未来からのメッセージ

第四の部屋 市長の選挙(1)

「ホホーウ! 今度の話は政治や選挙に関する話なんだ。政治というと、カズマの世界では子供には直接関係ないと思うかもしれないけれど、エポカの世界ではそうではない。前に、エポカでは子供と大人の境界は連続していると言ったけれど、エポカでは子供でも大人と同じ選挙権を与えられている」
「子供が選挙権をもっていても、政治のことは分らないから無駄だし、無理なんじゃないかな〜」
「ホホーウ! 確かに、政治に関する見識をもっていない人に選挙権を与えるのは意味が無いのでは、というのはもっともかもしれないね。しかし、政治に関する見識をもっている人ともっていない人を区分することはできないし、区分してはいけないのでは。
大人だから見識をもっているはずだとはいえないしね。同じように子供が皆、見識が無いはずだともいえないのではないかな。選挙権の行使は義務では無いので、選挙権をもっていても政治のことは分らないと思う人は棄権すればいいんだ」
「確かに、政治に目覚めている子供も大勢いるかもしれない。そういえば、絶対に投票したくないような人もいるな。でも、政治のことが分からないのに、悪ふざけで選挙する子供もいるかもしれないけれど」
「ホーウ! 悪ふざけする子供はいるかもしれないけれど、悪ふざけより始末の悪い行為をする大人はもっと大勢いるのではないのかな。利害打算で投票する人も多いだろうし、選挙違反なんてものも後を絶たない」
「ん、そうだな。成人式で信じられないような悪ふざけをする新成人がいたりするな。損得勘定で投票をする人も大勢いるか」
「ホ、ホホーウ! エポカの人から見ると、民主主義といわれている社会の黎明期に為政者が非納税者や女性に選挙権を与えていなかったことと、カズマの世界で子供に選挙権を与えないことは類似しているように思えるんだけれど、違うかな。税金を納めているか否か、学歴の有無、性別、年齢、人種による差別を設けないのがエポカの世界なんだ。エポカでは、痴呆症の老人に選挙権があるのと同じ理由で、赤子にも選挙権はある。子供であっても年少者の場合、自分なりに社会のことが理解できるようになったと思ったときに、選挙に参加するようになるだけなんだ」
カズマは、フーパのいうことはもっともな気がしてきたが、自分はともかく友達の多くにとって政治や選挙に関することは縁遠い関心のない世界のように思えた。
「ホホーウ! ドアを開ける前に、前置きの話が長くなってしまったね。今度は、風光明媚な観光地であるルメル市に関する物語だよ。話の内容は少々難しいかもしれないけれど、エポカ世界の仕組みを垣間見ることができると思うよ」
          ×    ×    ×
ドアを開けると、ホログラフィが鳥の目になって、円錐型のマンダレー山の上空を旋回している。
鳥の目が湖の上空に迫って来たとき、フーパが言った。
「ホ、ホホウ! ルメル市は人口約30万人、ケネル市は人口約20万人の都市で、マンダレー山の麓のミラル湖を挟んで対岸にある都市なんだ。東側に位置するのがルメル市、西側に位置するのがケネル市だ。おっと、どうやらルメル市の近くまで来たようだよ」
とはいうものの、カズマの目には、第一の部屋で見たものと同じような大きな風車が、今度は一面に広がって並んでいるのが見えるばかりであった。そのうち湖の縁から山麓に向かって緑の樹木や畑、なにやら広場のような施設のようなものが見えてきた。しかし、ルメル市が間近に迫った時に、整然と区画された畑、優美な曲線を描く公園、庭園、スポーツ施設などがあるのが分かった。様々な施設の間にまだら模様に黒い板で覆われた場所があるが、ソーラーパネルのようなものが密集して配置されているようだ。眼下には寛ぐ人や、スポーツに興じる人の姿がある。『親の勘当』の部屋で観たミニスカイキャップのような乗り物が空中を飛び交っている姿も見える。そして、建物というよりも都市の中心市街地がこれらの緑や施設の下にあった。屋根だけでなく壁面も緑に覆われている建物が多い。
カズマは思い出した。『いじめ』の部屋で観た屋上はフラットで、そこに立っていると地上にいるとしか思えなかったことを。都市を屋上の人の視点からではなく、今度は上空の鳥の視点から見ているので、こういう光景になるんだな――とカズマは思った。
