3月14日
朝は、4時くらいに目がさめました、気がつくと洗面台の蓋が、開いていましたかなりの揺れのようです。
確かに、たまに横にクッイクに揺れるのは感じていましたが・・・・・
また、例の連結部で朝の一服をしていると、昨日のウサマがやって来て「昨日は風邪薬 ありがとう、おかげですっかり良くなったよ、やっぱり日本の物は何でも最高だ」と元気一杯です。
MONDEALと言うエジプトで人気のタバコを、差し出しながら「電車は朝5時過ぎにはつくと思うから、今のうちに朝食食べておく?」と聞いてきました、「もう食べれるの?」 「大丈夫、すぐ用意できるから」と一足先に食べさせてもらいました。
連結部から身を乗り出して、タバコを吸っているスタイルは、どこの国の列車に乗っても同じです。
少しひんやりとした、線路沿いの畑では、のんびりロバに乗った人達が仕事をはじめています。朝食を持ってきながら、ウサマと他の車掌も部屋にきました。
「荷物はこんだけか?、これで良く外国まで来るなあ」と感心されてしましまいましたが、多分と常夏の国なら、この半分くらいでもいける と思います。
駅について旅行会社の人が迎えに来るんだ、話していたら、「俺たちが、確認してやるからな。変な奴がいるんだ、駅には旅行会社の人を騙って、全然違うところに連れて行くことがあるから・・と心強い言葉です。まあ、どちらにしよ ありがたい。
しばらくして、列車内があわただしくなってきました、カイロのひとつ前の、ギザで降りる人もいます。
「ここは?ラムセス ステーション?」と聞くと「まだ次だよ、それに終点だから慌てなくて良いよ」
ピラミッドで有名なギザ市とカイロ市はナイル川を挟んでいるだけですが、鉄道はグルット廻っていくので、20分は掛かりました。
駅につくと DISCOVER TRAVEL のAbd Elbasetが待っているはずです。駅に降りると、ウサマたちも付いてきてくれました、しばらくすると若い男の子が「こっちだよ」と声をかけてきました、そこでウサマたちが「ボスの名前は?どこの旅行会社だ」と質問、ビックリした表情の使いの少年は、おろおろしています。エジプト国鉄の職員が寄ってたかって来たから・・
ウサマたちが「大丈夫だ、良く言っておいたから、親切にしてくれるよ」と頼もしい助っ人に、それぞれ握手をしてわかれました。
駅にはタクシーが待っていて、それに乗って20分くらい「ここはどこだ?」と聞くと、「ヒルトン ホテルの近く」と答えていました。ヒルトンはダフリール広場と言うエジプト考古学博館の、一番の繁華街のところです。
もってこいの場所でした、内心ホッとしました「これで、今夜のビールもどこかにあるな」
ホテルは良い感じの古い建物の最上階 ワンフロアーのみのところです、アジアでもホテルは3階ワンフロワーだけで、後は事務所や一般住居ということはよくある事です。
手動で扉を閉める、エレベータにて8階に上がったところの、SARA INN HOSTEL です。
欧米の人達が多く滞在しています。まだ、朝が早いので、空き室で寝させてもらいます、ティーを出してくれて宿泊カードを書いて、一眠りと思うが、寝台車で十分寝たので、寝れません・・・・
予定の出発は10時なので間が持ちません「ちょっとホテルの周りを見てくる」ってフロントに言うと、目のクリットした女性が「外では、イロイロな人に声をかけられても、相手にしないで・・これはホテルカード」と親切に心配してくれました。
ここが私の部屋
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外の通りは、にぎやかな路地と言う感じで、30mくらい歩くとそこは、メインどおりで、多くの店があり、車が行き交っています。
ここカイロは、今までの所と違い、クラクションが鳴り止まない
くらい車が走りながら、鳴らします。さすがにベトナムにはかなわないけど・・・
以前アスワンで案内してくれたガイドは、「カイロにいたけど毎日プップー クラクションがうるさくて嫌になったよ」と言っていました。
そのときは、全然、エジプトのクラクション疎ましく思っていなかったので、気にしませんでしたが、かなりのものです。
広々とした、部屋にベットは3つテーブルとベランダ付きもちろんホットシャワー
10時になって、待ちきれないように、フロントに行くと、すでにアブドはやってきて、コーヒーを飲んでいました。
今日の予定を、聞いて「ダシュフィールもいれておいてよ」と頼んでおきました。メンフィスはあんまり面白くないよ時間がないから、他のところで時間を使ったほうが良いという提案で、最初にサッカーラに行って、その後、ダシュフル、その後、ギザに行くという予定です。
明日は、エジプト考古学博物館に行って、オールドカイロやハーンハリーに行くという事でした。
タクシーを乗って、ナイル川沿いを南下します、ローダー島のあるローダー通りの大きな橋を渡ればもう、ギザです。そこからさらに、南下していきます。
ギザに入ると、ピラミッドの内、大きな2つが、見えて来る、近代的なホテルの中に、何かのモニュメントのような感じです。やはり大きいなあ
ローダー橋から見た、カイロの都市部の風景これが夜になると、綺麗な夜景と多くのボートが行き来します。
エジプトのピラミッドは聞くところによると、60個くらいあるそうです、中にはもう崩れて、土の山状態の物もありますが、そのなかでもサッカーラのピラミッドは階段ピラミッドと呼ばれ、ギザや他の物の先駆けとなったピラミッドです。
車でしばらく走ると、町並みが見えて、多くの織物のスクールという看板が見えますが、これはお土産屋サンです。
さらに砂漠のほうに行くと、階段状のピラミッドが見えてきました。
正式には、ジョセル王のピラミッドです、大きさは高さ60m 140×128mの大きさで、ギザの半分以下の高さですが、ピラミッド・コンプレックス(複合建築物)といって、廻りは塀に囲まれていて、祭壇や神殿などがあり、単体でピラミッドがあるのではないものです。
ガイドのアブドの説明や遺跡の中の足の軽快さに感心していると
もともと彼は砂漠のほうのオアシス出身で、ジープツアーで砂漠に行くそうです。
そのときは、運転手兼ガイド兼コックだそうで、どうりで・・・「この壁画には、食料が多く書いてあって・・・これがお酒の入ったグラス」など説明してくれる、じゃあこれは?こうゆう時はとってもガイドの人がいると、物事が良くわかります。
← コンプレックスの塀から写したもの、ここからピラミッドにかけて祭壇があった場所です。
※ネガフィルムで撮った写真(左)とリバーサルフィルムで撮った(右)写真空の青さが違い、細部の質感も明らかに違います、写真をスキャナーにかけて、載せているのでわかり難いか見知れませんが、今回の大きな写真は全部リバーサルです。
周りの遺跡も廻り次は、ダフシュールの赤の真正ピラミッドと屈折ピラミッを見に行きます。