未来からのメッセージ

エポカ

海溝の崖に沿ってマリンキャップが急降下していくと、マリンキャップの放つ光に照らされて大きな横穴が見えてきた。
その横穴に入り込み、曲がりくねりながらずんずん進んでいくと、突然、ぼんやりと巨大な空間のある場所が見えてきた。それは鍾乳洞内の巨大な空間とでもいうような場所であった。その空間の中には、20ほどの円形のドームが内部の照明によって浮かんで見えた。
「ホウ、ホホーウ! 海底基地が見えてきたよ」
――確かに、こんなところにあるんじゃ百年経っても見つからないな――
一番手前のドームに接近し、ドームのゲートのようなところを潜り抜けると、マリンキャップは回転しながらゆっくりと静止した。ゲートが閉まると、そこが密閉された部屋になっていることが分った。しばらくすると、その部屋に充満していた海水が吐き出され、部屋の水位が徐々に下がっていって空気と置き換わった。すっかり海水が無くなると、マリンキャップの天井が再び開き、カズマが座っていた椅子がエレベーターのように上昇し、玄関の天井を突き抜けて、上の部屋まで持ち上げられた。
玄関の上の部屋に降り立って、窓からゲートと反対の方向を見渡すと、カズマがいるドームと同じような幾つものドームが、透明なチューブ型の通路でネットワークのようにつながっているのが見えた。最初の入り口のドームには二つのチューブの連絡通路がある。
「ホーウ! こちらの部屋に来てもらいたいんだけど」とフーパは言って、カズマを隣の部屋に案内した。
「ホ、ホーウ! ボディチェックを受けてもらいたんだ」
「何をしたらいいの」
「ホーウ! これ、4Dボックスっていうんだけれど、海水パンツを脱いでこの中に入って、スピーカの質問に答えるだけでいいよ。すぐ終わるから」
ごく月並みな両親や自分自身のことに関する質問に答えて、ボックスを出るとパジャマ風の服が用意してあった。
「ホーウ! 着替えるといいよ」
着替えをして頭を上げると、目の前にもうひとりの男の子の姿が見えた。自分自身――カズマだった。カズマは鏡に写った自分自身と思ったが、目の前のカズマはスッポンポンで、カズマが脱ぎ捨てたパンツを手に持って身につけた。
「えーーっ!」カズマは仰天した。
「ホッ、ホッ! 君がここにいる間の代役だよ。アンドロイドなんだ」
「アンドロイド! ぼくの代役?」カズマは眼を白黒させた。
「ホーウ! ご両親を心配させるとまずいだろう。さっきのボディチェックは、身代わりのアンドロイドをカズマに似せるためのものだったんだ。体型と話し方や声をコピーしたのさ」
「ホーウ! 時間が無いから、さっさと出発した方がいいよ」フーパはカズマの身代わりに言った。
もうひとりのカズマはフーパに、「それでは行ってきます」と言って出ていった。
――用意周到だな、確かにこれではぼくが戻っても、誰もぼくの話を信用してくれるわけないな――
「ホホーウ! この海底基地には大小20ほどのドームがあるんだけど、カズマにここで観てもらおうと思っているのは、そのうち9つのドーム内の部屋にあるホログラフィなんだ、このほかにも観てもらうものが出てくるかもしれないけれどね」
「ホログラフィって?」
「ホーウ! さっき、マリンキャップの中で説明した四次元映像だよ。実際にあったことを忠実に再現したものなんだけど、全部観て回ると10時間以上かかるかな」
「えぇー! それでは、夕方ではなくて、夜になっちゃうけど」
「ホーウ! 心配ないよ。普通に観れば10時間以上だけど、カズマには5時間くらいで済むようにするよ」
「SFによく出てくるような『時間を戻す』とか?」
「ホーウ! 時間を飛び越したり、元の時間に戻ったりなんてことは、SFやファンタジーの世界だけの話しさ」
「では、どうするの?」
「あのヘルメットを被って欲しいんだ」
フーパは棚に置いてあるアメフトのヘルメットのようなもののところに飛んで行って、羽をバタバタさせた。
「ホーウ! これを被って、ホログラフィを観ると、早送りのホログラフィを普通の速度で観ているような感覚になるんだ。但し、カズマが話しだすと、ホログラフィは普通の速度に戻り、感覚も元に戻るんだけどね」
「ふーん! 便利なものがあるんだねぇ」
「ホーウ! 脳の処理速度をアップすると、同じ時間でも長く感じるようになる。子供の時の1日は長く感じるけれど、年をとってからの1日はあっという間に過ぎてしまうように感じられるのもこのためだ。けれど、脳の処理速度を上げるといつもより脳味噌が疲れるから、あとで十分睡眠時間をとる必要があるけれどね」
「この海底基地には、フーパの造物主たちも住んでいるのかな」
「ホウ、ホホーウ! 誰もいないよ。いるのはアンドロイドとロボットだけだよ」
「ところで、こんな基地が、人をさらってきて、映画のようなものを見せて帰すだけのためにあるとは思えないんだけど」
「ホホーウ! カズマのいうように、それだけではもちろんないよ。誘拐は大きな目的のひとつではあるけれど……」
「大きな目的って?」
「ホホーウ! この星を守ることだよ」
「宇宙の侵略者から」
「ホーウ! そうではないよ。人間からだよ」
「人間から? もしかして、人間が環境を破壊しているから? 人間から守るって、そういうこと?」
