未来からのメッセージ

第七の部屋 魔女とピエロ(2)

アキムとサリーは展覧会の最終日の早朝に、クズエ市から乗合飛行機でサブラート市に向かった。昼過ぎには展覧会場に到着した。
ホログラフィはイベントホールを映している。
二人はイベントホールの入り口で会場案内図を貰って場内に入った。作品はジャンル毎に別々の部屋に展示されている。とはいうものの、作品はグローバル四次元芸術家協会のサーバーとGネットを通じて、四次元モニターでホログラフィとして表示されているだけなので、アトリエで観るものと何ら変わるものではなかった。作品は壁に埋め込まれた四次元ボックス中でホログラフィになって、動きながら色や形を変化させていた。
サリーはアキムと手を組み、頭をアキムの肩にもたれるようにして場内を歩いて回った。
アキムは自分と同じジャンルの人物作品のある部屋に入り、予め見て知っていた作品ではあったが時間を掛けて観て回ることにした。
入り口付近の作品にサリーは目を止めて、
「この作品素晴らしいわねぇ……先生もこんなもの作れるよね。でも賞がついていないわね。この作者誰かしら?」と言った。
「新人だよ。ぼくもこの作品には高い評価をしておいたんだけど」
部屋の出口に近づくとアキムの作品が展示されていた。
「流石に先生の作品は素晴らしいわねぇ……それに賞もついているし」
「ぼくは審査員だからね。審査員は大抵の場合、賞を貰えることになっているんだよ」
アキムとサリーは作品の前に並んで、通りすがりの人に記念の写真を撮ってもらった。
アキムの作品付近から受賞者の作品が入り混じって展示されている。
「この作品は大きな賞が付いているけれど、どこがいいのかしら? 私の目にはさえないように見えるけど……先生、分る?」
「なぜ大きな賞がついているかは推察できるよ」アキムは投げやりに答えた。
「流石ですね。プロが観ると作品の良さが分るのね」
「そうではないんだ、君の目が正しいと思うよ! ぼくが見ても特別よい作品とは見えないからね」
「えー! どういうことなんですか?」
「人脈だよ。芸術作品の評価は難しいものだよね。客観的評価基準のようなものがないから……基準があれば審査員なんてものは不要になるだろう。ということで、派閥とか師弟関係とかいった系列や政治的な人脈があると、作品の評価に影響することになるんだ。ぼくの賞だって同じことだよ。ぼくが若い頃に師事していた先生の人脈がある程度ものを言っているはずだよ」
「なんだが、内幕を知るとがっかりしますね」
「エポカの理念のひとつに『権威は人の評価によるが、権威による人の評価は排除する』というのがあるけれど…スレスレではないかな」
「ところで先生! 人物部門の準大賞はありますが、肝心の大賞作品が見当たりませんが?」
「大賞作品はこの部屋の中央の小部屋にあるんだ」
薄明かりの小部屋に入ると、中央の大きなケースの中に浮かんでいるホログラフィがあった。
「綺麗ですねぇ〜! でも作品自体としては、先生のものより特別優れているようには見えませんけれど」
「君の贔屓目じゃないの。ぼく自身は自分の作品にまだまだ満足していないんだ」
          ×    ×    ×
展覧会最終日なので、夕方から大ホールで立食パーティを兼ねた恒例の表彰式が行なわれることなっていた。
ホログラフィは大きなホールを映し出している。
会場内の喫茶室などで適当に寛いだりして時間を潰したあとで、アキムとサリーは表彰式会場に向った。表彰式は既に始まっていて、ホールの前面にある大きなスクリーンに部門毎の受賞者の作品が映し出され、受賞者が次々に登壇しては自分の作品を解説したりしている。二人が適当に料理をつまんだり、ワインを手にしたりして場内を歩くうちに、数人が入れ替わりにアキムに声を掛けてきた。アキムの方からも見知った人を見つけると呼び止め、近況などについて会話をした。
そうこうするうちに、アキムはアトリエで審査をしている時にメールを送ってきた審査員のファルゴンに声を掛けられた。
「ぼくの提案に賛成してくれてありがとう! ことによると明日の年次総会はもめることになるかもしれないけれど、その時は宜しく」
「『宜しく』といわれても何の事か、困ることもあるけれど…」とアキムが言おうとすると、ファルゴンはさっさと他の人の所に行ってしまった。
