第1章 マキコボシ釣り

家串漁港から3キロほど南、灯台のある黒ハエ。

ここは渡船して釣る磯釣り場でもあるが、周辺は、グレ(メジナ)、イサギ(イサキ)、マダイ、メジカ(ソウダガツオ)など多くの種類の魚が釣れる。また、ヤズ(イナダ)、中型のカンパチを釣ろうと漁船も含め多数の船外機船が朝まずめから曳釣りに集まることもある。

私は黒ハエ周辺の水深30m程度の岩礁地帯で、毎年、夏、マキコボシ釣りでイサギを釣る。
冬場には同じくマキコボシ釣りで、40〜50p強のグレがよく釣れ、時に、40cmを超えるのシマアジが釣れる。 ある年の冬には50cm弱、1.5〜1.6kgのシマアジを4匹、一回り小さい40cm強のものを3匹釣った。


同所では、2006年から2008年にかけて、ウニを餌に竿釣で、中小型のイシ物を数多く釣り、大型のコブダイ、タマメ(フエフキダイ)を釣った。⇒
第3章「イシダイ釣り」、1―2)「マイボートのイシダイ釣り」参照。







マキコボシ釣りに必須の石は近くの西の浜で拾い集める(写真の人は別)。
写真はいずれも『みんなの由良半島』「由良写真館」より。



第1章 見出し一覧

マキコボシ釣りとは
マキコボシ釣りを始めた経緯
石を集める
刺し餌、コマセ
タナ取り
仕掛けの投入
石を釣らないようにする
手返し
コマセで魚を止めて釣る
潮の流れとコマセ
当たりを取り、合わせる
釣れないとき
当たりを取り、合わせる面白さ
糸ふけ対策
合わせ―再論
餌をくわえなくても「アタリ」はある
潮流による仕掛けの浮き上りへの対処
掛けた船が風で振られるとき
針の大きさについて
ハリスの太さ、マダイ、チヌ、グレの比較論
非ベテランは細い糸のほうがよく釣れる
ハリスの太さと家串での釣り
糸の縺れ―その対策
取り込み
玉網で掬う
釣った後の魚の処理
タイのガス抜き
アジは手でつかまない
携帯生簀

第一部 私の釣り 見出し一覧に戻る

左:マキコボシ釣り仕掛け。シンプルで、手持ちで釣るため当たりが取りやすく、合わせ易い。










右:ビシ釣り仕掛け。仕掛けが重く、合わせは効かない。大量のコマセを使う、向こう合わせの釣りになる。






下:道糸に目印をつける⇒本文「タナ取り」

 
下左:⇒本文「潮流による仕掛けの浮き上りへの対処」    下右:仕掛けの動かし方⇒本文「釣れないとき」
















           






私は、豊後水道・宇和海に面する愛南町家串地区に住んでボート釣りを始める直前に、当時発売されたばかりのつり情報編集部編『釣れる!!海のボート釣り』(平成16年刊)という本で、初めてこの釣りについての記事を読んだ。
書店にも、市の図書館のスポーツ関係の書架にも、釣りに関する沢山の本が並んでいて、海釣りや川釣り、そして、魚種ごとの様々な釣り方について、多くの人によって書かれている。しかし、マキコボシ釣りについて書いた本は、私がたまたま書店で手にした上記の本以外には見当たらない。

第2章以下でも自分が楽しんでいる他のいくつかの釣りについて書くが、釣果を上げるための秘訣のようなものについてはほとんど書いていない。書いていることは、失敗談や苦労、あるいは思わぬ大漁に恵まれたときの喜びなど、釣りにまつわる「私的個人的な」思い出話がほとんどである。私自身初心者の域を脱していないので人に教えるほどの技術を持ち合わせていないからというだけではなく、それらの釣りを始めようとする人や、もう少し腕をあげたいと考える釣り人は、必要なら、書店あるいは図書館で、教科書をいくらでも見つけることができると考えるからである。

マキコボシ釣りも、始めてから6、7年というところで、「ずぶの素人」の域を脱したかどうかという程度の腕しかないが、他の釣りと違い、マキコボシ釣りについて書かれたものがほとんどないので、基本的な釣り方や道具の扱い方などについて書くことに意義があると考え、少し詳しく書くことにした。

マキコボシ=撒きこぼし釣りとは

マキコボシ釣りの仕掛けは至ってシンプルで、基本形は右の図のようなものである。
  基本形は3号から5号くらいのフロロカーボン糸の先端に針を結んだだけの仕掛けである。これはシンプルさにおいて究極の仕掛けと言えるだろう。ただし、先端はどうしても傷みやすいので、時々切り捨てて針を結びなおす。また、糸の先端は刺し餌、コマセを載せた石に巻き付けるので捻じれ癖がつきやすく、ねじれが糸の上部に伝わっていくと次第に全体がねじれてくる。そこで道糸のねじれを減らすために、ハリスと道糸を分け、間に小さなヨリモドシを入れる場合もある。
他方、潮流があるところでは仕掛けが浮き上がってしまうため、ハリスと道糸の間に1号から5号程度のごく小さな(中通し)重りをいれるとよい。これについては後で説明する。
どちらにしても仕掛けのシンプルさではこの仕掛けの右に出るものはないだろう。

さて右のような仕掛けで、針にオキアミ(ボイルあるいは生)を刺して石(後で説明)の上に置き、コマセ(アミエビ/オキアミ)をかぶせてぐるぐると巻き、ハリス分かそれ以上まいたところで(巻き方についても後で説明)、静かに海に落とす。この石をオモリにした仕掛けが沈むのにつれて道糸を送り、仕掛けがタナに入ったところで道糸の出を止めれば、石は回転し、コマセを放出し(「撒きこぼし」)て、石は落下。刺し餌が海中に撒かれたコマセの雲のなかに漂うことになる。

船からの大アジ、イサキ、マダイ釣りのもっともポピュラーな方法はビシ釣りだと思われるが、深場ではともかく、水深50mていどまでの浅いところでは、マキコボシ釣りの方が、ずっと簡単に釣ることができる。またグレ(メジナ)は、よほど多くのコマセを撒くのでなければ、ビシ釣りで釣るのは難しいが、マキコボシ釣りでは当たりがとりやすく、グレのいる場所に行けばはるかに容易に釣れる。
また夏場は一般に魚の食いが活発で、泳ぎ回り争って餌を食い、釣り人が素早く糸を引いて針に掛ける動作=「合わせ」を行わずに、つまり「向こう合わせ」で針掛りするため、かごオモリを使う普通のサビキ釣りでも、また重く大きな道具が途中についているビシ釣りでも、魚がいれば釣れる。
しかし冬場の低水温期には魚の動きは不活発になり、止まって餌を食うらしく、針に刺した餌だけを食って針を吐き出してしまう。当たりはかすかにしか出ない。止まって、本物の餌かそうでないかを確かめてから口に入れるためと思われるが、サビキ針にはあまり食ってこなくなる。当たりは小さくわかりにくく、わかっても、重く大きな道具が介在するビシ釣りでは合わせることができないため、釣るのは難しくなる。マキコボシ釣りは魚種によらず、また低水温期でも釣ることができる。

マキコボシ釣りは、家串周辺では、というよりたぶん宇和島から南では、バクダンと呼ばれている。オモリの石の周りにコマセがまき散らされる様子を、爆弾の爆発に見立てたのだと思われる。物騒な名前だが、魚にとっては物騒なものであることは確かだ。家串の隣の油袋(ユタイ)地区でバクダン釣りを最初に始めたという、Wさんはアコヤ貝の養殖を本業としている。そして養殖の仕事がひまになる冬季に、遊びを兼ねた副業として釣りをやって、稼いでいる。2008年12月から翌年3月いっぱい、体長40cm前後の大アジ(宇和海の西、九州・佐賀関近くで釣れると「関アジ」、四国側、佐田岬の近くで釣れれば「花アジ」というブランド名で呼ばれ、関東地方に運ばれ高い値段で売られている)が回遊し、Wさんは連日10キロから20キロ(20匹〜30匹)を釣り、市場に出したという。

ここで、バクダン/マキコボシ釣りと同種・同型の魚を狙うビシ釣りを較べてみる。左図を参照。       

ビシ釣り仕掛け

ビシ釣り仕掛けでは道糸とハリスの間に、腕の長さが30センチほどの天びん(腕が一本=片方だけなので片天びんという)がついていて、その支点の下にコマセ籠(管)とオモリがついている。天びんの腕の先にクッションゴムなどを介して、ハリスを結ぶ。
ビシ釣りでは、磯からのグレのフカセ釣りほどではないにしても、大量のコマセをまいて魚を寄せ、また興奮させて、イサキやタイ、大アジなどを釣る。釣り人は針に餌をつけ、コマセ籠にコマセを入れて、予想するタナ(サカナの遊泳層)に仕掛けを沈め、竿を上下して、コマセ振り出した後は、竿掛けに竿を掛けて、つまり置き竿にして、魚が食うのを待つ。
タイやアジ、イサキは、(内海地区では)4月以降、水温が20℃を越えるようになると、食いが活発になる。コマセに寄って来た魚はできるだけ多くの餌を喰おうと高速で泳ぎ回り、ひったくるように刺し餌を餌を食うので、自分で針にかかってしまう。これが「向う合わせ」である。
しかし、11月、12月と水温が下がって20℃を割るようになると、向こう合わせで針掛りすることは少なくなる。低水温期、あるいは水温が下がったときには、魚はその場に止まって、静かに餌を食うようで、ビシ釣り仕掛けでは餌を取られるだけで、ほとんど釣れなくなる。また、グレ(メジナ)は餌取りがうまく、季節にかかわらず、向こう合わせで釣れることはめったにない。

グレを釣るには、一般に、磯釣りの一種で、オモリを使わず海面近くにコマセとともに刺し餌を流して釣る、フカセ釣りという方法で釣る。フカセ釣りでは、魚が刺し餌を口に入れたときに生じる糸の張り方の小さな変化をウキによってとらえ、瞬間的に竿を立てて糸を引いて合わせることによって魚を掛ける。
ビシ釣りでは、ハリスと道糸の間には、コマセ籠と重りのついた天びんという大きな道具が介在している。魚が餌にふれたり、静止して口に入れたくらいでは当たりは出ない。当たりが出て竿先が曲がるのは、泳ぎながら刺し餌を食って針掛かりした魚が糸を引っ張るときである。したがって、竿先が曲がったら竿を立てる、あるいは竿をあおって「合わせ」を入れるが、その動作はせいぜい針掛りを確実にするためのもので、魚が餌だけ食って針を吐き出す前にハリスをすばやく引いて針掛りさせるための「合わせ」ではない。ビシ釣りでは、仕掛けについている大きく重い付属物のため、ハリスをすばやく引くことは不可能だからである。

ある程度の経験はもちろん必要だが、マキコボシ釣りでは、その仕掛けのシンプルさのゆえに、静かな、細かい魚信=当たりを捉えることができる。全くオモリを付けていない場合はもちろん、ハリスと道糸の間に小さなオモリが入っていても、魚が餌をくわえるとその動きが道糸を持っている手の指に伝わってくる。フカセ釣りの場合にウキの変化として現れるのと同様の、あるいはそれよりもさらに細かな当たりが、マキコボシ釣りでは道糸を持った指先で直接に感じ取ることができる。そして、魚が餌を口に入れたことが分かったらすばやく、つまり、魚が刺し餌を噛み砕いて針を吐き出す前に、糸を引いて針掛かりさせることができる。また、魚が刺し餌に触れてもなかなか口に入れない、いわゆる「食い渋り」という状態がある。こういう場合に、糸を数センチ上下に動かして「誘う」ことにより「食わせる」こともできる。
そこで、マキコボシ釣りの本領は、低水温期、魚の食いが静かで細かいとき、ビシ釣りなどほかの釣りではほとんど、あるいは全く釣れないときに、あるいは、グレのように餌取りがうまい魚の場合に、発揮される。

マキコボシ釣りでは、他の手釣りと同様、仕掛けを上げるときに道糸をリールに巻き取るのではなく、手で手繰って、船内の床の上などに置くことになる。場合によっては、この道糸が縺れる。特に風があるきには、糸が風で吹き寄せられ、縺れやすくなる。道糸を縺れさせないように注意すること、縺れた場合にこれをときほぐすことなど、他の釣りにない苦労がマキコボシ釣りにはある。しかし、マキコボシ釣りでは、他の釣り方では魚が釣れない冬場に、魚が餌にちょっと触れるだけの当たりをキャッチし、ときに誘いを掛け、食わせて釣る。マキコボシ釣りは「釣れた」のではなく、「釣った」という深い満足を感じることができる釣りである。

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マキコボシ釣りを始めた経緯

私がバクダン釣りを始めた経緯について少し触れる。家串に移った翌年の春、湾の出口付近のアコヤ貝養殖筏に船を掛け、ビシ(天秤)釣りをやっていたときのことである。家串の住民で、アコヤ貝の養殖を営むKさんが自分の作業用の船でやってきて、隣でバクダン釣りをはじた。私が撒いたコマセの効果もあったかもしれないが、彼は始めるとすぐに40センチを超えるりっぱなグレを釣り上げた。また続いて同じくらいのマダイを1匹釣り、さらにグレをもう一匹釣った。彼が釣りをした時間はせいぜい30分か40分であった。私はこの日、数時間やって40センチほどのタイを1匹釣っただけだった。タイは大型を含め、それ以前にも何匹か釣っていたが、グレは一匹も釣ったことがなかった。

磯釣りではグレは大変人気がある。私はかつてイシダイ一本槍の磯釣りをやっていたが、上物釣師がグレを釣るのをよくみた。そしてグレは餌取りがうまく、また引きが強いので非常におもしろいと聞いていた。そこで、家串で船釣りを始めてから、ぜひグレを釣ろうと思っていた。しかし、グレは天秤仕掛けではよほど運がよくないと釣れない。タイは冬場を除き向こうあわせで針掛りすることが多いが、グレは違う。静かに上手に餌をとってしまう。
Kさんが石に乗せた少量のコマセで立派なグレを釣るのをすぐそばで見て、私はこの釣りをやりたくなった。愛南町に移る前に、マキコボシ釣りという独特の釣りがあることは前記『釣れる!海のボート釣り』の記事で知っていたが、この日のKさんの釣りを見たことをきっかけに、マキコボシ釣りを実際に始めた。もちろん、先生はKさん。彼を先生にして、この釣りのやりかたを実地に教えてもらうことができた。

Kさんは普段はアコヤ貝を入れたネットを吊るしてある沖の「筏」と貝を磨く(「掃除する」)岸壁の作業小屋とを往復して、貝の世話、手入れを行っているが、仕事の合間に、あるいは日曜日ごとに、バクダン釣りを楽しんでいる。彼は家串に生まれ育って、若いときからずっと釣りをやっており、バクダン釣りもプロ級の腕前を持っている。バクダン釣りの方法に関して私が書いていることの多くは彼から教えてもらったことだが、彼が教えてくれたのは、釣り方だけではない。彼にとって釣りは遊びだが、長年やってきて、近くの海のポイントを知り尽くしている。魚探もGPSも使っていないが、瀬(根)の場所とその形状、水深などが詳しく頭に入っている。またどの時期に何を狙ったらいいか、狙う魚のいる瀬との関係で潮流の方向、例えば大潮の場合潮が緩んで釣りやすくなる時間帯など、潮に関したこと等々、いろいろ教えてもらった。私は、全く一人で始める人に比べれば、格段に有利な条件でこの釣りを始めることができた。

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石を集める

バクダン/マキコボシ釣りの方法の話に戻る。マキコボシ釣りを行うためには釣り針と糸(そして巻き枠)、餌を買う必要がある。購入する必要のある物はこれだけだが、その他にオモリに使う石が必要である。石は仕掛けを一回投入するたびに一個使う。マキコボシ釣りが盛んな高知県ではこの石を100個1000円ほどで売っているという。家串の沖の釣り場で、マキコボシ釣りで釣っている(プロの)漁師にしばしば会う。漁師は釣れる時には早朝から夕方まで10時間以上釣りをする。おそらく彼らは、1日に150個以上の石を使うと思われる。マキコボシ釣り専門の漁師は買うのかも知れない。Kさんもそうだが、私は自分で集める。釣りに出かける前に石を拾っておく必要がある。(これが面倒で、マキコボシ釣りはやらないという人もあるが。)はじめは、水深30m以内の浅場、1時間の釣りで12〜3個程度、4時間として50個ほどあれば足りる。水深により仕掛け投入の回数が変わるが、50m程度のところで釣るとして、私は1時間に10個程度あれば足りる。

石は、初心者では、少なくとも一面は平らなほうがいい。そしてできれば固形石鹸のように、楕円ないし長円の形をしていて、平らな面を上から見て左右対称なもの、また厚さも均一なものが、糸を巻きつけて海に沈めたときに、水平な姿勢を保ったままゆっくりと沈んで行き、ハリスがきちんと巻いてあれば、道糸が張ったあと、ハリスの最後の一巻きまで石がスムーズに回転して糸が解け、予定したタナでコマセと刺し餌を海中に放出してくれる。形や厚さが右と左で大きく違っていると、海中で石が傾き、道糸が張ったときに石がうまく回転せず、ハリスが巻かれた状態のまま中の石が滑り落ちてしまうということが起こる。こうなるとコマセは狙うタナよりずっと上で撒かれてしまう。また、石が傾いたときに、ほどけて行った道糸の最後の一巻きか、二巻きのところで道糸が針に引っ掛かり、ハリスが締まって石が落ちなくなるということも起こる。

厚さはあまり厚くないほうが軽くて、集めた石を持ち運びしやすいが、薄く軽いものはゆっくり沈むので、仕掛けがタナに達するのに時間が掛かり、仕掛け投入回数が減る。また、こちらのほうがより問題だが、潮が流れているときには、石が潮流に押され道糸が斜めになって、狙ったタナとコマセが散る水深がずれることになる。

私の先生のKさんは、重くて、早く下に沈む厚めの石の方がよいと言う。また、湾内のせまい場所に何隻か船が集まって釣る場合は、自分の船の真下にコマセを入れ続け、魚を寄せておくことが重要で、ベテランは石がまっすぐ下に落ちることを重視して、平たく軽い石は使わないという。しかし、石を投入するのに慣れるまでは、ゆっくりと石が沈むほうが、道糸の繰り出しに余裕があるので、流れのないところで平たい石を使って練習をし、慣れたら厚く重い石を使うようにしたらいいと思う。石の表面は、巻きつけた糸がすべって外れないように、ざらついているほうが断然いい。

ベテランになると、これでどうやって刺し餌とコマセを載せて糸を巻くのかと首をかしげたくなるような、いびつな、あるいは、卵を大きくしたような丸い石をうまく使って仕掛けを投入する。「ベテランは石を選ばず」と言える。しかし、はじめのうちは時間をかけてよく石をみて、上で述べたような、形のいいものを選んだほうがよいと思われる。私はこれと思う石を取上げたら、横から見たり裏返してみたりしながら、どのように糸を巻きつけるか、少々傾いただけで糸が途中で外れてしまうようなことはないかどうか、考えながら選ぶようにしている。時間がかかるが、よい石を使うことは釣りをスムーズに行うための条件で、よい石を選ぶことがマキコボシ釣りで釣果を上げる最初の一歩と言ってもいい。

私の家から県道の坂を100mも降りると、下の写真に見るような、西の浜という砂利浜があり、潮の満ち干にかかわらず石が拾える。時々、200個か300個拾って小型のリヤカーで運ぶ。Kさんの転出後、マキコボシ釣りをするために石拾いをするのは私だけになってしまった。

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刺し餌、コマセ

刺し餌としてはオキアミのボイルまたは生を使う。イソメ類はハリスを巻きつけたときに虫がからみつき、ハリスがスムーズに解けなくなるので避けたほうがいい。コマセにはアミエビまたはオキアミ、あるいは両方を混ぜたものを使う。私は、短期間に水温が下がったときや、安定していても水温が16、7度以下でハゲ(カワハギ)などの餌取りがほとんどいないときには、刺し餌としてオキアミの生を使うこともあるが、たいていは餌持ちのよいボイルまたは半生を使っている。コマセ用のLで、1キロ半ほどのブロックを買って冷凍保存しておき、毎回のこぎりで切って、一日分でレンガの3分の1から半分ほどの量を使う。一部を針に刺し、残りはアミエビと一緒にコマセにする。

私は車に乗らず、餌、コマセの購入が自由には行なえないので、コマセのアミエビを、1俵と呼ぶ15キロ単位で買い 一緒に配達して貰い、専用の冷凍庫で保存している。コマセのアミエビは鏨タガネと金槌を使って割り、必要なだけ使う。半日で2キロか2キロ半でだいたい足りる。なお、これら冷凍餌は片方の面はザラザラ、凸凹で他方の面は平らでつるつるしている。表面がザラザラしている方から鏨を打ち込むほうが割りやすい。

刺し餌のオキアミは、針の形にそって尻尾から丸く刺し、針先が頭の近くにくる程度の大きさが適当で、それより大きなものを付けても上半分(頭と胸)をかじられることになりがちで、刺し餌が大きいからといって大きい魚が釣れるということは全くない。ただし、オキアミのサイズが次第に小さくなって、以前はLLというのがあったが、今はLサイズまでのようだ。MやSは小さすぎ、Lが使いやすい大きさだ。

私はコマセにはたいていアミエビとオキアミを混ぜて使うが、とくにアジを狙うなら、アミエビのコマセがよいようだ。またタイ、イサギを狙う場合には、オキアミ(だけ)をコマセに使う人もいる。こうすると餌取りの小物を寄せないですむという。しかしオキアミだけでは遠くまで拡散せず、アジなどを遠くから寄せるチャンスが少なくなる。小物が寄ってきても、アミコマセを撒いているうちに、タイやイサキ、さらにはアジが寄ってきて、そうなればこちらの大きい魚のほうが、先に刺し餌のオキアミを食う。小物が寄ってくることを必ずしも嫌う必要はないと私は思う。

潮の流れがはやいところではアミエビは拡散しやすいため、オキアミを主に使うようにする。また水深が50mを超える深場では、石が沈んでいく途中で少しずつアミエビが散り、仕掛けがタナに届くときにはほとんどなくなってしまい、コマセが効かない。深場ではオキアミをコマセに使ってタイを狙うか、アジも釣りたいときには、マキコボシ釣りの仕掛けのコマセはオキアミだけにし、それとは別にビシ釣りで使う大型のコマセかごにアミエビを入れ、竿を使うかカツオコードなどを使ってタナに下してコマセをするなどの工夫が必要である。

私は刺し餌にはたいていオキアミのボイルを使う。2009年2月の厳寒期、Kさんと2人で、湾奥のタイの養殖生簀に船を並べて掛け、相互に2〜3mほどしか離れていないところで顔をつき合わせるようにして40cmほどの大アジを釣ったことがある。このとき2人のタナを揃えていたので、2人一緒のコマセにアジが寄っていたはずでる。ところが、Kさんに釣れて私には食ってこない。私は餌にボイルを使っていた。「ボイルじゃだめだよ」と彼が分けてくれた生を付けたとたんに食ってきて、私も釣ることができた。その日は私が10数匹、Kさんが20匹を越える釣果だった。彼はオキアミのボイルを使うのはグレなどの磯釣り師だけで、バクダン(マキコボシ釣り)ではボイルを使う者はいない、と言っていた。

同じ年の11月下旬、1週間に22℃から20℃へと2℃水温が下がった。このときははじめ一人で釣っていた。数日前に釣れていた大アジは全く喰わず、小型のタイを1匹釣ったとき、すぐ隣に別な船が来て、やはりマキコボシ釣りで生のオキアミを刺し餌に、大アジを連続して釣った。私にはタイも食わなくなった。これは餌のせいだと考え、釣りをいったん中止し、自転車で20分ほどの釣具店に行き生のオキアミを1ブロック買い、午後、再度同じ場所に行き、大アジとタイを数匹ずつ釣った。

