夜もふけてきて、順調に走り出したと思ったら、バスの車内がざわついてきた、目を開けるとそこには、迷彩服を着た機関銃を持った兵士が、3名入ってきた「マオリストか?」一瞬、バスがジャックされたと思った。
これは、政府軍が現在国内紛争中の、毛沢東主義者(マオリスト)とのテロを警戒して、検問をおこなっているのであった。
2004.10月現在、ネパール国内は場所によって、十分注意してください、渡航を検討してくださいの段階危険情報が、外務省から出されていました。
私もこのところが非常に心配でしたが、インド国内でネパールから来た旅行者何人にも聞いて、「旅行者は対象外だから、まったくもって問題ない」とのことでした。
しかし、日本の旅行会社に聞くと「やはり外務省の情報が出ている以上、今はネパールの団体旅行の催行は、控えている」とのことでした。
その後、いたるところで「マオリストはよく出るのか?危険な奴らか?爆弾を仕掛けるのか?」などと聞きまくりました。怪訝な顔をされたこともありましたが、(政治と宗教の突っ込んだ話は、知らない人とはタブーと言われていますが)何で、日本人はネパールに来なくなってしまったのか?と逆に質問されました。
あんだけ多くの日本人が着ていたのに、ここ1〜2年はさっぱりこなくなってしまった。
こんなに普通なのに、「日本に帰ったら、伝えてくれ」といわれましたが。やはり自分で危険を判断して情報をしっかりいれて行動できなければ、単純に「問題ないぞ」とは いえません。
けれど、町の中はいたって普通でした、ただいたるところで、検問が多く、非常に多く、カトマンズに入る入り口には丘の上にトーチカ(土で作ったかまくらのような陣地)が有り、重機関銃が道路を睨んでいました。
検問はネパール人のみを対象にしているもので、外国人は顔を見て、「外人か」って終わりです。ネパール人の人は手荷物を調べられます(爆弾が入っていないか調べるのです)
日中は、道路がジグザグに行くように囲いがついて、その前でネパール人は手荷物を持って、みんな降りて、手荷物検査場に行き、バスはその先で待っているという体制です。
何度も何度も新しい町の入り口付近であります。夜はその都度、兵士が乗ってくるのでまた目がさめます。
地元の人は、文句も言わず乗ったり降りたり、手荷物を持って移動しています。多分この検問で自分経ちも守られているということを承知しているのでしょう、そうでなければバスがフッ飛ぶことも考えられるからです。
最初の検問の後に、またバスが駐車場のような所で止まります。
今度は窓が開けられます、横にはやはりトラックが横付けされています。「また、何か積み込むな」と思っていると、まだ、青いバナナを(向こうの人は青いバナナが好き)一番後ろの席からドンドン積み込み始めました。
道理で後ろの席は空いていたわけだ、トラックはまたも2トン車くらい、ドンドン ドンドンぎっしり積んでいきます、途中で「もう一列前の席に移動してくれないか?」といわれ、さっきこの席で、多分椅子にいるダニに何箇所か食われたので、快く移動する。
まだまだ、バナナは入ってくる、「なんだこのバスは、バスなのかかトラックなのか荷物ばかり積んでるじゃないか」
バナナはだんだん自分のすぐ後ろまで、積みあがってきた天井いっぱいまで、そのうちまたまた、「席を移動してくれないか?」  私は「もうどこの席も空いていないぞ」 「一番前の、席に行ってくれ」
私「そこはスタッフ用の補助椅子みたいのじゃないか」「バナナが積めないんだ」
「チョットまて、私はこのチケットを買うとき、リムジンバスでリクライニング可能といわれ、チケットを買ったんだ、なのになんだそのチープな椅子は、バナバを積むためにバナナにリクライニングを使わせて、チケットを持った、私が何でそんな椅子に座らなければいけないんだ、なあ」とチョット怒った。
この後、昼夜を過ごすには、いや過ぎる。「バナナはチケットを持っていない、私はチャント チケットを持っている、だからここは譲らない、きちんと積みなおせ」と言ったが、ぎりぎり後ろの席で、バナナは納まった。
前に言った、最終バスは止めておいたほうがいいと言うのは、こうゆことで昼間収穫した、バナナやパイナップルやさとうきびを、カトマンズに送るために、自分達のオンボロトラックでは大変なので、この長距離バスに運んでもらうというのが、最終バスの乗客に降りかかってくる。
だから、無駄な時間はとるは、車内は青臭い匂いだわ。挙句の果ては席を代われだノ言われる、私はNO!と言えるが、言えない人なら、あの補助椅子で20時間以上座り続けなければならない。

