+鎖+
【中 編】
一人の少女が居る。
薄暗い牢獄。
金糸の如く綺羅やかな長い髪が、暗がりに光っている。
蒼色の瞳。病的に白い肌。
薬品臭い匂いが、ツンとたち込めている。
所在なげに俯き、佇んでいる姿は、
まるで湖畔に寂しげに浮かぶ一隻のボートのよう。
何を見ているわけでもなく、何を感じているわけでもない。
ただただ、流れに任せ漂っている。
不意にその細腕が、強引に引き寄せられる。
静寂が破られる。
野卑ににやける男達の目、目。
少女は抵抗するでもなく、されるがままだ。
次々に少女の身体に身を埋める男達。
なぜ抗わないのか?
抗うことすら放棄してしまった冷え切った瞳。
その瞳は、じっと俺を見つめ上げている。
助けも求めるでもなく。何の表情も読み取れない。
それまで無反応だった少女は、不意に嬌声を上げ始める。
媚を含んだような声。組み敷いているヤツは、その声に反応し、動きを早める。
あっ、ああっ・・・。この上なく艶めいた声。
まるで挑発するかのように、身をくねらし続ける。
その一部始終を、立ち尽くしたままずっと見ていた。
視線が釘付けになり動くことができなかった。
興奮しきった姿態とは裏腹に、少女の瞳は石の様に冷え切って、硬い。
相変らず俺をえぐるように見つめ続けている。
そして花弁のような唇が、言葉を紡ぎ出した。陶然とする微笑みと共に。
-----私を・・・・・・・・・抱けるものなら、抱いてごらん-----
まただ。またこの夢。
眠りに襲わえる度、毎夜同じ夢に誘い込まれ、なかなか寝付くことができない。
数週間前、時雨と対戦し相打ちとなり、朽ち果てた俺を躯は救い出した。
「救い出した」という言葉が適当かどうかは分からない。
最早この世になにも未練はなかった。
こういう終わり方も悪くない、
そう思っていたのに、いきなりまた生のスタートラインに立たされてしまったのだから。
「お前は死に方を求めるほど強くない」
躯が、探し求めていた形見の氷泪石を所持していたこと。
右半身が焼け爛れた女の姿をしていたこと。
そして陰惨な過去。
それらが、怒涛のように俺の中に入り込み、意識を侵食していく。眠りの中にまで。
不快・・・ではなかったが、混乱していた。
この状態を、どう受け止めて良いか分からず、落ち着かなかった。
先程の軍事会議。
いつも通り包帯と呪布でその顔を覆ってはいたものの、78名もの部下を一同に会し、
一番上座に陣取り、凛と良く通る声を響かせ、会議を取り仕切っていた躯。
威厳に満ちたその姿に、居並ぶ妖怪達も思わず圧倒され、そしてひき寄せられる。
黄泉とは違った、カリスマ的な魅力が、躯にはあった。
恐らく本人は特に意識してはいないのだろうが。
その躯が激昂した。
連日の睡眠不足が祟り、
受けた命令のことがすっかりと頭から抜けていたのは事実だったが、あそこまで怒るとは。
必死に隠してはいたが、どこか表情の中に悲痛な叫びが聞こえた。
だからといって、俺に何ができるって言うんだ?
どうして俺が、このように不可解な夢に侵されなければならない?
起きる度、嫌悪感に襲われる。隠微な躯の姿。
いくら問いを繰り返したところで、堂々巡りの繰り返しだ。
無意識に氷泪石を手繰り寄せて、触っていたことにふと気づき、ふっ、とため息をつく。
気分を変えるため、シャワーでも浴びるか、と椅子から立ち上がったその時
部屋の扉が荒々しく叩かれた。
扉を開けると、そこには意外にも奇淋の姿があった。
「奇淋。わざわざ俺の部屋を訪ねてくるとは、どういう風の吹き回しだ?」
奇淋は、ざっと飛影の部屋の中を一瞥した。
ナンバー3の為に用意された部屋。
躯軍では、格上げされると共に、部屋もそれ相応にグレードアップしていく仕組みだ。
ナンバー3であっても、既に一流ホテルの客室並みの広さを持った部屋があてがわれるが、
部屋の中は、椅子とちょっとした小さなテーブルと、寝台のみはこれといって何もない
殺風景な景色だった。
奇淋の部屋は、ここ何百年かのデータ書類がうずたかく積み上げられ、
一種の書庫と化しているのに、だ。
「先刻の会議での貴様の態度は何だ。」
「何だ、だと?特に意味があったわけじゃない。」
まさか、躯とどう接していいか分からない、なんて言える筈もない。
「貴様の無礼な振る舞いが、軍を乱しているのが分からんのか。
この大事な時期に・・・」
「はっきり言ったらどうなんだ。乱れているのは軍ではなく、躯自身だ。
俺の行動如何で、躯が何か突拍子もないことをやらかさないかどうか、
それを気にしているだけなんだろ。」
突如奇淋のまとう気が変わった。
俺もすかさず臨戦態勢に入る。
「どうやら口でいくら言っても無駄なようだな。」
「フン。ようやく分かったのか。」
「表へ出ろ。世代交代にはまだ早いことを、貴様の身体で思い知れ!」
部屋は、早くも闘いの気で充満していた。