたのは、廊下にある窓の面している部屋、夜になりカーテンをすると牢獄のような部屋でした
「この部屋じゃ、暗いし街の様子も見れないので、変えてほしいと頼むと、トリプルルームに変えてくれました。

手間をかけたので、明日の、チチカカ湖の1日巡回ツアーの申し込みも ここでお願いしました。

しかし、この部屋で(タダッ広い、風呂も掃除してないような)我慢するか、と思って外を見ると、さっきのフロントの女性の人が、頭のところで指をグルグル回し「窓にこだわって、おかしい」ほかのホテルスタッフと笑っていますし

そのなめた態度に、怒りが込み上げ、荷物をまとめ部屋を出る。(物事ははっきりしないといけない)
いくらなんでも、窓付きの部屋に変えてくれと言っただけで、そんないわれはない と思い。

フロントに戻り「もう部屋は要らないから、ほかのホテルをを探す、お客さんの見えるところで、そんな態度はダメだろ?」と「あなたたちはホテルの仕事をするには、向いていないんじゃないか?」と言うと、非常にバツの悪そうな二人は無言で、明日のツアー代金を返してきました。
入り口のドアを「バーーン!」と力いっぱい閉めて出てきました。

ちょっと大人気ないが、今までこんなに気分の悪い思いをした、ホテルは初めてでした。
ここの気分の悪いホテルはホテルは、オスタル・モンテレイです。いつもこのような態度で、お客さんを扱っているのでしょう。

ホテルはいくつもこの近くに 他にもあります。次に行ったのは、ホヤ・デル・チチカカメイン通りから1本入ったところです。
入ると先ほど、バスターミナルにいた、おばさんがいます。
このホテルにいくかもしれないと言っていたので、もしかして来るかもしれないと待っていたのでした。
「ここのホテルのスタッフだったの?」と私が聞くと「そうじゃなくて、ここのホテルと提携している旅行会社です」と
「あなたがバスターミナルでホテル・チチカカって言っていたので、案内しようと思ったが、自分で行くから と私を警戒していたので、ここで待っていたんです」とのこと「実は違うホテルで気分の悪い思いをしたので、変わってきた」と説明し、部屋を見せてもらうと、テレビも付いて窓も大きく通りに面して、言うことなしで2泊することにしました。「明日の1日島巡りと、明後日のクスコ行きを観光しながらのツアーにしたいので、調べておいて」と頼みました。
ようやく落ち着きました。
そのあと近くの郵便局に、ラパスで着ていたセーターなどをを、荷物が多くなってきたので、日本に送ろうと思い行きました。「19時までやっているよ」 と聞き 時計を見ると、あと30分、急いで荷作りをして、持っていきました。
言葉が通じないので、スペイン語会話帳を持ってのやり取りで「小包に直接、住所を書かなくては、いけない」といことでしたので、急いで近くの路地を歩くと、運のいいことに 文房具屋を見つけ 油性のマジックを、身振りで購入
戻ると時間がない、しかし、19時を回ってもまだ仕事をしているので、「19時まで?」と聞くと「そうだよあと一時間だよ」そうです、ボリビアとの時差1時間マイナスを忘れていました。
セーター類は航空便で104ソリス4000円以上しました。やっぱりこうゆうものは高いです。
夕食はアルマス広場近くの、レストランどおりで、この後もたびたび食べるアンティー・クーチョ(串焼き)とピスコサワーを飲みました。

LAGO TITICACA

チチカカ湖は海抜3890M、面積は琵琶湖の12倍、最大水深281m 湖の途中でボリビアとペルーの国境線があります。
その中に、Isla de SOL(太陽の島)Isla de La Luna(月の島)がボリビア側に、Isla Amantani、 Isla Los Uros(トトラでできた浮いている、大きな島)Isla Taquileなどがあります。

9月29日
今日は朝7時半に、迎えにきた車でタキーレ島とウロス島に行きます、ウロス島はプーノの港から30分位の近いところですが、タキーレは3時間ぐらい延々とボートに乗っていきます。その横にはアマンタニ島も見えます。

まだ、日の昇りかけの艀からボートに乗り込む、参加者は日本人の放浪夫婦や自称写真家、イタリア、フランス、イスラエル、ブラジル、スイス、ドイツなど国際色豊かな顔ぶれで、総勢20人くらいです。
ガイドが英語とスペイン語で交互に説明します。
最初にウロス島にいきます、トトラと呼ばれる葦を積み上げて作った島で、本島や支島があり、観光化されているのは否めません。

ウロス島が近づくと民族衣装をきた島の人が、手を振ってお迎えにきます。
ここでトトラボートの作り方や、トトラを切って、生の茎をかじってみたり、した後お土産を物色します。

完全に観光地化されていますが、島に乗った感じは足にやさしい感じでフカフカなじゅうたんの上にいるようです。刺繍が大変上手で、私もランチョンマットや後で自分でパイルを入れて、クッションにする物を買いました。

学校と病院 ↑

生活しているところも見せてもらいましたが、家の中には、テレビも電話もありびっくりです。
電気は自家発電がありますし、調理も葦の上に直接焚き火をしていました。生木で燃えにくいようです。

島の人が街に買い物に行くと(羊の毛糸などを買ったり、野菜を買ったり水などを買ったりするらしい)いつもは浮かんでいる島に生活しているので、陸でもフラフラしているのは、ウロス島の人の見分け方だ と言ってガイドは笑っていました(ほんとうかな)