- 交泰中院 - 修史館 - 掃苔龕
石川家先祖累代之墓(石川鴻齋墓)
雪泥庵漸譽鴻齋居士とあり。たまたまこの人の用印を骨董で得たので知った漢学者。篆刻書画詩文に長じたひと。没翌年大正8年一族の石川泰平の建立。逝去の地磐田市見付にも墓所があるらしい(2009.3)。
同寺墓域のその他の墓 安積光角先生墓 医家。長文銘は生方鼎斎の書である 内山杏庵墓
江戸氏之墓 黄蘆伊月君之(墓) (海軍大佐江戸一郎碑) 新居敦の撰・書 伊月一郎は嘉永1(1848)年11月7日〜明治24(1891)年6月3日 別名=伊田一郎,江戸一郎。明治期の海軍軍人。大佐。海軍軍事研修のため渡英。クリミア戦争を実見、海軍留学生の先駆者。