視線を前面のスクリーンの方に向けようとしたとき、見覚えのある顔が目の前に近づいて来た。二年前に別れたというよりも、離婚させられてしまった元の妻のジェニファであった。ジェニファは審査員でもあるミランと連れ立っていた。
「チャーミングなお嬢さんと一緒なんですね」
「ぼくの生徒のサリーだよ」
「そう? ただの生徒さんのようには見えないけど」ジェニファは皮肉っぽく言った。
「今晩は! ご活躍のようでなによりですね」ミランは気まずそうにアキムに挨拶した。
「君がミランと友達だなんてちっとも知らなかったよ。それはともかく、ラミエはどう、元気にしているかなぁ〜」
「そうねぇ〜元気よ。でも最近ずいぶん生意気になってきたわよ。私に意見したりするんだから」
脇でサリーは目を皿のようにしてジェニファを見つめながら、アキムとジェニファの会話を聞いていた。
          ×    ×    ×
ホログラフィはホテルを映し出している。
その晩、アキムとサリーは『ハイパーハウス』の話に出てきたような『民宿』ではなく、イベントホールの近くにあるホテルに泊まった。
ホテルの部屋の浴室で、サリーがアキムの背中の汗を流しながら言った。
「元の奥さんて勝気そうな人ね」
「そうかもしれないけれど、思いやりの深い女性でもあるよ」
「そんな人に何で先生は離婚されてしまったの?」
「一言でいえば性格の違いかな。カウンセラーもそう言っていたよ。ぼくの方は鈍感で性格の違いなんて気にならなかったけど、ジェニファにとってはぼくの性格が耐えがたかったようだよ」
「そうねえ、先生は朴訥なところはあるかもしれないけれど、『耐え難い』なんて信じられませんけどねぇ」
「思いやりが深い人や倫理観が強い人は、周囲の多くの人から慕われることになる。しかし、このような人の中には、他人ならば見過ごせても、身近な人に対しては自分と同じような思いやりや倫理観を要求してしまう人もいる。こういう人にとっては、僕のようにいい加減でテキトーな人間は許し難く思えるのかもしれないよ」
「思いやりの深い人は、誰に対しても寛大なのかと思ってましたけど……私にはよく分からないな」
「違うな。他人にも本心は要求したいのだけれど、他人なのでできないのだと思う。だから表面上は寛大にみえるだけかもしれない。それと、初めは小さな違いに思えても、時間が経つに連れて大きな違いであることに気づくこともあるんじゃないかな」
「たとえば?」
「君とぼくの場合も、やがてそうなるかもしれないよ。初めのうちはセックスが多くの『違い』を覆い隠しているけれど……君はセックスを人生の目的のように考えているよね……ぼくは君のそのような考えがあってもいいし、ぼく自身もそう思うところが無いわけではないんだ。この違いは、初めのうちは小さいように思えるかもしれないけれど、時が経つにつれて大きな違いと思うようになることだってあるんではないかな」
「先生、そんな不吉なこといわないでよ! 譬えが悪すぎるわ。ブスー」とサリーは怒った口調で返答した。
「ごめん」とアキムは謝った。
二人は浴槽で、思い直したようにいつものようにじゃれあって楽しんだ。
          ×    ×    ×
翌日、サリーは朝からサブラート市の観光名所巡りに出かけ、アキムは昨日と同じグローバル四次元芸術家協会の年次総会の会場に向った。会場は昨日のイベントホールに併設されている千名の収容能力をもつメインのセミナールームである。グローバル四次元芸術家協会の会員総数は五千人ほどであるが、年次総会には毎年20%の千人程度しか出席しないとのことである。
ホログラフィは芸術家協会の年次総会の会場を映し出している。
総会では、前年度の収支報告、現在の地域別ジャンル別会員数、Gネットを通じて行われた役員選挙による新役員の紹介などの事務的な報告が行われた。そして来期の常設展示作品の紹介、展覧会や技術セミナーなどの開催予定が発表された。
そのあとで、運営方針に関する質疑応答が行われることになっていた。フーパによると、この質疑応答が組織の大問題に発展するとのことであった。
最初に、懇親会の場でアキムに声を掛けたファルゴンが発言を求めた。
