Eiko
きょうはお天気だったので、おいしいお菓子がほしくなって、岡崎公園のところにある「小倉山荘」に行ってきました。
それで近代美術館のまえを通り過ぎようとしたのです。だけど、美術館が「ちょっと寄ってみない?」と声をかけてきました。だから「ちょっとだけよ」と、入ってみることにしました。
「ヘルマン・ムテジゥスとドイツ工作連盟、ドイツ近代デザインの諸相」という、こむずかしい、こんなん誰がみるねん、と言いたくなるような名前の展覧会でした。
が、入ってみると、家具、陶磁器の置物、食器、ヤカンに扇風機、果ては自動車、建築、に至るドイツの世紀末から第一次世界大戦までのあらゆるデザインの展覧会。
そこで初めて知ったんだけど、ドイツって、英国崇拝で、家具や壁紙なんかはすごく影響を受けてるんだって。ご存知じでした?私は、へーえ、って感じでした。
それから、ドイツ工作連盟が、そのとき、そのときに目標みたいなのをかかげているのを読んでいきました。そしたら、いかにも「ドイツ」と思った一文が足を止めました。
「目に見えるすべてのものを創造的統一観点から秩序付けることである」というところです。目に見えるすべてのものを統一して美しくしよう、ということだと思うのですが、この「目に見えるすべてのものを」ってところが、すごいと思うのです。そして、この延長がヒットラーに繋がっていくように感じました。
こういうふうに思っているひとたちが、建築ひつとでも、となりに関係なく好き放題なものを建てている今の日本をみたら、気がおかしくなるのじゃないかしら、って思いましたね。
アジア全体だって、色とりどりの看板かかげてたり、で少なくても統一した美には程遠いものね。
そういえばヨーロッパの窓にみえる花の色、みんな決められていて、すきな色の花とかにできないらしいですね。
日本で、そんなこと言ったら「自分が植える花なのにー。そんなの自由でしょ」って怒られるかも知れませんね。
この展覧会、観に来てるひともまばらで、学生が多かったみたいでしたが。
入ったついでに4階の常設展ものぞいてきました。
河井寛次郎の陶器は温かみがあって、やっぱり好きだなあ、と思いました。
それに藤田ツグジは「世界のフジタ」と言われるだけのことはあるんだな、と改めて思いました。とくに1957年に描かれた「路傍」はいい絵でした。ふたりの女の人(親子かな? と思うのですが)の表情から、今ここにどんな思いでたたずんでいるのか、なんとなくわかる、雰囲気のある絵でした。
きょう、毎月頼んでいる絵(もちろん印刷物です)が届きました。
今年は「竹久夢二」なのですが、母とふたりで「このひとの絵、暗いなー」とか「あんまり好きちがうなー」とかブツブツ言い合っていました。
でもね、どんな絵でも、ひと目見て誰それの絵、ってわかる、というのは、やっぱし凄いことだと思うんですね。
私も、私の七宝作品をみんなが見て、すぐにEikoの作品、ってわかってもらえたら、どんなにうれしいことでしょうね。。。
でも、私の作品を知ってもらっているひとたちには「Eikoの作品、ってすぐわかる」って言ってもらえたことがあるんです。それは、本当に本当に、心底うれしかったのですけれど、七宝はメジャーでない(このことがネックであり、救いでもあるのです)から、一般のひとたちに個性を認めてもらうのは無理みたいですね。
小倉山荘で買ったお菓子は、柿の種あられをチョコレートでコーティングしたものと和三盆て片面コーティングのおせんべい、だったのだけど、このふたつは絶対オススメ。
おいしくて、いくらでも食べられてしまうのが欠点。ちょっと太ってきたのでダイエットしたい、と思っているのに、買ってきちゃう。うむー。
Mog
ダイエットしたい、って言いながら、おいしいお菓子を買ってくるなんて、本気でダイエットする気がある、とは思えないぜ。おねえちゃん!
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