水温が低くなったとき、ハゲ(カワハギ)らしい餌取りがあるだけで何も釣れないということがあったが、このとき、生とボイルの両方を抱き合わせて針に刺して仕掛けを入れると、生だけなくなり、ボイルはそのままということが何度もあった。これらのことからも食いが渋いときにはやはり生を使った方がよいことがわかる。

しかし、急に水温が下がったときや、冬場のアジを狙う場合などを除けば、ほとんどの魚がボイルでも十分に釣れる。生の場合には、魚がつつくと一瞬で取られてしまう。しかし、沖の大アジなどは、ボイルのオキアミを付けていると、はじめ、プルプルッ、カリカリッ、あるいはガサゴソッと前当たりがでて、そのあと食い込むのを少し待ってから合わせる余裕がある。そして、早合わせになってしまい、合わせてすっぽ抜けても、すぐに仕掛をあげず、少し待っていると、たいてい餌が残っていて再び食ってくる。生ではすぐに餌が取られてしまうか、強く道糸をしゃくる(強く、素早く引く)と餌が取れてしまう。ボイルなら、何回か合わせをやり直すことができ、練習しながら釣りができる。また慣れるまでは仕掛けを入れ直すのに時間がかかる。餌を取られてしまい仕掛けを無駄に入れ直すよりは、少なくとも慣れるまでは、餌もちのよいボイルを使うほうが有利だろうと思う。半生があれば冬場は半生がよい。

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タナ取り

真珠(アコヤ)貝養殖筏や養殖魚の生簀のそばで、海の上からアミエビなどを少し撒くとハゲやハリセンボンなどが浮いてくる。岩礁地帯の近くであればグレも船からのコマセにどんどん浮いてくる。サバ、ヤズ(イナダ)やメジカ(ソーダガツオ)などは、底から表面近くまで泳ぎ回って餌を探しているようだ。ヤズやメジカは特定の時期、限られた期間、潮に乗って回遊してくるので、居つきの魚と違って、特定の場所で常に狙えるという魚ではない。内海地区では夏、朝夕のまずめ時に曳き釣りで狙うことが多い。仕掛けを底または底から1〜2ヒロのところに入れればコショウダイ、ハタ、ホゴ(カサゴ)、コズナ(アマダイ)、イトヨリなどが釣れる。(注) とくにアマダイは泳ぎ回らず、餌がすぐ近くに落ちてくるのをまっているといい、普通は、コマセをせず、流し釣りで場所を変えつつ、オモリで底まで落とすテンビン仕掛けで釣る。

マキコボシ釣りで主に狙うタイ、アジ、イサギなどは内海湾の岩礁地帯、あるいはその近くに居ついていて、底から3ヒロ前後までのところを泳ぎ回って餌を探すか、住処の近くで潮に乗って流れてくる餌を待っているようだ。魚が釣れるためには、住処の根(海底の岩)の潮上からコマセをする必要があり、また魚の(その日の)泳層、つまりタナにうまく仕掛けを入れる必要がある。
魚の泳層をタナと言うが、また、仕掛けを入れる層を指すこともある。たとえば「イサキは群れを作って回遊しているが、遊泳層はその日の天気・潮などで異なり、タナが少しでも外れるとまるっきりダメ」(早川淳之助編著『磯の大もの・中小もの』つり人社、昭和59年)のように、タナは釣り人が、魚がいると予想して仕掛けを入れる層をも意味する。ここでは後者の意味で使う。

タナを決めるのに二つの方法がある。底が比較的平らで、固定された筏に船を掛けて釣る場合のように、潮汐を別としてポイントの水深が変化しないところでは、針にオモリをぶら下げるなどしておいて巻き枠から道糸を出しながら仕掛けを下し、底についたら(これを底立ソコダチを取るという)、1ヒロあるいは2ヒロ上げたところに輪ゴムなどで印をつけておく。右の図を参照。

餌を付け、石に巻き付けた仕掛けを沈め、糸を送ってやり、この目印のところで糸の出を止めれば、刺し餌は底から1ヒロあるいは2ヒロのところに来、コマセは巻き付けたハリスの長さに応じて少し上に撒かれることになる。潮が流れていれば仕掛けは浮くので、糸を目印のついた長さより多く出してやる必要があるが、そうした問題はまた後で考える。


凹凸のある岩礁帯にアンカーを打って釣る場合には、潮の流れの方向が変化すると、船の位置が変化し水深が変わる。流し釣りで釣る場合にも同じである。例えば水深が20mも30mも変化するような場合には釣りにくいので除外する。私は、よく行く釣り場は魚探を使って水深を見、GPSプロッターに海底地形を入れてある。私はしばしば 岩礁帯とその外側の境目あたりで釣るが、家串湾口、塩子島の東側の釣り場は水深がおよそ25mから40mの間で、15mほど変化する。このような釣り場の場合、ハリスを含めた糸の長さが25m以上あると根がかりしてしまうので、底立ちを取って糸の長さを決めるのではなく、船の上で初めから、例えば、15ヒロ(約22.5m)をはかりとって印をつけて釣りを始めるようにする。

アジなどは、1ヒロ程度はタナがずれていても釣れるけれども、ほかの魚はそれ以上ずれてしまうと釣れない、とベテランは言う。水深が30m程度の岩礁帯の同じポイントで何度もイサキを釣った私の経験では、大体底から3ヒロ程度で釣れるが、時に釣れないときにタナを一ヒロ以上、上にしたら釣れたり、あるいは逆に底から2ヒロ以下のところまで下げたら釣れた、ということがある。数回仕掛けを投入して食わなければタナを変えて、魚の泳層を探る必要がある。

タナ取りをしたあとの道糸は枠に巻き取るのでなく、手繰って回収したら、船の床の上に置くか、大きなタライのような容器の中に入れる。仕掛けを海に入れるときに、道糸が絡まず、スムーズに出て行くことが大切だが、そのやりかたについては後述する。

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仕掛けの投入

仕掛けの投入に先立ち、針に餌のオキアミを刺して石に載せ、その上に、水分を絞った一握りほどのアミエビまたはこれにオキアミを混ぜたものをコマセとして載せ、ハリス(と道糸)を合計30回程度巻きつける。石の大きさにより多少違うが、糸を石に一回巻くとその長さはだいたい10〜15センチくらいで、ハリスの長さが2mなら10数回から20回ほど巻けることになるが、同じ方向に巻きつけていくと、スピニングリールに巻いた糸のように、糸がねじれる。ハリスのねじれが道糸に伝われば、道糸の縺れの原因になる。これを避けるため、ハリスを巻くときに10回ごとくらいに石を持ち替え、巻きつける手の回し方が反対になる(時計回りと反時計回り)ようにして巻いて行く。巻きつける幅は最初は少し広く、終わりに近づくに従い、中心(重心)に近いところの2〜3センチに集中的に巻きつけるのがよいようだ。ベテラン、あるいはプロの漁師はまったく気にせず、すごい速さでぐるぐると巻きつけ、無造作にポイと石を投げ込むが。

こうしてハリス(とその上の、若干の道糸)を巻きつけた石を静かに海に落とし、道糸にテンションがかからないように道糸を送ってやると、石はゆっくりと沈んで行く。目印を見ながらその日予想されるタナのところで道糸の出を止めると、たるんでいた道糸が張り、石は回転して、巻きつけてあった糸がコマセを散らしつつほどけていく。ハリスが全部ほどけて石がタナに達すると石は落ち、刺し餌が海中に漂う。コマセの雲の中心部に付け餌が漂うようにする(とくに潮の緩いところでのアジ釣りの場合)には、石が落ちた後、1ヒロほど手繰りあげてから道糸を持つようにする。

道糸が途中で絡んで何メートルかの糸が団子になって出て行くことがある。目印のところで道糸の出を止めたときに、石の重みで解けることもあるが、途中に結び目ができてしまうこともある。この場合は、道糸が短くなったのと同じことで、石はタナに入る前に落ち、コマセと付け餌は予定したタナより上で放出されることになる。道糸の絡んだ個所の長さがそれほど長くなければタナに近いところにコマセが撒かれ、魚が釣れるかもしれない。しかし、その場合に魚が掛かって抵抗し、糸が強く引っ張られれば、結び目が硬く締まってしまい、あとで直しにくくなる。いずれにせよ、仕掛を投入した際に道糸が絡んだまま海中に入っていった場合には、糸が張って石が落ちるのを待ってから、あるいは途中で道糸を出すのを止めて石を落として、糸を回収し、縺れを直してから新たに投入したほうがよい。

餌を付け替えるために仕掛を上げるときに、道糸の何割かあるいは大部分を船の中にいれず、海上に吹き流しにすると、糸を縺れさせずに楽な投入ができる。しかし海面に吹き流しておいた糸は潮に流されながら沈むので、潮の流れが速くないこと、船のペラ、アンカーロープなどに引っかからないことを確かめながら行う必要があるが、糸の絡みを避けるのに有効である。

糸の縺れは出してやる道糸の長さと密接に関係する。はじめたばかりの人でも、水深が30m程度の浅いところで釣るときには、タナが底から2ヒロとして、ハリスが2ヒロなら、出してやる道糸は24m程度ということになり、このような場合には(風の強い場合などを除き)糸が縺れることはあまりない。しかし、水深が50mを超えるところでは、繰り出す道糸の長さが45m近くにもなり、石が落ちていく途中で縺れがおこりやすくなる。しかし、縺れの原因は道糸の送り出しかたにあるというよりは、仕掛けを上げるときに船内に取り込んだ糸の状態にあると言える。そして、この点については後で述べることにする。

道糸が縺れても、複雑でなければ、その場で解いて釣りを再開することができる。しかし、縺れを直すのに30分も40分もかかることもある。糸の縺れを直している間に、魚が食う時間帯=「時合い」をまるまる失ってしまうかもしれない。サンデー・アングラーズの場合にはこのロスは耐えられないはずだ。縺れた道糸は、ヨリモドシのところでハリスを切って、そのままビニール袋か何か大きめの袋の中に入れて持ち帰り、家に戻ってから、暇なときに直すことにし、丸枠に巻いた道糸をもう一本用意しておき、それを使って釣りを再開/続行するようにするとよい。ただし、袋に丸めて押し込むことで、縺れは最初よりはひどくなり、解くのに時間が余計かかる。船の上なら、いじる必要のない箇所は海に放置し糸を広げたまま縺れた箇所を直すことができ、また濡れている糸のほうがほどきやすいなどのこともあって、より短時間で済む。

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石を釣らないようにする

道糸の送り出しがスムーズに行けば、道糸の出を止めたあと、ハリスがほどけていく間は、コトコトと石の回転が感じられ、最後に石が落ちるとフワッと軽くなる。ところがハリスがほどけていく途中で、あるいは最後の1巻き、2巻きのところで、ハリスが針に引っかかってしまい、石が落ちずに止まってしまうことがある。この場合には、「コトコト」の後に「グーン」とあるいは「ガツン」と道糸が引っ張られる。はじめは瞬間的に魚が食ったのかと思うかもしれない。実際、石が落ちていく途中で、ソウダガツオ、シマアジなどが石に乗っているコマセを食おうと、巻いてあるハリスの上からかみつくことが有る。この場合、突然道糸が強く引っ張られるので重力の大きさに異変が起こったかと、一瞬あわてさせられる。そして、ハリスが全部ほどけると同時に魚が針掛りしているということもある。(ウスバハギもハリスの上からコマセを突つくが、道糸が引っ張られることは少なく、代わりに鋭い歯でハリスが切られることになる。)

しかし、ハリスが針に引っ掛かって石が止まったときには、刺し餌は石に縛り付けられた状態になっているから、魚は釣れない。ただ重いだけで「泳がない」ので、石がぶら下がっているのだということがわかる。場合によっては、腕を上下に2、3回振ると石が外れて落ちることがある。しかし、ハリスの最後の1巻き、2巻きが針に掛った場合にはそうはいかない。外れなければ石がついたまま、道糸を魚が釣れた場合と同様に引き上げ、仕掛けの投入をやり直さなければならない。重そうに糸を手繰り上げるので、「石を釣ってしまった」などと言うこともあるが、刺し餌のオキアミの上にコマセのアミエビを直接かぶせてハリスを巻きつける場合にはしばしば起こる失敗である。

ハリスが針に引っかかるのは、石が落ちていく途中、コマセが散って少なくなってきたときに、石が傾いて滑り、解けつつある糸が引きずられて針の下にもぐりこむことで起こるのだと考えられる。上では省略して書いたが、最初のハリスの巻きつけ方を次のようにすることで、「石を釣る」ことはほぼ確実に防ぐことがきる。
まず、刺し餌を石の重心付近に乗せる。次に(右利きの場合)左手で針のチモトをしっかり押さえ、その上に、大きく、しっかりしたオキアミを1匹〜2匹、巻きつける糸と直角になるように載せて、動かさないようにしながら、最初の半巻きのハリスはたるませておき、そのあとのハリスをゆっくり一回、もう一回と2、3回強めに巻きつける。その上にコマセを載せてハリスを巻く。こうすることで、餌のついた針はその上のオキアミとともに石の表面に強く押し付けられた状態を保ち、解けてきたハリスが最後の2巻き3巻きのところで横にずれながら張っても、「半巻き」の緩めてあるハリスが浮き上がって、刺し餌/針の下に引き込まれることが防げる。

私は以前は(30m程度の浅場での)数時間の釣りで数回は石を釣る失敗があったが、最近では、この最初の刺し餌の押さえ方に気をつけることで、皆無とは言わないが、ほとんどなくなった。ただし、生のオキアミを刺し餌にする場合、刺し餌の両側に数匹のオキアミを並べでガードするなどして、糸を巻きつけたときに刺し餌が潰れてしまわないようにする工夫が必要だ。

深場では途中でコマセが散ることはさけられず、巻きつけた糸の下に隙間ができて、糸がゆるむが、浅場でも、仕掛けがタナに達する前に巻いてある糸が緩み、石が傾き、滑り落ちてしまうことがままある。これは糸の巻きかたに関係がある。糸は、石の中心(重心)から2センチ程度の巾で、しっかりと巻いてあれば、だいたい、最後までうまく回転して、タナに入る。石の重心を見極めることが重要で、これには石の形も関係する。形の整ったものを選べば、糸を重心に近いところに巻きつけることができる。

また、コマセがびしょびしょでは、糸を巻いてもコマセを上から押さえつけることにならず、石が沈む途中でコマセが放出されやすく、結果として、巻きつけられたハリスの下がすかすかになり、石はすべり落ちやすくなる。コマセのアミエビは水分をよく絞ってから石に乗せる。そうするとアミエビは締まって、糸を巻いてもすべらず、しっかりと巻ける。しかし、アミエビの水分を硬く絞り、糸をしっかり巻きつけても、載せるコマセの量が多く、コマセの層が厚くなりすぎると、両脇からこぼれるコマセの量が増え、石が滑り落ちることがある。ひとりで釣る場合、コマセが少ないと魚を集めることができないが、毎回のコマセは多く載せすぎないようにする必要はある。

また、すでに述べたように、竿を一本出して、アミエビを入れたプラカゴを使ってコマセの量を増やすことができる。また、(大)アジを狙う時にはアミエビをこませることが必要だが、タイを狙うなら、深場では、コマセに混ぜるオキアミの量を増やすか、コマセをオキアミだけにすることで、糸をしっかり巻くことができ、途中でコマセがこぼれるのを防げる。

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手返し

手返しという言葉は、家串でマキコボシ釣りを始めるまで私が知らなかった言葉だ。『広辞苑』第4版によると、手返しとは @手数を重ねてすること。手を加えて始末をつけること。 A古着を縫い直すこと。 Bてむかい。抵抗。反逆。 C相手が伏せて出した手の下に自分の手を重ね、相手のすきをうかがって手をひるがえして打つ遊戯 を意味する語だとされており、どれも必ずしもぴったり当てはまっているとは言えないが、マキコボシ釣りの場合には、ほぼ@の意味で使われている。つまり、ここでいう、手返しとは、仕掛けを投入して(魚が釣れても釣れなくても)、それを手繰り上げて回収し、再び投入するまでの一回一回を意味する。

私の場合、50m程度の水深のところで、投入した仕掛けがタナに入るまでに50秒〜1分、当たりを待つのに2〜3分、魚を掛けて取り込むのに2〜3分、サカナを針から外して生簀に入れ、餌を付け直すのに2〜3分で、手返し、つまり一回ごとの仕掛けの投入と回収に7〜8分ほどかかる。水深が深いところではもっと時間がかかる。また、浅くても、大きめの魚がかかったときには取り込みに時間がかかる。

あるとき、水深が45mくらいのところで、冬の夕方3時半から5時半くらいまで釣りをした。このときは、空振りは一回だけで、それ以外の仕掛けの投入に毎回魚が釣れ、それも良型のタイと大イサキと大アジが釣れた。暗くなってきたのでやめたのだが、釣った魚の数は合計11匹だった。つまり、2時間で仕掛けの上げ下げは合計12回だったので、この場合、一回平均10分かかっている。

手返しが早いほど魚をたくさん釣ることができるのは明らかで、食いの立ったときに上手な人と下手な人の差は手返しの速さによるといえる。魚を掛けていないときに道糸を回収する時間は誰でも同じようなものだから、魚が掛ったときに取り込んだ魚を針からすばやく外して生簀に入れ、時間をかけずに餌を付けハリスを巻いて、スムーズに次の仕掛けを落としこむことが手返しを早くすることになる。先生のKさんは私の手返しが遅いと言う。Kさんは、私が仕掛けを2回入れる間に3回、あるいは私が1回入れる間に2回仕掛けを入れる。

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コマセで魚を止めて釣る

低水温期の湾内のアジ釣りでは、自分の船の下のコマセが切れないように、連続してコマセを入れて、魚を止めておくことが重要になる。2009年の冬、家串の隣、油袋地区のタイの養殖生簀周りで大アジが釣れ続いた。10数m四方程度の狭いポイントに4、5隻の船が集まって釣る。たくさん釣るベテランは、早い手返しでコマセを切らさないようにして、一匹釣ると次々に「入れ食い」状態で釣る。また、実際に何度かあったが、たとえば、1隻の船に3人乗っていてマキコボシ釣りをやっていると、代わる代わる仕掛け、コマセを入れることができるので、この3人も釣り続けることができる。たまたま、私の撒いたコマセに魚が何匹か寄ってきて、その1匹を私が釣上げたとしても、私が取り込みに時間をかけて次の仕掛を用意しているのでは、その間にコマセは薄れ、魚は他船のコマセに移ってしまう。

上手な人は一連の動作を流れるようにすばやく行い、手返しが非常に早い。魚を取り込んで、針をはずしてすみやかに生簀に入れたと思ったら、あっという間に刺し餌とコマセを載せた石にハリスを巻き終わり、無造作に石を海に放り込んでいる。

私なら、暴れる大アジの口から針をはずすにも、また次ぎの仕掛けの投入にも、時間がかかってしまう。しかし、慣れるまでは、これら動作に時間がかかることはやむを得ない。他方、すでに述べたことだが、糸の回収をていねいに行わないと、仕掛け投入時に糸を縺れさせることになる。またハリスの巻きつけ方が拙いと、石が途中で滑り落ちたり、あるいは「石を釣る」羽目になる。これらのミスが何回かあれば時間を大幅に失うことになる。特に、コマセの上からハリスを巻きつける際には、多少時間がかかっても、上に述べたようなやり方で、丁寧に、ゆっくり、糸を引き締めながら中心部に巻きつけたほうが、「石を釣る」無駄な時間を減らし、結果的に、手返しの数を多くすることになる。ベテラン以外の人にとっては「急がば回れ」が正しいやり方といえるだろう。

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潮の流れとコマセ

私はバクダンを始めてから3年目で大アジ釣りを覚えた。ある日、大アジが良く釣れるポイントの養殖生簀の周りに、漁師や地元のベテランも含め船が4、5隻集まって釣っていた。私が最初釣っていた場所での食いが悪く、そこから10mほど離れた場所に船を繋ぎ替えたとたんに、入れ食いになった。他の人がポツリポツリと釣り上げているのに、わたしの仕掛けには石が落ちると同時に食ってくる。こうして、この日は日が暮れるまでの3時間ほどの間に40センチを越える大型のアジを30匹近く釣ることができた。釣り上げた後針を外して船外に吊るした網カゴの活簀に入れるのに時間がかかり、(水深は40m程度の比較的浅いところなのに)手返しには一回につき6分ほどかかっている。手返しが早ければもっと釣れたかもしれないが、大アジ狙いの釣りを始めてまだ数回といったところだったので、もう有頂天になるほどだった。そしてその後もこんな好釣はない。

あとでベテランから聞いたところでは、私が船を掛けた場所が、最も潮上であったことが大漁につながったという。船釣りでは、人のコマセで釣るなと言い、人の潮下(コマセが流れていく方向)に船を入れるのはよくないと言われている。ところが、船が狭い場所に集まって釣るときには、ある船のコマセに寄ってきた魚は、そのコマセが薄らいだとき、その潮上から流れてくるコマセがあれば、そこに向かって泳いでいく。アジやタイ、イサギなどは自分の居ついている根の周辺で、潮の来る方向を向いて泳いでいるという。また、船外に吊るした網かごのなかに入れられた魚が、並んで、潮の来る方向を向いて泳いでいるのを見ることができる。ポイントの近くに集まってきた魚は、コマセが流れてくる限りその方に向かってどんどん進んでいくわけで、コマセが流れてくる一番先端に集まる傾向がある。したがって、比較的狭いポイントに船が集まって釣るとき、湾内の緩い潮の場合、表面では流れの方向が分からないことが多いのだが、仕掛けの傾く方向などで潮の流れる方向が分かる場合には、潮上に船を掛けることができればそのほうが良く釣れることになる。

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当たりを取り、合わせる

タナで石が落ちてコマセが撒かれたら、道糸を利き手の人差し指と親指で挟んで持ち、当たりを待つ。その道糸の上側は残りの三本の指で手のひらに押しつけるように握り、もう一方の手でその上の方を握って軽く張っておく。当たりがあって合わせるときには利き手の残りの三本の指を握りしめ、強く糸を掴んで、腕を上に振り上げる。糸が滑るときには利き手の薬指と小指の間に糸を通しておくと、抵抗が増え、あわせが確実になる。もう一方の手で道糸の上側を持つのは、掛けた瞬間に魚に走られた場合、利き手だけでは「暴走」されるので、ブレーキを2段構えにしておくためである。

しかし、滑るからと言って道糸を指に巻きつけておくのは危険である。大型の魚がかかって、合わせた直後に突っ走ったとき、指の間を通しておくだけなら、ブレーキがかかりながらもあっという間に糸は飛び出して行くが、巻きつけてあれば、指の肉が引き裂かれるかもしれない。
私は、人差し指と親指で挟んで持っていた道糸が、合わせた瞬間にズシーンというすごい引きで人差し指に食い込み、刃物で切ったかのように、指の側面が斜めに長さ2センチほど、深さ2ミリほどに切り裂かれたことがある。もちろん激しい痛みで力が抜けるのを感じた。このときは、道糸には(伸びのない)ポリエステル6号の撚り糸を使っていたが、4号のフロロカーボンのハリスが途中で切れ、もちろん、魚には逃げられた。魚は何か分からない。当時湾内にハマチが入っていたという話もあるが、大きな、たとえば60センチ以上のタイなどの可能性もある。その後しばらくは「あつものに懲りて」指先を保護するテープを巻くようにしていた。糸が滑って動くことができても、瞬間的に強く張った糸で指に怪我を負うことがある。糸が指に巻きつけられていて滑ることができない状態で、強く引っ張られたらどうなるかは、考えるまでもないことだろう。