「審査員のファルゴンです。私は、常々展覧会などでの作品審査のあり方に疑問をもってまいりました。今回の展覧会の前に、役員および審査員の方全員にアンケートメールを差し上げていますが、知らない方もいらっしゃるので紹介させて頂きます。
私の主張は、審査対象作品は無記名で審査すること、審査員制度の廃止とこれに替わる全会員による審査の二点です。
この理由は、作品の作者記名は正当な作品評価を妨げていると思うからです。役員や審査員は優れた作品であるなしに拘わらず毎年何らかの賞を与えられています。これは極めて不自然なことです。審査員は師事した先生や指導した生徒の名前と無関係に評価しているといえるでしょうか。皆さんもご存知のように、このグローバル四次元芸術家協会には様々な派閥があり、これが有形無形の力をもっていて、この力が作品評価を歪ませていると思います。それと審査員というものが本当に必要であるかについてもはなはだ疑問です。審査員は一般会員よりも優れた審美眼を持っているということも断言できません。それ以上に、人脈や派閥の影響の方が大きいのではないかと思う次第です。作品は優れていても、派閥が無いために賞を貰えない人もいます。作品は出来不出来だけが評価の対象であるはずです。
アンケートの結果は、私の考えに賛成の方、反対の方、ご返事を頂けなかった方、それぞれ三分の一でした。私の考えに賛成してくれた審査員の方が過半数に満たないからと言って、私の考えが間違っているとは思いません。賛成者の多い少ないではなく、理念の問題です。私の考えが間違っているか否かご議論頂きたくお願いします」
ファルゴンが着席すると場内のあちらこちらから散発的な拍手が起こった。
真っ先に会長が反論を始めた。
「どんな組織にも派閥や系列といったものはあるものだと思います。本会にも派閥があるのは事実ですが、本会はエポカ世界の理念に則り、役員および審査員の全てを会員の選挙で行っています。派閥や系列が悪いものであるかのように聞こえましたが、これらが悪いものと決めつけるのはどうかと思います。先生と生徒がいて、作風が違えば自然に派閥や系列ができます。それと審査員が歪んだ審査を行っているとのことですが。これは甚だ名誉棄損の発言であると思います」
するとファルゴンが挙手し、再発言を求めた。
「誤解があったようなので補足します。私は派閥が全て悪いものであるとは決して申しあげてはおりません。私の発言が審査員に対する名誉棄損の発言であるとのことですが、作品に記名がある現在の方式では、審査員は派閥を意識して審査せざるをえないということを言っているわけです。審査員の上に得体の知れない派閥内の審査のようなものがあるのも事実かと思います」
ファルゴンに「宜しく」といわれたからではないが、会長の発言内容が、皆が知っている暗黙の事実とあまりにも異なっていることに耐えかねて、アキムが挙手した。
「審査員のアキムです。初めにお断りしておきますが、私は只の一度も派閥を意識して審査したことはありません、ですが…」とアキムがいうと会場から笑い声が起こった。
「先ほど、会長がエポカ世界の理念に基づいて選挙が行われているとのことでしたが、それはそのとおりだと思います。しかし、会員そのものが『人脈』なるものによって、少なからず系列化されていると思います。私も『派閥』の存在そのものが悪いものであるとは考えていませんが、現在の作品の審査方式を媒介に形成されている『派閥』もあるように思います。ですから、ファルゴンさんがおっしゃったような審査制度になれば、このような『派閥』は作品審査の際に機能しなくなると思います。機能しない『派閥』はその使命を終えて、健全な人間関係だけになると思います。形の上で公正な選挙や評価が行われているか否かではなく、実際に、優れた作品が低い評価を受け、優れているようには思えない作品が高い評価を与えられてるようなことはないか、皆さんは承知のはずです。この歪みの原因がどこにあるかは自明であると思う次第です。
それと、調べれば分ることですが、ファルゴンさんのような審査方式を採用している芸術団体の方が多いのではないかと思います。話は変わりますが、皆さんもご存知のように、芸術作品のオークションなどでは作者名を伏せることにしていますよね。著名な作者でさえもこの方式に賛成しています。作品の価値を作者のネームバリューでなく、芸術性のみで評価されることを望んでいて、こうすることが芸術のためであると考えているからだと思いますが」
