伝蔵荘日誌

【伝蔵荘日誌】 2020年9月16日: 自民党総裁選 T.G

 GP生君が電話してきた。総裁選はどうなると思うと聞かれたので、総裁選はあまり興味はないが、石破でなければ誰でもいいよと答えた。自民党総裁選は事実上の総理大臣選挙である。今の自民党には一度総理をやらせてみたいと思える人材が見当たらない。ドングリの背比べで、サラリーマンの集まりのようだ。名前を知らない大臣がたくさんいる。以前は三角大福中などと言って、総理の座を虎視眈々と狙う野心丸出しの連中がいたものだが、今はそういうギラギラした議員はまず見かけない。日本の政治が弱体化しているのだろう。

 そういう時代、誰が総理をやっても大差はないが、石破だけは願い下げだ。こんな男を総理にしたら国が潰れる。11年前の「最低でも県外」のルーピー鳩山と同じで、あのときも危うく国が潰れかけた。国のトップである総理大臣に不可欠で最重要な資質は、確固たる国家観と歴史観である。この二つがなければどうにもならない。総理大臣の必須条件である。それ以外の政治能力は周りが補佐出来るが、この二つだけは補えない。石破と鳩山にはこの二つの資質が欠けている。

 2年前の日誌にも書いたが、石破がしばしば自慢げに語る外交経験に次のような話がある。彼が防衛庁長官の時、シンガポールで東南アジアの安全保障に関する国際会議に出た。その際、当時のシンガポール首相リー・クアンユーに「君は戦前の日本が東南アジアで何をやったのか知っているか」と問われ、「分かりません」と答えたら、「だから日本は駄目なんだ」と一喝されたという。それをさも自慢げに話す。いくら何でもこれは頂けない。防衛庁長官という国家安全保障の要職を務める閣僚が、国際会議の場で他国の首相に歴史認識を問われ、叱責されたことを、自らの国際経験として自慢げに話す。こんな愚かで歴史観を欠いた男に総理大臣が務まるはずがない。今回の総裁選のテレビインタビューでも同じ話を繰り返していたが、おまえは馬鹿か! 慶応大学出だそうだが、慶応では将来の総理候補に歴史を教えないのか!

 総理大臣の最重要な仕事は外交と安全保障である。それ以外の国内政治も重要ではあるが、これらは利害の調整が主で、ほとんどの実務は担当大臣と官僚の仕事である。総理は大所高所から基本的な指示を出しておればいい。不人気な安倍マスクのデザインは、総理自らが手を下したものではなく、指示された役人の不作為であり責任である。外交、安全保障はそうはいかない。全責任は総理自らにあり、先頭に立って動かなければならない。特に首脳外交は完全に属人的なもので、総理個人の能力、資質によるしかない。それにはしっかりした国家観、それを裏付ける歴史観が必要だ。かって鈴木善幸首相が国会で社会党に追求され、苦し紛れに「日米安保は軍事同盟ではない」と答弁して辞職に追い込まれた。一国の総理が国際条約の意義、役割を理解出来ず、いい加減に扱う。これでは外交は出来ない。安全保障も危うくなる。国家観、歴史観を欠いた政治家には総理が務まらない見本だ。歴史観を欠いた石破も似たところがある。

 彼は総裁選の政策目標としてグレートリセットを掲げている。グレートリセットは日本語にすれば「全取っ替え」である。安倍政治を全否定しているのと同じだ。安倍辞任発表直後の朝日の世論調査では、安倍政権の支持率が70%を超えている。ほとんどの国民が安倍政治を肯定し、支持しているのだ。それを全部ひっくり返すのは、改革を通り越してテロである。石破はそれが分かっているのだろうか。分かっていなければ単なるアホだが、分かっていたら救いがない。枝野あたりとつるんで自民党から出た方がいい。彼は以前も小沢一郎とつるんで自民党を裏切った前科がある。こういう不誠実で不道徳な政治家が、なぜ党員の支持率が高いのか分からない。自民党にも愚かな党員がいると言うことだろう。議院内閣制の下で、議員でもない党員に総理を選ばせるのが間違いなのだ。

 もう一人の岸田も論外である。総裁選出馬に当たって、ぬらりくらりと態度が旗幟鮮明でない。なにをやりたいかも定かでない。総理になりたいという意欲がまるで伝わってこない。安倍の下で長らく外務大臣を務めていたが、彼の外交姿勢がさっぱり伝わってこない。なにをやったのかも定かでない。おそらく安倍外交の提灯持ちをしていたのだろう。物腰、人品骨柄は卑しからずとも、こういうお上品なお公家さんには国のトップは務まらない。安倍から禅譲を囁かれていたと言うが、そういう他人任せでは権力闘争は出来ない。総理大臣は並み居るライバルを蹴落として上り詰めるべき最高権力者なのだ。それが分かっていない。総理の資質としてはある意味石破以下である。少なくとも石破には意欲だけはある。

 それにしても菅はどういう政治をするのだろう。彼は盛んに行政改革、規制改革、既得権益、前例主義の否定を言うが、それは内政の問題で、基本は日本社会の利害調整である。官房長官を長く努めていて官僚操縦には長けているのだろうが、それだけでは総理大臣は務まらない。彼は外交と安全保障が総理の第一義的仕事であることが理解出来ているのだろうか。そのために不可欠な国家観と歴史観はあるのだろうか。それが伝わってこない。安倍内閣の大番頭だったことは確かだが、いくら仕事が出来ても番頭はご主人様にはなれない。

 誰もが認めることだが、安倍の外交は際立っていた。彼の地球儀俯瞰外交は日本の外交としては近年希な出来だった。そのことは反安倍の急先鋒である朝日新聞でさえ認めざるを得ないほどである。安倍外交のおかげで国際的な日本の知名度、発言力、影響力が上がった。関係代名詞のWhoに過ぎなかった日本の首相が、三人称代名詞のHeになった。安倍の物言い振る舞いに、世界の首脳が関心を寄せた。内向きで内政偏重の菅首相では、それが元のWho is he?に戻ってしまうのではないか。コロナ後の世界は魑魅魍魎が跋扈する無秩序な世界になるだろう。経済力低下と人口減少の宿痾を抱えた日本は、内政重視の政権の元でこの先どうなるのだろうか。世界に伍してやっていけるのだろうか。大いに心配である。

目次に戻る