真冬の水温低下時、あるいはそれ以外の時季でも、カワハギなどにより当りが出ないまま餌がとられてしまうというような場合を除き、仕掛けを入れて少し待っていれば、たいていは当たりが出る。夏場、水温の高いときは、集まってきた魚が我勝ちに餌をとろうとするのだろう。石が落ちると5秒も経たないうちに小魚なら「コツン」、あるいは「コ」だけで餌をとり、魚が大きければガツーンと当たりがでるから、合わせる。向こう合わせで掛ることもあるが、オモリをつけていないかあるいはごく軽いオモリしかつけないマキコボシ釣りでは、合わせが遅れると餌だけとられることになる。大きな魚のほうがはっきりした当たりで合わせやすく、間に合わずに餌をとられても、餌を付け直して再び仕掛けを投入すれば、また食ってくる。20センチ程度の小さなタイでも、「ガリッ」と音が聞こえるような当たりが出たり、「ガツーン」とくることがある。1時間ほどこれといった当りがなかったり、小物しか釣れなかったりしたあと、30cmを超えるタイやイサキが食って驚くほど強い当たりが来ると、「来たか。これ、これ!」と快感がわきあがる。

たいてい、カワハギなどの餌取りがいて、2、3分で餌はなくなる。当たりが(わから)なくても、少し待ったら仕掛けを上げてみる。そして仕掛を入れ直し、コマセを打って、当たりが来るのを待つ。はっきりした強い当たりが出たら、糸をしっかり握って腕を上に振り上げて合わせ、魚を針に掛ける。当たりが小さく速くても同じで、間に合えば合わせてみる。当りが断続的で、また細かく、合わせたらいいのかどうか迷うこともある。少し待ってから次の当たりで合わせて、魚を掛けることができる場合もあれば、すでに最初の当たりで餌を取られてしまっていることもある。当たりの出方、あわせのタイミングは魚によって、また時期によって様々に異なり、どうすればいいか、一概に言うことはできないが、失敗しても、どうということはなく、針に掛けることができなかったら、再度仕掛けを入れなおし、次の当たりを待つ。この釣りを何度かやって経験を積むうちに、細かい断続的な当たりの場合の合わせのタイミングが自然につかめるようになっていく。

魚が多くいるということがまず第一の条件だが、私は、マダイは最も釣りやすい魚の一種と言えると思う。他のところでは分からないが、家串周辺では、水温が20度ほどになると、マダイはたいてい、針先をひったくるような強い当りとともに、ほとんど向こう合わせで釣れる。しかし、常にそうとは限らない。冬場には当りが静かになり、指先に神経を集中して待つ、あるいはタナを探る必要がでてくる。また、「産卵期には魚が神経質になる」というのを聞いたことがある。これと関係があるのかどうかは分からないが、水温が上昇した6月半ば過ぎでも、静かで小さな当りしか出ないこともある。

コンと小さな当りがあって(これは鼻先か何かでぶつかったときの当りだと考えられる)「ん?来たか」と構えて待っていると、カサコソッとかすかな当りが出て(たぶん口でくわえて味見をしているのだろう)、続いて吸い込みらしいものが感じられ、わずかに重くなる。そこで、腕を振り上げると、ゴンと針掛かりする。

ある年の6月下旬、2日ほど休んだ日を除き1週間、好釣の日が続いた。この間に、マダイは良型(40〜65cm)が3匹、25cm前後が6、7匹、20cm程度のもの15、6匹、グレが50cmを頭に40〜45cm4、5匹、20cm程度の物が数匹釣れた。他に大型のハゲ、小型のタマメ(フエフキダイ)なども釣れ、私としては非常に満足のいく1週間だった。このとき、釣れたマダイのほとんどがこのような、静かな食い方だった。大潮の底りから上げの3分くらいまでで潮がほとんど止っていたときの釣りで、細かな当りが分かったのは、ほとんど風も波もなかったことが関係している。

2007年から始めて4年間に30cm以上のグレを50匹程度釣った経験からは、グレはマダイよりはずっと釣るのが難しいと感じられた。その後、年を重ねるに連れ次第に釣りやすくなったが、やはりグレの場合には、マダイよりはるかに静かな細かい当たりしか出ないことが多いので、指先に注意を集中し、当りを見逃さないようにする必要がある。潮の流れが速いところのほうが、(もちろんグレが釣れる場所だと言うことは前提している)当りが取りやすく、釣りやすい。当りがはっきり出て、グーンと重くなり、底に向って突っ込む。当りを取ることは容易で、少々、風や波で糸が振れても、見逃すことは少ない。
しかし、潮の流れがゆるいところでは、当りは非常に静かで、風や波があって糸が振れると分かりにくく、釣るのは難しくなる。弱い当りを取ることができるために、凪であることが重要な条件になる。マキコボシ釣りを始めたばかりの頃は糸がジワーッと重くなるという風に感じた。そして、早合わせをするとすっぽ抜け、合わせが遅いと餌がなくなる。重くなったら、少し待って強く合わせるとよいという風に考えていた。
2、3年やって、感じ方が変わった。小さなコツンという当りがあり、ちょっと待っていると、もっと小さなカサッという当りがあり、えさが吸い込まれるのを感じるようになった。以前は、最初の「コツン」あるいは次ぎの「カサッ」を見逃し、吸い込んだ時に出た「ジワーッ」だけを感じていたということかもしれない。「コツン」は上で述べたように、グレとは限らないが、「コツン」があったら、いつでも合わせられるように構え、吸い込みを感じたら即大きく腕を振り上げるようにしている。「カサッ」から吸い込みへの移行の間(ま)をはかるのは難しく、勘としか言えない。1秒程度かもう少し短い。

九州では「関アジ」と呼び、愛媛県側佐田岬半島先端では「花アジ」(岬の先端を鼻というが、両方をかけているという)呼ぶ、30cm以上の良型ないし大型のアジが家串周辺でもよく釣れる。夏場、喰いの活発なときのアジは、ビシ仕掛けやサビキ仕掛けで、向こう合わせで釣れる。マキコボシ釣りは、低水温期など食いが渋く、他の仕掛けでは全然釣れないときにも釣ることができる。
しかし、マキコボシ釣りでは、夏場のアジも向う合わせで釣れることは少なく、ただ待っているだけでは餌を取られてしまう。たいてい、ボイルのオキアミに、カリカリッ、プルプルプル、あるいはカサコソカサというような(前)当たりが出て、すぐに合わせても針掛りせず、すこし待ってから合わせる。カサコソカサ、あるいはプルプルプルという(前)当たりがでるのは中型以上のアジである。小型のアジはたいていパッと食って向こう合わせで針掛かりする。しかし、小アジでも、小さくカリカリッ、あるいはツツツッという感じの当たりを2、3回繰り返してから、餌を呑み込む場合もときにはある。

ボイルの場合、大アジは慎重に確かめるのか、餌を口の中に入れるまでに時間がかかる。指先に注意を集中して当たりを取る必要があるが、かすかなプルプルッ、カリカリッ、あるいはカサコソという当たりが数回断続的に繰り返される。冬場は、少し重くなったら、そのときが刺し餌を呑み込んだときで、合わせればいいのだが、はっきりせず、今合わせようか、もう少しはっきりしてから合わせようかと迷うケースが増える。
このときに、スリルを感じ、緊張し、マキコボシ釣りの面白さを最も強く感じることができる。呑み込んだかどうかがわからず、エサが取られてしまうというときには、カサコソが2、3回あったら合わせてみる。パッとすばやく合わせて掛ることが多いが、ゆっくり引いたほうがよいこともある。餌が口に入っていればこれでたいてい掛る。しかし、餌を口に入れているらしいが針掛りしないときは「聞く」か、あるいはヒジを曲げ伸ばしして10cmないし20cmほどゆっくり上げたり下げたりしてみる。これが「誘い」になるようで、ガツンと来たり、スッと吸い込むなど、餌を呑み込むはっきりした当たりが出る。ここですっと静かに手を上げるだけで針掛かりする。その日その日で喰い方が違い、早合わせの方がよいこともある。

カイワリは関西ではメッキアジなどというさえない名前で呼ばれ、小型のものがスーパーなどでよく売られているが、関東では高級魚として扱われている。家串周辺では30センチ近い良型が釣れる。底から1〜2ヒロのタナで待っていて当たりがないために仕掛けを入れなおそうと糸を手繰ると、しばしば数ヒロも上でカイワリが食いつく。下では当たりが出なかったので、タナがアジやタイよりも上なのか(コマセは上にも散っているはずだ)、下から追いかけてきて食うのかはわからない。動くものには敏感に反応して食いつくようだ。
しかし、冬場の食い方は全く違い、底のほうで静かに餌を呑み込むようで非常にかすかな重さが感じられ、少し待って合わせると針掛りしてカイワリが釣れてくるということがしばしばある。カイワリはタイのように引きが強く、しかも、タイは途中から弱ってしまうのにカイワリは最後まで強く抵抗し、大いに楽しませてくれる。そして、刺身でも、焼いても、切り身にして煮つけてもおいしい。

当りを取って針掛かりさせることが難しい魚の代表はカワハギ(ハゲ)である。カワハギは釣れたら釣りたい魚だが、マキコボシ釣りの場合、オモリを付けないか、付けてもせいぜい数匁までの小さなもので、またハリスも、普通は2〜3mと長く、餌をかじったときの当りがめったに出ない。大きいものは時に当りが出て釣ることができる場合もあるが、小さいものはほとんど全く釣れない。私の経験では、ハリスが1m以内だと当りの分かるケースが増えるが、2m以上だとほとんど分からない。また、大ダイが喰う場所で、ヒラマサ針をつけていたときには、カワハギの当りが分かって釣ることができた。これは針自体が太く重く、ハリスが張っていて、当りがでやすかったためではないかと思う。

そういうわけで、ふだんは、カワハギを釣るのはあきらめている。しかし、40cm以上のマダイやグレでも、当りが非常に静かで小さく、わからないまま餌を取られているということもある。数分で仕掛けを入れなおすとすると、カワハギは刺し餌が残る。餌がきれいになくなったら、タイやグレが食っているのかもしれない。タイの場合には、カサッという一瞬の静かな当たりでも、合わせ損なえばボイルのオキアミがきれいになくなる。

カワハギの仲間のウマヅラ(ウマヅラハギ)はあるていどはっきりした当りが出ることが多く、あわせて釣ることができる。引きが強く、最後まで、クククク、ククククと魚体から想像するよりもずっと強い抵抗を続けながら上がってきて、大いに楽しませてくれる。しかし、コマセのこぼれに水深2〜3m程度のところに浮いてきたウマヅラに、マキコボシ釣りの仕掛けを落として観察したことが2、3回あるが、いずれも全く当りが出ないまま餌を取ってしまった。一匹だけで、ゆうゆうと落ち着いて、オキアミをひとつひとつ拾って喰っていた。底近くでアミエビのコマセが撒かれ、他の魚と競争で喰う時には、オキアミの刺し餌を泳ぎながら急いで喰うために、当りがでるのではないだろうか。

17世紀、英国のアイザック・ウォルトンは世界的に有名な彼の著書『釣魚大全』で、彼がもっとも多くの頁を割いて書いているマス釣りの要点を次ぎのように述べている。「魚が食ったとき合わせは急ぎすぎてもいけないし遅すぎてもいけない。餌が魚の口に十分に呑まれたと思うまで待たなければなりません。そして長く待ちすぎてもいけないのです。これは底釣りについての注意です。浮子釣りにかんしては浮子が静かに水面下に引き込まれるのが見えたりあるいはそっと浮き上るのが見えたら、ときを移さずあわせなさい---」と言っている。

また、19世紀、ロシアの著作家・アクサーコフの書いた『釣漁雑筆』にも、当たりと合わせについての的確な説明がある。その第一部は、竿などの釣りの道具と餌、それに釣り方を論じ、第二部で釣りの対象になる26種類ほどの魚を説明している。第一部の最後の「釣りの技術について」という節で合わせ方について述べている。
「私は経験ある老釣り師たちから、もっとも必要なことは魚に十分に食わせるということ、すなわち餌を鉤(ハリ)ごと飲み込ませ、浮子を底へ持ってゆかせることであると常に聞かされていた。私はこれを長いこと鵜呑みにしていたが、しかし、後になって自分自身の注意深い観察の結果、この法則はとても無条件には受け入れられないということを確信した。〔川カマスなどの〕食肉魚にあってはこれは常に正しい。----しかし他の魚種、とくに大型でない魚ではこの法則は有害である。これらの魚は餌を呑みこみはせず、ただ口の中に入れてわきへ泳いで行き、浮子は持って行かないことが非常に多いのである。なにか障害があると(釣り糸が張っているのでその抵抗のために必ずこれはあるものだ)、とくに魚が鉤の硬い背を感じ取ったり、----針先に刺されたりすると、魚はすぐに餌を鉤ごと吐き出してしまう。かくて----浮子が脇へ行き始める時が合わせの真のときである」。

二人が行なったのは川釣りである。また彼らはウキ釣りについて述べている。だが、当たり方が様々で、合わせ方が一筋縄でいかない点は、わたしのマキコボシ釣りにおける経験とよく一致している。

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釣れないとき

私はたいてい底から1ヒロか2ヒロのところで石を落とし、そこから1ヒロ上で待つようにしている。最初はもう少し高いところでコマセをする。それはコマセを遠くまで散らして魚が寄ってくるのを期待するからだが、その後は石を落とす位置を少しずつ下げていき、底から1ヒロくらいのところでまつようにしている。魚が不活発な時には底のほうで食う傾向があるように思う。冬場はベタ底に下げる。釣れないときも、たいてい、魚が回ってくるのを待つ積りで、1〜2時間、仕掛けを入れ、コマセをする。10分か20分やって食わなければすぐに場所を変えて、食うところを探すという人もいる。湾の奥で、潮がほとんど動かない場所で釣るときには、このような釣り方もある。特に冬場は魚が動かないので、同じ場所でコマセを続けていても魚を寄せることはできない。自分から場所を変えて魚のいる場所を見つける必要がある。

しかし、水温があり、魚が泳ぎまわる時期には、魚は船を掛けた場所(の下)にいる魚を釣るというよりも、潮下にいる魚を遠くからあるいは近くからコマセによって呼び寄せて釣ることになると考えられるので、私はしばらくの間コマセをつづけ魚が来るのを待つ。場所ももちろん関係があり、潮下に魚の住処あるいは魚の通り道が無ければならず、要するにコマセが効くところに船を掛けなければならないわけで、最初は、同じ地域で以前から釣っていて場所を知っている人に教えてもらう必要がある。

そのような場所で何回かコマセを繰り返して魚がくればよし。食わないときにはタナを変えて3ヒロよりも上で、あるいは底でやってみる。アミは潮に乗って流れていくが、オキアミは下に沈んでいくので、タイや他の底物(コショウダイや糸ヨリなど)が下に集まっているかもしれない。また、アミエビは石が沈んでいく間にも放出されるので、狙っているタナより上にも魚はいる。とくに、タイは、かなり上下に泳いでコマセを拾うようで、2ヒロでコマセをしていて、当りがないからと仕掛けを回収すると10mも上で食いついてくるなどということがときどきある。同じことが大アジにも言える。仕掛けを回収するときには10mか15m程度のところまでは、連続した動作で手繰るより、2拍子とか3拍子とかの感じで、段をつけて道糸を手繰るようにすると喰ってくることが時々ある。

とくに、仕掛けを動かすときに食うことがしばしばある。石を落としたあと少し待って当たりがでないときに、ゆっくりと仕掛けを上げたり下げたりしてみる。仕掛を上げていく場合には糸が張るので、魚が食えばよく分かる。仕掛けを下げる場合には注意が必要である。 餌自体とハリスの抵抗で刺し餌は一定速度でしか沈むことはできず、道糸を速く出しても、ハリスの上についているオモリが先行し、ハリスはたるんでオモリに引っ張られて後からついていく。

道糸を無造作に出せばハリスはオモリに遅れ、たるんだまま刺し餌が落ちるので、魚が食っても当たりがわからず、餌を取られてしまう。仕掛けを下げるときにはハリスがたるまないように、ゆっくりと下げる必要がある。
したがって仕掛けを絶えず上げたり下げたりする釣り方はマキコボシ釣りには向いていない。タナを変えて魚の遊泳層を探そうとするなら、仕掛けを投入するときに道糸の送り方を加減することで、コマセを撒く位置を変えるようにし、いったん、コマセを撒いた後はそのコマセの雲の中に仕掛けが漂うようにして、待つ方がよい。
仕掛けを動かして当たりがなく、回収してみると餌がなくなっているという場合は、たいてい仕掛けを下げていくときに餌をとられていると考えられる。カワハギの場合にはしかたがないが、タイなどは、ブレーキを掛けつつ、ゆっくりと道糸を下げていくと食ってくることがしばしばある。当たりをキャッチしやすいように、指の腹に糸を載せて、仕掛けの重みを指で感じながら、ゆっくりと下げる。仕掛けの重みで糸が下がってゆくよりも少し速度が増し、仕掛けが海中にズズーッと引き込まれるように感じることがある。これは魚が餌を呑み込んだためだと思われる。たいてい、即合わせで針掛かりする。ゆっくり下げていって、コツンと小さな当たりが出ることもある。このときはそこで仕掛けをとめて待つか、食わなければちょっと仕掛けを動かして、誘う。

タナを変えて広く探ることで、狙っていた魚とは別の魚が釣れることもよくある。マキコボシ釣りを始めて間もない頃、水温の低いときに、マダイをねらって釣りをしていた。底から2〜3ヒロのところでかなりコマセをしたのに、当たりが全く出ず、餌取りもない。そこで根掛りするかもしれないと思うほど仕掛けを下に下ろしたときに、コツンというごく小さな反応があり、仕掛けをあげると餌がきれいになくなっている。こんどは底から1ヒロより下でコマセをして、待った。またカサッときて、合わせは間に合わず餌をとられた。こんどは「カサッ」の「カ」であわせようと指先に神経を集中したが、次もやはり間に合わない。こんどこそ、こんどこそと3、4回同じように餌をとられ、4回目か5回目でやっと掛けることができた。強い引きで抵抗しながら上がってきたのは50cm超の良型チヌ(クロダイ)だった。チヌの場合には、小さな当たりを見逃さずにすばやく合わせることが大切だが、当たりがあっても餌が口の中に入っていないときに道糸を引けば、「早あわせ」になり、やはり魚を掛けることはできない。難しいだけに、釣り上げたときには、やったぞと大きな満足を感じた。

別の場所で、1時間ほど上でオキアミを混ぜたコマセをし、何も釣れず、その後、ベタ底にして、40センチ、50センチのコショウダイを何度も釣っている。また何度か、針をかけた後一方的に仕掛けを持っていかれ、4号のハリスを切られてもいる。冬場、狙ったアジやタイが喰わないために底を探っていて、コショウダイ、アズキハタなどを何匹か釣った。これらは刺身にしてもいいのだが、砂糖醤油で煮付けると最高にうまい。しかし多くはいないようでこれを専門に狙って釣るのはむずかしいようだ。

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当たりを取り、合わせる面白さ

第5章の遊びの釣り比較論で詳しく書くが、ハマチの曳釣りやイシダイ釣りでは、魚を掛けてから取り込むまでのダイナミックさ、豪快さがこれらの釣りの魅力の大部分を占めていると思われる。これらの釣りでは、太くて頑丈な仕掛けを使い、大物を力で取り込む。これに対して、マキコボシ釣りでは細い仕掛けを用い、力を使うのではなく、魚をだましだまし、なだめながら釣り上げる。マキコボシ釣りでの取り込みは闘いではなく駆け引きである。また、魚を掛けた後ハリスが切られないか、魚が針から外れないかにもスリルがあり、取り込みもマキコボシ釣りの面白さの一部であることは確かなのだが、そこに魅力の中心があるわけではない。

マキコボシ釣りの魅力は、魚を針に掛けるまでの過程にある。ウキを使ったフカセ釣りでは微妙なウキの変化で合わせを行なうようだ。しかし、私の知っている竿のビシ釣りやふつうのサビキ仕掛けの釣りでは、魚が針掛かりするまでは、魚が「当っている」かどうかは分からない。魚が餌をうまく取ってしまった場合にも、そのことはほとんど分からない。仕掛けを入れたら、リールのタイマーを見ながら待ち、3分か5分経ったら仕掛けを上げて、点検する。そのときに初めて餌を取られていることが分かる。マキコボシ釣りでは、カワハギは別として、魚が刺し餌に触れれば、それが当りとなって道糸を持つ指先に伝わってくる。そして、当たり=魚信がでたときに、それが口の先で触っただけのものなのか、餌を飲み込んだのかを見分け(指先の感じで判断するので、「感じ分ける」というべきかも知れないが)、呑み込んだと分かったら(というより、そう感じたら、そう判断したら)、魚が餌を噛み砕いて針を吐き出す前に、すばやく仕掛けを引いて針掛りさせる。「早合わせ」もダメだが、遅れると餌を取られて空針が帰って来ることになる。しかし、呑み込んだかどうかの判断は簡単ではない。

内海地区では、喰いの落ちるゴールデンウィーク前後の一時期を除き、水温が上がるに連れ、魚の食いが活発になる。しかし、水温が低いとき、あるいは急に3度、4度も上がったり下がったりしたときなど、半日やっても魚が1匹も釣れない、当たりが全く無いということも、しばしばある。冬場、船を掛けて釣り始めてから1時間くらいは、仕掛けを落としコマセをして、当たりが出るのを待つのが普通である。最初に当りが出るとほっとし、そして「よしやるぞ」と気を引き締める。しかし、その後、仕掛けを入れると同時に魚が食いつく、入れ食い状態になれば、忙しく、愉快で、面白い時間をしばらく楽しむということになりそうだが、たいていは、そうはならず、魚は、ポツリ、ポツリとやってくる。

細かな、静かな当たりを見逃さず(感じ取り)、しかもその当りかたの違いから、餌が口の中に入ったかどうかを読み取り、食い渋っているときには餌を動かして食いを誘い、合わせるタイミングを計りながら釣るのだが、一方の「また、魚が来ている!」、「再度、チャンス到来!」というわくわくする思いと、他方の「慌てるな、しかし遅れるな!」という二律背反めいた、うまく遂行することの難しい命令に従おうとすることからくる緊張とが入り混じった、スリルとサスペンスに満ちた状況に置かれる。指先に神経を集中する必要があり、とくにマキコボシを始めたばかりの頃は、当たりがでて合わせのタイミングを計っている10数秒ないし数十秒間は、どちらかといえばかなり強い緊張を感じた。

私は当たりをとることに全面的に集中し、周囲の景色など目に入らなくなり、私が釣りをしているということも忘れる。眼は開いていても何も見ていないし、耳には波の音が聞こえているはずだが何も聞こえていないのと同じである。釣り人は誰でも魚が入れ食いになると夢中になり、愉快で楽しい興奮に浸ることになるが、当たりをとってあわせようとする時の静かな緊張に満ちた興奮とでも言おうか、あるいは、私が空っぽになりまた世界も空っぽになってしまうかのようだとでも言おうか、このスリルに満ちた楽しさはそれとはだいぶ違う。そしてこのときの緊張を満ちた興奮の快楽こそがマキコボシ釣りの魅力なのだと私は思う。

「赤城の子守唄」や「湖畔の宿」などの歌詞を書いた詩人で、当時の釣り名人の一人、佐藤惣之助は、昭和初期に刊行された『魚心釣心』という本のなかで、当たりを取り、合わせ、魚を掛けて寄せるところに、釣りの「醍醐味」、「恍惚境」があり、「微妙深甚の感覚」、「法悦境」が感じられると言っている。
佐藤は、当たりを取っているときのことだけでなく針に掛けた後の過程を含めて言っており、また、マキコボシ釣りについて言っているのではなく、竿を使った釣りについてそう言っているのだが、私は、彼の言葉がもっともよく当てはまるのはマキコボシ釣りで、しかも当たりを取っているときだと思う。彼は最近では目にすることの少ない、古めかしい語を用いているが、なんともいえない深い喜びが表現されている。マキコボシ釣りで当たりを取っているときには、実際そのように表現するにふさわしい最高の快楽を享受することができる。

