+視線+


1.

「教えろ」
レポート用紙と教科書を抱えて、飛影は蔵馬の前に顔を出した。
「・・・俺も暇じゃないんだけど」
「いつも暇じゃないのは知ってる。でも『今は』暇だろ」
一瞬、顔を引きつらせた蔵馬は、意地悪く笑いかけた。
「ものには、それなりの頼み方があるよな?」
「・・・教えてください」
蔵馬は、仏頂面の少年をにやりと見た。
「いいよ。30分だけだったら」

飛影は、大学2年の半ばになってから、やたら提出物に追われるようになった。
そのせいか、それらの提出物をクラブに持ってきては、暇さえあればやっている姿を見られるようになった。ものによっては、今のように蔵馬に聞いたりもしている。
それと同時に変わったことがあるな、と幽助は思った。
飛影が、躯の部屋に『入り浸る』のをやめたことだ。

大学1年のあいだ、飛影は開店時間のかなり前からクラブに来ていることがよくあった。
授業の組み合わせの関係で時間が空いているからと言い、そして、躯の部屋で“昼寝”していたのである。
そんな飛影を、幽助は、よくそんなことができるもんだと思ったし、それより躯がなんか言ってないのか?とも思った。
ところが、幽助が驚いたことに躯は、『そんな時間があったら、どっか遊びに行けよ』と言うくらいで、叩き出しはしなかったのである。
飛影は飛影で、暇があれば寝ていたいんだと返し、知らぬ振りを決め込んだ。

「あいつが鈍感なのか、それとも、敢えて無視してるのかは知らんが・・・」
飛影が躯の私室に入り込んで昼寝をするようになった頃だから、しばらく前のことだ。
どうしてヤツを入り浸らせておくんだ?と聞いた幽助に、渋面をなした躯は答えた。
「言ってはいるんだ。ここはオレの部屋で、お前の昼寝のための部屋じゃないと」
「なのに出てかない?」
「出て行かないな」
「すげえな、それ」
「もっとも・・・実際、いても特に邪魔にもならないんだがな。静かなもんだよ、寝てるあいだは」
と言って、ああ、と躯は苦笑いした。
「寝てるあいだ『も』、か。動かない分、起きてるときより静かな気がするな。やたら静かで、そこにいることを忘れる。・・・身動きもしない、寝息もほとんど立てない、たまにいることを思い出しても、見ればそんなふうだから、息をしてるかどうか心配になるくらいだ」
「ふーん・・・」
『あれは、はじめにあの部屋に寝かせたからなんだろうな』と。
そう言って、躯は諦めたような溜め息をついたのだった。

「最近は、眠くならねぇのか?」
そんなだったから、クラブに来た飛影が、昼寝する代わりにレポートと格闘するようになり、つまりは躯の部屋に入り浸らなくなったことを、幽助はそう聞いた。
開かれた数冊の教科書・参考書と、ノート。レポート用紙の束の上にかぶさるようにしていた飛影は、それらを一つにまとめ、幽助に黙って差し出した。
「?」
「じゃあ、代わりにやれ」
思わず、幽助は一歩後ずさった。
「う・・・そういうのは、おれの得意分野じゃなくてだな」
「俺も、得意だからやってるわけじゃねえ」
冷めた目で幽助を一瞥して、飛影はまた、レポートとの格闘を再開した。
そう言われてしまうと、幽助に蒸し返す台詞は思い浮かばなかった。
しかも、飛影はここの仕事を怠けている、というわけではない。
幽助はそれ以上つつくのをやめにした。

2.