「ぼくは、エポカの都市は超近代的なビルが林立しているのかと思っていたけれど、都市全体がフラットで、屋上の緑の下に町があるなんて……不思議な感じですね。これは観光地だからってわけではなさそうですね」
フーパは、このようにフラットな都市が多い理由を次のように説明してくれた。
「ホホーウ! そうだね、世界中の大部分の都市がフラットなんだ。カズマの世界の都市は、中心市街地になるほど高層ビルが建っているよね。交通便利な土地や人の往来が多い場所は、ビジネスチャンスや雇用機会、いろいろな施設利用の恩恵にあずかる機会が大きくなるので地価が高くなる。地価が高い所では土地の有効利用のため建物を高層化しているけれど、エポカの世界では空間的な隔たりによる利便性の差は大きなものでは無くなっている。それと、建物の屋根が尖っていたり、凸凹だったりすると、空間としての屋上が有効に活用できないことになる。都市の中心部にあっても、太陽の光が降り注ぐ地表を失いたくないんだ。フラットでしかも緑で覆われていれば、ヒートアイランド現象なんてことも起きないしね。そんなわけで、屋上をフラットにして建物を相互に歩道橋のようなものでつなぎ合わせるような取り決めをしている都市が多い。但し、フラットにすることがデメリットであるような積雪地帯などの都市はそうではないけれど」
ルメル市に近づくと、屋上にある農園、スポーツ施設などの細部が識別できた。建物相互を連絡する屋上の道路網が、地上の道路網のように広がっていることも見分けられるようになってきた。カズマには、建物の屋上が地表で、地上の道路が運河のように思えた。
ルメル市の中心部から山裾の森林地帯に向かって集落も点在している。
都市の真上に達すると、今まで人と思っていた陰のついた黒い多くの点が、アンドロイドであることも判別できた。アンドロイドは衣服を身につけていないので、アンドロイドとして容易に識別できたのである。
「アンドロイドというのは、衣服を身にまとっているものとばかり思っていたんだけれど」
「ホーウ! カズマの世界のSFではそうかもしれないね。確かにカズマのいうように、衣服を着たアンドロイドもいるよ。ちょっと考えて見れば分ることだけれど……大部分のアンドロイドは衣服で体温を守る必要が無いので、裸のままなんだ。太陽熱で高温になることを避ける場合は表面の素材などで対応するから」
――いわれてみればそのとおりだな――
「ホホーウ! ところで、ここの市長は人徳の高いことで著名な人なんだ。市長も当然、この美しい自然環境を誇りに思っている。ところが、この自然環境ならではのことなんだけれど、乾燥期になると、しばしば自然発火などによる山火事みまわれてきた。それと、このルメル市は半年後に、市長達の選挙と議員選挙を控えていることが今回の話の背景といえるかな」
「いま確かに『市長達の選挙と議員選挙』と言ったよね。『市長達の選挙』っていうのは変じゃない。唯の『市長選挙』ではないの?」
「ホーウ! 耳がいいねぇ。間違いではないよ。でもこのことを説明すると長くなるので、後でまとめて話すことにするよ」
「ところで、『徳』の高い人というのは、どのような人のことをいうのですか?」
「ホウ! 前に話したようにエポカの世界では、『徳』はお金としての『得』と同じ意味を持っているので、徳の高さはその人が得た『授権配当』というポイントの量によって示される。エポカではお金としての『得』を得るためには『徳』が不可欠になる。人に尽すことも『徳』だけれど、人に有難がれる商品やサービスを安価で提供することも『徳』なわけさ。どちらも『感謝』のお礼としてポイントが貰える。カズマの世界では高所得の人が徳の大きな人とは限らず、低所得でも徳の高い人がいたり、金持ちでも心の卑しい人が大勢いたりすると思うけど、エポカでは徳の高い人は収入の多い人なのさ。収入の多い人が資産家とは限らないけれどね。というのも、収入の多い人ほど、様々な人や組織に寄付や投資をしているからなんだ」
カズマは、フーパのいうエポカの世界では、『徳』と『得』が同じ意味をもっているということが何となく分ってきたような気がした。
フーパが更に説明を続けた。