こうした釣りを半日続け、その結果、10匹の大アジと、30cm以上のイサキ、ないしはマダイ数匹を釣ることができれば、私の場合、その日は大漁だったと十二分に満足し、幸福を感じることになる。

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糸ふけ対策

「糸ふけ」、あるいは「糸がふけるという」言葉は釣り人の間でだけ使われているようだ。「糸ふけ」は糸の弛みのことであり、「糸がふける」つまりゆるむことで生じる状態を指すが、「糸ふけ」も「ふける」も、『広辞苑』や『広辞林』には載っていない。

前出『磯の大もの、中小もの』102pで次のような文がある。「クロダイ釣りというとかつて房総では、ウキを使わないフカセ釣りを意味した。---ガン玉〔ごく小さな鉛のオモリ〕だけの重さで仕掛けを振り込み----釣るという釣法である。----いくぶん、弛んでいたミチイト、つまりイトふけが入る〔糸先が引っ張られる〕のと同時に、きくような感じでサオ先を上げていくと、クロダイ独特のごくんごくんという当たりが出る」。この文では、オモリを使い道糸を張って釣るではなく、「糸をフカセた」状態、あるいは「糸フケのある」状態で、当たりを取って釣るのが「フカセ釣り」だと言われている。糸が張られてない、ゆるみがある状態が糸フケである。

マキコボシ釣りをしていて、波によって船が上に押し上げられると、水に対する糸、オモリ、ヨリモドシ、餌の抵抗で、手にもった道糸が張って重く感じられ、反対に、船が下がると道糸がフケる。つまり、フワーッとゆるむ。糸が張っているときは、魚が食えばわかる。しかし、糸ふけの状態、糸が弛んだ状態では魚が食ったときに当たりがわからないことがあり、この場合には合わせることができず、餌をとられてしまう。波で糸が弛んだ時でも、当たりが来たことが分かる場合もある。しかし、糸ふけがあると、合わせても、その動作が糸の緩みに吸収されるため合わせが効かず、魚に逃げられることの方が多くなる。糸ふけ分だけ大きく腕を動かす必要がある。

うねりや、近くを通る船が発生させる引き波(航走波)の場合は比較的周期がゆっくりしているので、体を揺らしたり道糸を持った腕を曲げ伸ばしして波の上下動を打ち消し、糸の張りをほぼ一定に保つことができる。また引き波やうねりによって生じる上下動は大きく、糸の弛みも大きくなるので、当たりを見逃さないためには、対処したほうがよいと思われる。大雑把に言って1mかそれより少し大きい程度のうねりによる船の上下動は体には相当に大きく感じられるが、対処に必要な道糸の上げ下げの幅はせいぜい30cm程度である。

そのやりかただが、はじめ、船が下がるときに腕を曲げて糸を引き上げ、船が上がるときに腕を伸ばして糸を下げるということを、波を見ながら頭で考えてやろうとして、うまくいかなかった。私が年を取ったせいで、運動神経が鈍くなっているせいかもしれないが。

やり方を変え、車に乗っていてスピードが急に落ちると体が前のめりになり、急発進すれば後ろに体が倒れるように、船が横方向から来る波でローリングするとき、波による船の動きに体をゆだね、「自然」に揺らして見た。今、船の右舷に坐って前方を向き、右手で道糸を垂らして釣りをしているとして、「自然」に体を揺らせば、横からの波で右舷が下がるときには体は左に傾き、右舷が上がるときには体は右に傾く。道糸を持っている右腕を横に伸ばしたままにしていれば、体が左に傾けば右腕は上に上がり、体が右に傾けば右腕は下がる。こうして、ローリングによる上下動に対しては、波の揺れに体をゆだねるやりかたで、船縁の自分の座席が上がるときに糸を下げ、座席が下がるときに糸を上げるというリズムに乗ることができるようになった。下から突き上げられたり、下へ落ち込む感じがまず尻(大臀筋)付近の神経によりキャッチされ、それに合わせて腰から上が、自然に左右に傾くようだ。

体を左右に揺らすだけでは糸の張り方を一定に保つことはできず、腕も多少動かして、微調整する必要があるが、上下動がゆっくりであるからといって、腕の曲げ伸ばしだけで上下動に対処しようとしても、うまくいかない。というのは、船が下がったときに、腕を上に曲げて糸ふけに対処している態勢では、その時に当たりが来れば、当たりが来たことは分かっても、合わせるために腕をさらに上に引き上げねばならないが、そのための動作の幅が小さくなってしまうからである。腕を上に曲げた態勢で、当りが来たときに体を反対側に倒すことでも糸は引かれるが、体を倒すのでは動きが遅くなり、合わせが遅くなってしまう。船が下がったときにまず体を反対側に傾けることで、糸ふけに対処していれば、当たりが来た時には、伸ばしたままでいた腕をすばやく曲げながら振り上げて、はやい合わせを行うことが可能である。

こうして、まず、ローリングによって起こる上下動に合わせて体を左右に傾けるとともに、手も少し曲げ伸ばしして糸の上げ下げの程度を加減するというふうにして、糸の張りぐあいを一定に保つようにする。また、ローリングで練習してうまくいくようになると、ピッチングによる上下動にも、またうねりで船全体がゆっくり上下する場合にも、対処できるようになる。

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合わせ―再論

道糸を持った手は船の外に出し、肘を軽く曲げて腕を垂らして当たりを待つが、当たりを感じたら、たいていは、糸をつかんだ手が頭の上まで行くくらい勢いよく糸を引いて合わせる。このとき動作が大きいこと、引き方が強いことに意味があるのでなく、早く引くことが大切なのだと思われる。

タイが前ぶれなしに食って、グーンと、あるいはガツーンとひいた場合には、すでに「向こう合わせで」掛っている(ということも時々あるが)と思い、しゃくって合わせることをせず、そのまま道糸を手繰ることがある。この場合、針が硬い歯の上に乗っているだけなら、魚が口をぱくぱく動かせば針は外れてしまう。向こう合わせで食ったときにも、こちらから、いわば「合わせ返し」をし、針をすべらせて、どこか口腔の内側に針が刺さるようにする必要がある。

食ったと感じて針を引いたが魚が掛らないというときには、道糸の引き方がおそいことが原因かもしれない。私は、バクダンを始めたばかりの頃には、当たりがあって合わせても魚が掛らないことが何度かあって、糸を引くスピードが遅いのだろうと考えた。そこで、一時期、少しでも速く針を引こうと、ぱっと立ち上がりながら、腕を大きく振り上げるというやりかたをとった。見ていた人から「魚の悲鳴が聞こえそうだ」と冷やかされた。しかし、「食っている」と感じて、合わせた(しゃくった)のに魚が掛らないからといって、一概に、合わせるのが遅かったのだとはいえない。ちょっとくわえてみただけで刺し餌はまだ十分に魚の口の中に入っていないときに、糸を引けば針にはかからない。これは合わせが遅れたのではなく、早すぎたのだ。針が十分口の中に入ったかどうか判断するのは難しいが、口の中に入っていれば、しゃくる、腕を振り上げる動作はそれほど大きい必要はないはずだ。

また、グレや低水温期のマダイなどを釣った経験で、ちょっとした重み、ないし弱い当たりを感じたときに、パッと、つまりすばやく合わせると針掛かりせず、釣れない。そこで、食うのか?と聞くような感じで、指先だけを使って、ほんのちょっと糸を引くようにするとバクバクッと食い、針掛りするということもある。しかし、たいていは重みを感じたらすぐに合わせたほうが針掛かりするようだ。しかし、針を早く引くのがいいかどうかは一概に決められない。その場その場で、即合わせで針をすばやく引いて釣れればよし。釣れなければ次ぎに聞き合わせをやってみるというふうに、いろいろ試してみるしかないと思う。

人間は食べ物を噛みながらそこに含まれる異物を舌などで感じ取って、その異物だけを口から出すことができるが、魚食に慣れていない子どもなどの場合には、時には失敗して、魚の骨をのどに引っ掛けたりすることがある。魚も時々、餌を丸呑みし、のどのずっと奥に針が掛かっているということがある。また、高水温期に、争って餌を食い、勝手に針に掛かってくることもある。しかし、コショウダイやホゴ(カサゴ)など、大口を開けて餌を呑み込む底魚を除き、多くの場合、魚は口に入れたものを噛み砕き、食べられるものだけを呑み込み、食べられないもの、貝殻や砂、釣り針などの異物は吐き出すと思われる。

魚が異物をその吐き出す速度は魚によって異なる。石物を狙った釣りでは外道としてイラがしばしば針掛りする。イラの当たりは石物の当たりによく似ているが、私の場合、ウニ餌のときの当たりに合わせて針掛りさせることのできる割合は、石物が5割から6割だとすると、イラの場合は9割以上だと思う。
これは次のようなことからのおおまかな推測である。ある日、石物が1匹も釣れず、当たりは3回あって、その3回ともイラが釣れた。(餌が投入されればイシ物の方が先に食うと思われるのでこの日はイラしかいなかったと思われる。)別の日には石物が3匹釣れ、当たりが出た回数は6回で、半分しかヒットしなかった。大まかながら、こういうようなことが何回もあったというのが推測根拠である。イラが針掛りしやすいのはイシ物に比べ異物を吐き出す速度が遅いからだと思われる。

チヌは餌取りがうまいと言われが、言い換えれば、異物を吐き出す速度が速いということだと私は考える。ハゲ(カワハギ)は餌を呑み込まず、小さな口で少しずつかじるため、当たりがわかっても、最も針掛りさせにくい。私の経験では、マダイ、イサギ、チヌではチヌが一番餌取りが速く、マダイは餌を口に入れている時間が一番長く、一番釣りやすい。イサギは、オキアミを口に入れるとちょっと一噛みして、砕けたオキアミの頭部を食い、二噛み目で尾部の内部の針を感じた瞬間に餌を離してしまうようだ。最初の短い当たりの時には合わせが間に合わないので、この短い当たりがでるかジワーッとしたかすかな重みを感じたら構え、二噛み目の前に合わせて針掛かりさせる。早合わせになって掛からなかったときに、餌が残っていると少し待ってみるとまた食ってくることもある。アジの場合にはイサギよりも当たりがはっきりしており、また早合わせになってすっぽ抜けた場合にはたいてい、また食ってくる。これらの魚はタイよりは餌とりが上手だが、ハゲと違い、合わせが可能である。

イサギではめったにないが、タイやアジの場合、時々、針が喉の奥にかかっていることがある。しかしそうしたケースは多くなく、たいてい口の周辺に針がかかっている。(ただしこれは合わせ方にもよる。)魚は多くの場合、餌を噛み砕いて飲み込み、異物=針を吐き出す。魚が餌を噛み砕いているときに、すばやく糸を引いて、口の内部あるいは周辺に針をかけるのが合わせの動作で、針を引くのが遅ければ、餌をとられ、空針もしくはオキアミの尻尾だけが残った針が帰ってくることになるのだと考えられる。

魚が餌を吸い込んだら、つまり針が口の中に入ったら、道糸はできるだけすばやく引いて針掛かりさせる必要がある。このとき、たぶん、針が動く距離は5センチもあれば十分なはずだが、たいてい、糸の緩み・糸フケがあって、腕を大きく(かつ速く)動かさないと針をすばやく動かすことにはならないと思われる。湾内の釣りで、潮が動かず、道糸がまっすぐに垂れ下がっているときなどは、さほど大きく腕を動かさなくても、針がかりさせることができるが、潮が流れているときには道糸が弧を描いて(フケて)いたり、揺らいでいたりして、大きく(かつ速く)腕を動かして糸を引かなければ、すばやい針の動きにはならない。

あるテレビ番組で見た海中のビデオ映像では、水温が高いとき、オキアミのコマセに集まった多くの魚は、少しでも多く喰おうと忙しく泳ぎ回って、コマセをかたっぱしからパクつき、そして針のついた餌も呑み込んで、針に掛っていた。ここから私の想像になるが、逆に、水温が低く食欲があまり旺盛でないとき、そして集まった魚の数が少なく競争の圧力が低いとき、魚はゆっくり泳ぎながら、静かに、コマセを食う。アミエビの中に漂う(とくにボイルの)オキアミに近づくと、一気に飲み込まず、喰えるものかどうか確かめたり(ここでサビキ針は本当の餌でないことが見破られる)、うまいものかどうかちょっと味見をしたりして、それから静かに口に入れ、食うのではないか。食欲のない人が食前酒を一杯呑んでから食事を始めるときのように、はじめは食い気がなく、じっとしていた魚が、降り注ぐコマセのアミエビがアピタイザーになって、目の前に差し出されたやや硬いボイルのオキアミを口にしてしまう。こんな風な感じなのでないだろうか。

ある年の10月中旬、家串から15分ほど船を走らせ、由良半島の先端に近い網代地区の真珠筏に船を掛けて3日間釣りをした。その2週間前、9月下旬に水温は27〜8℃あったが、10月12日は22℃に下がっていた。めったにない水温の急低下であった。そして、この日は何の当たりもなく魚は1匹も釣れなかった。 14日、15日は21.5℃だった。以下は日記の文(に少し手を入れたもの)である。

14日「はじめてから2投目か3投目に当りが出た。ジワーッと重くなる。合わせて、中型のアジが釣れた。この後、アジが、ぽつりぽつりと3、4匹釣れ、カリッいう小さな当たりで良型のハゲが2匹ほど混じった。やがてアジが食わなくなった。代わりに、ジワーッと重くなるだけの当たりに合わせて、小型のマダイとチダイ〔マダイの近縁種〕が何匹か釣れた。この日は、ハゲはとにかく曲がりなりにも合わせることができる当たりがでた。他方、アジはプルルルという特有の当たりではなく、静かにジンワリ重くなるだけ。3〜4匹釣れたチダイも2〜3匹釣れたマダイも、この日のアジと同じような、ジンワリとした重みが出るだけで、ガツーンと持っていくことが全くない、静かなこっそりとした当たりだけだった。」

15日「アジは、コツンと軽く当たる場合もあったが、前日とほぼ同様で、ジワーッと静かにゆっくり重くなる感じで、即合わせで掛かるか、ちょっと重くなるが途切れ、少し待つとまた重くなる。アジは2回目か、それがすぐに途切れて3回目かで、ゆっくりと重くなったときに合わせるという感じで釣れたが、チダイもマダイもはっきりした当たりは1回もなく、アジに似た「ジワーッ」、または、重くならずに、しかし食っているらしい感じがする弱い当たりしか出ない。合わせに苦労したが、結局、中型〜良型のアジが11〜12匹、タイが5、6匹、大型カイワリ1(これだけが、グーンと一挙に食った)の釣果だった。」

短期間に水温が下がった直後であったことが、アジとタイのこうした「静かな」食い方の原因になったのではないかと思う。湾口の潮のゆるいところでの梅雨グレもこのような当りになる。

「ジワーッとした重み」と言った。ある程度経験する必要があるが、波で自船が上下すると、水の抵抗による仕掛けの重みの変化が感じられる。今言った重みはそれに似ていて、波や風があると判別しにくく、意識して感覚を研ぎ澄まし、感じ取ろうとしないと見逃してしまう小さな変化である。このとき、魚は刺し餌をちょっとくわえて、味見をしたり、食えるものかどうかを確かめたりしているのだと想像され、魚が餌を口に入れ、糸が5ミリか1センチ引っ張られたのが、指先に重みとして感じられるのだと考えられる。

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餌をくわえなくても「アタリ」はある

当たりは、英語ではバイトbiteと言うようで、三省堂、『グランド・コンサイス和英辞典』では、I had bites.「当たりがあった。」という例文を載せている。biteは動詞では(犬などが)咬む、(虫が)刺す、そして(魚が餌に)食いつくなどのことを意味する。したがって、釣り人が(竿先に、あるいは指先に)感じ取る当たりとしては、英語のbiteは魚が餌をくわえ、口に入れたときに生じる魚信のことだと思われる。

他方、日本語で「当たる」とは、「当たり屋」という語があるように、ぶつかること、触れることをまず意味する。『広辞苑』では「魚が餌にさわること」と説明しているが、「さわる」は漢字では「触る」である。つまり、釣り人がキャッチする魚信としての日本語の「当たり」は、魚が餌に食いつくことではなく、口であれ、魚体のほかの部分であれ、魚体の一部が刺し餌に触れること、あるいは、もしかしたら刺し餌ではなくハリスに触れることによって生じる魚信、つまり魚の到来を告げる信号を意味している。

このように書くのは、魚信、当たりがあったからといって、刺し餌/針が魚の口に入ったとは断言できず、合わせて針掛かりしないことがあっても当然だと言いたいからである。場合によっては、当りが出たとしても、魚は餌に触れてもおらず、餌やハリスの近くに来た時にヒレの動きで生じた周囲の水の渦動が生み出した結果かもしれない。

実際、前出、佐藤惣之助『釣心魚心』に次のような文がある。「黒鯛となると、-----小さい1年魚でさえ、相応にアタリの味に技巧を見せる。まして、4、5年のものになると、まず尾ヒレでそっと餌をはたいて、くるりと回って、嚥(の)むまねをしてから、初めて餌を銜(くわ)え、大丈夫となるとグッと一呼吸に引き込む」。この本が書かれたのは昭和初期である。
私がNHKテレビでみた海中の映像では、団子釣りだったようだが、カワハギやベラなどがコマセに集まっているなかで、刺し餌の近くに来たクロダイが、決して一挙に食いつかず、刺し餌に近寄っても、周囲を警戒しているのであろう、くるっと向きを変えて離れ、それから再び近づき、こんどは餌を一挙に飲み込んでいた。「尾ヒレでそっと餌をはたいて、くるりと回って、嚥むまねをしてから---」という文は、その映像を見て書いたのではないかと思うほど、クロダイの動きの正確な描写になっている。「くるっと回る」ときに、尾びれなどが刺し餌に接触するということは十分ありうる。また、接触はしなくても、その尾びれの動きが引き起こす水の動きによって、刺し餌が多少は動かされることがあるということも決して否定できないだろう。佐藤はもしかしたら、活簀の中にいるチヌの動きを観察したことがあるのかもしれない。しかし、多分、彼は、黒鯛を何百匹もあるいは1000匹以上も釣り、多種多様の「当たり」を経験して、これこれの当たりは魚がこれこれのように行動した結果生じたものだと、想像力によって推察したのではないかと思われる。

また、動物研究家ムツゴロウこと畑正憲によれば、雑賀(さいか)崎の一本釣りの名人たちも、経験を積み重ねて、推察した結果だと思われるが、魚が口先で触れて「味見をしたり、あるいはヒレで触れたり」することで、当たりが生じると考えているという。

「弓状に太平洋に接する日本の沿岸に一本釣りの技法を広めたのは紀州の漁師である。そのなかでもずば抜けて秀れた技術を持つのは彼ら、いわゆる海のジプシーと呼ばれる雑賀崎の名人集団である。雑賀崎は和歌山市に属している小さな岬の突端にある漁港である。---最盛期にはここから数百艘の船が九州から関東まで散っていった。

南紀には数え切れないほどの漁港があるが、「その漁港の漁師たちが口をそろえてこう言う。「おれたちには、魚が食わねばわからねえ。しかし、あいつら雑賀の衆は、それ、魚が味見をしたとか、ヒレで触ったとか言う。変な連中だよなあー。だけど、釣りはうめえ。確かに本職だ。」(『ムツゴロウの大漁旗』畑正憲作品集9.1978、文芸春秋社)本職が本職をほめているのである。

かつて、九州や瀬戸内など西日本に広く見られた生活、生業様式で、陸上に本拠地をもちながら陸上に家屋を持たず、家族ごと家船(えぶね)と呼ばれた船に乗り込み、船を住家として漂泊的な漁業に携わる人々がいたという。『山民と海人』<日本民俗文化大系>第5巻(小学館、1983)所収、河岡武春「黒潮の海人」参照。彼らは子どものときから、陸ではなく海上の家船で暮らし、父親を手伝いつつ釣りの技を習得したのだろう。そして長年にわたって、無数の「当たり」を経験することで、多様な魚信の読み取り方ができるようになったのだろう。それにしても、多くの経験を重ねることによって、また訓練を積むことによって、人は指の感覚を通して異次元とも言うべき海の中の世界をありありと「見る」こともできるのだということに驚かされる。

ヘラブナ釣りは湖沼での釣りでしかもウキ釣りである点で、マキコボシ釣りとは全く異なる釣りであるが、同じように、餌が魚の口に入っていない状態で生じる当たりについて、述べている“weekend fishingシリーズ”『ヘラブナ釣りがわかる本』高木道郎/前田考亮/西口邦彦(地球丸、2005年)を参照してみる。次のように書かれている。 ヘラブナは餌を吸い込んだ後、いったん吐き出す習性がある。そのため、ヘラブナが餌を吸い込んだ瞬間に合わせなければ、針掛りしない。この、餌を吸い込んだ瞬間のアタリを「食いアタリ」と呼び、食いアタリをいかに見極めるかが釣果を左右するカギである。

また食いアタリがあらわれる前に、ウキが左右にぶれたり、モヤモヤ、モゾモゾと動くことがあるが、これは魚が餌の周りに集まってきて、近くで口をパクパク動かしている状態で、「前ぶれ」、または「前ぶれのアタリ」と呼んでいる。ウキにこの動きが現れたら、もうすぐ食いアタリが表れる証拠である。ただし、食いアタリにもさまざまな種類がある。

ヘラブナ釣りではウキによって当たりをキャッチし、様々な当たりを見分ける。マキコボシ釣りでは道糸を通じて直接に当たりを取り、様々な当たりを見分け、合わせのタイミングを計ったり合わせ方を変えるなどする。

とはいえ、糸を伝わってくる振動は魚信だけではなく、波や風で道糸が揺れることにより生じるノイズが、しばしば魚信の読み取りを妨げる。マキコボシ釣りの仕掛けは極めてシンプルだが、それでも、水に対する仕掛けの抵抗があって、波で船が上下に動くと、ズズーン、ズズーンという響きが道糸から伝わってくる。また、道糸に海藻が引っ掛かって波で動くときには、ガリガリガリッと大きな音がして耳に響いたかのような感じすらする。こうしたノイズないしバックグラウンドの中から、魚がそっと餌をくわえる時のかすかな魚信を選び出し、読み取る。

当りは指先で取る。耳から何か他の音、たとえば鳥の鳴き声や、波がチャプンチャプンと船を叩く音が聞えたとしても当りを取る邪魔にはならない。しかし、ちょっと不思議だが、風が強く耳元でボーボーと音を立てるときには、この音が魚信を「聴き取る」邪魔するように感じる。

釣り場(潮流がほとんどないところか、潮の通すところか)により、時季により、魚種により様々に異なる表れ方をするのだが、魚信=当たりとは、その都度の、魚と刺し餌、つまり魚と針の関係、そして針は糸で釣り人につながっているので、結局、魚と釣り人との関係のあり方がわかる唯一の情報である。仕掛を入れたあとは魚探もGPSも無用である。釣り人は指先を通じて得られるこの情報を解読し、取るべき行動(何時如何なる瞬間に合わせるのか)を決定する。当たりを読み取ることはマキコボシ釣りのアルファでありオメガだと思われる。

