+転+


結局、躯は3日間クラブに顔を出さなかった。

連絡が付かないまま4日目を迎えて、クラブ内は浮き足立ち始めた。
もっと長く顔を出さないことも過去に何度かあったが、完全に音沙汰がないのは初めてで、さすがの蔵馬も業を煮やし、自宅へ『突入』しようかと半ば本気で言い出したとき、“彼”は現れた。
「連絡なしで休んで、悪かった」
やはり、男に見え・・・――否。当然、男にしか見えない姿で、躯は従業員の前に出る。
そうではないことを知っていて、もはや男と見ることができない飛影は、どうしようもないもどかしさを覚えた。
「話は後で聞く」
躯はそれだけ言って、早々に部屋へ引き上げた。

「・・・具合、悪かったんだな」
幽助の呟きがすべてだった。
眼こそ普段どおり、ちらと見ると底光りするような強さがあったけれども、肌の上にはそこはかとなく病み上がりの雰囲気が漂う。
「いつだって元気があり余ってる君からすれば、そりゃ躯は元気なく見えるだろうさ」
蔵馬は幽助の肩を一つ叩いた。
「まったく、躯はずるいな・・・嫌味の一つも言ってやるつもりだったのに。これじゃあ、引っ込んでしまっても文句も言えやしない」
苦り切った顔で言った憎まれ口も、声が非難していないせいでそうと聞こえない。
この男もそれなりに心配しているのだと思って、飛影は彼の顔を見た。
「そうすると俺は、あのオーナーのところへ出向かなくちゃならないと。そういうことだな」
「へえ、何しに?」
呑気なちゃちゃを入れた雷禅に、蔵馬は握り締めた拳を震わせた。
「・・・いいですか。この店のオーナーが、数日店を開けてた。その間俺は、チーフとして一部代行していた。つまり、好むと好まざるに係わらず、知らせておかなきゃならない話があるんですよ」
「なんだ、そういう話か」
「ほかにどんな話があるんです?」
すっ、と凍えるような視線が雷禅を舐めた。
「ただでさえ気分屋の躯があの調子で、冷気を浴びに行くようなものなのに。仕事でもなきゃわざわざ行きませんよ。それとも俺の代わりに行きますか?ああ、報告すべき内容は、まとめてあります。どうしてもと言うなら、すぐにも・・・」
「わ、悪かった。だからお前も・・・いや本当に。悪かった、許せ。許してくれ。な?」
蔵馬は鼻先であしらって、躯のところへと向かった。
「あーあ、恐ぇ野郎だ」
やれやれと肩を竦めた雷禅に、時雨は薄く笑いかけた。
「しかしそのチーフも、オーナーには負けるということか」
雷禅は、にっと歯を見せて笑い返した。
「だろうさ。だが、むしろお前こそ、躯が恐ろしい口だろ」
時雨は、おや?というように顎を押さえて首を捻った。
「雇われている側にとって、雇い主が恐いのはある意味当たり前。私には、あなたがオーナーに頭が上がらないことのほうが、よほど不思議に思えるんだが?」
そういって雷禅を見る目つきは、笑いも何もなく、ただ冷徹だ。
「・・・ぶあっはっはっはっは!」
それに目を見張り、大音量で笑いだした雷禅は、豪勢に時雨の背中を叩いた。
「気にすんなそんなこと!テメェと同じ理由じゃねえ、とだけ覚えときゃいい。」
「確かに、・・・それ“だけ”は万が一にもないだろうが」
迷惑げに背中を押さえ、時雨は雷禅の掌から逃げた。
「あなたは、自分の力が強いんだということを少し自覚したほうがいい」
「おう、悪かったな」
しかし悪びれる様子もなく雷禅は言い、組んだ両手の指をぽきぽきと鳴らした。
「さて!仕事に出るか」
「タダ酒飲むんじゃなくてか?」
幽助は、おばけでも見たような顔をした。
「うへぇ、こりゃ大雨が降るぜ」
「おい息子!聞こえてるぞ」
「ありゃ、聞こえちまったか?」
「あったりめーだ!!」
「いーじゃん、気にすんなって!ホントのことだろー」
「・・・賑やかな親子だ」
ぼやく時雨の後ろで、飛影は溜め息を呑み込んだ。



作者よりコメント

読者様には耳打ち。
躯が具合悪そうだったのは、蒸留酒を2・3本、一度に開けたのが主な原因です。
精神的に疲れてたところだったから、多分それが胃にきたの・・・
(真相なんて、結構そんなもん)
飛影を煩悶させといて、悪いなぁとは思うけど。
あなたはそのうち本人からお聞きなさい。


あくびの感想

雷禅登場!!待ってました〜!豪快に笑う雷禅パパ、素敵vおっとすみません。最近雷禅熱の激しくって・・・。

最初の方で躯サマのことを「彼」と表現してますが、ものすごい違和感を感じました。落花の躯サマがあまりに色っぽかったせいですねv皆が躯サマのことを心底心配してるというのが読み取れて、微笑ましかったです。大の男達が、躯オーナー(本当は女性だし)に恐れにも似た威圧感を感じているのは・・・なんだかちょっと面白かったです(笑)。
飛影が思い悩んでいる裏で、実は単にお酒の飲みすぎ・・・。
いいですわぁ、みかささん(笑)。