伝蔵荘日誌

【伝蔵荘日誌】 2021年6月26日 習近平中国の野望 T.G

 22日付けのJPpress誌によれば、中国は青海チベット鉄道をラサから、ヒマラヤ山脈の国境を越えてネパールのカトマンズまで延伸する予定だという。2014年にはラサからチベット自治区の第2の都市シガツェまでが開通しているという。後はヒマラヤ山脈をトンネルでぶち抜いて伸ばすだけで、今の中国の経済力を持ってすれば容易いことだろう。それがどれだけの経済合理性をもたらすかは別の話だが。

 16年前の2005年に伝蔵荘仲間と5人でチベットを旅行した。ラサまでは航空便を使ったが、それより奥地は交通機関は一切なく、トヨタの4輪駆動車を駆って無人のチベット高地の道なき道を走るしかなかった。その詳細は「チベット紀行」に書いている。当時はまだラサまでの青海チベット鉄道も開通しておらず、ヒマラヤ山脈を越えて鉄道を延ばすことなど夢にも思わなかった。チベット自治区の首都、ラサから先は、ほとんど標高4000m以上の人も住まない無人の荒野で、道路らしい道路もなかった。そこへ鉄道を通すなどと言う荒唐無稽な話は想像すらしなかった。

 チベット自治区は面積130万平方キロ、日本の4倍の広さにわずか300万人しか住んでいない、極端な過疎地域である。16年前に苦労して車で走ったときは、全行程2000キロの間、ラサ以外に人の居住区や街はほとんど見当たらず、4000mを越える不毛の高地には農地も工場も一切見かけなかった。生産物を運ぶ道路も、走っている車も見かけなかった、その状況は16年後の現在も変わっていないだろう。コストに見合う乗客も、運ぶ貨物もない。チベットではいまだにろくな鉱物資源も見つかっていない。いくら金満中国とは言え、そんな経済合理性のない過疎地域になぜ鉄道を延ばすのか。単純な国威発揚以外の理由を思いつかない。

 今の中国を見ていると、合理性、特に経済合理性を欠いた行為が実に多い。たとえば高速鉄道である。2007年に日本の新幹線をまねて高速鉄道を走らせた。今ではそれが総延長2万5千キロに及ぶ全国規模の高速鉄道網に急拡大している。世界に例を見ない超巨大インフラ投資である。中国の人口はほとんどが沿海部に集中しており、内陸部はおおむね過疎である。莫大な建設費を投じたのだろうが、大部分は採算度外視の赤字路線に違いない。日本の新幹線だって、黒字路線は人口密集地域を走る東海、山陽だけなのだ。習近平が躍起になっている一帯一路も同じである。その多くが後進国向けの貸し付けで、経済合理性にそぐわぬ無駄なインフラ整備が多い。金に釣られて話に乗った後進国が、債務の罠に取り込まれ、あちこちで問題化している。いくら金があるとは言え、なぜ無理してそういう愚かなことに血道を上げるのか、理解出来ない。

 政治的合理性についても言える。世界のサプライチェーンを支配し、アメリカが慌て出すほどの経済成長を続け、押しも押されぬ世界第二の経済大国になった中国が、国際政治面では理解不能なおかしなことばかりする。その典型例が香港と台湾の扱いである。今の金満中国が、世界中から非難を浴びながら、なぜ香港の一国二制度をやめなければいけないのか。核心的利益と称して虎視眈々と台湾を脅かす必要があるのか。そんなことをして何の得になるのか。その結果として、世界中に中国脅威論をばら撒かねばならないのか。

 香港は放っておいても20年後には中国になる。なぜそれを待てないのか。その間香港を自由主義の金融センターにしておけば、中国にとっても経済的メリットは計り知れない。金の卵を産む鶏を、気に入らないからとあえて潰すのは愚かとしか言い様がない。台湾もそうだ。今のままの中華民国台湾でも、中国にとって経済的メリットは少なくない。台湾企業は中国本土に投資してくれるし、サプライチェーンの一部になっている。中国では作れない半導体もTSMCが作ってくれる。そういう自由主義経済ベースの付き合いを続けていたら、中国にとって損はないし、台湾の人心を掌握出来るかもしれない。そうなった暁には、放っておいても相手の方から核心的利益が転がり込んでくるだろう。なぜそうしないのか。