室内はバナナの山、椅子の汚さは
フラッシュで余計に鮮明に・・・・イヤッ怖い色

屋根には一面にパイナップルの山
約2トン近く積んでいる、どうりで室内には
屋根を支えるつっかえ棒が多くあるはずだ働く自動車の鏡のようなバス

通称 フルーツ バスケット

ようやく荷物も積んで、さっきのやり取りで、他の乗客(約8人)もバナナより人間が優先だと助け舟を、(乗務員のお兄ちゃんも他のお客も笑いながら)出してくれたので、みんなで外で日本のタバコをあげて吸う。
やれやれ、この時点でもうすぐ1時だぜ、早く寝ようと思っていた矢先に、ノリノリのお兄ちゃん従業員が、スピーカーを切り替えて、
大音響でインドかネパールか シタールのビュヨヨヨヨ〜ン♪ってやつを 流し始めた。ウトウトしていた他のネパール人も、「なにごとダー」って言う感じで、前椅子の背もたれをつかんで、顔を覗かせ、運転席のほうの彼らを見ていた。
しかし、皆何も言わない、しばらくたっても収まらない、そこで私が「コラー−−−ッ 今何時だと思っているんだッ、ばかたれ」って大声で叱ってあげました。
頭を掻きながら「怒られちゃったよ、ジャパーニーに」って感じで、運転席だけのスピーカーに切り替えて、内輪でノリノリでした(笑)他の人はこっちを向いて、親指を立てて「GOOD!」とニコットしていました。
怖い日本人キャラの出来上がりです。順調にバスは、検問を(二時間おきくらいに)通り、真っ暗な中を走っていきます。
気が付くとたまに、道端にやっている屋台で休憩を取っています。私もたまに小用を道端でしつつ、チャイを飲みます。「ジャパーニタバコ頂戴?」って修理担当の一番陽気なスタッフはなんだか、よく話し掛けてきます。(さっき、うるさいぞ!って叱ったスタッフ)
「マイ、シニアブラザー」って(その後、私はいたるところで、ネパーリ?ときかれました)言いつつ近寄ってきます、そのたびに「ちゃんと仕事をしろ」って葉っぱをかけます。

朝一番の休憩、もうすでに多くの人が
動き出しています。
チャイを飲んで目を覚まします。

軽油を入れつつ、長い移動は続きます。
そのたびに、従業員はポケットから
先ほど徴収したと思われるお金を出していく。

バスの窓から外を見ていると、パーーン って乾いた音が、「オオーイパンクしてるぞ」修理担当が走りながらバスの窓を開け身を乗り出して覗く  「ノープロブレム 外側だけだから」!!!!!
「おいおい 大丈夫かよ」その後、また小さな町に入り、乗務員で相談している、「スペーアータイヤを出したが、バンクしているらしい」「金が足りないぞ」「どうする?」  しばらくすると、私に向かって、陽気な彼が、タイヤを転がしながら「ニュータイヤーー♪」って嬉しそうに・・・・よくみると、タイヤの溝の無い坊主タイヤ これを安く買ってきたようだ、まあ、無いよりましか・・・

赤シャツの彼は、「写真とってよーー」って
ベロを出しているところ、他の乗務員は
それを見て、大笑い。

のんびりとしたイースト・ウエストハイウエーイでタライ平原を突っ走る。

明るくなると、検問も厳重になり、いちいちネパール人はバスを降りなくてはなりません、外国人はバスの中でそれを待ちます。
もうすぐ昼になります、川沿いの何軒か店の並ぶ所に止まります。
昼食の時間です、もちろん外国人は、皆無(インド人はいます)言葉も字もわかりません、他の人がタリー(インドの定食)を頼んでいたので、同じ物を頼みます。
もちろん、右手で混ぜながら食べます、インドでもそうでしたが、日本のカレーと違い、ルーはぬるめで、ライスはざるのような物に入れてあり、すでに冷えていたものが、多かったです。みんな、興味津々でこちらを見ます。「ジロジロ見てんじゃないよ」って気になります。何せ20人くらい店の従業員を含めて「珍しいな、日本人か?中国人か?」
その後、またチャイを飲んで、NRs3です、やぎのミルクのインドやネパールのチャイはとっても濃厚でおいしかった。
またバスに乗り込んで 移動は続きます、これから北に向きを代えて、山合いに入っていきます。この道がすごいのなんのって、バスのお尻や腹をこすり、水溜りに入り、土ぼこり前が見えない状態で断崖を走ります。コワーーーーーッ