伝蔵荘日誌

【伝蔵荘日誌】2019年5月31日: 今話題の現代貨幣理論(MMT)T.G.

 現代貨幣理論(MMT)が世界中の経済学者や金融財政担当者を巻き込んで話題になっている。日本でも先日国会で議論された。最近5チャンネルでも最近特集を組んだ。新聞テレビの表マスコミは関心がなく、ほとんど報じないが、5チャンネルは常にその先を行っている。こんな難解な経済理論を話題にするとは、ネット掲示板の知的好奇心も捨てたものではない。

 現代貨幣理論(MMT;Modern Monetary Theory)はアメリカのランダル・レイ等、ポスト・ケインズ派の経済学者によって提唱された経済理論で、その過激な内容からノーベル経済学賞のグーグルマンをはじめ主流派の経済学者や金融担当者から総スカンを食っている。その過激で斬新な主張を分かり易く要約すると次のようである。

 財政赤字(国の借金)は悪ではなく善。いくら増えても経済破綻しない。その見本が日本である。経済大国でありながら、財政の半分を国債に頼り、国の借金がGDPの240%にも達した世界でも珍しい国。にもかかわらず一向に破綻する気配がない。金融も財政も経済もきわめて安定している。理由は自国通貨を持つ国は通貨をいくらでも発行できること。輪転機を廻せばいいだけだから発行額に上限はない。国の借金は中央銀行(日銀)が通貨(円)を発行すれば返せる。だから財政赤字(国の借金)など恐れる必要はさらさらない。借金はどんどんすべき。逆に従来の増税と緊縮財政による財政の黒字化は、経済を縮退させるだけで、国民に何もいいことをもたらさない間違った政策。その愚策をまさにいま日本がやろうとしている。

 MMTを主張するレイ教授等はいま日本の財務省がやろうとしている消費増税による財政健全化を真っ向から否定しているのだ。このことは国会でも議論になって、慌てた麻生財務相が「財政規律を緩める。極めて危険なことになりうる。この日本を(MMTの)実験場にするという考えはもっていない。」と真っ向から否定した。日銀の黒田総裁も「これは極端な主張。こうした考え方がわが国に当てはまるという見方は全くの誤り。」と決めつけた。しかしながら、どういう危険があるか、なぜ日本には当てはまらないか、その理由を示せていない。

 もしMMTの主張が正しければ、いまの日本を悩ます大問題が一挙に消滅する。国債発行残高を気にする必要はなく、財政の自由度が増え、いろいろな政策が実現できる。デフレ脱却も可能になり、経済成長にも繋がる。実に夢のような話である。金融緩和に頼っただけのアベノミクスは、5年経っても経済成長は止まったままで、デフレも一向に解消していない。MMT理論によれば、その原因は財政赤字を恐れるあまりの増税と緊縮財政にある。アベノミクスの金融緩和は悪いことではないが、やり方を間違えている。日銀の準備預金口座にマネーを振り込むのではなく、財政支出の形で民間企業の銀行預金残高を増やせばいい。それが正しいアベノミクスだ。

 日銀や財務省がMMTを暴論と決めつける大きな理由がインフレである。そんなことをしたらインフレを招くと。財政規律は重要だと。長らくデフレに苦しむ国がインフレを恐れるのはまるでマンガだが、財務省と日銀はなぜかインフレは恐れ、デフレは気にしない役所である。だからたちの悪いデフレが20年続いても、平気な顔で高い給料を受け取っている。MMTでデフレが解消できると言うのなら、ちょっと試して見たらどうか。そういう発想は出てこないのか。実に役立たずの、頑迷固陋な役所である。東大法学部にも困ったものだ。

 この財務日銀当局の無理解無能ぶりに、京都大学の中野剛志准教授が「MMT「インフレ制御不能」批判がありえない理由」と言う反論記事を東洋経済誌に載せている。それによれば、「財政赤字拡大は必ずインフレを招く。インフレは増税や政府支出削減でコントロールできると言うが、現実問題として非常に難しい」と言うのがMMT批判者側の主張だが、それは間違いだ。平時の先進国でインフレが制御不能になることはない。歴史上、インフレがコントロール不能(ハイパーインフレ)になるという事例は極めてまれである。戦争で供給力が喪失したとき、軍事独裁政権が誤った政策を行ったときだけだ。戦後の先進国で、財政赤字の拡大がハイパーインフレを引き起こした事例は皆無だ。

