+鎖+
【前 編】
閃光が走る。
幾度となく突き上げられるたび
切り裂くような痛みに苛まれる。
揺さぶられては、突き落とされる。
息つく暇もなく迫りくるソレから逃れようとするが、
一向に動けない。
「や、やめ・・・ろ・・・」
大きく開かされた両足。
父と名乗る男に、身も心も苛まれ、犯される。
薬で増幅された痛みの感覚。
徐々に激しくなる。頭が地鳴りのように激しく揺さぶられる。
そして意思とは裏腹に、屈辱にも身体は潤みを帯びてくる。
頭上で冷ややかに浴びせられる笑い声。羞恥に身を捩る。
やめろ、やめてくれ!!ああっ・・・・・・・・・・・・・!!!
「はぁ・・・はぁ・・・また・・・か。」
目を開くと、そこはいつもの見慣れた寝台。
額も背中も、冷たい汗にぐっしょりと濡れている。
数え切れない程見続けてきた悪夢。
大きく息を吐き出し、無意識に胸元に手を伸ばす。
だが、いつも伝わってくる感触は、もうそこにはない。
「ちっ・・・!」
一体何に向かって吐き捨てたのか。
躯は悪夢を振り払うように寝台から飛び起きると、そのまま窓辺へと向かう。
厚いカーテンをめくり、ぼんやりと白み始めた空を見つめる。
暗い寝台に差し込んだ光が、美しい横顔を浮かびだす。
だかその瞳は、まだ夢の中をさまよっていた。
「生きろ飛影!お前はまだ死に方を求める程強くない!」
互いの過去を交錯させ、その心地良さに酔った。
アイツが自らの半生を賭け、探していた形見の氷泪石。
今は主人の胸元で共に眠りについているのだろうか。
身体の熱さがなかなか消えない。
互いに分かり合えたような気がしていた。
だがあの日以来、ほとんど一言も言葉を交わしてはいなかった。
もちろん、飛影は躯軍の筆頭戦士を目指すべく、闘技場にこもりきりなのだから
当然と言えば当然の事だった。
今日は午後から大事な軍事会議がある。
下らない事にとらわれている暇はない。少しでも寝ておかねば。
衣擦れの音と共に、躯は再び眠りについた。
密かに悪夢の再来に怯えながら。
魔界は未曾有の激動に飲み込まれようとしている。
このような大規模な軍事会議など、癌陀羅ならまだしも
異動要塞百足で開催されるなどということは、ここ数百年なかった事だ。
会議の間には、躯軍の側近77名・・・いや、78名が階級順に席に着いていた。
躯軍では、重要な会議の場合には常に側近全てを招集させる。
意見を活発に交歓するという意味合いよりも、躯から直接命を下される機会を持つことで
軍全体の求心力を高める効果を狙っていた。
階級順にこのように座らせられてしまえば
おのずと自らの位置を知らされてしまうというもの。
現在ナンバー2の実力にあたる魔道本家奇淋は、独自の調査網にて集めてきた
ここ最近の各地の動向を詳細に報告していた。
さすがにかなりの情報量だ。ある者はメモを取り、ある者は周りと話し合いつつ
熱心に話に聞き入っている。
それだけに、奇淋の隣に座っているナンバー3の飛影が
会議が始まって以来黙ったきり微動だにしないのが、余計周りの目に付いた。
話を聞いているやら聞いていないやら、その表情からはまったく読み取れない。
躯も時折飛影の方へとあからさまに視線を投げるが、
当の本人は気にも留めていない。それどころか目を合わせようともしなかった。
「躯様。報告は以上です。」
奇淋は、主へと深々と頭を垂れた。
「なるほど。雷禅のヤツがもう数日でくたばることを考えれば当然、早急に癌陀羅の
状況を把握しておかねばならないところだが。飛影、癌陀羅の様子を伝えろ。」
癌陀羅調査の命は事前に伝えていた筈。奇淋はナンバー3へと視線を移した。
「黄泉軍ナンバー2は、依然として鯱が守っている。
新たな戦力強化として黄泉は息子を養育中。以上だ。」
「それだけか?」
躯は、飛影を問いただした。
こいつ一体何を考えているんだ?
かつての仲間である蔵馬の事に関しては口を割らないということか?
それよりも、何故オレと目を合わせようとしないんだ?
「ふっ。かつての仲間をかばい立てするつもりか?
ナンバー3ともあろう奴が、そんな下らない仲間意識にとらわれるとはな。」
「・・・。」
バンッ!!!会議用の馬鹿デカいテーブルが、大きく揺れた。
側近が皆、瞬時に臨戦態勢に入る。
「なぜ何も答えないっ!!?」
「躯様!癌陀羅の調べならば、こちらでついております故・・・。」
「黙れ奇淋!オレはこいつに聞いているんだ!」
「そんなに知りたきゃ貴様で調べろ。」
そう言い捨てると、飛影は黒衣を翻し、さっさと退席してしまった。
その後に残されたのは、やり場のない怒りに包まれた魔界の女帝と
この難所をどのように切り抜けたらよいか頭を悩ますナンバー2以下77名の
側近達だった。