院長紹介CONCEPT
人間再生工房長の
定森孝文です。
名城大学 薬学部 卒業
1994年 今池に貞森中醫鍼灸院 開業
2002年 名東区大針に移転 現在に至る
鍼との出会いは、鍼灸学校に通っていた友
人が、友達に鍼を刺していたのを見たのが
始めてでした。
この時は、全く興味がありませんでした。
この出会いが、今につながるとは思いも
しませんでした。
私自身は、体が虚弱でした。
何でこんなに、体がおかしいのか分かりま
せんでした。
何となく、薬学部を目指して大学に進学し
ました。
西洋医学だけの薬学は、何の役にも立ち
ませんでした。
漢方薬の勉強を始めるようになり、漢方薬
局に勤め始めました。
漢方薬も、私の体の助けにはなりませんで
た。
その頃、中国から偉い鍼医が来られるの
で、補助の要請がありました。
その方の診療の手伝い、将来の鍼医候補と
して、鍼灸学校へ通いました。
その先生のアドバイスで、
食物アレルギーで、体が虚弱になっている
のを悟りました。
食物アレルギーが無ければ、私の人生は
どうなっていたのかな?
とにかく、食事をすれば、普通の人は元気
になって働ける。
しかし自分は、食べると体が痒くなり、
胃腸が 受け付けてくれない。
食べ物制限は、過酷でした。
牛乳・魚卵・エビ・蟹・貝・添加物、
その他色々が一切だめだと理解しました。
辛かった。
しかし、現在は自分で、鍼を刺し、
元気に仕事をしています。
この方が、華佗(かだ)大先生です。中国
では医聖と言われています。
私が目標としている先生です。勝手に弟子
と名乗っています。
紀元208年頃、曹操によって処刑されま
した。
本当に、可哀想で残念な最後です。
「三国志演義」の中では、曹操の頭痛が、
脳腫瘍で引き起こされていたので、頭を
切開して腫瘍を取り出す事を、提案した
のが原因とされています。
後に、曹操の子供が病気になると、
中国の名医と言われる人々に診せても、
治らなかったそうです。
曹操は、
「華佗を生かしておけば良かった。」
と言う逸話があります。