未来からのメッセージ

第一の部屋 親の勘当(2)

ホログラフィは、エポカの日の前日の夜、アウルの家の居間風の部屋を映している。
デザイナーと女優の家らしく、部屋、家具・調度品はとびきりシックで品を感じさせるものであった。久々に家族4人が集まっていて、居間のスクリーンにはエポカ誕生の録画が映っている。
エポカ誕生に至る経緯というのは、およそ次のようなものであった。
●初めに、戦争、テロ、独裁と弾圧、排他的な愛国主義や宗教、飢餓と貧困、資源と環境破壊、権威主義や驕り、利害と打算、人間性を無視した競争、失業、嘘や詐欺、憎悪、虚飾や虚礼に満ちた世界の姿が紹介された。
●インターネットのようなものや衛星放送などによる情報通信がグローバル化していく。
●世界資本の商品という弾丸が、民族的対立や宗教間の戦いの様相を孕んで、国の壁を強引に突き崩し、従来の社会の仕組みを破壊して改変し、経済格差を拡大しつつ地球の隅々まで資本主義市場に取り込んでいく。
●世界的な高齢化社会の進展にともなって年金や医療を含む社会保障システムのあり方が税制と共に問題とされるようになる。
●繰り返される世界的な金融不安、国々の財政破綻の危機から金融システムや国家の財政システムが問題視されるようになる。
●人間的な社会福祉制度を維持するには税金を財源とする租税国家では国家財政を賄えないことが明らかになっていく。
●国債の中央銀行による直接引き受けや政府貨幣を発行する国が現れるようになる。これによって経済システムが国家による需要コントロール型に変貌していく。
●必要性に基づく医療や教育などの無料現物給付と最低限所得保障としての現金給付制度の導入が一般的になる。これらによって、育児、教育、雇用、医療、年金などの様々な社会保障が統合されてシンプルになる。人々は稼がなければ生きていけないことから解放されるので、資本が要求する利潤追求動機が薄れていき、生き甲斐やボランティア活動を含め人に役立つことに活動動機がシフトするようになる。
●このような社会保障制度の導入が様々な国で採用されるようになる。これによって私有財産を後生大事にすることの意味も薄れていく。逆に、生れながらの貧富の差や機会不均等が、大きな社会問題とされるようになる。
●様々な社会的差別の解消を目指して、身障者と同じ状態で生活をしてみるといったような『立場置換トレーニング』と呼ばれる社会教育が幾つかの国で導入されるようになる。
●長寿薬の普及や医療技術の高度化などによって人間の平均寿命が遂に100歳を超え、いずれ200歳になるのではないかと予想されようになる。発展途上国の人口増大傾向は鈍化したが、経済先進国の人口が長寿化のために減少から増大に転じるようになる。
●社会システムはすっかり人間的になったが、経済システムが未だに資本主義に基づいていることが問題とされる。様々な争い、犯罪などの社会悪、自殺などの悲劇、人間性を無視した過度の企業間競争、企業組織の封建制など社会的問題の大部分は、利子貨幣の使用に基づく『拝金社会』であることに原因があり、資本主義経済システムを廃棄する必要があるとの声が世界的に高まっていく。
●すべての国で銀行の通貨発行権が没収され政府のみが通貨を発行するようになる。
●国境の垣根が充分に低くなり、複数の国に跨る連邦政府や世界政府の準備段階のようなものができてくる。
●連邦制をとる国の間で『無境界選挙方式』と呼ばれる選挙制度が導入されるようになる。
●国際的金融取引の決済通貨が特定の国の通貨ではなく、国際機関の発行する世界通貨に切り替わる。同時に、国家間の経済格差や貧富の差をなくすため、この国際機関が、各国に対して国の場合の地方交付金に相当する財源配分を行うようになる。
●人種間交流が進み、地域的な多様性を保持しつつも排他性や宗教などに見られる非合理な因習が薄れていく。
●資産や遺産を自主的に世界政府に寄贈する風潮が出てくる。
●寄贈されたお金や資産は、社会に役立つ活動に投資してもらうためのものとして、人々に配分されるようになる。
●無料の現物給付と最低限生活保障としての現金給付は『基本配当』に改名される。寄贈されたお金や資産は『投資配当』の財源として制度化されていく。従来の銀行はこの『投資配当』の代理運用機関となる。
●同時に各国がそれぞれの国で配分していた『基本配当』や『投資配当』の管理は世界政府が一元的に行うようになる。
●これによって、『お金を稼がなければならない世界』から『お金が予め配分され、人の幸福のための活動に役立てる世界』に完全に転換する。配分される『配当』は定率で回収されるため、減価貨幣と同じようなものになる。減価する『配当』(貨幣)は貯蓄手段から解放され、価値尺度の機能と交換手段の機能しか持たなくなる。
●『無境界選挙方式』が世界の標準的な選挙制度として確立する。
●全ての条件が成熟した段階で、世界政府は新世界秩序のためのルールについて検討し、相続制度の廃止を提起する。世界の人々の圧倒的多数の賛成によって新世界秩序のルールが決定される。
●相続制度・資本主義経済を新しい社会・経済システムに組みかえるための情報処理作業が行われる。
●世界政府の議長が、高らかに新世界(エポカ)の誕生を告げる。