「ホホーウ! それと、人のためになるということは、何も仕事や社会活動に限ったことではない。家事や育児、親切などを含めて感謝されるような行為に関しては『授権配当』としてのポイントが貰えるようになっている。カズマの世界の人が、エポカの世界を見る場合、『徳』の面からみると奉仕社会のように見えるけれど、『得』の側から見ると全てが有料社会に見えるかもしれないね」
カズマは、世の中は有料なものと無料なものに分かれていて、家事労働や親切な行為というのは無料であることが当然のように思っていた。しかし、エポカの世界は見方を替えると全てが有料な社会に見える――ということを聞いて意外な気がした。
「全て有料って、エポカらしくないんじゃない」
「ホーウ! そうかねぇ」
フーパは『有料』についての説明が中途半端であると思ったらしく、次のように補足した。
「ホウ! エポカでは『有料』という言葉は使用しないけれどね。モノやサービスなどのように、カズマの世界でいう『価格』が決まっているものもあるけれど、いくらポイントを支払うかは、受益者の判断に任されているものが多い。たとえば神社のお賽銭や大道芸に対して、いくら支払うかは決められていない。エポカでは、幾ら支払うかは本人に任されているものが多いんだ」
          ×    ×    ×
鳥の目は、マンダレー山の山麓に向いていた。西風の強い乾燥した日の夕方のことであった。
山裾で出火した。山火事はみるみるうちに燃え広がり、人家の点在する地域にまで及んできた。多くの人家が火の海に呑み込まれ、多くの人々が焼け出された。麓の森林に散在する住宅地にまで被害が及んだのは稀なことのようであった。市長は、直ちに消火活動に着手し、ロボットやアンドロイドの消防隊が懸命に消火に当たった。
この消火活動の甲斐あって、数日を経てどうにか森林火災を鎮火させることができた。この時、特に懸念されたのが、出火地点の近くにあるマイライと呼ばれる集落を山火事が呑み込んでしまうのではということであったが、必死の消火活動によって運良く被災を免れた。
多くのボランティアが、焼け出された人の手当てや避難場所として自らの家を提供したり、生活支援に当たったりした。
「このマイライ集落は、人生は楽しむことにあるとばかり遊んで過ごし、社会活動にかんしては敬遠する人々が、世界各地から風光明媚なこの地を好んでできた集落といわれている。カズマの世界の人にいわせれば『なまけものたち』が集まってできた集落ということになるかな」
「ふーん! そういう種類の人間もエポカにいるんだ」
「ホウ、ホホーウ! そうだねぇ。こういう人達はいつの世にもいるのかもしれないね。だけれどもこういった人達にも当然、生存権はある。エポカでは、人や社会に役立つ活動をする人は、他の人や組織から『授権配当』というポイントが貰えるけれど、活動ができない人のために『基本配当』というポントが支給されているからね。
しかし、活動することができるか、できないかを判断することは結構難しいことかもしれない。働くことができないことが見て分る場合もあるけれど、心を病んだ人達は見た目には健康でも活動ができない。心が病んでいるか否かは、人が見て判断できない場合が多い。『活動したくてもできない』と『活動したがらない』の違いを勝手に判断できるものではない。『活動したがらない』こと自体が病気の場合だってあるかもしれないし……カズマの学校でも、登校しない生徒がいるけれど、『登校できない生徒』と『登校したくない生徒』を区別するのは難しいんではないかな。それで、エポカの世界では、こういう人も含めて『基本配当』が支給されているのさ」
カズマのクラスにも、長期間登校していない生徒がいるので、フーパの話は何となく理解できた。カズマは、『登校拒否』ではなく、『登校できない』ということなんだろうな〜――と思った。
「ホー、ホホウ! 今は詳しく説明しないけれど、エポカでのこのような社会問題は『選択の自由』との関連もある。エポカのような豊かな世界では、『ありあまる自由』が大きな負担になる人が少なからずいる。『人に迷惑をかけない限り、なんでもあなたの意思で自由にできるんですよ』と言われたとき、何をしたらよいか戸惑う人や何もしない人もいる。経済的に貧しい社会では、考えられないことかもしれないけれどね。そんなわけで、マイライの集落に住んでいるような人がいても不思議ではないのさ」
