+shower V+


1.

飛影は、水音を聞いた。
(雨か・・・?)
朧な意識の中で、これは夢かもしれないと思った。
・・・確かに夢なのだろう、と思い直した。
気付くと雨音は止んで、人影が近付いてくる。
その人物を自分は知っている――あれは躯だ。
目を開ければ、薄暗いような空を背景にその人が立つ。
赤い唇が自分に対して開かれて、名前を呼ぶ。
(・・・ひえ)

ガチャン!
金属音に、飛影は飛び起きた。
はっと見た窓の外は、ぼうっと明らんでいる。
その方角からして、夕暮れではない。
まだ日は昇っていなく、朝焼けが室内を薄赤く染めている。
夢で雨と誤ったのは、おそらくシャワーの音。
(躯は?)
・・・室内には飛影、一人きり。
嫌な予感がした。
躯の部屋の戸はとても静かに閉まる。
だからさっきの音は少なくともその先、事務所のドアが閉まった音ということだ。
あるいはそこの窓の下、通用口の閉まる音。
(待て、どうして・・・!)
聞きたいことは山ほどある。
どうしても、追い付かなければ。
もどかしく躯の部屋を飛び出し、次のドアを・・・
「鍵が?!」
そのドアは開かなかった。
この鍵は内側から解錠できる。
しかしもう間に合わない、

(・・・そうだ)

目を開くと、見慣れた天井が見えた。
ここは自分の部屋の中、自分のベッドの上。

『あの日』、自分は間に合わなかったのだ。
飛影は、今度こそ覚醒した。

2.

今日はまともな時間に目を覚ますことができた、そのことだけにでも感謝できると飛影は思った。

“あの日”から今日に到るまでずっと、飛影はこの夢を見続けている。
真夜中に飛び起きたことも一度や二度ではない。
あるときなど、この夢をみて目覚めることができず、再び同じ夢に転落した彼がやっと目を開けたとき、雨が振りだした。
明け方の、ただし現実の雨。
“夢から抜け出られない”という錯覚に、飛影は正直うんざりした。

“あの日”目覚めたとき、飛影は一応きちんと服を着ていて、だから夢がなぞるとおりに躯を追った。
が、階下にたどり着いたとき、すでに躯は外に出ていた。
まず開いていた通用口(裏)から外へ飛び出したが、そこにはもはや人影もなく、店の外に出られてしまえば、自宅の方向すら知らない飛影に先回りするすべはなかった。
躯は、確かに自宅へ人を近づけようとしない。
しかし、時雨のように、場所を知る者はいた。決して秘密にしていたわけではなかったのだ。それなのに、何も知ろうとしてこなかった自分を呪った。

・・・服を脱いだ記憶は、実は、飛影にはなかった。
だから服を着ていたこと自体はおかしくない、かもしれない。
むしろ、すべて夢だったんじゃないのか?
見たいと、心のどこかで望んだ夢を。

そんなふうに片付けられる能天気さは――脱がせていく記憶と、肌を侵食する感触とを生々しく思い出すことができるというのに、持てるはずはなかった。
それに・・・、と少年は思う。
こんな、頭と心臓が掻き回される気分になる夢。
繰り返し見せられることを、自ら希望なんてしてたまるか・・・絶対に。
飛影は、そう自分に言い聞かせた。



作者コメント

この場合、彼に降りかかっているのは一種の『悪夢』なんだけれど。
本当に見たくないのかね?少年。
と思って書く私は、どうも飛影に対して少し意地が悪い気がする(笑)
だってそうでしょ?
その夢には、あーんなこーんな躯の姿がもれなくついてきてるはず。
だからこそ悪夢なのかもしれないけれども?

目覚めたときに飛影が服を着てたのは、忘れてるだけで自分で着たんです。
肌寒いからって寝ぼけて。

ちなみに、その具体的場面を書く予定はございません。
(本人さえよく覚えてないようだから)


あくびの感想

えっ?!これが「悪夢」なんですか?!もうねぇ・・・見たいなら正直に見たいと言ってしまえばいいじゃないですか、飛影くん(笑)。しかし、初めての経験(なんですよね?きっと)が、男装のホスト。しかも幼い頃に虐待に遭っていて、って難易度高すぎですよね。こういう風にうなされてしまっても、無理ないかも。
だからこそ、飛躯って面白いんですけどね。飛影が苦悩する姿ってこう見ていてきゅーんとするし(え?!)、私も自分の小説では飛影の扱いがひどいですしねぇ。
ということで、別の機会でも良いのでぜひ具体的場面を読みたいんですけど・・・(これ以上おねだり?!)。