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潮流による仕掛けの浮き上りへの対処

潮が流れていると、石が落ち、コマセが散ったあと、道糸からハリスまでの全体が斜めに浮き上がり、刺し餌の位置が、潮に乗ってほぼ同じ水深のところを流れるコマセのタナよりも上になってしまう。糸の浮き上がり方があまり大きくないときには、タイならばコマセから少しはなれたところで餌を食うとも言われているから、気にしなくてもいいのかもしれない。しかし、アジやイサギはコマセの中に突っ込んでくると言われており、これらを主に狙うなら、潮の速さに応じて糸を出していき、刺し餌がコマセの雲から離れないようにする必要がある。しかし、どのくらい糸を出すかは難しい。道糸が浮き上がり、何回か仕掛けを流しても餌が全然なくならないという場合には、コマセの流れるタナから、刺し餌が離れすぎていると考えて、糸をたくさん出すなり、ほかの対策をとるなりする必要がある。

仕掛けの浮き上りを抑えるために、道糸とハリスのつなぎ目にオモリを入れる方法があるが、これについては後で述べることにする。まず、できるだけ細い道糸(とハリス)を使って浮き上りをおさえることを考える。

ハリスや道糸が太いほど、潮流による浮き上がり方が大きくなる。フロロカーボンの4号と5号では潮流による影響の受け方はまったく違い、4号の場合、多少の潮の流れでは割りビシをいくつか打つことで、対処できるが、5号になると潮流による影響がはるかに大きくなり、0.5ノット程度の流れでも、割りビシを打っただけでは仕掛が浮いてしまい全く釣りにならない。

フロロカーボンの糸は長さが十分であれば、引っ張ってもなかなか切れない。道糸に伸びの(少)ないポリエステルを使っていると、フロロカーボンのハリスが、針掛りした大きいタイなどが走ったときに切れることがある。しかし、ハリスと同じか大差ない号数のフロロカーボンを道糸に使っていれば、魚が走っても、ハリスと道糸全体が伸び、そのショックを吸収するので、たとえば、ハリスが3号であってもなかなか切れない。もちろん、魚が走ったときの糸の出し方が関係するがこれはまた別の問題である。またあとで述べるが、ハリスが太いからといって魚の食いが悪いということはないと私は考えている。そこで、同じフロロカーボンを使うなら、ハリスを5号にして道糸を4号あるいは3号にするということも十分に考えられる。そのほうがその逆よりも仕掛けが浮かず、またハリス切れもなく、ずっといいはずである。

しかし、道糸は繰り返し使ので、次第に傷んでくる。傷が付けば切れやすくなので、あまり細い糸(たとえば3号以下)を使うことは避けたほうがいいだろう。また道糸が細いと魚を寄せるときに、手が痛くなる。そんなわけで、私は、ハリスには3号から5号のフロロカーボン、道糸として4号と5号のフロロカーボン、6号の撚り糸(パラゴン)を使っている。撚り糸の場合に6号とやや太いものを使っているのは、ポリエステル製なので伸びが小さく、魚が強く引くとそのショックが直接手(指)に来るからである。撚り糸の6号は、フロロカーボンの4号よりもっと細い感じで、何回か使って慣れるまでは、魚が引くと糸を持つ指が痛いと感じた。4号の撚り糸を使った人は、30センチのタイを掛けたらすぐに指が切れたと言っていた。私は現在は撚り糸の下に10mほどのフロロカーボン5号を入れ、小オモリを介してハリスに結んでいる。フロロカーボンを入れることで、ショックを和らげることができる。

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『魚釣り図典』小学館、1998、服部善郎『海釣り大事典』廣済堂出版、1998などによれば、現在一般に使われている釣糸の素材は、ナイロン、フロロカーボン、ポリエステル、ポリエチレンなどで、ポリエステルの撚り糸はテトロン、ポリエチレンの編み糸はPE糸と呼ばれている。『海釣り大事典』によれば、伸び率は、ナイロンが20%、テトロンは10%、PE糸は4%だという。私が手で感じるのとは差がある数字だ。
他方、『海釣り図典』によれば、ナイロンは「伸縮性が高」く、フロロカーボンは「伸びが少ない」、テトロンは「伸縮性がほとんどな」いとされているので、たぶん、フロロカーボンの伸び率は10%から20%の間ということになると思われる。パラゴンのラベルには「エステル100%」と書かれている。ポリエステルと考えられる。 ----------------------------------------------------------------------------------------------------

私は、マキコボシ釣りを始めたばかりの頃は、浅場で潮が流れないときには5号、潮が多少流れるときは割りビシを打った4号を道糸として使っていた。その後水深60m程度の深場でタイや大アジが期待できる釣り場が多いことが分かり、癖がつき縺れやすいフロロカーボンを道糸にすることはやめ、潮が流れているときはオモリを付けるなどして、撚り糸を使っている。

『釣れる!海のボート釣り』(つり情報編集部編、辰巳出版、平成16年)で紹介されている門松さんは、沼津、内浦湾をホームグラウンドとしていて、92センチ、12キロ近い大型のマダイを釣った人だと書かれているが、道糸にフロロカーボンの8号、ハリスは3号を使っているという。もし潮の流れがあれば、仕掛けが浮いてしまい、まったく釣りにならないと思われる。太平洋岸は宇和海などと違い、潮の満ち引きによる潮流はなく、内浦湾も潮はほとんど動かないのだと思われる。道糸は太いほうが縺れにくく、手に持ちやすく、魚とのやり取りも楽に行えるので、潮の流れないところでは、道糸はなるべく太いほうがよいと思われる。しかし、ハリスが細く、道糸が太いと、魚が走ったときにはハリスだけに負担がかかることになってしまう。ハリスと道糸が同じ太さなら、テンションはハリスと道糸の全体にかかることになり、糸は切れにくい。魚の走りに糸をうまく出して対処することができるようになるまでは、ハリス切れを避けるために、ハリスを4号か5号に太くし、それと同じ太さの道糸を使うほうがいいのではないかと私は思う。

左の図を参照してもらいたいが、潮が流れているときには、石に巻いた仕掛けも多少は潮下に流されるが、船の真下に沈み、Aで石が落ちると仮定する。Aの少し上で撒かれたコマセは、オキアミなら(おおよそ10秒で1mくらいずつ)沈みながら、アミエビならほとんど沈まずに一定の水深のところを流れていくが、刺し餌はハリスと道糸が潮に押されて浮き上がる分、上に浮いてしまう。
  理屈の上では、たとえばAまで30mで、道糸とハリスは直線状になって45度の角度に浮き上がってBで止まると仮定すれば、刺し餌はコマセより9mも上に漂うことになり、このずれをなくして、コマセと刺し餌が同じ水深を流れるようにするには、BD分の12m、糸を出してやる必要がある。道糸の角度が(鉛直から)30度でも、刺し餌はコマセから4mほど上に浮き、道糸は5m近く余分に出す必要があることになる。水深60mのところで釣る場合には、道糸をこれらの2倍の長さを出す必要があることになり、とても釣りにならない。

海中を流れていく刺し餌とコマセの位置を見ながら糸を出すというわけには行かず、船の上から潮下に向って動く道糸の速度や角度を見て、糸を出してやるわけで、勘に頼るしかない。たとえば、『釣れる!!海のボート釣り』(つり情報社)では、30年前からマキコボシ釣りをやってきたという西伊豆田子湾の斉藤さんから「教わった」こととして、記者は「潮に押される日は、〔石が落ちた後〕3〜5手(5mほど)糸を少しずつ送り出し、付け餌が浮き上がるのを防ぐ」と書いている。水深は20〜30mくらいのようだ。余分に出す糸の長さとそれを出す速度は、水深(道糸の長さ)、潮の速さにより異なるはずだが、「3手から5手」、そして「少しずつ」と書かれているだけである。とはいえ、これ以上のことは語りえないだろう。

水深30mほどの釣り場で、私の先生Kさんは、石が落ちるとすぐに糸を数手分すばやく海面に送り出し、糸が張るのを待つと言う。やってみて喰ったときには、次にまた同じように糸を出してやる。喰わなければ、出してやる糸の長さを変えてみる、ということになりそうだ。しかし、魚が走りながら刺し餌を呑み込む場合は別として、糸を指から離して送り出し、仕掛けが潮に乗って沈みながら流れていくときには、魚が食っても当たりは取れず、餌をとられるだけだろう。10m以上も糸を送り出していてはその間に餌がなくなってしまうことが多くなるだろう。したがって、潮が速く糸が大きく浮き上がるときには、道糸を送り出すというやりかたでの対処はむずかしく、ほかの方法を考えることになる。

バクダン釣り専門に内海地区で釣っている漁師が、潮の速いときにはオモリをつけてやっているという話を聞き、私は次のような対策を考えた。

5、6号程度までの中通し錘を何種類か用意し、20cm〜30cmの長さの、ハリスよりは太い(つまり強い)糸を通し、両端にヨリモドシをつけた遊動オモリ仕掛けを、オモリの種類に応じた数だけ作っておく。ハリスと道糸をヨリモドシで繋いだだけの仕掛けが、潮で浮くようであれば、遊動オモリの仕掛けを間に入れる。仕掛けの浮きぐあいに応じて、オモリの仕掛けを使い分ける。この程度の重さのオモリを入れても、喰いは全く変わらない。潮が速いほど重いオモリの仕掛けを使うが、潮が速いほど魚の当たりは強くなるようで、当たりは十分に分かる。

私は水深が50mを超えるところで釣ることが多く、道糸がフロロカーボンでは縺れて釣りにならないため、撚り糸(パラゴン)を使うが、6号と太く、少しの潮流でも浮き上りやすいため、ほとんどいつも、1匁か2匁程度の遊動オモリ仕掛けをつけたままにしている。そして潮流によって道糸が斜めになる程度に応じて重いオモリに換えて釣る。

ほかの条件が同じ場合には、オモリのついていない仕掛けの方がオモリがついているものよりも、細かな当たりを取りやすいことは確かだと思われる。しかし、オモリをつけることには、上で述べた潮流対策になるというのとは別の利点もある。湾内では、風が多少強くても、真珠筏に掛けるなどして釣りができる。風の強い日、水面から上に出ている糸は、吹き付ける風の強さが変化するたびに張ったり緩んだりする。この道糸の揺れはノイズとなって、細かい当たりを取りにくくする。風による糸の揺れの大きさは、道糸の先の仕掛けの重さによって異なり、仕掛けが軽いほど揺れが大きくなる。道糸の先に2号程度のオモリが付いていると、揺れが減って当たりを取りやすくなる。

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掛けた船が風で振られるとき

初心者向けの船の教則本では、錨綱・アンカーロープの長さは普通、水深の1.5倍以上にするというように書かれている。私の船は長さが25フィート、重さ1.5トン程度の大きさだが、7キロと10キロの二つのアンカーを積んでいる。一丁だけ錨を下ろすときはもちろん10キロの方を使う。しかし、10キロの錨では、かなりロープを出してやらないとしっかりと掛らない。30mから40m程度の水深の岩礁地帯に錨を打って釣りをすることが多いが、ロープは60〜70mださないとしっかり掛らない。水深50m以上の砂地ではロープを100m以上出す必要がある。そして、風向きや潮流によって、船の位置は錨を中心に大きく変化する。潮流の方向はそうしょっちゅうは変わらないが、風向きは絶えず変化する。

ところが、私の知り合いの漁師は、私の船より一回り大きいくらいの船に、60キロくらいの大きな錨を積んでいて、狙ったポイントの真上でアンカーを落とし、ロープをほとんど水深と同じくらいにしか出さずにポイントの真上に船を止めて釣りをする。(この重い錨は、エンジンに直結したウィンチで巻き上げる。)このようにすれば、少々の風が吹いても、船はほとんど振られず、定位置で釣る事ができる。

これほど大きな錨を用いることのできない小型船でも、真珠筏や生け簀など、動かないものに船を掛けて釣るときは、潮流による道糸の浮き上がりだけを考えればいいのだが、ロープを伸ばした一丁錨で釣る場合には、風で船が振らる。船が動くと、潮の流れとは別な仕方で、刺し餌とコマセの位置のずれが生じる。2丁錨にすれば船が振られるのを押さえることができるが、私の経験では、錨は一回の投入でちょうどいいところに掛かるというわけではなく、しばしばやり直しをする必要があった。そして、やり直しは錨が1丁の場合に比べて2丁の場合には手間と労働は2倍ではなく3倍あるいはそれ以上かかり、体力を消耗する。電動のローラーは不可欠だが、一人で釣るのではなく、釣友との同行を勧める。2丁錨で行う釣りについては、次の第2章の「1.四国でのイシダイ釣り」の「2) マイボートのイシダイ釣り」のなかでやや詳しく書いているので、参照してほしい。

宇和海では、高気圧に覆われて天気が良いときには、季節によらず日中はほぼ緩い北西風が吹く。冬の、西高東低の気圧配置の時には、強い北西風が一日中吹き、毎日のように波浪注意報が出る。しかし、尾根筋の標高が200m程度ある由良半島の南側の内海では岸から2〜3kmまでは、気象情報で「波が1.5m」のときでも私の船でなんとか釣りができる。地元の慣れた人の中には、もう一回り小さい平底の作業船で頑張る人もいる。あるいは「波が2m」などという日でも、5トンくらいの漁船がずっと沖の方で終日釣りをやっているのがしばしば見られる。沖では風がビュンビュン吹くが、波は半島にさえぎられてさほど高くならないため、漁師は頑張って釣りをするのだろう。

私も、多少風が強くても、湾内や湾口で様子を見ながら釣りをする。(ただし、マキコボシ釣りは、風が強いとデッキの上で道糸が風で吹き寄せられ縺れることが多くなるため、シーアンカー/パラシュートアンカーを使った流し釣りで、糸ヨリなどを狙うこともある。)

冬、風が一日中「北西の風」であっても、絶えず少しずつ方向が変化している。錨を打って船を掛ける場合、船は舳先がアンカーロープに引っ張られた状態で、右舷から、あるいは左舷から、代わる代わる風を受け、船尾の方向が大きく変化する。また舳先も、また船の中心の位置も、アンカーロープを左右に引張りながら、ゆっくりと動く。

ある年の11月、前日よりはやや風は弱まったものの相変わらずかなり強い北西風が吹いているとき(波の予報は「1.5m」)、水深60mほどのところで、アンカーを打って釣りをした。GPSに船の位置をマークして振れ幅を見ると、最大で20mほどあった。

船が振られて動くと、道糸は船が動くのと反対の方向に、潮流に押されるのと同様に膨らむ。投入された仕掛けは、道糸にテンションを掛けなければ、ほぼ鉛直に落下して行くが、船が振られて動くことにより、船からは海面に近いところで道糸が船から離れる方向に出て行くように見える。
コマセを撒くために道糸の出を止めると、道糸に引っ張られオモリは多少船に近づくように動くと思われるが、この動きは無視する。すると道糸は海面に近いところでは弧を描き、大半は、最初に仕掛けが投入された位置の真下に向かってまっすぐ伸びていると考えられる。
潮が一方に流れている場合には投入した仕掛けが流され、船から離れたところでコマセが散るため魚探には映らないが、この場合船が振られていったり来たりするので、仕掛けは船の下に入ったり出たりし、コマセが出ると魚探に移る。魚探に移ったコマセの位置と、繰り出した道糸の長さから、船が風で横に振られるときには、同じタナにコマセを入れ続けるためには、ほぼその振られる幅だけ余分に糸を出してやる必要があることが分かった。

しかし、道糸を余分に出してコマセをしたあと、やがて、あるいは、すぐに船は反対に振られる。そして船が最初に石を投下した位置に戻ったときには、糸がほぼまっすぐ下に垂れ下がるが、このときに、刺し餌がコマセの雲の中にとどまるようにするためには、船が反対に振られて前の位置にもどるのにあわせ、道糸に最初につけてある目印のところまで糸を手繰っておく必要がある。さらに船が振られれば、糸は船底に入って反対側に流されていく。そのときには、振れ方に応じて再び糸を出してやる。このように船の動きに合わせて、絶えず道糸を出したり、手繰り寄せたりという動作を繰り返さなければならない。しかも、糸を無造作に出して緩めてしまえば当たりを見逃し餌をとられる可能性が大きくなる。こうして非常に忙しく、むずかしい、一時も気を抜けない釣りになる。

私の船の底は(横断面で見て)V字型になっていて(船体を英語でハルhullといい、V字型のハルをVハルというようだ)糸が船の下に入ったときには、糸の傾きの程度によって道糸が船底に擦れてしまう。貸し舟で釣る釣り客や、地元の人が釣るときに乗っているのは、平底の船外機船である。これは船縁が高くなく、またVハルではないため、糸が船の下に入っても、道糸を持った腕を船の外に少し伸ばすだけで、糸が船底に擦れる心配はほとんどなく、船が振られようが、潮の流れが反対になろうが、落ち着いて、釣りができる。(そのほかにも平底の船の長所はいくつもある。)ただし、平底の場合は、横風を受ける船体の高さあるいは側面の面積の割には、船が横流れしやすく、風で振られる幅は多少大きくなるかもしれない。Vハルの船は、風により横に流される程度は平底の船に比べて小さいと考えられる。しかし、糸が船の下に入ったときには、釣りにくい。一長一短があると言える。

私は、どうしても釣果を得たいと思うときには、当たりを見逃さないために、糸が船の下に入ったときに、船底に擦れないように、上半身を船縁から外に斜めに突き出し、道糸を持った腕を伸ばして糸と船腹との間に距離をとるようにする。糸が船底に触れると、波による揺れなどの影響もあり、魚の当たりに似たノイズが生じて、魚の当たりが分からなくなってしまうからである。また、船底にフジツボなどが付いていれば、道糸が傷つくので、とにかく道糸が船底で擦れないようにすることは重要である。海に落ちないよう、左手で船縁の突起物やコックピットの手すりなどにつかまり、足を後ろのキャビンの壁に突っ張りながら、上半身を船の外に乗り出して、当たりを待つ。(ほかの船がもし近くにいれば、何をしているのかといぶかしく思うだろう。)

このような体勢のときは合わせる際の右腕の振り上げ方が難しい。肘を伸ばしたまま腕を振り上げたほうが道糸を船腹から遠ざけることができるが、斜め下に向けてまっすぐ伸ばした腕を肩を中心に回転させて上に引き上げるのではその速度が非常に遅くなる。合わせることはまずできないだろう。肘のところで腕を曲げて引き寄せるのでは、糸を引く速度は速くなるが、糸は船体に擦ってしまうかもしれない。魚が掛り、糸が張っているときには、船底にフジツボなどが付着していれば、それに触れた道糸はテトロン糸の場合には余計簡単に切れてしまう。なるべく船体に糸をこすらぬように、しかし、腕をある程度は曲げて、できるだけ素早く糸を引き上げたい。しかし、前屈姿勢で上半身が船縁からぶら下がっているような体勢から、腕を上に振り上げるというのはどうしても難しく、合わせは遅くなる。

ある年の晩秋に、「結婚式の引き出物に使いたいと仕出し屋が言ってきたのだが、1週間以内に25センチ前後の生きたタイを30匹釣ることができるか」と地元漁業者の友人中島さんが電話をかけてきた。近くの場所でこの時期にそのサイズのタイをよく釣っていたので、やってみましょうと答え、3、4日続けて出漁した。そのうち2日は風があり、今書いたような状態での釣りになった。そして、25〜30cmほどのマダイを15、6匹釣った日は、このような体勢のときに、当りが3、4回あり、魚が掛かったのは1回。そして針は呑み込まれていた。合わせが遅かったからだと思われる。ガス抜きがうまくいかず5、6匹は死んたが、活きダイ30匹は達成することができた。

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針の大きさについて

マダイ針は太く丈夫だが、それでも曲がったり折れたりすることはある。船釣りを始めたばかりの2006年の4月中旬、家串の南6kmほどのところにある、水深40〜50mの瀬で、アンカーを打って船を掛け、ビシ釣りで置き竿にして釣りをした。このときはマダイ釣りに関する本に従って、ハリスは4号、マダイ針10号で釣っていた。
11時ごろ強い当たりがあったが、竿が大きく曲がったあと、すぐに糸(ハリス)が切れて竿が跳ね返った。切れたところを見ると、糸がささくれ立っていて、たぶん、針を呑まれて、歯で擦れて切れたのだろうと思われた。12時ころ、再び大きな当たりがあり、72センチのマダイが釣れた。きれいなサクラダイだったが、タイを釣り始めて2ヶ月というころで、色の美しさに感激するよりも、70センチを越える大きさに興奮した。
針は呑み込まれて、口の内側に掛かっていた。ハリスが歯でこすれて切れなかったのは運がよかったからである。さらに2時ころに竿が大きく曲がって強い当たりがあったが、竿を取ろうとしたときには竿先は跳ね上がって元に戻ってしまった。当たりの強さから判断して、やはりかなりの型と思われた。仕掛けを回収して針を見ると、ふところが少し開き、針先はつぶれて曲がっていた。掛かったところが歯だったのだろう。

由良の鼻で釣ったマダイの魚拓(ビシ釣り)

また同じ年の11月に由良の鼻、小猿島と大猿島の間の湾内で88センチのマダイを釣った。やはりビシ釣りで、ハリスも針も4月に使ったのと同じ号数、サイズのものを使っていた。魚が掛ったあと、ドラッグを効かせ、時間をかけてゆっくりと取り込んだが、針はやはり呑み込まれていた。運が悪ければハリス切れもあり得た。(次の年は50センチを超えるタイは釣れなかった。)
2008年3月から6月にかけて、マキコボシ釣りで60センチ、65センチ、70センチの良型のマダイを釣った。いずれも10号のマダイ針か同サイズのチヌ針で釣っており、針の掛かったところが口の中か周囲かにかかわらず、ハリス切れがなければ釣れることがわかった。

たぶん40cmはないと思われるマダイらしいガツンという当りにあわせたとたんに、チヌ針が折れてしまい針の軸だけがもどってきたという経験が1回ある。また大きな当たりでいったん針が掛かったようだけれども、すぐに外れた、あるいはやりとりしながら上げてくる途中で外れしまったというケースがこれまでに何回かあったが、これは歯の上にちょっと引っかかっていただけかもしれないし、また口の周辺の皮に浅くかかっていただけで、魚が暴れた際に針が抜けてしまったのかもしれない。針に皮の小さな切れ端が付いていたことが一度あった。掛かってすぐに外れた場合は別として、かなり上まで上がってきて逃げられたときに針を点検してみたら、チヌ針が伸びて(針が大きくねじれ、ふところが開いて)いたケースが2回ほどあった。(これは2008年から3、4年の間、年間30センチ以上のタイを50匹程度釣っていた頃の、記録にもとづく。)

針のかかる場所やかかり方はそのときの運によることで、どうにも仕方がない。針はいくら大きく(太く)しても、50センチを超えるくらいのタイになれば、ほとんど呑み込まれてしまう。また運が悪ければ、歯に直角に当たってつぶされる。チヌ針は確かにマダイ針に比べてやや細く、またひねりが入っている分、折れたり、ねじれてふところが広がり針が外れやすくなる可能性があるが、魚が食ったときに掛りがよいという長所もある。掛けたあと、魚に逃げられる原因になるという点では、ハリス切れの可能性のほうがより大きいと思う。ふところが広がって(針が伸びて)針が外れる可能性を少しでも低くするために太いタイ針を使うか、それとも、針掛りをよくして、一匹でも多く魚を掛けることを狙うか、迷うところだ。

(ねじれたり広がったりして)チヌ針が伸びて、外れてしまうといっても、一匹の魚の抵抗で針がいっぺんに伸び切ってしまうのではないようだ。タイの40〜50センチのものを釣って、少してこずったと思ったときに、その針をよく見ると、新品のものに比べ、ふところが少し広くなっていることがある。これに気がつかずに、同じ針を使って、再び良型ないし大型のタイを掛けたりすると、今度は持たず、針が伸びてしまい、針が外れる失敗に見舞われることになるのだと思われる。そこで、一匹大きい魚を掛けたら針を取り替えることにすれば、針の伸びで魚に逃げられる失敗の可能性はずっと低くなる。また冬場は魚の活性も低く、比較的静かに上がってくることが多いので、針が伸ばされてしまう可能性も決して大きくはない。タイだけを狙うのでなく、アジやイサギも釣るつもりなら、ひねりの入ったチヌ針を使う方がよいと思われる。

