未来からのメッセージ

待合室  動く島

「ホウ、ホホーウ! そろそろ、カズマとのお別れの時間が近づいてきたようだねぇ」
「そうか……やっと帰れるんだね。……もっと観てみたい気持ちもあるけど」
「ホーウ! でもちょっと待っていてくれないか。帰りの準備にちょっとだけ時間がかかるんだ。それまでの間、待合室で海面都市のホログラフィでも観ていたらどうかな」
フーパはカズマを玄関ドームに連絡している隣のドームに案内した。
ドーム内の部屋に入ると、フーパはどこかに姿をくらましてしまった。
          ×    ×    ×
待合室のホログラフィには広大な海に島がポツンと映っていて、映像に合わせて解説が流れている。
例によって、鳥の目で島の遠景を映していた。太陽が雲間から見え隠れしている。島は平たい円形になっていた。島に近づくと島の周囲に砂浜らしいものがあり、港風の施設には船が停泊していた。地上に道や畑、椰子の木などの南国風の樹木が見えてきた。島の上には建物らしいものは何もなく、人影も見あたらなかった。

――人工の無人島なのかなぁ――

今度は、ホログラフィが島を真上から映している。よくみると、島は無数の大小様々な四角形のセルに区切られていた。個々のセルは透明なガラスのようなものや黒く見えるもので覆われたりしている。そうこうするうちに、鳥の目が島に降り立った。セルの中を覗きこむと人影が見え、セルが大きな部屋になっていることが分った。

――この島もそうなんだ、陸上の都市が上から見るとフラットな緑にしか見えなかったと同じで、建物は下にあるんだ……それと、フーパがエポカの世界はフラットな社会とか言っていたけれど、エポカの人は何でも『フラット』が好きなんだ――

空から黒く見えたのはブラインドシャッターであった。天井が窓になっていたのである。
「この惑星の陸地は表面積の30%に過ぎません。残り70%は海です。この海面都市は、海洋の資源開発、漁業資源の確保、増大する陸上人口の受け入れ先として開発されました。この海面都市は同じ場所に留まっているのではなく、魚と同じように海洋を回遊しています。
エポカ世界は長年にわたり、砂漠のオアシス化とこの海面都市を開発してきました。この海面都市は、陸上の都市とは構造が大きく異なっています。海面都市はその名とおり、海中にあるのでも海底にあるのでもなく、海面を浮遊しています。エポカには、一万人から十万人くらいの人々が住むこのような海面都市が数百あります。
海面都市は四角形のユニットの集合体で、ユニットの外壁は腐食しない材料で作られています。ユニットは島の構造物を支える浮き袋の機能も果たしています。浮力によってユニットが海上に突起しないように、ユニットの底にあるタンクに海水を入れたり出したりすることで一定の高さになるように調節されています。これらのユニットを多数接合することで、小さな島や大きな島にすることができるのです」とホログラフィの説明が続いた。
家や建物はいわば竪穴住居のようなもので、天井が窓になっていて、ブラインドシャッターを開ければ青空が見え、窓を開ければ外気を取り入れることができるようになっていた。
当然、地上にユニットからの出入り口があり、エレベーターで地下(海面下)の家や建物に出入りできるようになっている。家は吹き抜け構造になっていて、地下数階あるようだった。家や建物は容器といった方が適切かもしれない。ブラインドが無いときは地上から建物の中が丸見えであった。家の中にはソファ、食卓やベッドが置いてあり、その間を縫うように人の頭が動いていた。