          ×    ×    ×
しばらくして救助活動も一段落したようであった。
ホログラフィは市長室で執務しているメルリン市長を映している。市長の部屋は、さぞ豪華な家具調度品があつらえてあるものと想像していたら、意外に質素で、大きなモニターらしきスクリーンがある以外は普通の事務所といった赴きである。部屋では、市長と数人のスタッフが会議をしていた。
エポカ世界の行政組織の長は誰でも、人一倍『人のため、社会ため、世界のために』なることに熱心な人達で、人徳で高名なメルリン市長はこのことを使命と考えているとのことである。メルリン市長にとって、マイライ集落の人達の価値観は自身の価値観と相容れないものであったので、日頃から――何とかしてマイライ集落の人達を救わねば――と考え、頭を悩ませていた。
市長は山火事の際に人道支援に当たった人々を表彰するため、スタッフとともに救助活動に携わった人々のリストをスクリーンに映し出してチェックしていた。

「ホ、ホホーウ! エポカの世界では、身に着けた通信機器によって、全ての人の日常活動をいつでも把握できるようになっている。エポカは基本的に『秘密の無い社会』なので、このようなことが可能なのさ。特別な事情が無い限り、誰でも個人情報を含めてすべての情報をGネットで調べることができるんだ」
「『秘密のない世界』なんて、ぼくらの世界ではとても考えられないことだな。プライバシーというのは、世の中の進歩につれてますます大切になるものかと思っていたけれど、問題はおきないのかな〜」
「ホホーウ! そうだね、カズマの世界では考えられないことかもしれないな。カズマの世界ではプライバシーを巡って訴訟が起きたりしている。役所でも個人情報保護条例などをつくったりしている。そもそも、何で『秘密』があって、それを守る必要があるんだろうか。『秘密』が必要なのは、個人や組織が自分たちの利害を守る必要があるためだ。ということは、情報を全てオープンにしても、個人や組織が不利益にならなければ『秘密』は必要無いということにならないだろうか。これとは反対に、役所内の情報については公開を求められたりもしているようだね。情報の開示が請求されるのは、秘密にされることによって市民が不利益を蒙るような場合だろう。個人や組織の情報も同じで、秘密にされることによって、他の個人、株主や組織が著しい不利益を蒙っている場合もあるからね。
エポカの世界の仕組みについては改めて詳しく説明するけれど……個人や組織の情報が『オープン』になっていても、そのことで不利益が生じないようになっている。返って、『秘密』があることによる社会の不利益の方が大きいし、個人や組織も『秘密』を持っていると不信感をもたれて得にはならない。人は『秘密』を抱えたままでいると、精神衛生上よくない場合もある。秘密は嘘を生むことにもなる。エポカの世界の人達にいわせれば、『プライバシーが必要とされるような社会は問題性のある社会』ということになるかな」
カズマは――フーパがなんと言おうとも、自分自身のことを考えると、人に知られたくない秘密もあるよな〜――と思った。

市長は消火活動や救助活動に参加した人々の地区別統計を調べている。市長が予想していたとおり、マイライ集落の人達は出火地点の近くに住んでいながら、誰ひとり、今回の消火や救助活動に参加していなかった。
「こんどこそ、なんとかしなければ」市長がつぶやいた。
そして、地域防災担当スタッフのコルガンに言った。
「山火事から市民を守るための抜本的な防災対策を考えてみて下さい」
それから、福祉更生担当スタッフのサットンの方を向いた。
「マイライ集落の人々に社会参加して頂く方策を、早急に考えてもらいたいんだ。彼ら自身もこのままでよいと思ってもいないだろうし、社会のためにもよい影響を持たないからねぇ〜」
しばらくしてから、市長は二人に言った。
「両方を同時に解決できるような対策があればベストなんだがね。このふたつとも今度の選挙では必ず争点になると考えられるんで、市民によい案を提示したいと思っているんだ」
          ×    ×    ×
