夏山単独登山バトルロイヤル

(名古屋の山の登り方Vol.6より 加筆修正)

最初の一歩、足取りも軽く…?

今や遅しと待ち構える登山者たちの前に、次々と夏山が姿を現した。
最初に登山道へ足を踏み入れたのは「ミルク」だった。『ミルクのトッピングはできますか?』というベタな問いに対して『できません』と真面目に受け答えてくれた店員は、シロップの追加が50円でできることを教えてくれた。いや、べつに冗談で尋ねたわけではない。あの量の氷を食べきるには、ミルク味はあまりにも単調すぎるのだ。中腹にさしかかったところで、放置しすぎて氷が融けきってしまったアイスミルクのような味に変化してしまい、シロップ追加を余儀なくされる…そんなかき氷なのである。

ミルク ミルク

それでも、ミルクなら最初の一歩はハイキング気分だ。足取りも軽く、スキップさえしてしまう(中腹までは)。
しかし、最初の一歩さえ踏み出せないような山ならどうだろう。
たとえば「グロセージャ」。
そもそも、グロセージャとは何者なのか。
おそらく「グロセイヤ」のことではないかと思われる。

グロセージャ グロセージャ

グロセイヤ(groseillier:仏)は、日本では「スグリ(須具利または酸塊:村主ではない)」と呼ばれ、英語では「カランツ(currant)」とか「グースベリー(gooseberry)」などと呼ばれている、ジュース、ジャム、ゼリーとして楽しまれている果実だ…と百科事典に書いてあった。酸味が強いとあったが、食べてみたらオレンジに似た風味だったので、ひょっとしたら違うかもしれない。だから、ぜひとも信じないでいただきたい(おいおい)。
と、このことを知っていればすぐにでもさじを入れただろうが、われわれはこれが新メニューとして壁に掲出されてから、ずーっと敬遠してきた。この企画がなければ口にしなかったかもしれない。
イチゴのごとく赤いグロセージャは、思っていたようなゲテモノではなく、意外とすんなりと受け入れられた(赤い・・・アメリカスグリ(北アメリカ原産)かもしれない。これなら「メキシコ産ジュースで、マヤ・アステカ時代から…」という掲出の文句も説明できるじゃないか。もっとも、モノは長野産かもしれないが)(*2)
次にやってきたのは「ピーチ」。…この後、しばらくはかき氷のシロップとしては聞いたこともないようなものが続々登場するので心していただきたい。

ピーチ ピーチ

文字通り桃色に染まった山肌(「生娘の柔肌」という表現は、おやじくさいので却下。思いついた自分が情けない)に、一つ、また一つとさじが入ってゆく。意外とうまいのだが、なぜ桃のかき氷は一般的なかき氷のシロップとして受け入れられてないのだろうか。作るのが困難なのだろうか。経費がかさんで採算があわないからだろうか…などと、いろいろなことを考えてしまう。

バラカルピス バラカルピス

程なくして、同じ桃色をした「バラカルピス」がやってきた。名前のとおり、色の由来も違えば、味も違う。いや、こちらの場合は味というよりはむしろ香りの違いだ…と断言したかったのだが、今日のバラカルピスは、なんだか香りが弱い。かつて半径2メートル以内の人間に、例外なくその存在を強くアピールしていた、そのパワーが感じられない。
かき氷を立て続けに注文しているからだろうか、今日のかき氷は、とみに迫力が感じられない。さじを入れると、いとも簡単に崩落してしまう山肌に、悪戦苦闘を強いられているのだ。…いや、ひょっとしたら、われわれの食べ方が未熟だからなのだろうか。

タマリンド タマリンド

そんなことを考えていた私の前にやってきたのが、これまた最初の一歩に非常に躊躇(ちゅうちょ)した氷、「タマリンド」だ。醤油味の「溜ん人」とか訳のわからない憶測の飛び交ったそれは、百科事典によると、マメ科の常緑高木に生(な)る莢(さや)で、樹木(タマリンドノキ:tamarind)は街路樹として植えられたり、用材になったりするそうだ。インドではカリーの材料に使用されるタマリンドは、あんずのような梅のような、なんだか懐かしい味がした。こちらも足取り軽く、すいすいと登っていったのだが、中盤にさしかかったところで思わぬ一撃を食らうことになる。これは後ほど。
ちなみに「溜(たまり)」とは、東海三県特産の濃厚な醤油のことである(非常にローカルなネタで申し訳ない)。

グランベリーミルク

次にやってきたのが「グランベリーミルク」だ。正しくは「クランベリー(cranberry:つるこけもも)」で、木は盆栽にもなるという。味のほうはご存じのとおりで、ジャムのそれと大差ない。ミルクがかかっているので、若干まろやかか。しかし、ミルクのかかったかき氷は、非常に雪崩(なだれ)が起きやすいのだ。つまり、ミルクがかかることで雪庇(せっぴ)の状態を作り出し、不用意に踏み込むと滑落する危険性があるのだ。これは、先の「ミルク」もそうだが、次に紹介するかき氷にも当てはまる。そのかき氷とは、おそらくは日本初の「辛い」かき氷、「マンゴースペシャル(辛口)」である。

マンゴースペシャル(辛口) マンゴースペシャル(辛口)

もうすっかり有名になってしまったこのかき氷。ご存じない方のために少々説明させていただくと、マンゴーシロップとミルクのかかったオレンジ色のかき氷で、その中に一味唐辛子が「程よく」まぶされている。口に入れると、そのマンゴーの甘味が口いっぱいに広がり、それがすーっと消えると同時に唐辛子の辛味がじわじわときいてくる。例えるなら、賛美歌とメタルがクロスフェードするような感じで、次第に耳が麻痺してどっちを聴いてるのかがわからなくなってゆく。ただ、初めて食べる人には(いろいろな意味で)この上ない感動を与えるが、二度目の挑戦ともなると普通の(あくまでマウンテン基準で普通の)かき氷であり、これを食べながら過去の挑戦談義に花を咲かせる余裕さえ出てくるのである。

小倉 小倉

宇治金時 宇治金時

色違いの「小倉」と「宇治金時」は、単にサイズが大きいだけで、食べ始めは何も障害はなかった。ただ「小倉」は氷水のため、中に入っている小倉あんが涼しげに透けて見えるのがご愛嬌である。
最後に姿を現した「洋梨」は、山吹色の山肌で、こちらもシロップが珍しいだけで、普通の味だった。

洋梨 洋梨

この「洋梨」(黄)と「小倉」(白)、「宇治金時」(緑)、そして「グランベリーミルク」(桃)の4つは、色合いがパステル調で、偶然にも1つのテーブルに並んでいた。なんとも春らしい(挑戦したのは5月3日である。お忘れなきよう)かき氷の祭典となったのだが、これが後に「災典」となろうとは…。
とにかく、11人の登山者は、2人の例外を除いて、各々の山の頂を目指して歩き出したのである。あるものは温かい飲み物とともに、あるものはなぜかトーストやサンドイッチを片手に…。

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引用註:
*2:フランス語のグロセイヤ(グロセイユ)は赤スグリを指しているらしい。だからあんなに赤いのだろうか。