「事案検証委員会」 は何を検証すべきか?
  これは本文と違って高校物理教科書の水準で書いており、高校生向け です。小恥ずかしくて大学の先生に面と向かってするようなレベルの話ではありません。(2018/2/14 初稿、3/11 最終改訂)

  私の 記事 p.3の脚注にある、2017年度・大阪大学 問1 (逆方向振動している音叉が 「開ききった」 ときの周辺の疎密の様子を問う問題) の 選択肢に正解がない ことに関して、 教育関係者と思われる方たちから 「あんたも大学関係者だろ?どちらが正しいと教えればよいのか、無責任ではないか?」 という質問や抗議の声が寄せられるようになりましたので、見解を述べておきます。先日問題になったことと比べれば、ずっと初歩的な話です。

  この問は、競技場のスタンドで起きる 「ウェーブ」 のように 「物質ではなくて状態の 変化 が伝わるのが波である」 ということをちゃんと理解できているかどうか試すのに、非常によい問題 です。実際、「 腕板の方から 空気 が送り出された直後だから、腕板の前面の B、D では密...」 という趣旨の誤った解説をした過去問参考書もあります。

  確かに、直感的には 「音叉が開くとき板の前面の空気が圧縮されて の部分ができる」 となります。「空気は押したら縮む」、これは小学4年理科 「空気」 の単元の話です。これに近い 間違ったイラスト は高校の教科書にも見られます。しかしながら、このとき生じた密度の 変化 は毎秒340メートルの 音速 で前へ伝わって行きます。音叉の振動の速さ (※ 下に注1を追加) では、とうてい追いつけません。そして、音叉が 開ききった瞬間 には、この密の部分は既に 1/4周期分、つまり 波長の1/4 (500ヘルツの音波の場合、17センチ) ほど前方へ進んでしまっており、一瞬 静止 する板の周辺では前面でも裏面でも 「疎密変化なし」 の 中立状態 (疎密変化 0) にもどっています。

  以上は高校の教科書に書かれているとおりのことですから、かなりの受験生が 「これに相当する選択肢がない?」 と、首をかしげたことと思います。   説明図(※ 注2)  アニメーション(※ 注3

  賛同者の一人がどこかの新聞社と大阪大学に投書したそうですが、大学には大学の考えがおありのようで、訂正が行われたとは聞いていません。問の選択肢から推察すると、多分、 開ききったとき 「 2枚の板それぞれの前面、つまり音叉の外側で 、裏面になる内側では 」(選択肢 f ) となりますが、これでは 波動 のことをまだ知らない 中学生以下 の感覚的な答えです。音叉が振動して音波を発生していることを前提にした問題の答えにはなっていません。先ほど首をかしげた受験生たちは、試験場ではこの中学生レベルまで後退を余儀なくされたか、時間に追われてやむを得ず スルー したことでしょう。この、決して少なかったとは思えない賢明な受験生たちのことを、どう配慮するのでしょうか?

  ついでに言わせてもらうなら、用意された6つの選択肢の c と f 以外は、単に肢を水増しして、一つ一つ図と照合して確認する時間をかけさせるために、無意味に 並べられているだけで、何の工夫の跡も見られません。出題ミスに対する1月12日の不誠実な言い訳といい、およそ 人が人を選別する というシビアな行為における真摯さが感じ取れないのです。今後の高校教育への影響を考えると、音叉に 「同方向振動」 (※ 注4)がある(観測されている)ことや発音機構の細部まで試す必要があったのかどうか疑問ですが、問いかける以上は 真剣勝負 すべきです。

[追記] 私はガラケーのローテク世代で Twitter を見ることはできないのですが、「厳密な極値の話ではないから正解はある」 と主張する人もあると、学生さん(?)が、どうやら私の意見には批判的なニュアンスで知らせてくれました。 「今や大学の先生よりも偉い人(?)」 だそうですが、しっかり物理を考えた受験生 ほど、教科書どおり 「変位最大で速度0のとき、疎密変化も0 」と論理的に考えるのが普通ではないでしょうか。「音叉の やや外側 だから、疎密の判定は出来る」 というのであれは、本質的にはさきほどの小学生なみの知識を問うだけの問題になってしまいます。