 軍事面でもそうだ。毎年日本の防衛費の5倍近い国防費を注ぎ込む、アメリカに並ぶ軍事大国である。多数の戦闘機やミサイルを開発配備し、原子力潜水艦や空母まで作っている。南沙諸島を埋め立てて基地を作っている。いったいどこの国と戦争するつもりなのだろう。軍備というものは必ず仮想敵がある。そうでなければ意味がない。かって日本の自衛隊の仮想敵はソ連だった。北方から侵入するソ連軍を想定して戦車や装備を北海道に配備した。その仮想敵ソ連がいなくなったので慌てている。中国の仮想敵はアメリカなのか。油断しているとアメリカが侵攻してくると思っているのだろうか。それとも自らアメリカに攻撃を仕掛けるつもりか。そうでなければこんな膨大な、湯水のごとく金のかかる装備は要らない。日本や朝鮮、ベトナムなど、周辺国を押さえるだけなら、今の10分の1で間に合う。実に不合理である。

 アメリカは伝統的に相互不干渉のモンロー主義の国である。第二次大戦にもなかなか参戦しなかった。日本の真珠湾攻撃で重い腰を上げた。バイデンが対中包囲網を敷いても、目的は中国の経済覇権を封じることであり、あえて中国本土に侵攻する意図は皆無である。そのことはアメリカの歴史を見れば誰でも分かる。馬鹿でなければ習近平でも分かるはずだ。それなのになぜ毎年20兆円を超える巨額の軍事費を注ぎ込むのか。習近平中国の人民解放軍は、仮想敵すらない、軍事合理性をまったく欠いた軍隊で、一種の誇大妄想としか言い様がない。

 かってケ小平は中国の改革開放経済を進めるに当たり、韜光養晦を国是とすべきとした。意味するところは「能ある鷹は爪を隠す」で、「対外的に才能(野望)を隠し、時期を待つ」戦略である。胡錦濤政権あたりまではその教えに従っていたが、習近平になって突如「才能をひけらかし、時期を待たない」かのように振る舞い始めた。まるでアメリカを追い越し、アメリカの代わって世界を支配することが目的であるかのようで、ヒットラーの第三帝国やスターリンのソビエト連邦も真っ青な覇権主義である。その手始めが香港の一国一制度化であり、台湾の核心的利益化であり、ネパールを我が物にする一帯一路だろう。

 一帯一路も台湾攻略も、習近平の野望実現は金がかかる。今まで通りの経済成長を続けられることが絶対条件である。経済成長が止まったら即アウト。金の切れ目が縁の切れ目で、青海チベット鉄道はカトマンズまで届いてそこでお仕舞いである。そういう意味で、習近平中国は何よりも経済成長維持が最優先課題であるはずだ。

 3月にアラスカで行われた米中2+2会談で、中国側の楊潔共産党政治局員は「台湾、ウイグルなど、米国の内政干渉は断固反対、外交儀礼を守れ」と居丈高にまくし立てたという。韜光養晦の正反対で、習近平の野望実現には逆効果しかない。こういうアホなことをやらず、大人しく猫を被っていれば、やがてファーウエイの5G通信網と世界中に手を広げた巨大サプライチェーンで世界を我が物に出来ただろうに。これでは世界を中国脅威に目覚めさせ、バイデンが仕組んだ中国包囲網がより強固になり、中国の経済成長を締め付けるだ。合理性を排除し、ケ小平の遺訓を守らず、夜郎自大になった習近平中国の野望は、そろそろ終わるだろう。

 毛沢東が作り、ケ小平が大きくした国を、習近平が潰す。一帯一路なんてかっこ付けちゃって、まさに「売り家と、唐様で書く三代目」を地で行っている。

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