伝蔵荘日誌

【伝蔵荘日誌】 2018年9月16日: 若者が「朝日新聞ぎらい」になった謎 T.G.

 朝日新聞の発行部数が激減している。この5年で最盛期の半分の400万部まで落ちた という噂もある。その朝日離れをテーマに作家の橘玲氏が書いた「朝日ぎらい」(朝日新社)が話題になっている。橘氏は以前『言ってはいけない残酷すぎる真実』(新潮新書)を書いてベストセラーになった。この著書は「馬鹿は死んでも治らない」ことをテーマにした辛辣な社会評論で、以前この日誌で取り上げたことがある。
 今回の「朝日ぎらい」では、朝日新聞とその熱烈な支持者であるリベラル左翼に対して辛らつな批評、批判を展開している。出版社がなんと朝日新書であることも驚きだ。朝日自身が朝日批判を売り物にするとは自虐に過ぎる。その「朝日ぎらい」をテーマにした対談が今月11日付けのネット誌、現代ビジネスに載っている。題して、「若者が「朝日新聞ぎらい」になった謎を考える」。聞き手は元週刊現代編集長で自称アサヒ愛読者の元木昌彦氏、語り手は「朝日ぎらい」の著者で作家の橘玲氏である。
 対談の要点は次のようだ。

【元木】この本には今の10代後半から20代の若者たちは、共産党が保守、自民党政権がリベラルという認識だと書かれている。我々リベラルにとってはショックだ。
【橘】年配の人は当たり前のように安倍政権は右で共産党は左だと思っているが、実は30代ぐらいを境にして左右逆転して、今の若者は自民党がリベラルで共産党は保守だと思っている。若者が保守化したのではなく、ずっとリベラルなままなのに、かつての「リベラル政党」が保守化してしまった。その結果、現実的な政治をする自民党しか選べなくなった。古いリベラルは憲法をはじめ、何から何まで「変えるな」としか言わない。つまり典型的な保守だ。その年寄りの保守に保守化、右傾化を言われても若者は納得しない。

 言い得て妙である。確かに朝日をはじめとするリベラル派や共産党などの左翼政党は、憲法改正、アベノミクスに代表される金融緩和、年金制度改革、働き方改革など、何でもかんでも反対で現状維持を好む。保守そのものである。変革を要求する若者達に受けるわけがない。

【元木】安部政権は相手によってリベラル、ネオリベラル、保守、ネトウヨを使い分ける巧妙さがある。あれほどモリカケ問題で嘘をついても支持率が低下しないのは安部政権だからか。
【橘】安部政権が終わっても同じだ。少子高齢化で1000兆円の借金を抱えていては、たとえ野党に政権交代したところで政策の選択肢なんてほとんどない。

 このやりとりで、橘氏は明らかに答えをはぐらかしている。まともに答えていない。おそらく元木氏の言う「モリカケ問題で嘘」とは思っていないのだろう。森友問題はもともと同和絡みの曰く付きの国有地を、森友をはじめ有象無象が寄ってたかって食い物にしようとしたスキャンダルに過ぎない。それを朝日が近畿財務局絡みの安倍の贈収賄事件に仕立て上げようと、一大キャンペーンを張っただけのこと。いくら突いても証拠が出ないので、今では橘氏をはじめ、多くの人が朝日お得意のねつ造と気づき始めている。ネットしか見ない若者達はとっくに承知である。つまり朝日の天敵、安倍攻撃は空振りに終わったのだ。にもかかわらず元木氏は、今になっても「私は朝日の古くからの読者で、最近の森友加計問題追及は朝日の紙価を高めていると思っている。」などと間の抜けたことを言う。大方の古手朝日シンパがそういう認識なのだ。これでは若者に嫌われても仕方がない。

【元木】安倍の安全保障政策やトランプへの盲従には首をかしげる。年金問題は厚労省の先見性のなさにある。若者世代と高齢化世代が話し合うことではない。
【橘】それは無理だ。若者は高齢者を非難しているわけではない。年金制度が破綻してどうやって生きていくか聞いているだけだ。それを無視して全共闘世代の高齢者が国会前で「民主主義を守れ」と叫んでいる。その断絶だ。