「うわー! 難しくって全然ついていけないな。『ムキョーカイセンキョ』とか知らない言葉もでてくるし……、それと『キホンハイトー』や『トウシハイトー』っていうのもよく分からないな」
「ホーウ! 無境界選挙というのは地域や国に跨る選挙の仕組みだけれど後で話に出てくるよ。配当というのはお金のようなものだけど。いまはいろいろ理解できなくても後で、詳しく説明するから、だんだんわかるようになると思うよ」
「こんな難しい録画見て、アウルやアニーは理解できているのかな?」
「ホーウ! まだアニーにはちょっと無理かもしれないけど、アウルくらいの歳になれば分かると思うよ。社会や経済の仕組み次第で世界の人々の多くが幸福にも不幸にもなる。平和にも戦争にもなる。社会や経済の仕組みがどうあるべきかというのはとても大切なことなので、幼い頃から学ぶようになっているのさ」
「へーぇ! そうなんだ……よく理解はできなかったけど、お金が配当というものに置き換わったり、資本主義社会ではなくなったり、相続制度が廃止されたり、世界政府ができたり…凄いことが次々におきたんだね。エポカってのは人類が全く新しい時代に移行したことを意味しているのか」
「ホーウ! ところでこの話の筋とは直接関係ないんだけれど、エポカの社会では殆どの場合一人っ子で、本当はアウルも一人っ子なんだ。アニーは実の妹ではなく、事故死したマリーの妹の娘をロビンとマリーが引き取って、アウルの妹として育てているのさ」
「殆どの場合、一人っ子って、どうしてなんですか?」
「ホホーウ! 人間の寿命が200歳ちかくになったことと関連しているんだけれど、この説明は話が長くなるので、後でゆっくり説明するよ」

録画を観終わるとアウルが言った。
「録画を一緒に観てくれてありがとう」
「久々にこの録画を観たけれど、何時観ても感動するな!」ロビンが言った。
「そうねぇ〜、前世はずいぶん酷い世界だったようね」とマリーが相槌を打った。
「でもお母さんは、そんな前世の真似ごとを僕らに押しつけているけれど」
一瞬、マリーは真顔になった。
すると、アウルが立ち上がり、緊張した面持ちで言った。
「今日は、お父さんとお母さんに話があるんです。そのために、録画を観てもらったんです」
アニーは、何時に無い兄の様子にびっくりした様子で、眼を白黒させた。
「エポカの理念、覚えていますよね?」

「さっきも『理念』という言葉がでてきたけど、『エポカの理念』って何のこと?」
「ホ、ホホウ! エポカの世界のありかた、つまり基本的な考え方のことで、カズマの世界での憲法のようなものと考えてもらえればいいと思うよ」