アキムの発言が終了すると、ファルゴンは立ち上がって大きな拍手をした。

「へーえ! エポカのオークションでは、作者名を伏せたりしているんだ。ぼくらの世界では、作者が誰かが最も重要なことみたいだけどね」
「ホーウ! カズマの世界では芸術性以上に商品価値が問題になっているからだよ。エポカでは資産の相続制度が無くなっているので、芸術作品の資産価値はあまり問題にされなくなったからね。そんなわけで、芸術的価値そのものが重要視されるようになったんだ。ピカソやミロの絵画のすべて芸術性が高いというわけではないはずさ」
「だけど、名前を伏せたりすると、本物にそっくりな贋物にも同じくらいの『芸術性』があるように見えるから、本物の作者は不利益を被ることになるんじゃないの」
「ホッ、ホホウ! 贋作を売る場合は、売値の一定額を著作権料として本物の作者に渡すことになっているんだ」

その後も賛否両論に分かれて、この問題に関する議論が続いた。渦中の人物であるファルゴンは議論の最中になぜか退席し、しばらくしてから戻ってきた。すると直ちに発言を求め、次のように言った。
「私は今回の審査方式に関して、全会員にアンケート調査をして頂くことを考えていましたが、止めにします。私の提案は反対多数で否決される可能性が高いことが分っているからです。アキムさんが言ったように、悪しき『派閥』の存在によって実質的な民主主義の基礎が歪んでいると思います。従って、私は本日をもって本会を脱会し、新たな四次元アートの団体をつくることを宣言します。
つきましては17時からこのホールの○○セミナールームの予約をとっておきましたので、新しい組織の結成に賛同される方の出席をお願い致します。都合で出席したくてもできない方は、追ってメールでの連絡をお願いします」
ファルゴンの中途退席は会議室の確保のためであった。発言が終了するとファルゴンはさっそうと退席した。
ことの成り行きから、ばらばらと退席するものが現れ、アキムも退席した。
ひな壇に並んだ役員達はあっけにとられた表情をしている。
          ×    ×    ×
ホログラフィは収容人数が百人くらいのセミナールームを映し出している。
ファルゴンの退席から二時間程経った夕刻に、小さなセミナールームに数十人が集まっている。
ファルゴンが部屋に入ってくると、部屋にいた全員が大きな拍手でファルゴンを歓迎した。
ファルゴンはアキムの顔を見つけると握手を求め、何度も握った手を上下に振りながら、
「きみのお陰で助かったよ! ありがとう」と言った。
集まったメンバーに役員はひとりもいなかったが、審査員は数名いるとのことであった。ジェニファと連れ添っていたミランはいなかった。想定されたことではあったが大半が若いアーティストである。
全員が着席すると、出席者名記入用紙を回覧に出してからファルゴンが挨拶した。
「参集された方々に深くお礼申し上げます。私はひとりでも新しい組織を立ち上げるつもりでおりましたが、当初から数十人の同志にめぐり合えたことを幸運に思っています。私の基本的考えは既にご存知のことと思いますが、とりあえず私が考えている四次元アートの芸術家組織の理念、新芸術家協会設立に向けての基本方針をお示しします……」などとファルゴンは自らの考えをスクリーンに映して説明した。そのあとで、簡単な質疑応答が交わされた。
ファルゴンは戻ってきた出席者リストを見ながら、
「ところで本日は突然のことでしたので、今日か明日帰宅予定の方がほとんどではないかと思います。それで、とりあえず新しい芸術家協会立ち上げまでの期間の体制をつくっておこうと考えています。皆さんからの異論がなければ、私が準備会長、準備会事務局長をアキムさんにお願いしようと思っています。準備会幹事としてはジャンルを考慮して当面、Aさん、Bさん、Cさん……になって頂こうと思っていますがよろしいでしょうか?」と言った。
アキムは突然に準備会事務局長に指名されて戸惑ったが、雰囲気的に断ることができない状況であった。時間がないこともあったが、こうしてファルゴンはかなり強引に当面の役割分担を行った。