チヌ針を使い大アジを狙って釣りをしているとき、ウマヅラ、小型のタイなどを数匹釣ったあと、アジらしい当たりで針掛りしたのに、その直後に針が外れた。その後も、アジと思われる魚を掛けてすぐに針が外れる失敗が2、3回続いた。アジの上あごはかなり固いので、合わせを十分にしなかったために、針が刺さらず、逃げられたのだろうと考えた。しかし、あとでよく見たら針先が内側にわずかに曲がっていた。針先が曲がっていて、針が刺さらなかったことが、逃げられた原因だったと思われる。針は、その前に釣ったウマヅラやマダイの歯に当たったときに、曲がったのだろうが、刺し餌のオキアミがすっと刺せたために、気がつかないまま釣りを続けていた。しかし、細い針を使うときには針先のチェックも忘れてはならない。

マダイ釣りに関して私が読んだ本では、ハリスが5号なら、針(タイ針)は10号か11号と書いている。しかし、上に述べたような理由で、針の大きさにこだわる必要はさほどないだろうと私は思う。針は号数が大きいほど太く、針が太いほどオキアミが刺しにくくなる。オキアミはブロックを買う場合、LLでも生はボイルに比べずっと細く、冬場、低水温期に生を使う事が多い場合には、針は細いものを選んだほうが餌を刺しやすいと思う。

私は08年12月〜09年4月末の低水温期に、マキコボシ釣りで、40cm以上(最大72cm)のマダイを36匹、30〜40cmのものを同じくらいの数、また45cm前後のグレ、6、7匹、50cm前後のコショウダイ4匹、同型のチヌ7匹(最大58cm)、同型のヤズ2匹、50cm弱のシマアジ2匹、40センチほどのチダイ数匹、45cm前後のイサギ10数匹を釣った。マキコボシ釣りを5年間か6年間やってこの季がもっともよく釣れた。引きの強い魚は総計約100匹で、このほか30cm以上の大アジを100匹くらい釣り、中アジも多少釣っているが、これらはカウントしていない。私としては、十分満足のいく釣果だったと考えているが、出漁回数がほぼ75日だったので、平均して、1日、3匹以下という成績である。

この間、大物でハリスが切れたり、針が伸びて逃げられた回数は4、5回はあったが、いずれも何日も同じ針(とハリス)を使いつづけ、中型以上の魚を2回、3回掛けたあとのことである。毎日のように釣っていると、前日の仕掛をそのまま使うことが多く、大物に逃げられるたびに、「しまった。針とハリスを取り替えておくのだった」と思うのだが、「またこんど釣れるだろう」と高をくくる傾向があって、同じ過ちを繰り返してしまう。サンデーアングラーなら1回でも大物を逃がしたくはないだろうし、また、その都度新たな気持ちで海に出かけるのだから、毎回新しい針とハリス(3号以上)を用意すれば、針、ハリスのトラブルで魚をバラすということはほとんどなくなるのではないだろうか。

幸田露伴(詳しくは第三部第3章「遊びについて」第二節「幸田露伴における遊びと仕事」参照)の釣友・石井研堂が『釣遊秘術 釣師気質』(アテネ書房、1987;初版本は明治39年)の中の「大利根の大物釣り」で、利根川で鱸を狙い、船頭付きの夜釣りをやったときのことを書いている。

大物が掛かり、「寄せては引かれ、寄せては引かれ」のやり取りを繰り返し、30分ほどかけて、近くまで寄せたが、もう少しというところで、ハリスが切れて逃した。彼は、このような大物に出会うことは一生の内に二度とあるまいと非常に悔しい思いに取り付かれた。「一回ごとに切り捨てることを敢てせざりしために、鈎(ハリ)近くのす〔素、ハリス〕の疲れいて、もろく切れたるにや」。「たまに来たれる逸物を揚げ損ねたるは釣道の大恥辱なり」。「ただ一尾の魚を惜しむにあらず。釣道の極意を得ざりしを惜しむなり」。「苦悶し、懊悩し、少時は石像木仏のごとし」と書いている。

さらに研堂は、茶屋の主人で「釣聖」呼ばれている人のことを思い起こす。その釣聖は、夏の土用から秋の彼岸までの間に、釣行、出遊するのはほんの数日だけで、彼岸になると道具をしまって釣りの話もしない。出遊したときは魚籠が必ずいっぱいになる。「鈎を投ずるを惜しむこと金のごとく、投ずれば必ず好結果を得る」。この釣聖の、釣具にたいする注意は極めて周到綿密。注文して作らせた針を使うが、一尾釣るたびに、新しいものに換える。綸(イト)も出遊ごとに一寸ずつ切り捨て、ハリスの結び目を新しくする。つまり、「一尾を釣るごとに釣具を全く新しくする」。こうして掛けた魚を逃がすことは決してない。

研堂は明治期の釣り名人の一人と思われるが、彼を上回る「聖」がいて、その人は、針とハリスを毎回新しくし、いったん魚を掛けたら必ず釣り上げるというのであり、針やハリスなど釣具の点検を怠らないということが、釣道の極意だというのである。

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ハリスの太さ、マダイ、チヌ、グレの比較論

魚の種類により、違いがあるとはいえ、一般的には、ハリスが細いほどよく食うといわれている。他方、大物が掛ったら、細いハリスは切れやすく魚に逃げられる可能性が高くなる。ハリスは、数釣りをするために細いものを選ぶべきなのか、大物にめぐり合ったときのチャンスを生かすために太いものを使うべきなのか。

マダイはハリスが太くても「気にしない」。しかし、ハリスを気にする魚もいる。「目がいい」クロダイ(チヌ)や、アジ、メバルは、ハリスが太いと「警戒し」、「食わない」=釣れない、という風に言う人が多いようだ。海中に餌だけが浮かんでいれば喰うが、ヒモ付きの餌は警戒して避ける。これは本当だろうか。

マダイは、ハリスの太さにかかわらず、食ってくる、つまり釣れるというのは確かである。このことは日本で漁師以外の人間によって釣りが盛んに行われるようになった江戸時代にすでに知られていたことだ。ハマチやイシダイが広く遊びとしての釣りの対象になったのは、かなり最近のことである。一方、クロダイやマダイはすでに江戸時代から、武士や町人によって釣られ、釣技、喰い方、当りの出方などについて書いた書物が残っている。

長辻象平『江戸釣魚大全』(平凡社、1996)によると、幕末期、庄内藩(山形)の武士で役職にもついた陶山スヤマ七平は、50年間「磯で修行」した「釣術家」で、釣り方、釣り場を詳説した『垂釣筌』という本を著した。庄内地方ではマダイ、クロダイ、スズキ、アジ、サバ、カレイが釣れ、庄内の釣術家は腕を競ったという。
最高の獲物は、「紅鯛」と呼ばれたマダイで、七平は「悟り難く、探し難きものは、独り紅鯛なり。これを屠るもまたはなはだ易からず。彼去来飛ぶが如し。昼は深か〔シンカ、かは穴カンムリに果。あなぐら、住処の穴の意味〕に泳いで、夜は浅礁を憚らず。出没変幻、知るをあたわず。その容貌の厳、その取捨の廉〔廉は潔さ〕、霹靂〔ヘキレキ、雷〕の鋭、その果断の義〔よさ〕、万魚のともがらに非ざる者なり。彼、游〔オヨ〕げば必ず食ひ、食わんと欲すれば針糸の細大を選ばず、毫〔ゴウ、少し〕も顧慮する所なく、宛然〔まるで〕、竿頭を奪う〔かのようだ〕。その猛烈、双竜の玉を弄び、餓虎の肉を争ふ---」と書いている。
現在の磯釣りでは、船で根の位置を事前に確めておき、オキアミなど強力なコマセを使い、遠投のカゴ釣りや、完全フカセなどの方法で、遠くにいるマダイを釣るが、200年程前の陶山は、まず、どこでタイを食わせるのか「悟り難く、探し難」いと言っている。「出没変幻、知るをあたわず」とも書いている。しかし、いったん寄ってきて餌を喰おうとすれば、竜や虎のように猛烈な勢いで食いつき、竿を海中に持っていってしまうかと思うほどだ、ということが漢文調の見事な文で述べられており、同時に「針糸の細大」に全く関係なく喰ってくるということがはっきり指摘されている。

西園寺公一「天草の鯛に返り討ちになることならびにクロ(メジナ)釣のこと」(『釣り師のこころ』<集成 日本の釣り文学六>)という随筆がある。水俣病についての言及があるので1960年代の文と思われる。

この中に、タイ釣りで「二十匁ぐらいの丸型オモリを通して、麻の撚り糸の長短二本にそれぞれ鈎を結び---エビを尻ざしにする」という個所がある。麻の撚り糸とあるから、現在のナイロン糸の太さで言えば30号を越えるのではないだろうか。もちろん完全に不透明である。中型のタイが3匹釣れ、さらに、イサキも釣れたとある。

最近では、2011年4月の愛媛新聞、木曜日の釣りのページに載った「えひめ釣りファイル16」では、県磯釣連盟松山宇和海荒磯会会長田中久嗣氏が、宇和海チギリバエの大型マダイ釣りについて書いている。氏は「マダイは無頓着であるのか、底物釣りのワイヤ仕掛にでも食ってくるくらいなので大型が来たときに悔やまぬよう強気で太ハリス、太軸針で臨んでいただきたい」と書いている。ハリスはフロロカーボンで、10号でも構わないという。

マダイはチヌやグレと較べて、就餌の仕方が明らかに荒っぽい感じがする。私の経験では、後二者がすばやく餌を取ってしまうか、静かにそっと餌を取るとすれば、マダイは、低水温などで就餌が不活発であるとき以外は、ガツーンと来たり、ガリガリッという糸の響きが指先に伝わるような食い方をする。ハリスが太かろうが細かろうが、当りははっきり分かる。そして針を吐き出す速度は他の魚よりも遅く、当りがはっきりと出て手元にガツーンと感じてからあわせても、針掛かりしないということはめったにない。マダイのそのような食い方、荒っぽさと針を吐き出す速度の遅いことが置竿のビシ釣りでもマダイがよく釣れる理由だろうと思われる。

他方、チヌ(クロダイ)は賢いとか、目がよく、ハリスを気にするとかと言う。佐藤惣之助『釣心魚心』はチヌについて、警戒心が強く、餌を簡単にはのみこまないということを上で引用した文で述べていた。チヌが警戒心の強い魚で、餌を見つけても一気に食いつく、あるいは呑みこむことはしないというのは本当のようだ。しかし、その警戒とは、自分を襲ってくるものが周囲にいないかどうか用心を怠らないようにしていることであり、餌にハリスがついていることが、チヌの警戒心を呼び起こすことになるのかと言えば、大いに疑問である。

チヌは「非常にずる賢い」などと書いている本もあるが、賢いとはどういうことだろうか。賢いというと、針、ハリスの意味を知っているかのように聞こえる。賢いチヌは食べ物を見つけても、それにハリスが付いていると、その食物には罠が仕掛けられていること、食物の中に危険な針が潜んでいて、下手な食い方をすれば、たちまち、突き刺さって釣り上げられてしまうということを見抜く。ハリスの付いていないただの餌のようにパクッと食いつかず、釣り人の狙いの裏をかいて、針に掛らないように、針、ハリスを動かさないように、上手に餌だけ、かじりとろうとする。そんなニュアンスが感じられる。

哺乳類のイルカやキツネなど高等動物の中には学習により漁師/猟師の裏をかくことのできる高い知能を有するものもいるようだ。しかし、魚類の一種であるチヌが、イルカやキツネ並みの知能を持っていて、「わな」を知っているということはありえない。餌取りがうまい、つまり針に引っかからず、うまく餌だけをとってしまうということが、賢いという風に表現されたのだと思われるが、餌取りがうまいということは、すでに述べたように、異物を吐き出す速度が速いということに尽きると私は考える。

チヌは見えるほどの太いハリスの存在によって警戒する、ハリスがないか、ハリスが見えなければ、警戒せずに就餌すると考えられているようだ。ナイロン糸が上、つまり海面に向って伸びていることがチヌの警戒心をよびおこすのだろうか。魚が海面に近づけば、空からの鳥の襲撃に見舞われる危険がある。魚は鳥に対して遺伝的にプログラムされた警戒行動を取るだろう。何か光るもの(ナイロン糸)が海面に向かって伸びているとき、それが海上の敵に関する危険信号となり、魚は警戒することになるのだろうか。

「光る」ためではないだろう。海中から上を見上げると海面はきらきら光っていて、上に伸びるナイロン糸の光が特別の意味を持つことはないと考えられる。では何か「上に伸びている」ものが、魚にとって、海面との関係を意味し、鳥などの襲撃の信号となるのだろうか。広い海の真ん中では海底と海面を結ぶものはないが、宇和海の沿岸部、とりわけ内海周辺にはいくらでもある。真珠筏のアンカーロープである。家串湾にも数十台の筏が有り、それを固定するアンカーロープは数百本に及ぶであろう。ところがこのロープにはフジツボや海藻、そしてエビやカニなどが付いていて、底はもちろん海面にごく近いところまで魚の格好の棲家になっている。海面に近づくことは危険であるが、海底から海面に向かって伸びている何かが海上の敵を「連想」させ、危険を感じさせる信号を発するということはないと私は考える。ロープのように太く、はっきり見えるものが餌の近くにあっても魚は食うのだから、海藻や半透明の細長いもの、その他何か余分なものがそばにあるということは、魚が餌に食いつくかどうかとは関係がないと考えられる。したがって、「目がいい」かどうかも関係が無いはずである。

グレ釣りでは、釣り人のなかには、ハリスを魚の目に入りにくくするために、魚と、餌、ハリス、ウキが一直線になるよう潮に載せて仕掛けを流すことが重要だとしている人もある(前出、『磯の大もの・中小もの』)。これは魚がコマセで海の表面近くに浮いてきていて、磯にいる人の動きが魚に見えているような場合のことではないだろうか。

船を真珠筏や養殖魚の生簀にかけて釣っていると、マキコボシ釣りのコマセのこぼれや、養殖の給餌のこぼれを拾いに、ハゲやハリセンボンが浮いてき、海面のすぐ近くに木っ端グレが集まってくる。海面近くに来たハゲを掬おうと、玉網を入れれば、ぱっと逃げる。木っ端グレも、釣り人が船の上で体を動かすと、ぱっと散る。魚は自分より大きな動くもの、襲ってくる可能性のあるものがそばにいないかどうか注意を怠らず、海面近くの動物や人、人が持っている物の動きを警戒するということは事実だ。そしてその大きなもの、人や鳥、竿や玉網が急速に近づいてきたら、そこから急いで遠ざかる態勢に常時あるということは、進化の過程で獲得された習性であろう。

目がいいとかハリスを気にするとか言うが、これらは、異なる太さのハリスを使った場合の釣果から推測して言われているだけのことではないか。細いハリスの方がよく釣れる、だから、(たぶん)目がいい、ハリスを気にしているはずだと考えているのだと思われる。

「チヌは目がいい」ということは生物学的に、あるいは解剖学的にどの程度わかっているのだろうか。

高木道郎『クロダイ ウキ釣り入門』〔池田書店、1996〕という本がある。著者はダイワ精工のフィールドテスターだが、この本のように、一種類の魚に関してしかも一種類の釣法についてだけ書かれた本は多くないだろうと思われる。

魚の脳は解剖学的に、嗅覚をつかさどる嗅葉、視覚を司る視葉、運動を司る小脳に分けられている。高木によれば、クロダイはメジナ、ブリと比較して嗅葉の大きさが目立つので、嗅覚がとくに発達していると推測される。視葉はメジナ、ブリよりは小さいが、他の魚よりは発達していて「なかなかの視力を---持つことが推測される」という。

他方、『新イシダイのすべて』<週間釣りサンデー別冊、新魚シリーズG>(週間釣りサンデー、1989)でマリーンパレス〔大分生態水族館〕館長高松史郎はイシダイ、メジナ、マダイの脳を比較している。三者を比べると、嗅葉はほぼ同じ。視葉はメジナが小さく、マダイが中庸で、イシダイがもっともよく発達している。小脳はイシダイがはるかに大きい、と言っている。高松によれば、メジナの目は、マダイよりも劣る。

高木と高松の言っていることはどちらも正しいとすると、合わせた結果は、クロダイの視力はメジナより劣り、メジナはマダイより劣るのだから、この三者の中ではもっとも低いということになる。「クロダイは目がいい」という言葉はよく聞くが、生物学的根拠はないようだ。

そして、私は、自分で釣った経験では、餌とりが最もうまいのはクロダイで、その次がメジナで、マダイはもっとも餌とりが下手だと感じるが、これはほぼ一般的な見方であろう。そうだとすれば、餌とりのうまさは目とは関係ないということになる。

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非ベテランは細い糸のほうがよく釣れる

少し古い本だが、伊藤梨京『防波堤づり入門』(西東社、昭和54)では、「ベテランの釣り人の中には「クロダイはイトに対する警戒心はまったくない」という人もいるが、釣りのうちでもクロダイ釣りは、とくに細いイトのほうが食いが良いようである」と言っている。ベテランの証言では、糸の太さに関係なくクロダイは釣れる。しかし、「とくに細い糸のほうが食いがよい」とも伊藤は言う。「クロダイの糸に対する警戒心はない」ということが事実なら、糸の太さにかかわらず、就餌する、つまり餌を口に入れるのだから、伊藤が言う「食い」とは就餌するということではなく、「釣れる」ことを意味しているはずだ。
わかっていることは、ベテランの釣果と一般的な釣人の釣果の差であり、伊藤がその文で言っていることは、ベテランは糸の太さにかかわらず、一定の釣果を上げるが、ベテラン以外の釣人の場合には、細い糸のほうがよく釣れるだろうということあり、ハリスが太いと、就餌しても、細いハリスの場合に比べて釣りにくく、ベテラン以外では成績が落ちるということである。では、どうしてその違いが生じるのだろうか。

私は、その理由は、太いハリスでは当たりが小さくしか出ないために、ベテランでないと当りを見逃してしまうか、うまく合わせられないけれども、糸が細ければ、当たりがはっきり出て、ベテランでなくても、合わせやすく魚を掛けやすい、というところにあると考える。

高木は、クロダイについて、ハリスは「見えにくく、条件が許す限り太く、自然に沈んでくれるほうがいい。といっても、ハリスは細ければ細いほど刺し餌は自然に海中を漂い、クロダイの食いもよくなる」と書いている。なぜ「見えにくいほうがよいのか」の理由は書いていない。他方、ハリスが細いと餌が海中を自然に漂うのでよく喰うと言っている。

ここでの「食い」は就餌のことか釣れるということかははっきりしないが、おそらく、「自然に漂う」と就餌がよくなり、したがってよく釣れると考えているように思われる。しかし、就餌が問題だとすれば、クロダイは、底に落ちて止まっている餌も喰うし、岸壁に付着しているイガイを突っついて喰うこともする。「自然に漂う」ことが、特に、就餌を促す要因になるとは言えないのではないだろうか。他方、高木の言う「食い」は「釣れる」ことだとすれば、海中で漂いやすい(これは事実だろう)細い糸のほうがよく釣れると、高木は述べていることになる。

私は、クロダイばかりでなく、一般に、細いハリスの方がよく釣れる(魚が掛る)ということは事実だと考える。しかし、それは、細いハリスなら魚が就餌したときの当たりが分かるが、太ければ魚信として伝わりにくいために、当たりを見逃してしまい、あるいは合わせのタイミングを失してしまい、うまく針掛りさせられない、それで釣れないのだと考える。

2号の糸はしなやかだが5号では硬いということは誰にでもはっきりわかり、触れたときの動きやすさには大きな差がある。魚が餌に触れたときに、ハリスは細いほど動きやすく、太いほど動きにくいはずだ。ハリスの動きは、針の太さ、重さにも関係するが、それはおくとして、太くて動きにくいハリスの場合には、細いハリスに比べ、当たりがでにくい、あるいは取りにくいと言える。問題はハリスが動きにくいかどうかというところにある。

餌が、太くて動きにくいハリスに付いているときには、魚が餌だけかじって、針を吐き出すのが容易だと思われる。たとえば、紐に何かが付着しているとき、人がその付着しているものを取り除こうとしても、紐が軽く動きやすければ、紐も一緒に動いてしまい、付着物だけをうまく剥ぎ取ることはできないだろう。紐が重く動きにくいほど、付着しているものを取り除くことは容易になる。これと同じで、細いハリスのほうが、餌を噛み砕いて取ろうとすれば、より大きく動き、はっきりとした魚信が発信され、釣人が容易に「当たり」を取ることができる。ハリスが太ければ、魚が餌を食っても糸は少ししか動かず、魚は小さな魚信しか与えずに、餌をとることができる。こうして、細いハリスのほうが、餌をとられにくく、当たりが出やすいために、合わせやすい、つまりよく釣れるという結果になるのだと私は考える。

昔の人もできるだけ細いハリスを使おうとしていたようだが、第二次大戦後ナイロン・ハリスが作られるまでハリスに使われていたテグスは何本もより合わせて使われ、現在のナイロンあるいはフロロカーボンなどよりもずっと太かったのではないか。昔、東京周辺で盛んに行われていたクロダイ釣りでは、太いハリスで、フクロイソメや小蟹など、丈夫な、餌もちのよい、餌を使っていた。

写真は袋イソメ。http://mejina.naturum.ne.jp/e102571.html「釣れるとい〜ね♪」2006年6月26日の記事からお借りした。
貝殻や周囲のゴミの類をくっつけて自分の巣をつくるのだろう。この袋状の巣からイソメを取り出して針に刺す。


前出、石井研堂『釣師気質』の「ひびの小黒鯛釣----(7月)」は、東京湾ののりひび周りで釣る小型のクロダイ釣りについて書いた随筆だが、そこでは「わが東京では古来もっぱら用いしは「ひらた蝦〔エビ〕」、「まぐち蝦」などにして、土用後は小蟹を用いたりし。然るに、近年新たに羽田の海底より掘り捕る、袋磯女〔フクロイソメ〕と称する環節虫を用いだしてより、ほとんどほかの餌を顧みる者なきに至れり。この蟲、袋蜘蛛の筒に似たる外套中に隠る。その状醜怪にして強く硬く、外見快きものにあらず。されども、もち好き一利あり」という。

佐藤垢石『釣の本』(初版昭和13年)の品川沖「道了杭の海津」〔海津はカイズでクロダイの2、3歳までのものを言う〕では、船の夜釣り、餌は赤蟲〔タイムシのことらしい〕、フクロイソメ。小さな芝エビがとれるようになったら昼釣りになる。竿、1匁の半分ほどのカミツブシをつけた〔ふかせ〕釣りで2、3歳のものを釣る。「はじめグヅグヅと当たるからゆっくり食わしておいてから鈎合わせする。早すぎるとかからない」と書いている。

魚は餌を噛み砕くときには口をパクパク動かす。もし刺し餌がオキアミなら、一回噛めば終わりで、魚が呑み込んだと分かったらすぐに糸を引く必要がある。餌を噛み砕くのは歯であるが、歯は口の先端にしか付いておらず、硬い餌の場合、口をパクパク動かして噛んでいる時にハリスを引けば、半分砕けた餌のついた針が帰ってくるということになるだろう。「グヅグヅと当る」というのは口の先で噛んでいるときなのではないか。このとき糸を引いても針掛かりはしにくく、「早合わせ」になってしまう。残りの小さくなった餌を呑みこむ、そのときに合わせるのがよい、ということだと思われる。昔は、太いハリスしか使えなかった。そこで硬い餌を使って、当りを取りやすくして、クロダイを釣っていたということが分かる。

ハリスの太さ、細さは、魚が刺し餌に「食いつく」か「食いつかない」かにではなく、「餌がとられやすい=釣れない」か、「餌が取られにくい=合わせやすく、釣れる」かに関わっていると私は考える。