何げなく頭を持ち上げた飛影の目に、少し離れたところで躯と幽助が談笑しているのが見えた。
一瞬、その視線がこちらに来、二人は顔を見合わせたようだった。
「あいつら、こっち見ながら何笑ってんだ?」
「君こそ。このところ、躯を呪い殺しそうな目で見てるくせに何言ってるんだ。そっちの方が、よっぽどどうかと思うね」
蔵馬は教科書のページをめくりながら、言った。
「呪い殺す?誰が・・・」
「だから、君が。」
ふん、と馬鹿にしたように、飛影は鼻で笑い飛ばした。
「視線で人が殺せたら、警察が困るだろうな」
「警察が気になる?」
蔵馬は手を止めると、小さく苦笑した。
「警察なんて、実は結構どうでもいいもんだよ。・・・それ以上に恐ろしいものがあればね」
いつの間にか、躯は控え室からいなくなっていた。

「蔵馬は、飛影を可愛いと思ってるだろうな」
「へ?そう・・・」
蔵馬と飛影が、並んで何やらやっているのを眺めていた躯の口からそんな言葉が出てきたので、幽助はつい、
「・・・は思えねぇけどなぁ、おれは」
同意しなかった。
躯にはそれが不思議だったらしい。納得できないふうに首を傾げた。
「可愛いんじゃないか?お前にだって分からなくはないだろ。」
「んんん?・・・うーん、・・・分からん」
「お前ら、懐かれてるだろうよ。あいつから」
「・・・そーかなぁ?」
やっぱり納得できなかった幽助に、躯は軽く笑った。
「違うのか?愛想も何もないあいつが、自分から近付いてくなんてな。お前みたいに、誰とでも仲良くなろうとする奴じゃないだろ。とすれば、懐いてるんだとしか」
「ああ、そういうこと。あー、かなぁ」
そして彼らは、話題の二人のほうへ視線をやった。
「蔵馬だって似たようなもんだよな。人当たりはいいが、誰かれなく仲がいいわけじゃない・・・でも、ああやって相手して」
「ああ。うん。そういやそうだな」
「だろ。」
「だけどそれ言ったら、躯にも懐いてんじゃん?」
「・・・そうか」
躯は呟くようにして飛影に目をやり、そのまま控え室を出ていった。
きっと、『知ってる』とか『当たり前だ』とか、言うに違いないと思っていたのに・・・。
躯の反応に、肯定のニュアンスに乏しいことが幽助には意外だった。
(だってそうでもなきゃ、あいつがここで働き続けてる理由が説明できないんじゃねぇ?)
躯の言った通りなら、つまりそういうことだろ。
幽助は思って、首を捻った。



作者よりコメント

飛影にせよ、躯にせよ、この段階での心理描写はしにくくて、幽助に出てきてもらいました。
傍目にどう見えてるかなら、まだ書けるかと思ったのです。
二人には相思相愛になってもらいたいと思っているし、そうさせるわ!(そのうち・・・いつ?)と思ってもいるけれど。
飛影は、じっと(蔵馬がそれを見咎めるくらいには)見ているくせに、気になっている自覚もない。
躯はといえば、見られてることに気付いてないはずはないのに、見事なほど、気付いてない振り、見ない振りに徹してる。
子供だ、ということも、大人だ、ということも、それぞれに困ったものです。


あくびの感想

ああっ、こういうやりとり・・・好きですv極端にいえば、ラブシーンより好きかもしれないです。気付いてない振り、見ない振り。気になってしょうがないのに、見ないように努力したり。でも、周りにはバレバレなわけですけどね。

「躯を呪い殺しそうな目で見てるくせに何言ってるんだ。」
きゃー素敵!好きで好きでたまらないのね、躯サマのことが・・・。と飛影に言ったら殺されちゃいそうですけど(笑)。
躯サマも、これみよがしに幽助と談笑しちゃってる辺り、余裕?かと思いきや、幽助と蔵馬のことについて語っちゃってる。
それにしても、躯オーナーの私室でぐっすり寝入っちゃってる飛影。それをさほど気にも留めずくつろぐオーナーの図、っていうのもなかなか微笑ましくていいですね。
ああ〜この二人、今後どうやって距離を縮めていくんでしょう?気になるわぁ〜。