その後、連絡網などについての事務的な打ち合わせや当面の行動方針の確認を行って、新しい芸術家協会の設立に向けての決起集会を散会することになった。
いずれにしても、あっというまの出来事であった。
アキムが帰りかけると、ファルゴンが声を掛けてきた。
「一緒に食事でもしていきませんか」
アキムはイベントホールの近くのレストランでファルゴンと食事をしながら、補足的な事務打ち合わせをし、帰り際にこれから始まる大仕事への健闘を労って別れた。
          ×    ×    ×
ホログラフィは再びアキムとサリーが宿泊しているホテルを映し出している。
アキムがホテルに戻ると、待ちわびたように、
「ずいぶんおそかったわねぇ〜」と言ってサリーが抱きついてきた。
「市内観光はどうだった」
「昔のお寺とか公園などを見て回ったけど、先生と一緒じゃないと面白くないわ」
「こちらは、成り行きでとんでもないことになってしまったんだよ」
「どういうこと?」怪訝な顔をしてサリーが訊き返した。
「芸術家協会を脱会することになって……それから、新しい四次元アートの団体をつくることになって……その準備会の事務局長にされてしまって……作品の制作どころではなくなってしまったんだ」アキムはぼやくように言った。
「うわぁ〜なんかおもしろそぉ〜! ワクワク」
「君は能天気でいいよ」
「へぇ〜準備会の事務局長さん! 先生が?」サリーは冷やかし半分に言った。
こんな会話のあとで、アキムはことの顛末のあらすじをサリーに言って聞かせた。
すると、サリーは子供を褒めるように、
「えらーい! おりこうさん! イーコ、イーコ」と言ってアキムの頭を撫でた。
アキムは――こんな風にジェニファから褒めてもらうようなことはなかったな――と思った。
そのあとで、アキムは浴槽の中でサリーに背中を洗い流してもらいながら、
「ぼくは元々、グローバル四次元芸術家協会のような芸術団体の審査員なんかをする柄ではないと思っている。組織とは関係なく自分で納得のいく作品をつくりたいだけで、人から自分の作品がどう評価されるかなんてこともあまり関心がない。
ところが、ぼくが師事した先生に入れと言われてあの組織に入会し、いつの間にか成り行きで審査員にさせられちゃったんだ。だから師事した先生には済まないと思っているけれど……ファルゴンがいうように審査なんてものは形骸化されていたから……それで、ついついファルゴンの応援演説をしたら、またまた成り行きでこんなことになってしまったんだ」と言い訳をした。
「きみは、イーコトをしたんだから弁解したり、後悔したりしなくてもいいの」サリーは子供をあやすようにアキムを慰めた。
そして、互いにシャンプーを身体中に塗りたくり、絡まりあって遊んだあとでベッドインした。

カズマのチンポコもだいぶ濡れ場に慣れてきた。
「エポカの世界で、芸術家が芸術団体に入って活動する意味って何かあるんですか?」
「ホホーウ! エポカの世界では芸術作品の価値は、いかに人に感動を与えることができるかであって、芸術団体のお墨付きや仲介業者の値決めとは関係が無いので、Gネットで自分の作品を公開して、芸術品の愛好家に気に入ってもらえればいいだけかもしれない。けれど、誰しも自分の作品の芸術的価値知ってもらいたい、評価してもらいたいと思っているんではないかな。愛好家の評価というのもあるけれど、愛好家と芸術家とでは視点が異なることがあるし、なによりも芸術家どうしが交流を求めているからではないかな」
「作品の審査結果と収入……授権配当っていうんだっけ……とは関係ないんですか?」
「ホーウ! もちろん関係あるさ。作品の評価が高ければ、一般の人からは『芸術的価値が高いもの』として購入され、その作者へは『優れた作品を制作した芸術家』ということで投資ポイントが集まるからね」
          ×    ×    ×
ホログラフィはアキムのアトリエに移っている。
分裂騒動のあったグローバル四次元芸術家協会の年次総会からアキムとサリーがクズエ市のアトリエに戻ると、アキムにジェニファからのメールが入っていた。連絡が欲しいとのことであった。
アキムがテレビ電話でジェニファを呼び出すと、