 朝日代弁者の元木氏が朝日一流の問題提起を並べ立てるのに対し、橘氏はあっさり突き放している。将来的な若者の心配や関心事にリベラル派高齢者が答えようとしない。自分らの勝手な理屈を言い募るだけ。これでは会話にならないと。若者達は現実的なアベノミクスや安倍外交を肯定的に見ているのに、旧リベラルがそれに反対で話を聞こうとしないだけだと。

【元木】年金ではなくベーシックインカム(BI)にするべきだという議論があるが、あなたはBIではユートピアでなくディストピアになると否定している。
【橘】年金をやめてBIにすれば、世界中から貧しい人が殺到する。日本人と結婚して子供を産めば、黙っていても一人20万円入ってくる。BI推進派は、世界には1日100円以下で暮らしている人がたくさんいることを決して言わない。空理空論しか言わない。BIは金持ちから金を奪って貧乏人に配ること。そうするためには金持ちが国外に逃げないように監視する必要がある。結果生まれるのは鎖国であり、排外的な超監視社会だ。

 ここで言うBIは、かねてから民主党など左翼野党が年金に代わる政策として主張しているもので、朝日読者などのリベラル派に大いに受けている。橘氏は分かり易い喩えでそれをきっぱりと切り捨てている。実現性のない空論だと。財源はどうするつもりかと。高率の消費税に国民は耐えられるのかと。タックスヘイブン問題はどうするつもりかと。憲法問題もそうだが、世の中を惑わすだけで結果がともなわない理想論は朝日的リベラルの最大欠点である。

【元木】雑誌の世界で朝日批判が売れる。何でこんなに嫌われるのか。熱中症に気を付けろといいながら酷暑の甲子園を強行する。そういうダブルスタンダードが嫌われているのか。
【橘】メディアが(社会問題としての)モリカケを批判するのはいいが、何でもかんでも党派対立に還元してしまう。反安部の朝日が(安倍攻撃を)意図的にやっていることを見透かされている。反対に朝日リベラルは、読売産経の報道は政権べったりで相手にしても仕方がないと無視する。議論が成り立っていない。

 ここで橘氏はメディアとしての朝日が、社会問題ではなく安倍攻撃にしか目が向かないことをきっぱり批判している。自分以外の意見には聞く耳を持たず、なんでも安倍憎しの政局絡みの話にでっち上げていしまう愚かさを指摘している。それが嫌われているのだと。

【元木】苦境に立たされている朝日に何かいいやり方はあるのか。
【橘】朝日にも改憲派いるはずだ。今の憲法をどう読んでも自衛隊は違憲としか読めない。憲法は国の設計図なのだから、中学生が読んでも納得できるように書くべきだ。それが(改憲の必要が)分かっていても、憲法命のリベラル左派を読者のコア層にたくさん抱えていては身動きが取れない。戦後日本の一番の不幸は「愛国」を右派の独占物にしてしまったこと。朝日は若者達が国民として自然に持つ愛国心を理解し、尊重すべきだ。そうしなければ朝日離れは止まらない。

 要するに橘氏は「朝日には打つ手はない」と慇懃に引導を渡しているのだ。さすがの元木氏も「朝日自身が矛盾や問題を抱えながら、他者を批判するだけであれば、メディアとしての信頼性は墜ちる一方だ」と話を結ばざるを得なくなっている。コアのアサヒ愛読者がこうでは、朝日の未来はなさそうだ。

 橘氏は別のところで「新刊『朝日ぎらい』のあとがきを公開します 」というブログを書いている。それによると、このタイトルは井上章一氏のベストセラー『京都ぎらい』から拝借したパロディだという。自身の政治的立場は「リベラル」で、「普遍的人権という近代の虚構を最大限尊重し、いわれなき差別のない自由な社会が理想だと思っている」そうだ。このブログの後書きもなかなか味があるので、一読をお奨めする。

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