伝蔵荘日誌

【伝蔵荘日誌】 2020年8月18日: 白内障手術の顛末 T.G

 先々週、市立病院で白内障手術を受けた。予後はすこぶる順調で何の問題もない。術後3ヶ月間、感染予防の目薬の点眼が必要で、そのことだけが煩わしい。視力は術前に比べて0.1下がったが、むしろレンズ交換で軽い乱視が改善されたためか、スマホなどの小さい字がよく見えるようになった。普段はモニタが見づらいので100円ショップの1.0の老眼鏡をかけて伝蔵荘日誌を書いていたが、それも要らなくなった。

 そもそものきっかけは一昨年である。普段から目はいい方だが、なんとなく右目に違和感があり、軽い気持ちで市立病院の眼科を受診した。なんと眼圧が30と高く、初期の緑内障だと言われる。幸い早期発見だったので視野欠損には至っていないが、青天の霹靂ではある。とりあえず点眼薬で眼圧を下げ、様子を見ることにした。実に良く効く薬で、30あった眼圧が9ぐらいまで下がった。眼圧の正常値は10〜20の範囲だと言うが、それを下回ってしまうほどである。後で知ったことだが、緑内障には高眼圧緑内障と正常眼圧緑内障の二通りがある。高眼圧の場合、眼圧さえ下がれば緑内障は進行しない。日本人には正常眼圧緑内障の方が多く、この方が処置がやっかいだという。

 この経緯は2019年3月7日の「緑内障闘病記」にも書いたが、初診の際、美人の女医さんから「白内障手術を強くお奨めします」と言われていた。白内障手術は目のレンズである水晶体が老化で濁り、それを人工のレンズに置き換える手術である。本来は緑内障治療とは関係ない。80歳になっても目はすこぶるいい方で、左右両眼とも1.2ある。普段からサングラスを常用していて、白内障もほとんど進行していない。すこぶる付きのいい目にメスを入れる気にもならず、その後1年半そのままにしていた。今診察を受けている女医さん(眼科医は女性が多い)からも何度も奨められて、やっとその気になったのが今回の手術である。

 高眼圧緑内障は、眼球内の房水の出口である隅角が狭く、房水が出にくくなっていて、慢性的に眼圧が高い状態が続くことが原因で発症する。主治医が言うには、小生の右目の隅角はとても狭く、何かのきっかけで完全にふさがってしまうと眼圧が急激に上がり、一晩で失明に至る急性緑内障発症発作の危険がある。そのリスクを解消するためには白内障手術がすこぶる有効なのだという。白内障が進行していなくてもするべきだという。いわば急性緑内障発作解消のための緊急措置なのだ。白内障手術は目のレンズである水晶体の中身を超音波で破砕して抜き出し、空になった水晶体の袋の中に人工レンズを入れる。人工レンズは水晶体よりはるかに薄いので、狭まった隅角の隙間が開くのだという。実際、術後の検査で術前術後の隅角の映像を見せてもらったが、3倍ぐらいに広がっていた。どうやって撮像するのか分からないが、最近の医療技術は大したものだ。

 その白内障手術である。当初の予定は6月はじめだったが、新型コロナのために延び延びになっていた。2ヶ月後の8月4日にやっと順番が回ってきた。手術自体は30分程度で終わる軽いものだが、術前術後の細菌感染予防にすこぶる手間がかかる。1週間前から抗生剤の目薬を日に3度点眼しなければならない。その上に抗生剤の服用も義務づけられる。術後も3ヶ月間、3種類の点眼薬を1日4回点さねばならない。手術はセンシティブな角膜を切り開いて行うので、傷口からの細菌感染予防がすこぶる重要なのだ。術前の説明で、予防処置を怠り細菌感染した場合、失明の恐れありと脅された。

 白内障手術は短時間で終わるごく平易なもので、街の眼科病院では日帰り手術が多い。入院設備が整っていないからだろう。当方の市立病院は最近病院施設を全面的に建て替えたばかりの、設備の整った総合病院で、6階以上はすべて入院病棟である。ベッドの余裕は十分ある。簡単な白内障手術も日帰りではなく、1泊2日の入院手術を義務づけられる。実際に経験してみて、術後は安静にしているしかないし、動き回れない。顔も頭も洗えない。術後に痛みが出たりしたら、医者や看護師さんの対応も必要だ。翌日の術後診察も不可欠で、日帰り手術よりはるかに合目的で安心出来る。患者には簡便さより安心の方が大いに有り難い。

 実際の手術の経緯と様子である。小生を含めて当日手術を受ける5人の患者が入院病棟に集められ、各自にベッドが与えられる。そこで点滴の処置を受け、点滴を付けたまま車椅子に乗せられ、4階の手術室まで看護師さんに押されていく。自力歩行は許されない。点滴は術中術後の血栓予防のためのものだそうで、5人全員が受けていたので標準的な処置なのだろう。手術室に入ると中央に手術台の椅子があり、そこに座らされる。頭の上には手術用の器具が覆い被さっている。手術は男性の執刀医がメインで、サブの主治医と二人で行う。ほかにサポートの看護師が二人付いている。当方の主治医は若い女医さんで、まだ手術の経験が浅いのだろう。やがて男性執刀医の挨拶で手術が始まる。

 まず手始めに目の洗浄が行われる。目蓋が塞がらないように開いたままにする器具を右目に装着され、椅子を倒して頭を右に傾け、なにやら茶色い液体を目玉に注ぎ込まれる。それでジャブジャブ洗った後、手術をする右眼だけ穴の空いたシーツを被され手術が始まる。最初になにやら透明の液体が注ぎ込まれたが、おそらく麻酔薬だろう。その後、術中に目の痛みや接触感は一切感じなかった。なにやらあれこれ目玉をいじられるが、何をされているかはさっぱり分からない。見開いた目は真上を見ているが、見えるのは黒い円盤状のもので、おそらく術前に頭上に被さっていた手術器具なのだろう。それが歪んだり、回ったりして見えている。術中絶えず目に液体が注ぎ込まれるのが分かる。おそらく洗浄しているのだろう。医者同士の会話はほとんどないが、途中で「今からレンズを入れます」という執刀医の声が聞こえた。たぶん患者の小生に言っているのだろう。しばらくして「これで手術は終わりです」と言われ、シーツと目を開けたままにする器具を取り外され、右目全体をガーゼで覆われ、車椅子に戻される。手術室に入って出てくるまでの時間は約40分。実際の施術は10分程度か。

 術後はそのまま車椅子で病室に戻され、ベッドに横たわる。点滴の管は付けたままである。手術は昼前に終わってしまったので、直後に病院食の昼食が出る。右目がふさがれたままで食べる。何も見えないが、痛みも違和感も感じない。夕食を食べ、その晩はぐっすり寝られた。翌朝、朝食を済ませ、3階の診察室で主治医の診察を受ける。そこで初めて眼帯をはずされたが、そこそこよく見えているので安心する。痛みや違和感は全くない。多少ものが二重に見えるが、術後の炎症のせいで、それが収まれば改善されるだろうと言われる。実際その通りになった。いまでは老眼鏡なしでこの日誌が書けるようになった。

 それにしても感染予防の点眼はやっかいだ。3種類の感染予防点眼薬と本来の眼圧予防の点眼薬2種、合わせて5種類の目薬の点眼を続けねばならない。薬によって回数もまちまちで、1日一回から2回、3回、4回と4種類ある。その組み合わせも複雑である。朝起きてから夜寝るまで、一日中目薬点眼で終わる。毎日が日曜日の年金生活者だから出来ることで、仕事を持っている人はどうするのだろう。

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