「年次総会は大変な事態になったようね。ミランから聞いたんだけど、あなたも脱会したんですって! ファルゴンの会の準備会事務局長になったらしいって話も聞いたわ」とジェニファが切り出した。
「そのことでメールしてきたわけではないだろう」
「そうなの、懇親会場の場で話してもよかったんだけれど、場所が場所なので帰ってからすぐに連絡しようと思っていたんです。実は、私とミランのことだけど、結婚宣言することになっていたの。それで、今住んでいる家が未だに二人の共有になっているけれど、再婚してもあなたと共有の家に住んでいるのは妙なことなので、あなたの持分を少しずつ支払うことにしますから」
「そんなことはどうでもよいけど、ラミエは了解しているんだろうね?」
「ラミエはもう何度もミランと会っているし、ミランは優しい人だからラミエのことは心配要らないわ」
「君とミランとの相性はどうなの? ミランのことは良く知らないけれど、カウンセラーとは相談したのかな。『奨励』策に従うならミランは君との間での子供をあきらめなければならないけど」
「そのことは承知しているわ。ミランはとても気配りや思いやりのある人で、私と同じような性格なの。あなたと私のような大きな性格の違いは無いから大丈夫よ。だからカウンセラーとは相談していないわ。それに、二年前のカウンセラーのことだけど、凄く気分が悪い思いをしたから相談する気になれないの」
「そうかなぁ? あのカウンセラーは少々強引な感じもしたけど、結構本当のことを言っているように思えたけど。それと、ケチをつけるようなことを言って申しわけないけど、性格が同じだからって相性がよいとは言えないんじゃないかな」
「とにかく私達、今はとても幸せな気持ちでいるの」
「離婚させられた男だからね、ぼくの方からは、おめでとうとはいいにくいな」とアキムが言ってテレビ電話での話は終わった。
テレビ電話でのアキムとジェニファとの会話中、テレビに自分の姿が写らないように避けていたサリーがアキムに近づいて来て、
「そ〜う! 前の奥さん再婚するんだ。よかったわねぇ〜!」と言った。
「よかったかどうかはしばらく経ってみないと分らないよ」
「少なくとも、私にとってはよいことだな。うん。シメシメ!」
「なんだい。その『シメシメ!』というのは?」
「先生は関係ないの。それより、手伝うこと一杯あるんでしょう! どしどし申しつけて下さいね」
          ×    ×    ×
その後数日間、ファルゴンから矢継ぎ早にメールでの連絡があったり、幹事からの問い合わせがあったりでアキムはドタバタになった。
一週間ほどして、ファルゴンや幹事とのメールやテレビ電話での調整の結果、新しい芸術家協会の名称をオープン四次元芸術家協会とすることになり、次のようなスケジュールが決まった。
●一カ月後に、Gネットを通じての役員選挙
●二カ月後に、オフラインでの役員総会とGネットへの法人登録
●三カ月後に、理念、会則、運営方針の確定
●四カ月後に、新芸術家協会の旗揚げ集会
●半年後に、展覧会運営委員会
●一年後に、展覧会と年次総会
アキムは作品の制作や生徒指導どころではなくなった。アキムは猫の手も借りたい状況であったので、サリーだけでなく他の数人の生徒にも段取りを協力してもらった。
ファルゴンや幹事から送られて来た資料を基に、会員名簿の整理、理念や会則のとりまとめ、Gネットへのグローバル四次元芸術家協会からの脱退理由の掲載、会員の募集、Gネットへの法人登録、投資募集などと寝る間も惜しんで準備活動に奔走した。
一カ月後に、Gネットを通じての役員選挙で、準備会での会長、事務局長および幹事がそのまま選出され、新たに数名の幹事が加わることになった。

「新芸術家協会の事務所というものはないんですか? それとも、アキムのアトリエが事務所代わりなんですか」
「ホーウ! 芸術団体は個人を束ねただけの団体だから、一般には事務所なんてものは無いんだ。だからアキムのアトリエも事務所代わりでもなんでもないよ」
「でも、団体であればいろんな事務処理が必要になりますよねぇ。どうするんですか?」