  「近似的に f 」 と弁護する人もあるそうですが、近似という意味では話は逆で 「近似的に疎密変化0」 ですね。この第0近似以上の結論を得るには、音叉の形状等を考慮して圧力波と速度波の 位相のずれ (専門的には 「複素インピーダンス」:本文参照) をちゃんと計算してみる必要があります。そうでない限り 「 が正しい」 とすると、同等に 「 が正しいかもしれない」 ということになります。減衰を考えると速度の方がわずかに遅れて、ひょっとしたら正解は 「どちらかというと微妙に 」だったのかも知れませんが、まさか大学入試でそこまで問うことはないでしょう。(2018/2/25)

  この学生さん、2次試験が終わってから大学の「問い合わせ窓口」に質問したそうですが、何とも返事がないとのこと。私の知人が投書したのは確か2月初旬でしたが、そのときは受領の返信だけはあったそうです。相変わらず問い合わせを共有しないのは、この大学の体質なのかもしれません。出題委員が10人以上もいらっしゃれば、高校生の心を失っていない人が一人くらいはあると思うのです。(2018/3/7)

  学生さんの話: 「やっぱり先生は間違ってる!」 、大学の責任ある立場の方(?)が彼の質問に対して 「(私の記事を) 拝見したが、正解はある。大学が示した正解が正しい 」 と即答 (つまり一人の判断) されたそうです。やはり全く何も変わっていないですね。ここに至っては、ともかく教育現場では両方を紹介し、どちらが正しいか ではなく、高校生レベルではどちらの方が 論理的に納得しやすいか を、生徒に考えさせていただけばよいのではないでしょうか。あの大学の入試課の 「問い合わせ受付窓口」に問い合わせてもムダです。返答は得られないでしょう。(2018/3/11)

注1 振動数500ヘルツ、振幅が1ミリとしても、この1ミリ動くのに 1/2000 秒もかかりますから、わずか毎秒 2メートル 程度の速さになります。「空気の振動の速さ」 と 「疎密変化の伝わる速さ(音速)」 は 全く別のもの ですが、それが同じ方向だという縦波の特性によって錯覚が起きるのかもしれません。平衡状態からの疎密や圧力の 変化 は分子の衝突による「玉突き」で伝えられていきますから、音速は分子の 熱運動 の速さ(常温でおよそ毎秒500メートル)に匹敵します。一方、空気 ( 物質 ) がゆらゆらと振動する速さは、空気を 連続体(流体) とみなして局所的に均した速さであって、音波が発生していなければ速度0の静止状態 (あるいは風に乗った静止状態)です。音波はその状態からの、速度や圧力の 微小変動 です。この変動が音速で伝わっていきます。
注2 振動する十分広い平板の音源を、1次元連続方程式において質量の負の点ソースとして扱えば、この解が得られます。同じ意味の図は、1月12日の大阪大学の 解説 の6ページに出てきます。
注3 音叉の 「逆方向振動」 と同じ型の音源 (上記解説 p.3 に紹介されている文献から引用 )。これを見てどう解釈するかは、個性によるかも知れません。私は 「教科書どおりだ」 という印象を受けました
注4 音叉の2枚の板が同方向 (同位相) に振動するモードのこと。 問5の実験データは通常の 「逆方向振動」 と同じ500ヘルツの 「同方向振動」 を使って得られたものであり、問4はその場合の条件式を正解にしていたということです。数値を見れば 「同方向振動」 であることは明白であるが、通常の 「逆方向振動」 で考えた人もあるかもしれないので、問4ではその場合の条件式も正解とみなすことにしたと、およそ1年がかりで 「出題ミス」「採点ミス」 と認められました。



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