西欧では、ハリスは強さだけを問題にしていて、魚の目につきにくくする必要は考えられていないという。『江戸釣魚大全』の著者の長辻は、「ハリスに神経を使う釣りは世界で少数派かもしれない。西欧の本を眺めても、仕掛けの図で、ハリスはほとんど無視されている。トレースという単語がハリスに当たるが、それが出てくるのは、魚に食いきられないように頑丈なワイヤーをハリスに結ぶよう、特別に指示しているときだ。西欧でのハリスは、魚と力で戦うための糸であり、魚の目につきにくくするための糸ではない」と言っている。
長辻は、オーストラリアの釣り船屋で釣り道具を借りて釣りをしたことがある。道糸は10号程度の太いナイロンでその先に針が直接結ばれていて、道糸とハリスの区別はなかった。これでクロダイに似た小型の魚がよく釣れたという。

メジナ(グレ)はチヌよりも目がいい(視葉が発達している)ということは上で触れた。メジナはハリスを警戒するのだろうか。愛媛新聞に高橋康生(日本釣振興会徳島県支部長)という、阿波の釣り名人の一人と思われる人が「80歳の釣りアルバム」という随筆を書いている(2010年3月24日、第5回)。「福村磯でチヌ釣りを卒業した」妻を連れて、牟岐大島でグレ釣りをしたときのことである。ここで彼はハリスに3号を使ったようだ。(「普通3号を使う」と書いている。彼が当日実際に何号を使ったかは書いていない。もっと細い糸にしたかもしれない。)妻には4号のハリスをつけた。
しかし「グレは初めてと言う妻はあっという間にハリス切れ」。何度も続いたので、途中から彼が「竿をひったくってリールを巻いた」という。そして彼は言う、「ハリスは私の方が細いのに、グレが食いつくのは妻の太いハリスばかりとは。私のメンツは丸つぶれ。ここのグレは何だ。」と書いている。隣で釣っていても、もしかしたら、コマセの流れ方などにより差が生じたのかもしれないが、ハリスの太さに注目すれば、太くても食うということがわかる。

74センチという(当時日本記録になった)大型のメジナを釣った、三宅島の高橋哲也という釣り人がいる。彼は『磯釣りナウ!上物編』で、「ハリス見える釣れない論」というものを批判している。「メジナは眼がいいから、太いハリスはすぐに見破られてしまう。ハリスの存在を知るとメジナは警戒する。ハリスは細い方が見えにくいので釣れる」というのがその議論で、ここからすれば、3号ハリスより2号、それより、1号がよいということになる。しかし高橋はこの常識は単なる推理と想像にすぎないと批判する。

おそらく、メジナがさほど大きくなく、磯の形状などから取り込みやすいところでは、細いハリスを使うほうがよく釣れるというのは事実であろう。しかし「メジナがハリスを見破る」とか「警戒する」とかいうのは単に人間の想像でしかない。実際、大型のメジナを釣ろうとすれば、結局、細いハリスでは釣ることはできないので、その議論は脇においておくしかない。そして、メジナは太いハリスでも食ってくる。

高橋哲也が使っているハリスは6号から14号という極めて太いものである。先の阿波の釣り名人が「普通は3号を使う」と書いていたことと較べると、これはとんでもない太さのように思われる。これは入り組んだ根の奥に潜んでいるメジナを釣るときに根ズレ対策として必要なのである。しかし、それでもメジナは食ってくるのである。 「海面のウキが沈んだら「当たり」と視覚〔眼〕で判断するのでない」。ウキが海面にあるようにするには、ハリス、ウキ下を長くしなければならないが、長いとハリスがたるむ。「たるみは当たりの反応時間を狂わせるので釣り人に不利となる」。そこでハリスの長さは30cmから1m。彼のウキははじめから海中に沈んでいる。沈んでいても「アタリは体感ショックとして明確に取れる」。ウキは、潮流の中に出現する対流と呼ばれる海底に向かう縦の流れを捉え、仕掛けが深く入っていき、メジナの口に餌を運ぶようにするために、必要なのだ。「流れの中は釣れる確率が高い、というのは多くの釣り人の経験によって証明されている」と高橋がいうが、これについて彼は理由を説明しない。「想像」になるからだろう。

前に私は、潮のゆるいところではグレの当りが静かで、潮が流れるところでははっきりとした当りが出るという私の経験を書いた。三宅島の高橋は「流れの中は釣れる確率が高い、というのは多くの釣り人の経験によって証明されている」と言っている。彼はその理由を説明することは「想像になる」からと説明しない。私はあえて想像してみたいと思う。
グレは基本的には、餌を静かに口に入れて噛み砕くという食い方をする。流れのないところでは、刺し餌のある場所に静止することが可能で、この場合には、止っている餌を静かに食って、針を吐き出す。ところが流れの強いところでは、流れは一様でなく、刺し餌自体が上下左右に揺れ動き、それを食おうと泳ぐグレの体も、方向や速度が絶えず変わる潮流により前後左右上下にゆすられる。乱気流に入った飛行機の場合と同様であろう。こうして、餌をくわえた瞬間にも体の位置が動いてしまうために、ハリスが引っ張られてしまう。つまり、魚信が発せられることになる。こうして釣人にとっては、はっきりした当りが出て、合わせ易く、釣りやすくなる。これが私の「想像」である。

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ハリスの太さと家串での釣り

家串周辺ではチヌもよく釣れ、狙って釣る人は5月ごろから7月に掛けて狙うようだ。大阪の釣り人で、これまでに釣った最大のチヌは56pで、それを超えるものを釣って魚拓を取るのだと、例年5月になると愛南町に来て、1週間ほど車に寝泊りしながら釣っているという人に出会ったことがある。60センチを超えるものを釣ることがチヌ釣りファンの夢らしい。

チヌ釣りはグレ釣りと並んで、全国的に高い人気が有るようで、愛媛県でもチヌ釣りファンは相当に多いようだ。私は、東京在住中、イシダイ釣りを始めたばかりのころ、湘南茅ヶ崎で会ったベテランらしいクロダイ釣師の次のような言葉を印象深く聞いたことを思い出す。
「イシダイはただ餌を放り込んで食うのを待ち、掛かったら、ただ強引に巻き上げるだけだろう。力ずくで面白くもなんともない。クロダイは、いかに食わせるか、そして細い糸でいかに寄せてくるか、技術が問題なんだ。そこがおもしろいんだ」。この人のイシダイ釣りについての評価は一面的すぎるところがあるが、それでも、「狡猾で、餌取りのうまい」クロダイを、テクニックを駆使して釣り上げるところに、クロダイ釣りの面白さがあるというのは、もっともなことだと思われる。しかも、関東ではクロダイは食べてうまい魚とされていて、クロダイ釣りの人気は、ほとんど魚拓を取ることだけを重視するらしい愛媛と比べて、いっそう高いと言えそうだ。愛媛では釣れる魚種が豊富で、うまい魚は他にもいくらでもいるということが、魚拓中心のファンが多いことの理由ではないか。

食べることを含めて考えれば、愛媛では、(船からの)マダイ釣りの人気が上かもしれない。磯釣りでは(マダイを狙う人もいるが)グレ釣りの人のほうが多いのではないか。私はマダイよりもグレの方が、煮つけなどでは、ずっとうまいと思う。しかし、タイよりグレがうまいという人は釣り人の間に多く、釣りをしない人々の間では、魚の色によるところが大きいのではないかと思われるが、マダイのほうが好きだという人が断然多いようだ。スーパーに行っても、マダイは様々な大きさのものが一匹物で売られているが、グレは刺身では時々売られていても、一匹物ではめったに売られていない。そして副業で漁師をやっている人に聞くと、市場でのグレの値段は、マダイに比べはるかに安く、2、3匹釣れても持っていく気にならないと言う。

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鈴木克美『鯛(タイ)』<ものと人間の文化史>69(法政大学出版局、1992)によれば、 『古事記』、『日本書紀』など、日本最古の書物に鯛の名前が登場する。赤い鯛と黒い鯛(チヌ)の弁別は古代から行なわれていたと推測される。10世紀、平安初期の宮中の年中儀式や制度などの事を記した書、『延喜式』からは、瀬戸内海、伊勢湾、若狭湾、九州西北沿岸の諸国から、当時の朝廷にタイを貢いでいたことがわかる。そして、「鎌倉時代以降、武士階級が台頭すると、鯛の見栄えする姿形がますます好まれ、---その後「めでたい」など語呂合わせに意味を求める風習や、赤い色を貴色とする仏教儒教の影響も加わって、江戸時代には「鯛は魚の王」とまでもてはやされるようになった」。

江戸時代の俳人横井也有の『鶉衣』の中に「花は桜木、人は武士、柱は檜、魚は鯛」という歌が載っているという。(ただし、鈴木の引用では、---魚は鯛と読み置ける世の人の口に---という文が続いていて、これが横井の歌なのかどうかははっきりしない。)こうして、「鯛は「魚の王様」と呼ばれたりして、昔からずっと、わが国で第一等の値打ちのある魚とされてきた」という。 ---------------------------------------------------------------------------------------------------

私はマキコボシ釣りで釣れる魚なら何でも釣るが、グレやチヌを狙って出かけることはあまりなく、ほとんどは、家串近辺で1年中、たいていのところで釣れるマダイ、または大アジ、イサギを狙って出かける。釣り場の水深は浅いところで25m程度、深いところで60m程度である。マダイは普段は底から2〜3ヒロのところで釣れるが、冬場や、食いの悪いときときは下にいるようで(他の魚もそうらしい)、深いところを探っていくと、チヌも喰ってくることがある。

私が09年にマダイを狙っていて釣れた40cm以上のチヌの数は約10匹、半数は50センチを越え、最大は57cmである。小型のものは1匹も釣っていない。釣った場所の水深が40mから60mあり、小型は浅いところにいるということなのだろうか。50cmを越えると3号の糸でもなかなか取り込みが難しいと感じる。そして、40cm以上のチヌの引きは同サイズのグレ(家串周辺でよく釣れるのは3月から6月に掛けてである)と比べてすこしも劣らず、冬でも、非常に引きが強いと感じる。とても2号以下のハリスでは取れる自信がない。

すでに上で述べた理由によって、ハリスが太いほど、細かな当たりを見逃すことになり、「餌取りのうまい」チヌの場合、餌を取られることが多くなるということは確かである。しかし、ハリスが細いとせっかくかけた魚もハリス切れで逃げられてしまう。ハリスが太いと魚が食わない(就餌しない)というなら仕方がないが、そんなことはない。私は、ハリスは3号か4号、ときにタイを釣るために5号を使うが、その太い糸にもチヌは食ってくる。エサを取られたら、またエサを付けて仕掛けを入れればよい。何回もやっているうちに、(コマセが効いてくると魚は警戒心を次第になくするということもあるらしく)うまく合わせることができるであろう。ハリスは太いほど安全だ。ただし、糸が太いと小さい針は結びにくく、太い(大きい)針はオキアミを刺しにくくなる。こうしたことを勘案して大体5号程度までにしている。

湾口の筏で08年5月、マキコボシ釣りで70cmのマダイを釣ったときには、針掛り直後には突っ走られたが、比較的ブレーキをかけやすく、道糸が25mほど余分に出たところで止まった。海中には筏を固定するための多くのロープが張ってあるが、このときは運良く道糸がロープに絡むことなく、無事、取り込むことができた。

12月に同じ場所で、やはり、大きな当たりがあって魚を掛けた。直後は道糸がもの凄いスピードで出て行き、ブレーキがまったく利かなかった。道糸を巻いてあった丸枠がデッキの上で音を立てて転がり、手の指に道糸との摩擦で焼けて黒くなった跡が残った。スピードは青物よりもやや遅い感じだったので、私はマダイだと思っているが、道糸を50m引き出されたあと、かなり近くまで寄せたのだが、結局、ロープに糸が絡み、ハリスの中ほどで糸が切れた。この場合は運が悪かったということになる。
糸が筏のロープに絡んだ場合、空針では針がロープに刺さって、糸を引きちぎるほかないということがほとんどだが、魚がかかっているときには、魚体がロープの表面をくるりと滑ってうまく引き寄せることのできるほうが多い。ハリスも擦れるがけっこう持つ。そして、3号よりは4号、4号よりは5号の糸(ハリス)のほうが、ロープに絡んでも、魚を取り込めるチャンスが拡大することは確かだから、太いハリスを使うのがいいだろうと考える。

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糸の縺れ―その対策

マキコボシ釣りでもっとも神経を使うのは、仕掛けを投入する際に、道糸をいかに絡ませずにスムーズに送り出すかという点である。ほぼ2年マキコボシ釣りをやって、やっと、だいたいうまくいくようになった。

刺し餌とコマセを石に乗せてハリスを撒きつけるときには、糸のねじれを防ぐため、途中で石を持ち替え巻く方向を変えると言った。他にも、ねじれの起こる原因がある。

カゴと天秤を使った釣りでは、仕掛けを沈めるときに刺し餌が回転するとハリスがねじれてしまう。そのため、尾の先から刺した針を途中で抜いて、オキアミがまっすぐになるように針につける必要がある。しかし、このつけ方では、食いが渋い場合には頭だけがかじられてしまう。バクダンでは、刺し餌はコマセの内側に巻き込まれていて、ハリスがほどけてから最後に放出されので、仕掛け投入時にはハリスがよじれる心配はない。オキアミは針に沿って丸く刺し、餌を呑み込みやすくする。

しかし、餌取りがなく、仕掛けの回収時に餌が残っていると、特にボイルの場合にはこの丸くつけたオキアミが回転しながら上がってくるためにハリスがねじれる。生は柔らかく、残っていても、1〜2回勢いをつけて糸を手繰ると針から外れて落ちてしまうか、落ちなくても、直線状に垂れ下り、糸のねじれをほとんど起こさない。そこで餌取りが少なく刺し餌が残りやすい低水温期には、オキアミの生を使うことにより、この仕掛け回収時の捩れを減らすことができる。

ミチイトに針を直接結ぶのでなく、ヨリモドシを入れたり、あるいは上に述べた両側にヨリモドシつけた遊動式の小さな重りを間に入れることで、ハリスの捩れがミチイトに伝わることをある程度抑えることができるが、完全にねじれを取ることはできない。ハリスのねじれはミチイトに伝染し、仕掛けを上げ下げしているうちに次第に道糸全体にねじれがたまってくる。また、撒き餌の届く範囲を広げようと思えば、刺し餌と撒き餌をハリスで巻いたその上にさらに撒き餌を載せて、ミチイトも使って巻きこむ。このようにミチイトを石に巻きつけることはミチイト自体にねじれグセをつけることになる。

道糸が弾力性のあるナイロンやフロロカーボンの場合、ねじれがたまってくると、船の上に回収された道糸が床に平らに落ち着くことがなく、ところどころでリング状になって浮き上がり、後から取り込んだ糸がその下に入り込む。そして、仕掛け投入の際に、下の糸が上の糸を一緒に載せたまま、あるいは、上の糸と絡んだまま引きだされることになる。また糸がリング状になって浮き上っているときに風が吹けば、道糸を送り出す操作以前に、置かれている道糸が団子状態になり、激しく絡んでしまう。風はバクダン釣りの最大の敵である。

テトロン糸は弾力性がほとんどなく、ねじれても、リング状になって床から浮き上ることははるかに少ない。しかし、それでもたしょうは、取り込んだ糸が浮き上がり、後で取り込んだ糸が下にもぐりこんで、縺れることが起こり得る。また糸が軽いため、乾燥するとちょっとの風で吹き寄せられ、団子状になることもある。テトロン糸はナイロンやフロロカーボンに比べて縺れることは断然少なくなるが、皆無とは言えない。そして縺れるかどうかは、回収され床に置かれた道糸の状態に大きく関係する。道糸の縺れを防ぐためには、回収の仕方に気をつける必要がある。

隣の船で釣っているベテランの道糸の回収の仕方を観察した。糸を回収するときに、体を船縁に向け(つまり糸を引く方向にまっすぐ向き)、両手を同じような速度で代わる代わる動かして糸を手繰ることもできるが、ベテランはそのようなやり方をしない。右(ないし利き手)側に海がくるように、船に対して縦方向に向って座ったら、体の向きは変えず、仕掛を海に入れるときも、回収するときも同じ姿勢を保ったまま、糸を横方向に出し入れする。

糸を回収するときに、右手で海中から道糸を引きあげるというのでなく、糸を引っ張るのは左手で、船縁のすぐ外に出した右手の役割は、開いた手のひらの上で道糸すべらせ、水平方向に向きを変えること、そして左手で引っ張り込んだ糸を左手が離して下に置くときに、それが後ろに戻らないように、瞬間的に糸を掴んで止めるという、補助的役割である。

糸は、自分の前においてある、水を少し入れた大き目の桶(赤ちゃん用のバスタブなど)の中に置き入れていく。水がたくさん入っていると、前に取り込んだ糸が浮き上がり、後で取り込んだ糸が下にもぐりこんで、糸が絡むことも起こり得る。あるいは船が揺れると桶の中の水がゆすられ糸が絡みやすくなる。水の深さはせいぜい1センチ程度にするのがよいようだ。そして、この桶の中に、左手で引いた糸を単に置き入れるのではなく、上から下に軽く投げつけるように入れる人もある。後から取り込んだ糸を上から投げつけることで、すでに置かれている糸を押さえつけ、濡れた桶の底に糸を順に貼り付けてしまうのだと思われる。また、左手で引いた糸を桶の中に置くとき、できるだけ低い位置で、つまり桶の底に近いところで糸から手を離すようにしている。風のあるときに高い位置で手を離すと、手から離れた糸が風に吹かれて踊り、十分に貼り付かないからだ。手で糸を桶の底すれすれのところまで導いて、桶の底に糸を貼り付け、前に取り込んだ糸が下に、後で取り込んだ糸が上に、確実に落ち着くようにして、糸の縺れを防いでいる。

佐藤惣之助『釣心魚心』に次のような文がある。「----船で手釣りをする場合に、その綸絲(ミチイト)をたぐる時に、どんな人でも、俗に刀屋、左官、つるべ、と3つの型を作る。刀屋というのはまづ、正当なたぐり方で、左右どちらでも、膝の上で刀を抜くような形をして手繰り、その綸絲は傍らに輪になるように置き貯える。船頭のやり方をみていると、これが確かだということに気がつく。しかし多く初心の人は、魚がかかって、引かれるのに困り、両手で壁をなするように空中を模索し、やっと魚を手繰り寄せる。これを左官屋といって一番拙な手繰り方で、少し馴れてくると、こんどはつるべを揚げるように、一回一回抜いて綸絲を空中で手繰る。この左官屋もつるべも多くは魚をバラシ勝ちである」。

(魚が掛っている場合だから)右手で掴んで船縁から引き込んだ糸を、膝の上で左手で掴み、その直後に右手は再び伸びて船縁で道糸を掴むので、「刀を抜くような形」と言うのだろう。昭和の始めに書かれた随筆で、「左官屋」や「つるべ」が登場するのはよくわかるが、刀屋が登場するのには少し首をひねる。刀を下げた軍人が多く見られたのだろうか。

ベテランが、仕掛けを回収するだけのときも、魚の取り込みの場合にも、座ったままで横に糸を引くのは、初心者が船縁のほうに向き直って、あるいは(魚が釣れたときの)私のように、立ち上がって「左官屋」あるいは「つるべ」よろしく、体を大きく動かして、糸を自分の方に向けて引き寄せ、あるいは下から引き上げるのと較べ、無駄のない、動作だということは確かだ。しかし、私は、船の上で、立ったり、座ったり、さまざまに体を動かしながら釣りをするのは、健康上はかえっていいのではないかと考えて、動き回ることにしている。体を使って取り込む理由はもう一つあるが、それは後の取り込みについて述べる箇所で説明することにする。

ベテランの糸の取り込み方を真似て、私も直径1mほどの金盥を使って実際にやって見た。水を張った容器に道糸が置き入れられていれば、風があっても、仕掛け投入の準備をしている間に糸が吹き寄せられて縺れるということはない。さらに糸は濡れているほうが、すべりもよく、絡んでもほどけやすくなる。
しかし、平底の船外機船は、船の床が広く、タライを置くだけのスペースが十分にあるが、キャビンのついたプレジャーボートのデッキは意外に狭く、タライのような大きい容器をおくと、邪魔になることがわかった。結局、今は、ミチイトを置き入れるための容器を用いることは止め、糸は元通りデッキ(床)の上にじかに置くことにしている。
ただし、風があるときには、バケツに海水を汲んでおき、仕掛を投入したあと、水を撒いて床を濡らしておくようにしている。床が濡れていればそれだけで、取り込んだ糸が床に貼り付いて(風で動かされることもなく)、糸の絡みを大幅に減らすことができる。糸のねじれが進んで、床からの浮き上がりがひどくなったら、糸を取り込みながら、水を少しずつ撒き、足で踏んで押さえつける。時間はかかるし、面倒だが、糸の浮き上がりを放置しておくと、仕掛けの投入時に糸の投入がうまくいかなくなり、かえって時間のロスになると考え、このようにしている。

フロロカーボンは癖が付いてねじれが生じやすいのだが、4号の細いものが使えて、潮流による仕掛けの浮き上りを避けることができるし、また伸びがあって、魚を掛けたとき、魚が走っても手が痛くないなどの長所があるため、水深が30m程度までの浅場では、数年間はフロロカーボンを使い続けた。しかし水深が50mを超えるところでは、糸が長くなり縺れやすくなるため、フロロカーボンの代わりに、絡みにくいテトロンの撚り糸を使うようにした。

パラゴンという商品名の手釣り用の撚り糸があり、たまたま、最寄りの釣具店に置いてあった6号の糸を買って試してみたKさんが「絶対に縺れない」と教えてくれた。フロロカーボンなどと違って、「しなやか」で「腰がない」ため、ねじれても床に置いたときにリング状に浮き上がることがほとんどなく、扱う糸の長さが長くてもたいていは取り込んだ順に糸が下に落ち着く。確かに、この糸を使ってから、仕掛け投入時の糸の縺れによる失敗は圧倒的に減った。湾内の潮流の穏やかなところでは、少々糸が太くても、仕掛けが浮き上がることを心配する必要は少なく、また、適宜、すでに述べた遊動オモリ仕掛けを使うことにより、潮が流れる場合でも、浮き上りを抑えることはできるので、やや太いようだが、6号の糸が使いやすいと思われる。

パラゴンには短所が二つあるように思う。一つ目は大きめの魚を掛けたときに受ける手の衝撃が強いと言う点である。フロロカーボン糸の場合には、魚が引くと糸が伸びて、その衝撃がかなり吸収されるが、伸びのないパラゴンでは衝撃が手にそのまま伝わる。パラゴンの6号が使いやすいと書いたが、魚を掛けると、フロロカーボンの5号よりずっと強い衝撃が来る。50センチ弱のタイをかけたとき、冬場で、引きはさほど強くないはずなのに、手繰る時に手が痛いと感じたことがあった。
また、上でもふれたが、パラゴンを使った水深40m弱の浅場の釣りで、当たりがあって合わせると同時に糸を持っていた人差し指が刃物で切ったように斜めにスパッときれ、また、長さ4ヒロの4号ハリス(フロロカーボン)が途中で引きちぎられるという経験をした。大物が食って走った衝撃が指に直接伝わって皮を切り裂くと同時にハリスをぶちぎったのだろう。この場合、40mほどの長さ全体が4号のフロロカーボンだったら、糸を相当に長く引き出されたことは確かでも、途中で切れなかったかもしれない。また、指がやけどくらいはしても、切り傷を負うことはなかったかもしれない。