「ホーウ! Gネットに法人登録すれば、こういった事務仕事はGネットを通じて、皆でアクセスすることで処理されるようになるんだ。カズマの世界でたとえれば、会社の中のひとつの部署がGネットの中につくられたようなものだな」

アキムは外出や外泊することも多くなり、準備に『精』を出し尽くしていため、サリーとの性生活には『精』が出せなくなってしまっていた。
アキムは「欲求不満にならない?」とサリーに訊くこともあったが、
「ときどき、乳房が無性に抱かれたい……とうずくんですけど、こういう組織立ち上げのプロジェクトは妙な緊張感があって楽しくもありますね」と言って、なんとかなっている様子であった。
三カ月ほどかかって、ドタバタ騒ぎが一段落し、一カ月半後に新芸術家協会の旗揚げ集会を迎える準備が整った。幹事団の奔走により登録会員数は千名を超えるまでになっていた。組織運営の授権配当も少なからず集まってきた。
          ×    ×    ×
未だ多くの雑用が残ってはいたが、アキムが――一息つけるかな――と思っていた矢先に、朝早く娘のラミエからテレビ電話での呼び出しがあった。
アキムがモニターでラミエの姿を見ると、ラミエは泣いていた。
「これから、お父さんの所に行ってもいい」
「何かあったの?」とアキムが訊いても、ラミエは何も言わず、
「会ってから話すわ」と言ってモニターのウィンドウが閉じた。
昼近くになって、ラミエがアトリエに姿を現した。
「お父さんいますか?」ラミエは事務仕事をしていたサリーに声を掛けた。
アキムが出てきてラミエをテーブルに座らせると、
「お母さんが、ミランさんから離婚宣言されてしまったの……」ラミエは涙を流しながら言った。
「えぇー! 再婚して三カ月しか経っていないのに……もう離婚?」
「お母さんがね、ミランさんに怒鳴られて、『君とはこれ以上やっていけそうもない』って大声でいわれたの」
「それで、お母さんはどうしているの?」
「お母さんはショックで、泣き崩れて、ベッドに入ったままなの。お父さん、助けてくれる」とラミエが訴えた。
娘の話を聞き終わると、
「一寸出かけてきます」とアキムはサリーに言って、ジェニファの所に向った。
サリーはラミエの話の一部始終を聞いていた。
          ×    ×    ×
ホログラフィはジェニファの家を映している。
アキムが久しぶりに戻った家の中に入ると、ジェニファは起きていた。
ラミエの姿を見ると、
「お父さんの所に行っていたの? 何処に行っちゃったのかと思ったわ」とジェニファが言った。
ジェニファはすっかり眼を腫らし、髪も梳かさずにいた。
「大丈夫かね?」
「私を哀れみに来たんですか」ジェニファは険のあるいい方をした。
「おかあさぁ――ん、そんなこといわないで、せっかく来てもらったんだから」
「どうしてこんなことになっちゃったんだい?」とアキムがいうと、ジェニファはアキムの胸に泣き崩れた。
アキムはジェニファの背中や肩をさすってやった。ひとしきりおいおいと泣いたあとで、ぽつりぽつりと、ミランとのことをアキムに話し出した。
ジェニファが話したことによると――
二人は初めの一月ほどは非常にうまくいっていた。
ミランはラミエにたいしてとても優しくしてくれた。家の外での愛想も良く、誰に対しても親切であったし、何事につけても気配りのある人だった。人はこのように優しくあらねばならないというイメージを持っている人のようだった。はじめのうちはそのイメージをジェニファも共有しているように思えて、相槌を打てることが愛情を感じることでもあった。
ミランは他人に対しては自分の考えを押し付けるようなことは一切なかったが、ジェニファに対しては少しずつ指図がましくなってきた。そのうち生活上の些細なこと、家具の配置とか掃除のしかたとか、アキムならば全く無関心なことにミランが自分の趣味をジェニファに要求するようになった。
ミランはとても優しくしてはくれたが、他人には要求しないその優しさをもつことをジェニファやラミエには要求しだした。ジェニファの「かくあるべき」とミランの「かくあるべき」が徐々に衝突するようになった。
仕事のことで女性からしばしばミランに電話があり、長い時間をかけて事細かな話をしていた。ジェニファが『ずいぶん親切なのね』と皮肉っぽく言うと、アキムならば多分『俺もちょっとはもてるんだとか』とか言ってはぐらかしていたかもしれない。生真面目に受け取る必要もないのに、ミランはひどく不機嫌になった。
