未来からのメッセージ

フーパ

――どこに行くんだろう? こんなガラス球に閉じ込められて……お母さんやお父さんが心配するだろうな――
すると、ふくろうが「ホウ、ホホーウ! 心配することはないよ」と言った。
カズマは驚いた。ふくろうが言葉を、それも日本語を話した。
「ふくろうが喋るなんて!」
「ホーウ! そう、君は狙われて、誘拐されたんだ。君の名はカズマだろう」
「そうだけど……そうか、ぼくのことは調べてあるんだな。それより、おまえは何者なんだ! ギャングの一味?」
「ホウ、ホホーウ! ギャングとは恐れ入ったな。でもそういわれてもしかたないな。誘拐犯の首謀者だから」
「首謀者? ふくろうが!」
「ホーウ! でも、君に危害を加えることはないし、たぶん、夕方にはご両親の所に戻ってもらう手筈になっているんだ」
「ぼくをさらってどうするつもりだよ。お父さんはひらのサラリーマンだから大金なんてもっていない。望月部長の娘のイクエさんを誘拐するならともかく」
「ホウ、ホホーウ! 残念だけど、彼女には誘拐される資格がないんだ」
「イクエさんのことも調べてあるのか」
「ホーウ! 彼女の衣装、表情、会話の内容から調べなくても分かるんだ」
「何が分るの? 少なくとも、ぼくの家よりもよっぽど金持ちだから、ぼくよりよっぽど資格がありそうなのに」
「ホホーウ! 誘拐犯だけど、金が目当てのギャングやひとさらいではないんだ」
「金が目当てではないとすると、何のためにぼくを誘拐したの? 誘拐される資格って?」
「ホウ、ホホーウ! その説明をする前に自己紹介をしておこうか。我輩の名はフーパ。実はロボットなんだ」
「ロボット? とてもロボットには見えないけど」
ふくろうの目は、今も生き物さながらに瞬きしている。
「ホホーウ! 人間とそっくりのロボットをアンドロイドというだろう」
――そういえば聞いたことあるな、SF映画にアンドロイドというのが出てきたっけ――
カズマの納得したらしい様子を見てとると、フーパは話を続けた。
「ホーウ! そう、我輩はアンドロイド型の海ふくろうなんだ。このガラス球もロボットさ」
「深海探査船のように見えるけど、ロボットなの?」
「ホーウ! そう、我輩の命令で動くロボットさ!」
「ロボットがロボットに命令しているんだ。誰が、こんなものをつくったんだろう? 見たことも聞いたこともないけれど」
「ホホーウ! そう、カズマの世界にはないものだよ」
「ぼくの世界にはないもの、宇宙人とかUFOとか? じゃあ、フーパは宇宙人の仲間? 宇宙人って本当に地球に来ているのか」
「ホーウ! 宇宙人ではあるかもしれないな」
「宇宙人…」
「ホッ、ホッ! そうではないんだ。他の星の生物から見たら人間だって宇宙人だからね」フーパは肩の羽をふるわせて笑った。
「だったらやっぱり地球人、どこの国の?」
「ホーウ! いまのところは、未知の世界の人間とでも言っておこうかね」
カズマは外の景色がすっかり暗くなっていることに気づいた。ガラス球は外洋に出ているようであった。カズマが眼を表示パネルに向けると、数字は1000を超えている。
「ホーウ! 海面からの距離だよ。水深1000メートル以上になっているな」
「こんな深くに潜って、水圧でガラス球は破裂しないの? 破裂したら一巻の終わりだよね」
「ホホーウ! ガラスではないよ、透き通っているけど超合金なんだ! マリンキャップという名前の乗り物で、海底一万メートルの水圧にも耐えられるようになっているから、心配には及ばない」
「ふーん! 見るからに薄いのに、一万メートルにも耐えられるのか」
頑健であるだけでなく、マリンキャップのスピードは並外れているようであった。窓の外の生物があっという間に通り過ぎて行く。
外の世界はどんどん暗くなり、マリンキャップは海溝の縁にそって急降下しているとのことだった。見たことの無い蛇や紐のように見える細長い魚が、マリンキャップの光に照らされて泳いでいるのが見えた。やがて泳いでいる魚の姿もすっかり見えない暗闇の世界になっていた。ガラスの外ではかすかに雪のようにみえるものが流れている。