 赤字財政によって引き起こされるインフレは、マクロ経済の範囲でコントロールできる。それには増税も歳出削減も必要ない。仮にインフレが目標値の2%に達したら、予算規模を前年と同程度にして赤字幅を抑えれば、それ以上に上がらない。インフレは経済活動を活発化させ、好景気に繋がる。累進課税の所得税は好景気になると税負担が増えて、民間の消費や投資を抑制するインフレの「自動安定化装置」である。このため自動的に財政赤字が削減され、過剰インフレが抑制される。ほかにも、中央銀行による金利の引き上げによって(いまのゼロ金利の反対)インフレを抑制できる。要するに通常のマクロ経済運営の範囲内で十分に可能なのだ。

 中野氏の京都大学の同僚である藤井聡教授はJPpress誌に「経済論争の的MMTはトンデモ理論に非ず」 と言う同様の趣旨の記事を書いている。藤井氏は次のように言う。そもそもMMTは決して財政規律を「破棄せよ」と言っているのではない。むしろ財政規律を「改善せよ」と主張しているに過ぎない。今の日本の財政は財政黒字化(プライマリーバランス)に重点が置かれているが、この厳しすぎる規律のせいで日本経済はいつまでもデフレのまま。格差が広がり、経済が疲弊し続けているのが実態だ。安倍首相も国会で「予算を半額にすればプライマリーバランスは黒字化するが、経済は最悪になる」発言している。そんな規律は不条理なのであり、別の基準に改善すべきだと言うのがMMTの主張である。

 藤井氏によれば、従来の財政基準はインフレを防止するためのプライマリバランス重視だが、MMTの主張は「赤字を減らす」財政基準ではなく、「国民の幸福に資する」財政基準を採用すべきである。その際着目すべきはプライマリバランスではなく、インフレ率である。インフレ率に下限と上限を設ける。上限はインフレ率3〜4%、下限は目標インフレ率の2%とし、その範囲にとどまるよう財政赤字の量をコントロールする。方法は予算規模とそれに必要な国債発行量の多寡で調整する。いまの日本のインフレ率はほぼゼロに近い。これを2%に上げ、さらに3〜4%に近づくまでいくらでも財政支出(財政赤字、つまり借金)を増やしていいことになる。そうしているうちに3〜4%を越えそうになったら予算を前年並にとどめ、それ以上の赤字幅を抑える。そうすれば過剰インフレは収まる。これは政策として難しいことではない。

 このMMTの主張は難解で、自分も肝心な部分でなかなか理解できなかった。従来のアベノミクスでも日銀が国債を買い取り、市中にマネー(円)を大量に流してきた。そのマネーが需要を生み、経済が活発になり、デフレも解消されるはずだったが、一向にそうならない。それとMMTの言う財政赤字による経済効果は何が違うのか。金に色は付いていないはずだ。この疑問はMMTに関する中野剛志氏の別の一文、「異端の経済理論「MMT」を恐れてはいけない理由。すべての経済活動は「借金から始まっている」 を読んでやっと理解できた。

 国債の日銀買い取りで増えるのは日銀の当座預金口座の準備預金で、市中銀行の企業への貸し出しではない。この両者はまったく別のマネー(貨幣)なのだ。中野氏はこの一文の中で銀行貸し出しの実態や通貨の意味について解説し、通貨供給に関する現代貨幣理論と主流派経済学の考えが地動説と天動説ほどに違うことを説明している。これを読んでMMTの主張の異端さと斬新さ、主張の合理性がなんとか理解できた。この日誌を読まれた方には一読をお奨めしたい。中野、藤井両氏は以前から新自由主義経済とグローバリズム反対論で、エマニュエル・ドット氏らと論陣を張って来た。今回のMMT論議でも大いに知的刺激を受けた。先見性の高い有望な学者で大いに買っているが、いかにせんグローバリズム反対、財務省の政策反対では、残念ながら東大法学部を押しのけて主流にはなれない。昔陸軍、今財務省の日本の限界か。

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