消火活動や救助活動に尽力した人々の名前は、Gネットに公開された。市長達と同様、このリストにマイライ集落の人がひとりも活動に参加していないことに気がついた人も大勢いたが、予想されたことでもあったので、ことさら憤りをあらわにする人もいなかった。

「ホウ、ホーウ! 災害が起きたときには、役所などで対策本部がつくられる一方で、義捐金や物資などの受け入れ先が設置される。エポカでは、これ以外に、災害救助活動にボランティアで参加する人の『徳』にたいする『投資配当』の受け入れ先も設置されるんだ。この受け入れ先は、役所とは限らないけれど。こういった情報がGネットに公開されるんだよ」

そうこうするうちに、出火原因を調べていた消防隊の調査により、出火の原因はマイライ集落の住民数人が森でキャンプした際の残り火が原因であることが判明した。そして、出火原因をつくったと思われる数人が取り調べを受けていることが報じられた。
この報道を機に、日頃から社会活動を一切行わない彼らを好ましく思っていなかった市民を中心に、マイライ集落の排斥運動のデモが行われるなど、一挙にマイライ集落に対する険悪な感情が広まることになった。このため、マイライ集落の人達は、買い物などで市街地に出向くことを差し控えるようになった。
          ×    ×    ×
市長の指示があってから二週間ほどして、地域防災担当スタッフのコルガンと福祉更生担当スタッフのサットンが、市長から依頼された『計画案』を携えて市長室に入って来た。
「よいプランができましたかね」
コルガンとサットンが、円卓を囲んで市長と向き合って座った。
はじめに、コルガンが防災対策について説明した。
「住宅地への山火事の延焼を食い止めるには、バリアゾーン(防災遮断帯)の設置が最も効果的であると思います。それと、今回のような人為的な山火事を防ぐには、全ての住宅がバリアゾーンで守られるように、山麓に点在する住宅を遮断帯の内側に移動することを考えました。最も重要なのは、何処にバリアゾーンを設置するかです。場所によっては、マンダレー山の景観や自然環境にも影響がありますし、移転家屋の数が多くなったりもします。様々な案が考えられますが……」と言って、コルガンはスクリーンに立体の計画図を映し出した。
「バリアゾーンは、景観や自然環境を考慮すると麓の低い位置にする方がよいのですが、移転家屋が多くなります。景観や環境への影響と移転家屋数のバランスを勘案したプランが、今お見せしているものです」
「このプランだと、バリアゾーンがマイライ集落を縦断しているので、集落を全て移転することが必要になりますね」
「おっしゃるとおりです。集落を避けるには、バリアゾーンを大きく蛇行させる必要があり、景観と自然環境に与える影響が大きくなります」
「コルガンからこの案を提示されてから考えてみたのですが、一般市民とは隔絶した場所にマイライ集落の人達が閉鎖社会をつくっているのは好ましいことではないので、このバリアゾーンの計画を、彼らに社会復帰してもらうきっかけにしてはと考えてみました。そこで、コルガンの集落移転計画とあわせて、集落の人達の社会復帰プログラムを検討しています」とサットンが言った。
こうして、コルガンとサットンは集落の移転計画とマイライ集落住民の社会復帰プログラムの詳細な内容――普通の市民が居住する地区への分散移転、専属のカウンセラーの配置、職業訓練――などについてかなりの時間を割いて説明した。
メルリン市長は、説明をひととおり聞き終わるとコルガンとサットンに質問した。
「集落の人達は自らの居住地を選ぶのは自由だから、移転計画どおりにはならない可能性もあるのではないかな。それと社会復帰プログラムを受け入れるか否かも彼らの自由だし……」
「おっしゃるとおりです。できるだけ彼らに受け入れやすいようなプランを提示しなければと思っています。しかし、判断するのは彼ら自身ですから……強制することはできないので、最終的には彼らの意思次第ということになります」
こうして、メルリン市長は思案の末、コルガンとサットンのプランを受け入れた。

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