Eiko
さて、九月のお遊び、クライマックスは♪キャンプ♪です。
「エッセーの風」にも「キャンプの思い出」を掲載していますが、Eikoにとって、キャンプに関わるすべてのひとたちにとって、♪キャンプ♪は青春そのものであり、今あるのは「キャンプがあったからだ」と言えるものなのです。
Eikoは、先日の♪キャンプ♪に参加して、はじめて、キャンプのもつ意義やこのキャンプを相当の勇気と覚悟をもって初めて日本に導入してくださった大塚達雄先生の思いが理解できたのでは、と思います。
このキャンプは、肢体不自由児療育キャンプという名称で、京都障害児福祉協会が始め、今年でちょうど五十年目にあたる記念のキャンプでした。
最初は、琵琶湖のサバエのキャンプ場を借りて行われていました。その後、転々とし、現在は日本海の間人(たいざ)にある久僧(きゅうそ)キャンプ場で行われています。Eikoの参加は、サバエ時代です。
子供の頃、キャンプは本当に楽しく、何があっても参加したいもの♪でした。なかでも夜のキャンプ・ファイヤーはワクワクしました。ご存じの方はご存じですが、ファイヤーにはボン・ファイヤーとカンシル・ファィヤーの二種類があります。動と静といった感じです。
そのファィヤーのお話に、はじめて子供の頃の疑問が解けました。
初日から最終の一日前までは「動」のボン・ファィヤーです。火は赤々と燃え上がり、そのまわりで歌をうたったり、ゲームをしたり…火の付け方もスタッフの方々が工夫をこらして、矢が飛んできたり、自然発火だったり…♪思わず歓声をあげていました。
最終日は「静」のカンシル・ファイヤー。同じ火を囲んでいるのに、心が静まり、楽しかったキャンプをしみじみ振り返る気持ちになってくるのです。たしかに歌ううたも違うし、リーダーもスタッフも声のトーンが違うし、スーパーバイザーのお話の内容も深いものがありました。そして、いろんなお話をされるなか、ものすごいタイミングでファィヤーの木組みが崩れるのです。手品のように、ここぞというところでガサッと。
Eikoは、このタイミングは何なんだろう? と毎年毎年ふしぎに思っていました。
でも今回、はじめて、その疑問が解けたのです。
火の燃え上がる高さの違いで、静と動が区別されていました。ボンのときは火が高く燃え上がるように。またカンシルのときは、ボンの半分の高さ、となっているそうです。それは、木の組み方で決まるのだそうです。木組みの崩れるタイミングもだいたい何分頃に崩れるように、という組み方があるのだ、ということをEikoは初めて知りました。そして、そのために「命」をかけているスタッフの存在もようやく知った次第です。
ファイヤーひとつ取り上げても、完璧に練り上げた計画があり、実行されているからこそ、Eikoたちは心の底からキャンプを楽しみ、どんな事態になっても対処していただけるように準備されているからこそ、安心して、何一つイヤな思いもなく、長いキャンプ生活を心ゆくまで楽しく過ごせたんだな、と改めて思いました。そして、こんなにも忘れがたい素敵な思い出をつくらせてくださった多くのリーダーやスタッフの方々に感謝しなければ、とますます思いました。
ひとりの先輩の話ですが、キャンプに参加するまで自分一人でウンチができなかったのだそうです。それが親元を離れキャンプに参加し、はじめて一人でウンチができるようになったと。それが自信につながり、大学は鹿児島まで行くことができた、と。
帰る日の午前中、第一回目の参加者から現役のスタッフまでが一緒になってキャンプソングを大きな声で歌いました。もう何年も歌っていないのに歌詞を見なくても自然に口をついて出てきます。それらは五十年もの間、脈々と歌いつながれている歌。それぞれがそれぞれの思いの中で、大きな口をあけて歌いました。
きっと、大塚先生も天国から、あの低い声で一緒に歌われていたでしょう♪
もう少し歌い続けていたら、きっと、みんな泣いてしまっただろうな、と。。。
つぎは、百五十周年をしよう、ということで幕を閉じました♪
Mog
いくら高齢化になっても、ちょっと百五十周年は無理なんじゃないの? うーん、そうか、天国ですればいいのか♪ そしたら大塚先生も、ついでにぼくも参加できるぞー♪♪♪
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