――これではプライバシーも何もあったものではないな。しかし、フーパが「エポカの世界は秘密の無い社会」と言っていたから、信じられないことだけど住んでいる人達は丸見えでも気にしないんだろうな。地下何階もあるのならベッドは地下二階にでも置けばいいのに。でも夜空の星を見ながら夫婦で寝ることができたら幸せな気分になれるんだろうなぁ〜――
「ホ、ホホーウ! 変なこと想像しているんじゃぁないの」
いつの間にかフーパが戻っていた。
図星だったので、カズマは顔を赤らめた。
「ホッ、ホーウ! エポカの世界では、自分のベッドシーンを人に見られたからといって、プライバシーの侵害だなどと騒ぎ立てる人は少ないんだ。見られることが嫌な人は、見られないようにしているよ。カズマの世界でも映画などにベッドシーンがでてきたりするよね」
「でも、映画のベッドシーンを観るのと自分のベッドシーンを覗かれるのとでは、全然意味が違うんではないの」
「ホーウ! 最近では、キスシーンを見られることを恥ずかしいと思わないカップルが大勢いるよね。キスシーンをベッドシーンに置き換えて考えてみればいいんだよ」
「どう考えたって無理だよ。置き換えなんかできることではないよ」
「ホホーウ! そうだねぇ……生まれたときから染み込んだ宗教や慣習は一種のトラウマのようなものだから、無理かもしれない。しかし、人間の羞恥心なんてものは後天的なもので、文化が違えば羞恥心も違うものなんだ。イスラムの世界では、未だに女性が顔まで覆った黒づくめの装束をしている。カズマの社会でも、ほんの一昔前までは街頭で男女が手をつないで歩くことさえ憚られることではなかったっけ。犬や猿は仲間の目を気にせず交尾をする。自分がセックスしている場面を人に見られて恥ずかしいなんていうのは、人類の歴史でみれば階級社会が出現して以降のほんの一時のことではないかな。性風俗なんてものは時代によって全然違うのさ」
「そうすると……エポカの世界では、覗きなんかは犯罪じゃないんだ」
「ホーウ! そうとは限らないさ。エポカのルールブックには、共通の迷惑行為と個人的な迷惑行為というのがある。共通の迷惑行為というは誰に対しても行ってはならないことで、個人的な迷惑行為というのは『他の人は迷惑と思わなくても、自分にとっては迷惑な行為』のことで、各人がGネットに登録してあるのさ。嫌煙家と愛煙家では、喫煙に関する反応が違う。だから、嫌がっているのに覗く場合には、犯罪なる。覗きであれなんであれ、人が嫌がることをするのは罪なことだと思うけど」
「でも、嫌がるような人は少ないんでしょう。すると、素っ裸を見られることを恥ずかしいと思う人も少ないんだよね」
「ホウ! 当然のことさ! 全裸でいる方が快適な時は、そうしている人もいるよ」
「でも、あいつのオチンチンはでっかいとかちっちゃいとか……」
「ホッ、ホッ、ホウ! そんなものは……足が長いとか短いとか、太いとか細いとか……いうのと代わりないんだけど」
「そんな風にはとっても思えないけどねぇ」

ホログラフィはユニットの中に入っていった。シャッターを開けると青天井の空から燦燦と輝く太陽の光が差し込んで、部屋の中が眩しく映った。この黒いブラインドシャッターはソーラーパネルでもあった。熱は電気に変換されてユニットの底にあるバッテリーに蓄えられるとのことであり、海面都市のエネルギーはこの太陽電池によって賄っているとのことである。窓は、カメラのレンズを開閉するような仕掛けになっていた。室内の空気を外気と交換する際に開き、閉じているときは直射日光の量を調整できるようになっていて、カーテンとしての機能も持っていた。
ユニットの側面のドアを開けると、隣のユニットを結ぶ通路があった。海面下にはセルのユニット相互を連絡する道路が張り巡らされているとのことである。
島の中にはユニットの無い場所、水槽や運河のように見える場所が要所にあった。この運河に面したユニットの壁面は透明になっていたり、壁に窓があったりして、魚が泳ぐ姿を観ることができ、まるで水族館そのものであった。
海面都市は巨大な漁礁でもあった。水槽や運河には海草が茂り、魚が群れている。このため人々は、昼は魚が泳ぐ光景を観たり、日光が差込むリビングで寛いだり、夜は満天にきらめく星の下で睡眠することができるようになっていた。
海面都市では、エネルギーは太陽から、水は雨水からの供給を受け、食料は地表の畑、海中の海草や魚から調達し、屎尿は一定の処理をしたあとで樹木の肥料や魚の餌として利用するなど、資源の自給自足やリサイクルを図っていた。島の周囲の人工海浜ではレジャーとしての海洋スポーツも盛んであるとのことであった。
人々は、日差しが強い日中は地上にはほとんど出て来ないが、夕方ともなると涼を求めて島の周囲の人口海浜などに出かけ、若いカップルが恋を語りあったり、親子で遊んだりするとのことであった。
          ×    ×    ×
場面が替わって、ホログラフィは大荒れの海を映している。海面都市は海洋を自走するための駆動力を備えていて、天候不順の海域や台風などが通過する海域を避けて回遊することになっているとのことであった。巨大な筏のような船である海面都市の速度は決して速いものではないようである。
台風の襲来が避けられないと分った時点で、海面都市はいつにない動きを開始した。全てのセルの窓が閉じられ、地上にあった樹木、公園、畑の全てが地表面から下がっていって見えなくなった。地表にあったものが潜ってできた穴には蓋が架かり、やがて地表面が全て閉鎖された。
港にいた舟は避難のため、港を出航し台風の通過経路の外に向かった。そして、カズマが驚いたことに、海面都市は静かに沈み始めたのである。しばらくすると、人口五万人の海面都市が完全に姿を隠してしまった。海上は大荒れでも、海面から三十メートルも潜ってしまえば、海は穏やかなものである。台風が通り過ぎると、再び海面都市はゆっくりと浮上してきた。
台風一過の雲一つない青空になっている。海面都市の砂浜からの景色が映し出されている。景色のキャンバスの上と下は真っ青、水平線のあたりには水蒸気の白いグラディエーションが上下に掛っていて、どこまでが海でどこからが空なのか判別できない連続した色の眩い絵になっている。