「諳んじているくらい、よく覚えていますよ」
「だとしたら、今の家族のぎくしゃくした関係を直す努力をしてもらいたいんですけど」
両親とも言葉に詰まった様子であった。
アウルの方は、母や父からどのような言葉が発せられるかを身構えている様子であった。
しかし、大晦日やクリスマスイブのような特別な日だったので、声を荒げるようことを憚ったのか、マリーとロビンはアウルの話を一応は聞いてみようといった風であった。
「この前、ソランジュ先生とも相談しました。先生は『理性的に考えれば、親を勘当するのに充分な理由がある』とおっしゃっていました」
『勘当』という言葉を聞いて、両親ともうろたえた表情に変わった。
「それで、もう一度、お父さんとお母さんによーく考えてもらいたいんです」
そう言ったなり、アウルは自分の部屋に閉じこもってしまった。アウルの妹のアニーも険悪な雰囲気を察してか、自分の部屋にすごすごと戻っていった。
その夜、アウルの父と母は、一晩中話をしていたようであった。
×    ×    ×
明けて翌日は、エポカの日であった。昨夜は、アウルもほとんど眠ることができなかった。
アウルは――父と母の話し合いの結論は出たんだろうか? 離婚することになるんだろうか? 人の気持ちや考え方なんてものは、ちょっとやそっとで変わるものではないからな。それに二人とも頑固だから。僕の方は育ての親を探すことになるとしても、アニーがどうなるか心配だ。それでも勘当するしかない。せっかくのエポカの日がメチャクチャになってしまうな――と、自分の賭けの結果を予想して恐れていた。
アウルが寝ぼけ眼でトイレに行って用を足し、洗面所で顔を洗っていると、背中越しに、ロビンが声をかけてきた。
「エポカの誕生日おめでとう! それと、昨日はありがとう。随分思いつめていたようだね。マリーが『たまには、親子4人で街のパレードを見物にいきましょうか』と言っていたよ」
ロビンの声は明るかった。
ここで、ホログラフィは終わっていた。
×    ×    ×
「ホーウ! どうだったかな?」
フーパの声に、カズマはハッと我に返った。
相変わらず水に包まれた青一色の世界、白い海ふくろうのフーパが翼をファサファサさせながらカズマの目の前に漂っている。
「ぼくにはとても考えられない。子供が両親を勘当するなんて!」
「ホウ、ホホーウ! 子供は産みの親は選べない。けれども、産みの親が育ての親としての資格が無い場合もある。こういう場合の解決策として、『親の勘当』や『育ての親の紹介や選択』のシステムがあるのは合理的かも知れないよ」
「うーん……すごく不幸な子供にはそうかも知れないけれど……。自分の意見もいえないような幼児の場合はどうなるの?」
「ホウ、ホホーウ! いい質問だね。エポカの世界では、『子供を養育するのは産みの親』と決まっているわけではないんだ。産みの親が養育者である場合がほとんどであるのはもちろんだけどね。この問題は、エポカ世界のGバンクという銀行が子供に支給する『基本配当』というお金のようなポイントを、誰が管理するかという問題とも絡んでいるんだ」
「えぇ〜! 働いていない子供にもお金みたいなものが与えられの?」
「ホーウ! 生存権のようなものなんだ」
「でも赤ん坊の場合には、自分のお金を自分では使えないけれど?」
「ホウ、ホホーウ! それで、乳幼児などの場合、養育者でもある親が乳幼児に代わってこのポイントを管理していて、自分自身にポイントを払うことになるんだけれど、この基本配当が適切に管理され使用されているか否かをチェックする人がいるんだ」
「ふーん」
「ホーウ! ということで、チェックする人が、産みの親でも育ての親として適当でないと判断した場合には、本人になりかわって法廷に持ち込み、親を勘当したり、養育者を取り替えたりすることになるのさ」
「それと、エポカ世界の誕生までの録画だけど、僕の頭では理解できないことが多かったな」
「ホーウ! そうだな。ちょっと難しかったかもしれないね。いろんなホログラフィを観てもらえれば、少しずつ分るようになると思うけど」

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