ジェニファが『結婚してみて初めて分かったんだけれど、私とアキムの性格って全然違うわね』と言った時、アキムは『性格が違うならば、違いを強調するのではなく補いあえばいいんじゃない』と受け流した。ミランに『私たちの結婚ちょっと間違っていたかもしれないわね』と言うと、ミランは『君がそう思うなら別れてもいいよ』と言った。
そのうちラミエの教育のことでミランが考えを述べた。ジェニファが『ラミエは私の子供だから私の考えでやらせて下さい』と言うと『君にとってぼくは一体何なんだ!』とミランが言い出した。ジェニファは鬱積していた怒りが爆発し、言い返して罵りあいなった。
アキムは決してジェニファに、『別れてもいいよ』と返事したり、怒鳴ったりしたことは無かったのに、ミランは大声で怒鳴った――といったことのようである。
たぶんジェニファ自身は気づいていないだろうけれども、ミランがジェニファに対して言ったり、行ったりしてきたことは、怒鳴るということを除けば、ジェニファがアキムに言ったり、行ったりしてきたようなことばかりだな――とアキムは思った。
そして――ジェニファとミランは同じような性格だと言っていたが……だとすると、性格が同じということはやはり不幸なこともあるものだ――と思った。
ジェニファはひととおり話し終わると、なんとか落ち着きを取り戻した。時刻は夕方になっていた。ささやかな食事を元の親子三人で済ますと、ラミエがアキムに囁いた。
「お父さん! 今日は泊まっていってくれる。お母さんと添い寝して慰めてやって欲しいんだけど」

「ずいぶんとませたことをいうものですね」
「ホーウ! そうかねえ」

その夜、アキムはジェニファと一緒にベッドに入り背中を抱えて寝てやった。
アキムは寝ながら考えていた――ジェニファは自分のどこが好きで結婚しようと言ったのだろう。確かに自分の男としての見てくれは悪い方ではない。付き合っている頃から見解の相違というのはよくあったけれど自己主張はしなかったからな。ジェニファは献身的で几帳面な性格なので感心してもいた。自分の方はどちらかと言えばテキトー性格であったので、生活上の主導権は完全にジェニファにあった。子供に言って聞かせるような生活上の細かな決まり事をいくつも提案してきた。少々抵抗があったが、アキムは自分にとって支障のない限りジェニファの言うとおりにしていた。意に沿わない場合は面従腹背で凌いでいた。そのうちジェニファにはアキムの杜撰で気配りのないように見えるイイ加減な性格が段々と我慢できなくなってきたのだろう。
ミランとジェニファの場合には、確かに気性は似たようなものだ。他人や恋人でいるときは、互いに一歩譲って付き合っていたのだろう。その頃は、互いの献身的で几帳面な性格がピッタリの相性に思えたのかもしれない。しかし伴侶になってからは、特に互いの几帳面な性格がぶつかりあうようになっていった。生活上の主導権争いに似たようなことになったのではないか。互いに譲らない性格だから、直ぐに破綻するようなことになったのだろうな――などと分析しているうちに眠りについた。
翌朝になり、ジェニファはだいぶ落ち着きを取り戻しているように見えたし、アキムには未だやらなければならない仕事があったので、一旦アトリエに戻ることにした。
ジェニファはアキムの帰り際に一言、すまなそうに、
「ありがとう」と言った。
          ×    ×    ×
ホログラフィは再びアキムのアトリエを映し出している。
アトリエへ帰ってみるとサリーがいなくなっていた。サリーの荷物もすっかり無くなっていた。
アキムのモニターにサリーのメールがあり――一言「ジェニファさんと子供さんを幸せにして上げて下さい」――と書かれていた。
アキムは――なんだよこれ! 余計な気づかいをして……ここのところセックスがご無沙汰になっていたことも原因しているかな……これから可愛がってやろうと思っていたのに――などと考える一方で、ジェニファやラミエのことをどうしたものかと思案した。
アキムはこの思案ごととは別に、サリーがいなくなったことで、身体に風穴が空いてしまったような気持ちになった。

前へ 目次 次へ