「まるでエポカのような境界のない世界のようですね」
「ホッ、ホウ! 境界線のない風景でも見ながら、『境界線のないフラットでオープンな社会』のおさらいでもしておくかな。疲れていたら聞き流してもいいけど…。
憲法などで自由、平等、博愛などといった立派な政治目的や精神を掲げても、社会の仕組みに欠陥があれば、貧困、犯罪、差別、争いが無くなることはない。これらは結果なのであって原因となる仕組みを改革する以外に根本的に問題を解決することはできないからね。逆に適切なシステムが容易されれば、がんじがらめの法律などに頼ることなく自ずから問題は解消されていく。
問題の根本にあるのは国、組織、宗教、親と子、男と女、人種などの間にあるさまざまな境界線だ。これらの境界線を取り払えば、数多の争いの原因となる利害の対立、排他性や差別はなくなり、秘密などを持つ必要もなくなる。
政治的な境界線を取り除く方法が『市長の選挙』にでてきたような選挙制度で、経済的な境界線を取り除く方法が『配当というお金』で説明された経済の仕組みになる。外部経済化されてきた自然との境界線を取り払って内部経済化して、有限な地球の資源と環境を保全するためのものが地球資源の利用料になる。敵味方に分かれるような組織間の境界線を取り除く方法が『ハイパーハウス』などいろいろな話にでてきたオープンな組織ルールということになるな。
対人関係の重要な部分を占める親子関係では、親による子供の支配・虐待を救済するために配当システムが子供を経済的に支えるとともに子供に育ての親の選択権が与えられている。人への思いやりの涵養、人の心身の痛みを理解したりいじめを防止したりするために立場置換トレーニングのような制度も用意されている。人と人との支配関係、上下関係を維持するのための壁や境界線をすべて取り除こうというわけさ。
境界線の無いオープンな世界では、犯罪を行う理由、虚偽の動機、隠さなければならない秘密、形ばかりの虚礼の要請などが無くなるので、社会規範はカズマ君の社会とは全く異なったものになる。このような世界では、自分が多くの人と異なる趣味や考えをもっていたとしても、そのことで他の人に迷惑をかけるのでなければ、他人の目を気にする必要などなくなる。
特定の人たちが理想的と考えるユートピアは、特定の価値観や生き方の強制になることがあるので多くの人にとってデストピアになってしまうようなことになる。だからユートピアというのはさまざまな生き方が選択できる多数のユートピアの存在が許されるような枠組みを意味することになるかな。枠組みの選択や移動は自由で、国、地方自治体、宗教、会社はもとよりすべての団体・組織はこのような枠組みのひとつであって、内部の人を統制したり、外部の世界との間に壁を設けたりするようなものであってはならない。エポカの世界の仕組みはそのようなものなんだ」
          ×    ×    ×
フーパの独り言のような『おさらい』が終わりになるとホログラフィが夕方の海面都市の表面を映していた。昼間の強い紫外線を避け、ユニットの中に閉じこもっていた人達がぞろぞろと島の上に這い出してきた。こんなにも人がいたのかというほど多くの人が出てきた。人々は椅子や敷物、飲み物や軽食を携えていた。この日は花火大会があるとのことである。島はフラットだったので何処にいても花火を観ることが出来る。太陽が沈むと大小様々な花火が繰り返し夜空に咲いては散った。花火大会が終盤に近づいた時、島の中央の公園にセットされた大掛かりな仕掛け花火が、竜のように燃え広がり、のたうちまわり、島全体が炎にのみこまれたかのように輝いた。最後に特大の大輪の花が開いて花火大会はおしまいになった。

ホログラフィは終了していたが、カズマはリラックスして夢心地であった。
カズマが海面都市にいるような気分に浸っていると、
「ホウ、ホホーウ! 待たせたね、準備が整ったようだよ」とフーパの声がした。
フーパの言葉で、カズマは夢から覚めたような気持ちになった。
「ホーウ! ヘルメットはもう用済みだね。それでは帰るとしようか。海水浴場の浜に近づいたら、もう一人のカズマが待っている手筈になっているからね」

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