「ホホーウ! 環境問題というよりも環境を含む資源問題ということになるかな。生命に満ち溢れた貴重なこの星を守ることなんだけどね。人間は自分ことを知的生命などといっているけれど、地球環境や他の生物にとって人間はこれまでのところ病原菌のようなものなんだ。癌細胞のようなものと言ってもよいかもしれない。爆発的に繁殖して、多くの生物種を絶滅の危機に追いやり、地球の資源を食い荒らしているからね。そのことで人間自身の危機も招いている。今日の地球は、歴史上何回かあった生物種の大量絶滅に匹敵する大量絶滅の時代になっている」
「そうなんですか。人間がばい菌や癌細胞のようなものとは思わなかったな。でも、そのこととぼくを誘拐したことはどう関係あるの?」
「ホウ、ホホーウ! 地球の資源保存や環境を守るには、なによりも人類が平和に生活できる社会の仕組みが必要なんだ」
フーパの答えが理解できなかったので、カズマは訊き返した。
「地球の資源と環境問題の原因は、人間社会の仕組みにあるということなんですか?」
「ホーウ! 国という縄張りがあることや利益を優先せざるをえない社会や経済の仕組みが資源と環境問題、戦争や犯罪の根本原因ではないかな。非人間的な社会の仕組みは資源と環境破壊の仕組みでもある。だから、人間的な社会の仕組みを実現することが、人間が地球環境と調和することになる。けれど、我輩達は造物主から直接人間の活動に関わることは禁じられているんだ。そのため人間自身の手で、自らの問題を解決してもらうしかないのさ。子供の誘拐は、未来社会のための種まきのようなものだね」
「だんだんわかってきたよ。ぼくがここにさらわれてきたわけも、あんたがエポカって世界をぼくに見せたがっているわけも」
「ホッホッ! そんなわけで、子供たちの誘拐とその子供たちの面倒をみるのが我輩の役目で、他にもいろいろな役目をもったロボットやアンドロイドがいるよ」
「たとえば、どんな活動しているのかな」
「ホーウ! この基地の維持や管理とか、情報収集活動とか、収集した情報の整理や造物主への送信とか…いろいろあるさ」
「エポカの世界って、どんな社会なのかな?」
「ホウ、ホホーウ! とても平和で豊かな文化をもつ社会だよ」
「高度な文明社会とは違うの?」
「文明というのであれば、カズマの世界も高度な科学技術をもつ文明社会といえる。文明のレベルと平和や文化のレベルとは必ずしも比例しないどころか、社会の仕組みが非人間的なものであれば、高度な文明は平和や文化を悲劇的状態にしてしまう。
社会の仕組みのレベルが低い段階でレベルの高い科学技術を持つようになれば小さな紛争は大きな戦争になったり、貧困や差別も大規模なものになる。富や権力が一部の人々に集中したり、地球規模の資源と環境問題が起きたりするようにもなる。テロの頻発、核兵器の拡散や原子力発電所の事故なども同じような流れの中にあると言える。科学技術の発達はそれに対応したレベルの高い人間的な社会の仕組みがなければ災いの元になるんだ。
貨幣がモノや人間を支配しているような世界から早く抜け出さなければならない。国境に限らず人間を相互に隔てる様々な境界を廃止しなければならない。科学技術の進歩は利潤追求動機で加速度がついているけれど、社会の仕組みの変化は人々の利害打算がはたらいて亀のような歩みしかしていないし、時には後戻りさえしている。このギャップを早く埋めないと高度な文明も崩壊しかねない。それで吾輩達は焦っているわけさ。社会の変化にもなんとか加速度を持たせたい…とね。」
「なんかとてつもない期待をこのちっぽけな僕にしてませんか? ペシャンコになりますよ」
「ホーウウウウウウ! 少々先走りし過ぎたかな」
「未来の世界は高度な文明社会である以上に人間的な仕組みの世界でなければならないってことか、当然といえば当然だよね。SFの世界で宇宙から異星人の侵略者が攻めて来るとか、未来社会でも科学兵器を使って世界の覇権をかけて正義と悪が戦うとかいうのはおかしいよね」
「ホホーウ! そういうのはマンガや映画の話だね。UFOのようなものを送り出せる能力を持つ宇宙人は、長い試行錯誤を経て高度な科学技術と平和で豊かな文化をもつ社会組織を獲得した筈だ。このような宇宙人は他の星の生命をも慈しむので、侵略者なんかでは決してない。それと、何百万光年もの彼方から地球に来るUFOの乗組員は宇宙人ではなく宇宙アンドロイドのようなもの以外に考えられないけどね。
人間の近代文明なんてものは高々百年か二百年くらいの歴史しかないけれど、地球に来られるような宇宙人は何万年、何十万年或いは何百万年もの科学技術文明の歴史を築いているはずだ。地球人などとは比較にもならない。そんなわけで、高度な科学技術と封建的な社会組織や支配者の類とは両立しなくなるものなんだ」
「地球の世界はあと何年くらいしたらエポカのような世界になるの?」
「ホウ、ホホーウ! 百年以上先になるかな。なにせ、社会の仕組みを替えるというのは、先ほど言ったようにとてもとても愚かしいほどにもどかしいことだから……。でも、ホログラフィを観たあとのカズマのような人間がどんどん増えてくれば、もっと近い将来になるかもしれないけれど」
――百年以上先の世界かぁ!――
「ホーウ! では、そろそろ最初のドームの部屋にいこうかね」

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