「それで、さっきの質問だけど、誘拐される資格とか、目的とか、これからどこに行こうとしているかってことなんだけど」
「ホウ、ホホーウ! 誘拐される資格というのは、『子供であること、素直な性格であること、凝り固まった価値観のようなものを持っていないこと、柔軟な頭の持ち主であること、世の中のおかしなことはだれが何といおうと『おかしいんじゃない』と思えること、自分の意見をはっきりいえること、ちょっとませていて捻くれたところがあること』なんだ」
「そんな、ありきたりのことが資格なの? 誰でもよさそうな資格に思えるな。それにちょっと気になるんだけど、『素直なこと』と『捻くれたところがあること』って、矛盾するんじゃないの?」
「ホーウ! 先生や親のいうことならば、間違っていそうなことでも『はい』と言うようなYESマンではないということさ。自分なりに判断して納得しないと、『はい』とは言わないような性格で、普通の人は捻くれていると思うからね。ところが、こういう条件の整った子供というのは、意外にいそうでいないんだ。吾輩達の求める汚染されてない脳みそということだな」
「ふーん! そんなものかなぁ」
「ホーウ! それともうひとつ重要な条件がある」
「そうでしょう。そうでなければ、僕が選ばれるわけがないもの」
「ホーウ! 子供にしては社会や政治のことなどに特別な関心をもっていて、テレビのニュースを見たり新聞を読んだり、インターネットで調べたりしていることなんだけど」
「確かに、その点は友達とは違っているかもしれないな。いつもお父さんがテレビや新聞を見ながら、お母さんと話をしたり、僕に解説してくれたりするから自然に関心を持つようになったけど。お父さんが話していたようなことを友達に言っても『今は受験勉強さえやってりゃいいんだ。そんな難しいことおまえが考えることないだろう』とか言われて、全然のってくれないからな」
「ホホーウ! そういうことで、きみは中学生としては特別なんだ。社会、経済や政治などの問題に極めて関心が強く、理解力もある脳みそというのがもうひとつの条件なんだ」
「じゃあ、誘拐の目的は?」
「ホホーウ! エポカの世界からのメッセージを伝えることだよ」
「エポカって?」
「ホホーウ! 我輩達の造物主の世界のことさ」
「エポカの世界からのメッセージって? 伝言ならば、わざわざ海の底なんかに連れて行く必要なんか無いんじゃない」
「ホウ、ホーウ! 正確にいえば、メッセージというのはエポカの世界を観てもらうことなんだ。実際にはエポカの世界そのものではなく、四次元映像の世界だけどね」
「その四次元映像ってものを観るだけでいいの?」
「ホーウ! そう、観るだけでいいんだ」
「こんな大仕掛けの誘拐をしておいて、観るだけで帰れるの? 観たからには、何かをして欲しいとか…交換条件のようなものがあったりして」
「ホホーウ! けっこう疑り深いねぇ。交換条件など何もないよ。ただ観て、感じて、理解しようと考えてもらえればいいんだ。それが我輩の造物主達の目的さ」
カズマの感情からは誘拐犯に対する怒りがすっかり消えていた。
「ふーん、よく分らないけど、いいってことにしておくか! だって誘拐犯だけど、悪者達ではなさそうだもの」カズマは屈託のない笑顔を浮かべた。
「ホーウ! さあ、どうだろうか。良いこと、悪いことは人によって考えが違うからね。カズマの世界のためだと思っていても、人によっては有難迷惑なんてこともあるからね」
「ぼくらの世界のためになるかもしれない…それでこんな大仕掛けのことをしているんだ」
「ホホーウ! まあ、そんなところかな」
「それで、どこに行こうとしているのかな」
「ホウ、ホホーウ! 海底基地さ! 深海の底ならば、人に発見されることもないからね」
「でも、ぼくが戻ってバラしたら」
「ホホーウ! カズマが戻って、見たり聞いたりしたことを人に話しても、誰も本当のこととは信じてくれないだろうね。戻ったあとで、カズマの心の中にエポカの世界が生き続けてくれればそれいいんだよ」

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