朝2
「私・・、どうしてここにいるの。ハジは、どうしてここに?カイは?私は学校の帰りにカイに
病院へ送ってもらったんでしょ・・。」
「・・・・・・・。」
無表情で小夜を見下ろしている青年は、何にも言わなかった。
朝の日差しの中で、沈黙が二人を包む。

 その時、後ろで、ハジの後ろでバタンとドアが開く音がした。
一人の少年が息せき切って、飛び込んで来る。
「小夜!どうしたんだよ!ジュリア先生に明け方おこされてさ、びっくりして飛んできたんだよ!
・・・おい、大丈夫かよ!」
ハジを肘で押しのけて、カイが小夜の顔をのぞき込む。
「・・何だ、元気そうじゃないか!・・・ああよかった!ジュリア先生が心配ないって言ってたけど、
気になってさ!」
「・・・カイ。」
小夜がつぶやいた。
「飯持ってきたぞ!昨日の夜から何も食っていないんだろ。」
カイは、食堂から持ってきたらしいトレーを小夜の目の前に突き出した。
その上には、何やら丸いものが載っている
「急いできたもんだから、たいしたもの作ってやれなくてごめん!厨房には、まだ誰もいないし。
とりあえず、飯だけは、残っていたようだったから。」
ひょいと小夜の前に顔を突き出して、小夜の顔をじろじろと観察した。
「・・・ぜんぜんっ、大丈夫そうじゃないか!こんなことなら、厨房の中をいろいろ探して、
時間かけて、もっといいもん作ってくりゃよかったな。慌ててたから、にぎりめし作るのが、精一杯でさ。」
少し、照れているようだった。
「・・見かけは悪いけど、絶対、うまいと思うから。」

 このとき、やっと小夜は自分がカイに送られてここへ来たのではないことを悟った。
恐る恐る、ハジを見上げてみる。すると、気がついたハジが小夜を見た。
「ハジ・・・あの・・。」
「・・・食事しますか?」
「・・・うん・・。あ、はい。」
「では、ジュリアに許可をもらってきます。ちょっと待っていてください。」
「・・あ、はい。」
「・・飲み物は、いりますか。」
「・・あ、はい。あ、あるといいかな。」
すると、カイの声が割り込んだ。
「遠慮すんな、小夜、俺がジュリア先生に聞いてきてきてやるよ!」
「・・・あ、うん。そうだね。」
小夜の返事を聞くと持っていたトレーを彼女に押しつける。さらにカイは、部屋を出ようとしている
ハジを、背後から押しのけて部屋を飛び出した。


 カイが診察室へ入ると、白衣を着たままのジュリアがソファーの上で毛布を掛けたまま、
仮眠を取っていた。カイが入ってくる物音で目を覚ましたらしく、目をこすりながら起き上がり、
眠たそうに頭を振った。
「・・あ、カイくん。さっきは、ごめんね。まだ、暗いうちから起こしちゃったわね。でも、早く
知らせた方がいいと思ったから・・・。」
「・・・小夜、大丈夫みたいでよかった。あいつ、夕べから何も食っていないんだろ。何か、食わせて
やりたいんだ。きっと、腹、減らしているから。」
「・・・カイくん、小夜なら、まだ眠っていなかった?」
間をおかず、カイの後ろで不意に声がする。
「小夜なら、つい先ほど、目を覚ましました。」
「・・ああ・・そうなの。」
カイが後ろを向いて、その声の主である青年を睨んだ。ジュリアは、それを気にもとめず、
その青年に声をかける。
「ハジ、小夜の様子は、どう?。」
「やはり、船まで帰ってきた来た記憶がないようですね。まだ、沖縄にいると思っているみたい
です。学校帰りだと勘違いしています。」
「・・・仕方ないか。昨夜も随分興奮して、様子がおかしかったし。ところで、点滴は終わりそう
かしら。」
「そろそろ終わると思います。」
「・・・どうしようかしら、ずいぶん消耗していたみたいだし・・。取りあえず、デヴィットに相談して
みないと。もう一本、点滴しておいた方がいいかな?」
「・・・お任せします。あと、食事は、させてもいいですか。」
「・・・そうね、どうかな。昨夜、だいぶ吐いていたし。もう少し、様子見ましょうか。」
突然、二人の間でカイが大声を出した。
「小夜は、昨日から何も食っていないんだぞ!にぎりめし持ったきてやったんだ!」
その剣幕に驚いたジュリアは、ハジと顔を見合わせ、また、カイを見る。
「・・カイくん、ありがとう。でも、まだ起きたばかりだし。それに昨日、ずいぶん吐いて
しまったの。」
「・・・・・・・・・・。」
「もうちょっと、様子を見てからね。」
「・・・お前ら、なんだよ。」
「・・・カイくん。小夜、後で食べると思うから、ねっ。」
「一体、お前ら何なんだよ。」
ジュリアが黙り込んだ。
「どうして、あいつの具居合いが悪くなったんだよ!」
カイがジュリアを両手で押した。ジュリアが均衡を崩してよろける。
「結局、みんな、お前らのせいだろうが!」
カイが涙ぐんだ。
「小夜が可哀想だ!」
ジュリアは、困り果てたようにため息をついた。
「小夜を、もう、船から降ろすなよ!港町で買い物でもすれば気晴らしになっていいと思って、
勧めてやったんだよ。なんで、また何でこんなことになるんだ!ただでさえ、俺たちは親父を
亡くしたばっかりなんだぞ!」

「・・・本人が食事したいようだったら、させてもいいから。」
ジュリアは、急に背を向け、素っ気なく返事をすると、いすに腰掛け、そのまま診察机に向かって
しまい、もう何も言わなかった。その口調にカイが、むっとして不機嫌な気持ちのまま部屋を
出ようとドアへ近寄ったときのことだった。
診察台の下に小夜の血まみれになった衣服が落ちている。

 それは、以前、まだジョージが生きていた頃、みんなで出かけたコザのショッピングセンターで
買ったものだった。カイの様子の変化に気がついたジュリアが、肩越しに慌てて振り返る。
「カイくん。それ悪いけど捨てておいて。もう、その汚れとれないし。小夜が暴れて、脱がせられ
なかったから、ハサミで切っちゃったのよ。真夜中に起こされて、もう、大変だったんだから。
こっちは、医者だし、殴られても蹴られても、処置してやんなきゃいけないし・・。
ハジと二人がかりよ。全く・・。」
ぼろ切れのようになった小夜の服をつかんだままのカイの表情がゆがむ。
「カイくん、私だって、別に好きでこんなことしているわけじゃないのよ。ほんと、勘弁してほしい
ものだわ。」










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