私は、現在、大物が掛ったときに衝撃を弱める工夫として、ハリスと道糸のパラゴンの間にフロロカーボン5号を6〜7ヒロ、つまり10mほど入れている。両者を直結すると、根がかりした糸を引っ張って切る場合や大物がかかって切れる場合に、結び目で切れてフロロカーボンから下全体が失われる。小さいヨリモドシをいれて結合すると、ハリスの途中またはハリスの結び目などから切れるので、このほうがよいと思われる。ミチイトの下部にフロロカーボンを10mほど入れて使うこの工夫を思いついて以降、浅場でも、主要部はテトロンを用いたミチイトを使っている。

パラゴンのもうひとつの難点は、切れやすいことにある。たぶん、使用中についた傷のためではないかと考えるのだが、魚を掛けてちょっと強い引きがあったときに、あっけなく途中で切れてしまうことが、何回かあった。私の船が、船縁にオーニング取り付け用の金具などがあって、そうした金具などにこすれて傷がつくのかもしれない。また、釣っていて、潮流で糸が船底に入ったとき、フジツボに擦れて傷がつくのかもしれない。しかし、フロロカーボンの4号、5号の道糸はかなりの回数使ったものでも、魚を掛けた瞬間や、手繰り寄せてきた魚が反転した瞬間にぷつんと途中で切れたということは1回もない。しかも、パラゴンの道糸が6号で、ハリスはフロロカーボンの3号なのに、道糸が途中であっけなく切れるということもある。パラゴンはもろく切れやすいようだ。使うときには、糸が傷つかないように細心の注意を払う必要がある。

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取り込み

魚は針にかかったら、引き寄せられることに抵抗し、必死に泳ぐ。魚の引く力の強弱、ハリスの太さに応じて、道糸の手繰り方を加減する必要がある。イシダイ釣りでは、針に掛けた直後は、岩礁の中に逃げ込まれないよう、竿を立てられるだけ立て、道糸をリールで可能な限り速く巻き取ることが、魚を取り込むための鍵である。ハリスはワイヤーで、道糸は16号以上を使うから、岩に絡んだりせず、引き合うだけならば、力の限り引っ張ってもまず切れることはない。しかし、マキコボシ釣りで使うハリスは3号から5号くらいまでである。無理をすればすぐに切れてしまう。

60センチ以上のマダイ、あるいは青物では、針掛りをした直後、強い力で突っ走るため、道糸が手から出て行くのを止めることはできない。猛スピードで出て行く道糸で、握っている指がやけどをしたり、切れて血が出たりする。わたしは人差し指、小指にこのようにして何回も傷や火傷を負った。
魚が走っているときには握った手の中でミチイトを滑らせ、ブレーキをかけながら糸を出してやるしかない。魚が大きすぎてそのまま止まらなければ道糸が巻き枠から最後まで出てしまって最後に引っ張り合いになって切れるだろう。湾内の筏周りの釣りでは、道糸が筏のロープに絡んで止まることもある。運がよければ、魚は止まり、そこからゆっくりと道糸を手繰って引き寄せるということになる。このとき途中で魚が走ったら、前と同じように、糸を手の中で滑らせブレーキをかけながら糸をだしてやるようにする。運が悪ければ、道糸が筏などのロープにからみ、引っ張っても魚を寄せることができず、どこかで糸が切れるということになる。

合わせて針掛りしたあと、魚が突っ走ることがなければ、道糸を緩めないように注意しながらゆっくり手繰って魚を寄せる。急いで手繰ると魚は暴れる。タイは、最初に合わせたときのショックが大きくないときには、突っ走ることがなく少し泳ぐだけなので、泳ぎが止まったときに、そっと様子をみながら糸を引き、魚が抵抗しない速度でゆっくりゆっくり引いてやると、魚は引っ張られていると感じないのか、全く無抵抗に上がってくることがある。このようにして50センチかそれを超える程度のタイを何匹も釣った。これが一番楽で、魚を騙しているような気がして、愉快である。ただし合わせた時の最初のショックが大きいと、どうしても、魚は疲れるまで、何度か突っ走り、強く抵抗する。

40cmを越えるグレは、ゆっくり手繰るとゆっくり静かに上がってくるが、海面近くに来ると急に力を出して走り回り、時に船の底に潜ったりするので、なるべく腕を船縁から突き出し、魚を船に近づけないようにして浮かせる必要がある。

50センチ程度までのタイでは、針に掛けた後走っても、手から糸を出さず、糸にテンションを与えたまま、引きに合わせて体を船外、下方に向かって倒しながら腕を伸ばすことで対処できる。(船縁にある程度の高さが必要であることは当然だが。)泳いでも青物のように一瞬のうちに5m、10m走るということはなく、引っ張られながら泳ぐときにはタイはせいぜい2m程度しか泳げない。
糸を出さないことには理由がある。魚が走った時に掌の握り方を緩めて糸をだすと、どうしても糸の出しすぎになり魚が止まった瞬間に若干の緩みが生じるらしく、針が口腔の内部などにかかっているときには大丈夫なのだが、歯に掛かっているだけの状態のときには、糸が少しでも緩むと針がはずれ魚に逃げられてしまうというのがその理由である。針が歯に掛かっただけの状態で海面まで上がってきて、玉網に入れたとたんに針が外れるということが何度もあった。掌で強く握ったままミチイトを出さす、からだの動きで対処するほうが糸の緩みが生じず、針が外れるケースが少ないと私は思う。

地元のベテランはかなり大きなものを掛けても、決して、(私のように)立ち上がったり喚いたりせず、淡々とやりとりをして魚を寄せる。Kさんが中型以上のアジを「ウバ食い」した60センチを超えるカンパチを釣ったときには、よそから見ていて、餌を付け替えるために仕掛けを上げているか、アジを釣りあげている時と全く変わらず、一言も発しなかった。後で「指がやけどをした」などと言うのでどうしたのかと聞いてこのカンパチを釣ったことを知った。大物が掛ったときに騒ぐのは初心者のようだ。

ウバ食いという語は、ロシナンテ号という船で釣っている人のHPで初めて見たのだが、針に掛った魚を他の魚が後ろから追いかけて呑み込むことである。なぜ「ウバ」なのか確かなことは分からないが、昔話に登場する山姥(ヤマウバ)の音便形のヤマンバは、人間や他の動物を後から追いかけてきて食おうとする恐ろしい生き物で、このウバから来たのではないだろうか。私も数回、50センチ以上のエソにアジをやられたことがある。エソならただ重くなるだけだが、ハマチやカンパチではそうは行かない。

私は、あるとき、30センチ程度の良型アジを連続して5、6匹釣った後で、同じように引くアジらしい魚を掛けたが、ウバ食いされたことがある。上げてくる途中アジが異常に騒いで「抵抗」したあと、突然、ひどく重くなり、ついで道糸がガーッと引き出され、糸の出し方が拙かったのだろうが、あっという間に糸を切られた。この日は近くでハマチを見た人が多く、ハマチに食われたのだと思われる。アジは私が糸を手繰るのに「抵抗」したのでなく、ハマチに追いかけられ、恐怖の逃走を図って泳ぎ回ったのだと思われる。

途中で食いつかれて傷だらけになって上がってきたアジを2、3回釣ったが、エソ以外には私は「ウバ食い」をしている魚を釣った経験はない。しかし、30センチほどのカンパチ(高知ではネイリと呼ばれる)が、針掛かりした同サイズのアジを海面下5mほどのところまで追いかけてくる場面は、釣っていて何度も経験した。カンパチは、ターゲットが大きすぎるためか、すぐ後ろに迫っても食いつこうとせずただ追いかけているだけのようにも見えたが、アジはカンパチの追跡をかわそうと必死に泳いでいた。

大アジの場合、魚が走ったときに糸を出すと魚に勢いがつき、しかもいつまでも勝手に泳がせておくことはできないので、どこかで道糸の出を止めなければならないが、勢いのついた魚を止めようとすると唇が切れる可能性が高くなる。そうでなくても、道糸を手繰って上まで上がってくるときに、針の掛った箇所の穴が広がって、ちょっとでも緩めば、針外れが起こる。そこで、アジは走らせず、ゆっくりゆっくり一定のペースであげてくるのがいいようだ。たいてい螺旋を描きながら上がってくる。最後に玉網で掬う。

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玉網で掬う

玉網で掬うときに二つのやりかたがある。一つは、魚が抵抗を続けながら泳いできて、あと1mくらいで水面に浮くというときに、ハリスが滑らないように左手に巻きつけて糸を一定の強さで引っ張り続けながら水面に浮かせ、魚が表面に浮きあがると同時に魚と逆の方向から玉網を海に入れ、そこへ魚が飛び込むようにするやりかた。これには練習が必要である。
もう一つは、魚がおとなしく上がって来るときのやりかたで、ハリスを短めにもち、魚の泳ぎをいったん止めて、魚体の半分くらいを水の上に浮かせた状態で魚をぶら下げてから、玉網を下に入れて掬うという方法。こちらのほうが逃げられることは少ないのだが、魚が勢いよく泳ぎ回りながらあがってくるときには、必ずしも、このやりかたはできない。

プレジャーボートは船縁が高いため、直接抜きあげるにせよ、玉網で掬うにせよ、船内への取り込みが、平底の船より難しい。漁師は、イサギやアジなど市場に持っていく魚の場合には、小型の平底船でも、取り込むときに必ず玉網で掬う。やはり抜きあげはバラシにつながることがあるからであろう。しかし、玉網の出し方が拙いと、かえってそのために魚をバラすことになり、玉網で掬うにも練習が必要である。
マダイは上に浮かせたら、泳ぎまわったり、下に突っ込んだりすることはほとんどないため、落ち着いて玉網で掬うことができる。(一度だけ、30mほどの水深のところで釣った50センチ強のマダイで、最後まで抵抗し、玉網の枠を蹴って、針を外して逃げた奴がいるが。)小型なら抜き上げでもよい。しかし、マダイ以外の魚はすべて最後まで抵抗し、海面で泳ぎまわり、暴れる。

ハリスが3号なら40cm以下のイサキも30cm以下のタイもたいてい抜き上げ可能だが、玉網で掬ったほうが安全だ。アジは針が上下どちらかの顎に掛っている場合はいいのだが、ホオに掛った場合は、針の刺さった穴が広がって大きくなり、針が外れやすくなるので、中型のものでも玉網で掬ったほうが無難である。

玉網をいつでも取れるようにそばにおいておくことが大切だ。かく言う私は、魚を掬って、針をはずし、生簀に魚を入れた後で玉網を置きっぱなしにし、次に魚を掛けて掬うときになってから、離れたところにある玉網を取るために、体の向きを変えたり、動き回ったりして、(糸が緩んで)魚に逃げられたことが何度もある。

抜きあげようとして落したり、玉網で掬おうとして失敗したりして、魚を浮かせてから逃がした悔しい経験が何度もあるが、いったん「宙に浮いた」魚はアジでもイサギでもタイでも、すぐには海に突っ込んでいかない。少しの間「自分に何が起こったのか分からず、ぽかんとしている」というような感じで浮いている。ほんの1秒かそこらのことだ。そして「再び気を取り直し」、「逃げなくちゃあ」とでもいうように、下に向って泳ぐのである。アジ釣りに慣れるまでは、道糸を手繰るのに必死で、魚が上に浮いてから玉網を掴んだ。このような場合、浮かせた魚が針から外れたときに、玉網を出してももう間に合わない。追いかける玉網よりゆっくり海にもぐって行く魚の方がはるかに速い。

あるとき、アジが玉網に入る直前に針が外れて、海に浮いた。しかし、その時は、右手でつかんだ玉網がすでにそこに到着していた。そこで、一瞬「ぽかんとして」海面に浮いている魚の下に網をパッと入れて、掬うことができた。しかし、いったん針が外れた魚を掬うことができるのは、運のいいときだけである。

1年以上アジ釣りをやってから、ようやく、使った玉網を釣り座の脇に戻すことが大体できるようになり、魚を浮かせてから玉網を探すということはあまりなくなった。

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釣った後の魚の処理

サンデー・アングラーズの場合には釣り上げた魚はすぐに〆て、クーラーボックスの氷水に漬けて、当日持ち帰ることになると思われる。退職後に釣りを楽しんでいる私は、何日か続けて家串に泊まって釣りをする。魚を送ってほしいという魚好きの知人、友人、親戚が何人かいて、宅配便で送る。そこで、釣った魚は生かして持ち帰り、帰港してから、一部は〆て開きなどにし、残りは、直径と深さがともに一ヒロほどの網製の生簀に入れて海に沈めておいて、翌朝〆て「冷蔵」で発送する。

釣り場では、アジ以外の魚はボート備え付けの生簀にいれ、アジの場合は、船の外側に吊るす手製のカゴ生簀に入れる。船の生簀は水の循環が十分でなく、アジは酸素不足で弱ってしまうからである。一度、港から30分ほど走った由良の鼻で、曳き釣り(トローリング)で70〜80センチのハマチ(ブリ)を釣ったことがある。生簀は長さが80〜90cm、幅と深さが40〜50cmだが、この時に釣ったハマチを12〜3匹入れると、ほとんど横一列に並んで身動きができない状態になった。曳き釣りだから船は動いており、生簀内の水の循環はあるはずなのだが、魚が弱るのが目に見えて分かり、まだ釣れることは確かだったのだが、15〜6匹釣ったところで釣りを止め、急いで帰港した。アジは船を掛けて、つまり船を止めて釣るので、生簀の中の水の循環が悪くなる。そこで船外の生簀に入れる必要があるのだ。この手製のカゴ生簀についてはまた後で書く。

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タイのガス抜き

タイ、イサギ、グレは強く、針を呑んだりしていなければ、船内の生簀で身動きができない状態になっても平気である。ただし、タイは、釣り上げられて来るときに、うき袋(鰾)が膨らんでしまという別な問題がある。深場で掛けたタイは、最初は暴れ、抵抗するが、途中から急におとなしくなる。それは浮き袋が膨らんでしまうためである。海面に浮いたタイは腹がパンパンに膨らんでいてほとんど泳ぐこともできない。このまま生簀に入れてもすぐに死んでしまう。浮き袋に溜まったガスを抜いてやる必要がある。ガス抜きが不十分だと、船の生簀の中で横になったり逆さになったりして浮き上ってしまう。その場合、船の外の生簀に移し5mほど沈めてやると水圧でガスがつぶれ、元気を回復する場合もある。

『ムツゴロウの大漁旗』著者の畑正憲は、雑賀(さいが)衆の老漁師の一人に船に乗せてもらって釣りをしたことがあり、その時に教わったガス抜きのやりかたを次のように書いている。釣り上げたタイは胸に抱きとめる。「老人は左手で抱いたまま、針の先で、ちょんと肛門をつつく。---と、浮袋にたまっていたガスがひゅうっと音をたてて出てくる。」急にやってはいけない。「腹の膨れ具合をみながら、手早く、何度かに分けて、空気を抜く」というものだ。彼もやってみて「あんた、うまいぞ」と誉められたという。

非常に簡単な方法で、これはいいと私も試してみたが、どうもうまくいかない。特に何もしないでも、膨らんだ腹を静かに押すと、肛門付近から、あるいは胸(エラ?)の周囲の開口部からブブブーッと音をたてて、空気が抜けることがある。腹を押しながら肛門付近に棒で触れたり、軽く押したりしても空気が出てくることがある。しかし、針でチョンと突っついてガスが出てくるかというと何度かやってみたが出てこない。畑が書いていないコツが何かあるのかもしれない。

ステンレス製で、尖った先端近くにいくつか小さな穴が開いている中空の細い棒(管)状の、ガス抜き専用の道具が市販されている。シリビレの近くにある大小二つの穴のうち、前側の大きいほうの穴から、この棒をゆっくりと回しながら差し込み、腹のふくらみを胸の方から軽く後方へ押して浮き袋を後方に寄せ、棒を突き刺し、ガスを抜く。

あるいは、ムナビレ(胸鰭)を起こして、ヒレの裏側の付け根からこの棒/管をゆっくり付き刺すと、ガスが音をたてて出てくる。このときは腹を後ろから前へ押しながらこする。特別な道具を使わなくても腹ビレの裏側を竹の串で刺して穴を開けるだけでもガスがでてくるようだ。

とがったものが体内の膨らんだ空気袋に突き刺さり、穴が開いて、ガスが出てくるのだろう。どちらの場合も体表に穴が開くのだが、タイは平気なようで、こうやってうまくガスが抜けたタイは、水温が高い時期を除き、生簀に入れて沈めておくと、4〜5日は元気に生きている。ただし直径が一ヒロ程度の生簀では魚が大きいと、ヒレや眼球がこすれて傷ついてくる。生簀で「生かす」のは数日が限度と考えたほうがいい。

小説家で知られた幸田露伴(1867−1947)は釣り好きで、釣りに関して書いた著作も沢山ある。「六十日記」(明治32年、開高健編『露伴の釣り』アテネ書房、1985)のなかでは、「安房の漁師に教わった、鯛の腹に竹の針をさして「気をだす」こと」について触れ、「刺すところは糞門で頭のほうへ軽くつけば気が漏れる」と書いている。

また大衆小説作家の土師清二(明治26−昭和52)は「追憶から」という随筆(『つり人生』<釣魚名著シリーズ>、二見書房、1975)の中で、タイ釣りについて述べていて、「玉網のなかで針を外し、竹を削って作った編み棒のような尖り棒を肛門から差し込み気嚢をプツンとつぶしてやって生簀に入れてやる」と書いている。

なお、鈴木克美は前出『鯛(たい)』で、江戸の魚商が、寛永年間(1624〜44)に駿河湾沿岸の各地の漁師と契約して活け鯛場を設置し、釣ったタイを生かしておき、江戸へ生きたタイを大量に送った。タイを生かしておくためには、ウキブクロに針をさしてガスを抜く方法(昔は針治術と呼ばれていた)が先行していなければならず、当時すでにこの方法が行なわれていたに違いないと書いている。

私の使っている金属製の棒は、先端が十分とがっていないせいかもしれないが、肛門から差し込んだ場合には、うまくいかないことのほうが多い。私は、これまでの数年間に200匹以上ガス抜きをやったが常にうまくいくわけではない。大雑把に言って、肛門から棒を入れてうまくいったことが3割、ムナビレの付け根から突き刺してうまく抜けたのが5割。2割くらいはどちらのやりかたでも空気が十分抜けず、船内の生簀にいれても裏返しになったままだった。

ウキ袋は消化管の一部が膨れてできたものだという。そして、ニシン、サケ、コイなどの魚ではウキ袋は、気道で食道と連絡しており、このようなウキ袋は有気管ウキ袋と呼ばれている。しかし、釣りの対象になる魚の多くが含まれるスズキ目(モク)などでは気道がなく、毛細血管を通じて血管からウキ袋のガスを取り込むようになっていて、このようなウキ袋は無気管ウキ袋と呼ばれている(『魚釣り図典』小学館、1998年、p9)という。


図のgas bladder(air bladderともいう)が浮き袋。イラストはhttp://www.shiro1000.jp/高橋士郎、「風船について」1984年 多摩美術大学研究紀要 20号による

また、気道を持たない、閉じた鰾(ウキブクロ)を有する魚は閉鰾(へいひょう)類と呼ばれる。閉鰾類の鰾には毛細血管の網目である赤斑、および鰾の表皮の特化したガス腺の両者からなる赤腺があって、ここから血液中の炭酸ガスや酸素を(鰾内に)分泌する一方、鰾の後背壁には毛細血管に富む卵円腺という部分があって、ここからガスを吸収して鰾のガス量を変える(『岩波生物学辞典』第4版、1996)という。

タイはスズキ目なので、無気管ウキ袋のはずである。ウキ袋は消化管を含めて外部には直接通じていないので、穴が開かなければガスは出ていかないと考えたくなる。どうして、軽く押す、あるいは(ムツゴロウの言っているように)釣り針などで体表に触れるという刺激でガスが、肛門から出てくるのか不思議である。『岩波生物学辞典』の説明によれば、毛細血管(卵円腺)からガスが吸収されるようだが、これはガスが音をたてて体外へ抜ける現象とは別の事柄だと思われる。

解剖図を見ると、ウキ袋は体に沿って前後に細長い形をしているので、肛門などから「ガス抜き棒」を差し込んでも、(細くなってはいるが、鋭くはない)棒の先端がウキ袋に刺さるとは考えられず、ウキ袋に穴が開くわけではないので、体外から刺激した場合と大差ないはずで、それでこの場合にはガス抜きが必ずしもうまくいかないのではないか。それよりも、体側から棒、串などを突き刺し、ウキ袋に直接穴をあけてやるほうが、ガスが抜けやすいのではないか、とも考えられる。時に、口の中にウキブクロが膨らんで見えていることがある。このときは何か尖ったものを突き刺して、破いてやればよい。

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アジは手でつかまない

釣り上げたアジを生かしておくには、細心の注意が必要だ。貯め水で、空気(酸素)が補給されない容器に入れておくのでは、短時間しか持たない。また、アジは体を手でつかむと(素手であれ、タオルなどを巻きつけた手であれ)鱗が取れて死にやすくなる。数日間生かしておくためには、体に手を触れずに針を外す必要がある。

プライヤーで針を掴んで捻ると外れるが、そのときには針のチモトを傷めてしまう危険がある。ポリバケツなど深めの容器の口に太いナイロン糸などをピンと張っておき、針を魚ごとこの糸に引っ掛けて、チモトを指で持ち、針を糸の周りに回転させるように擦りつけ、針を外す方法がある。バケツには海水を張っておき、針を外された魚がその中に落ちるようにする。地元の人はこのやりかたで、魚体に全く手を触れず、いとも簡単に針を外す。私も今はこの方法で針を外している。魚の重みは、糸に引っ掛けた針を介して糸に支えられることになるから、針を掴む指先には魚を持ち上げる力はあまりかからない。ベテランは張った糸がなくても、プライヤーで掴むように指先で針を掴んで魚をぶら下げ、どのようにしてか、魚体に触れることなくうまく針をはずしてしまう。練習でできるようになるのだろう。しかし、40センチ以上の大アジになると重いので、このようなやり方で針を外すのは難しいと思われ、やはり糸を張った容器が必要になる。

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携帯生簀を作る

本職の真珠養殖の仕事が暇な時期に、副業で釣った魚を市場に出す地元の漁師でベテランのバクダン釣師の多くは、アジを釣る場合には、直径一ヒロほどで、上のふちにマクワウリ程度の大きさで形もそれに似たウキ玉がいくつか付いていて、海に浮かべておける網製の生簀を船に積んでいき、釣り場では船外にこれを縛り付けて浮かしておく。この生簀は上が大きく開いているので、玉網ですくった魚をその生簀の上にもっていきそこで(サカナに触れないように)針をはずして、魚を落とし入れてやることができる。釣りをしている間は、魚をここに入れておき、帰りには大きなタライ(バクダンで手繰った道糸を入れるのに使っていた)に水を張って魚を移して、近くの港(というより自分の作業場)まで帰る、というやり方をしている。いわば携帯生簀であるが、これを使っている人はみな自作しているという。

本格的にアジ釣りをやるならこのポータブルの大型生簀を備えたいところだ。しかし、自分で作るのは難しそうなので、私は代わりに、漁業者である地元の友人からもらった、アコヤガイの養殖に使う直径が50センチほど、深さ1mほどの網カゴを改造して、小型の携帯生簀を2つ作った。これ一つに50センチくらいまでの大アジが10匹ちょっとは楽に入る。釣りをしている間は、船外に吊るしたこの「携帯生簀」に入れておき、釣りを終えて帰るときに船内の生簀に移すというようにしている。
あくまでも魚体に手をふれないようにするために、先に述べたように、バケツの口に張ってある糸を使って針を外して、バケツの水の中に魚を落としたあと、このバケツを船外に吊るしてある携帯活簀の中にいったん入れてから傾けて中の水とともに魚をカゴに移すというやりかたをしている。このやりかたを思いついて以来、アジを弱らせずに持って帰ることができるようになり、この方法には大いに満足している。

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